Reunion(再びの逢瀬)
満月号が突如襲い掛かった脅威を振り払い、降下に戻った頃その光景を観測していた観測機から、基地に向けてその様子が無線にて伝えられた……
ウィスコンシン州、ミシガン湖湖畔、ここにとある軍の基地があった。広い滑走路の伸びるこの場所も、かつてはよく栄えた場所であったが、今はその過去の繁栄は見る影もなく、建物はどれも崩壊し跡形もなく、代わりに豊かな森が、ミシガン湖によって育まれていた。その中にぽつんと、切り開かれているのがその場所であった。滑走路の傍らには、レシプロ式の満月号を襲ったものと同じ姿の航空機が四機駐機しており、いつでもスクランブルをかけられるように構えているようだった。
ここはシュバステンの基地なのだろうか、否、この時代において突出した力をもっているシュバステンでも、流石に大西洋を越えて北米に進出するほどの力も、艦隊も、何より人員も有していなかった。ということはだ、この時代この星にはシュバステンのほかに少なくとももう一つ航空機を運用できる力を持った勢力が維持されているということの証明になる。
そんな戦力を有する謎の組織は、先ほどスクランブルをかけた四機の戦闘機が撃墜されたという報告を偵察機から受け、騒然としていた。
「おい、グリズリー隊がやられたって本当なのか!」
三人の兵士が、あわただしく駆けまわっている一人を捕まえてそう尋ねると、尋ねられた兵は視線をあちこちに移ろわせながら気まずそうに小さく、曖昧に頷いた。
「なんてこった、この時代にまだ飛行機をつかえる奴らがいたなんて」
と、髭もじゃの一人が顔を青ざめさせて額に手を当てていると、別の背の高い一人がそれだけじゃない、ともっと彼を不安にさせる言葉を続けた。
「こっちを落とせるほどの技量があるんだぞ、全機落とすほどの!恐らくこの大陸に!」
「わーっ、やめろやめろ!恐ろしいじゃないか!」
慌てふためく彼らに、上官らしき人物が目を止め早く持ち場につくようにとどなりつける。
「おい貴様らぁ!何やってる!!さっさと持ち場につかんかー!」
「やっべ、ガルシアだ」
四人は蜘蛛の子を散らすように走っていく。そんな彼らに呆れながらも、自身も急いで作戦会議室に行かねばらないことを思いだし、司令塔まで走っていった。
「まったく、とんだ爆撃機を出してきたもんだ!」
彼が口にした爆撃機、それはまさしく満月号のことである。彼らは地球外からやってきた宇宙船満月号のことを、超巨大爆撃機と思っているのだ。それは戦闘の様子を報告した観測機の観測員の報告のためであったが、無理もない。この時代に、月に人類が取り残されていることを知るものなど、無いに等しかったのだから。
かくして、この基地では超巨大爆撃機が単機、彼らの勢力圏内に侵入してきたという前提の元その対処のための会議がはじめられたのだった。
一方その騒動の中心である満月号は、着陸態勢に入っていた。着陸に際して、この機は普通に着陸しようとすれば、自重と速度、接地時の衝撃によってランディングギアは折れてしまい、胴体着陸になってしまうだろう。そうなれば、いくら頑丈なこの機でも大事故は免れない。そのため、満月号は考え抜かれた結果、多重構造であることを生かして、着水という形をとることにしたのだ。水上ならば浮力が働き、このおぞましいまでの重量も緩和される、はずだ。機長が指示を出すと、機体下部の一部が数か所装甲をスライドさせると、そこから代わりにノズルらしきものが露出する。これは着水時にその衝撃を少しでも緩和するためのブースターで、これを着水間際に目一杯一斉に吹かすことで、ふんわりとした着水を目指す、というものである。また、前部にも四本のノズルが展開、逆噴射をかける用意はできていた。
今まで飛行用にメインエンジンに回されていた燃料は、そのほとんどがこの二種類のブースターに回され、メインノズルは万が一の着水点調整のための緊急用に回ることとなる。これで、この巨大な六つのノズルはほぼその役目を終えたと考えても良かった。
「うわあ……海だよ、海」
宇春は五大湖を指さしてノエルに語り掛けるが、彼女は虚ろに曖昧にうんだのええだのと返すばかりで、ずっと様子がおかしかった。
「ノエル?大丈夫?ハッキネンさん呼んでこよっか」
と、宇春は医師を呼ぶためにDr.ハッキネンの座っているはずの方へと体を捩じったが、それをノエルは振り返ることなく手で引っ張って制した。
「……ゴメン、大丈夫だから……多分なんか気圧とかそんな問題で調子でないんだと思う……」
「そお……?」
そう言われたものの、宇春はどこかひっかかるものを覚えつつ前に向き直った。どうも、そういう原因によるものは彼女からは感じられない、何かおかしなことになっている、というのが宇春のノエルに対する考えであったが、無理にそれを追求するのも悪いと思い、それ以上は何も言うことは無かった。そんな友の気遣いを察することもなく、ノエルはただ自分の中に突如として生じた謎の感覚の正体を探ろうとしていた。
機は既に高度百フィートを切っていた。
「シュート開け!」
機長の号令の元、操縦士が青いレバーを跳ね上げると機体後部が開き大きな大きなパラシュートが開かれた。ところどころに切れ目のあるため急激に機体にブレーキがかけられることなく、軽いノックバックが乗員を揺らして機体にブレーキがかけられていく。
見る見るうちに速度を落としていった満月号は、遅めの飛行機程度の速度まで降下速度を落とすと目的通り、スペリオル湖の湖面へと近づいており、もはや着水は目前であった。ここでようやく、減速用ブースターの出番がやってきた。
「減速用ブースター点火!」
一斉に、計十八門のブースターが点火し慎重に機体を下ろし始める。ブリッジでは張り詰めた空気が流れており、この作業がいかに気を遣う作業であるかを物語っていた。
「一、二番弱めー、六から十も弱めろ……十六番ちょい落とせー……下げすぎだ、ちょい上げ……いいぞ……そのままー……来た!全ノズル停止ー!」
着水の瞬間、全ブースターがカットされ機は機体底面を沈ませるも、途中で沈下も停止しそのまま水上を岸に向かって流され始めた。遂に、遂に、満月号は地球へと到達したのである。この瞬間、機内には一番の歓声が上がったのは言うまでもない。
だが、これからが本番である。月人類の彼らはこの野生へと還った地球上に再び人類の文明を植え付け低下ねばならないのである。長らく月での生活に慣れ、宇宙に適応した彼らが重力と言う消えぬ束縛の中でどれだけ適応できるのだろうか。人類が未だ野性を失っていないのならば、その野性をもってして適応できるだろう。だが、持っていなければ彼らはただ地上にて狩られるものとして消えゆくだけだ。




