Growler(唸る雲)
機内はその巨体故に揺れることはなかったが、突然攻撃を受けたという衝撃に乗組員たちはパニックを起こしていた。
「機体状況確認!一体何が起きているんだ!」
ブリッジでは、機長たちも混乱していた。何故なら彼らからの視点では右翼側から接近してきた飛行機の姿を確認することが出来ず、わかっていたことは宇宙空間において機体に漂流物の接触があった際に反応するセンサーに、大気圏内で連続して一定の区間に反応があったことだけで、何故デブリのない大気圏内でこれがこんなにも不自然に反応をしたのかという事態に、困惑していたのだ。まさか、文明が失われたと思っている今の地球において航空機による攻撃を受けるとは思えなかったのだ。
機体の被害状況を、ブリッジクルーの一人が機長に向かって報告を叫んだ。
「右翼G6ブロックからI2ブロックにかけて何らかの物体が衝突したと思われます!!現在交換作業に入っています!」
「内部への損傷は!」
「……第三外殻に反応がありますが第四にはありませんので、恐らく第二外殻を少なくとも貫通はしたようです!」
「ならば、居住ブロックへの被害はないということだな?」
「はい!」
機長は乗組員たちに被害が及んでいないことがわかり安心したかったのだが、今はゆっくりとしている場合ではない。各ブロックの管理長から次々と怪我人や各設備への被害の有無などがいっぺんにブリッジまで上げられてくるので、それに全て目を通し副機長が長たちに指示を下していく。
報告に目を通していく中で、彼は重要な証言を目にそれを読んでいくと内容に目を疑った。それは、被害を受けたブロックの一つであるH4ブロックからの報告であった。
(四名の乗組員が右翼側より接近してくる飛行機のような物体を視認、その飛行機から銃撃を受けたとの証言アリ……飛行機だと……?)
信じられなかった。軌道上から撮影した今の地上の様子から、地球上にはもうかつてほどの文明を維持している国は存在しているという予測などしなかった。そのはずだ、そのはずなのに……
茫然と突っ立っている機長に、指示を乞おうとした副機長が彼の異様な雰囲気に大声で呼びかける。
「機長!」
「あっ、な、なんだ……」
自分としたことが、この非常事態の中呆然とするなどと。彼は自分を戒める。
ブリッジが対応に追われているのに対し、正体不明の航空機は再び満月号に攻撃を仕掛けようと機を翻していた、しかも今度は四機で。地球に降下したためスイッチを切っていた、機体各所に取り付けられているデブリ監視用カメラを急いで起動すると、モニタの一つに四機の航空機が迫りつつあることが確認できた。方位は真後ろ。
機長は機の安全なる航行を第一に考えて動かねばらない、つまりここでの最良の判断は機を守るために防御を行うことであった。
「タレット展開!照準はオートだ!」
ここで機長は、デブリ破砕用のレーザータレットの展開を命じた。直径一メートルの隕石だって切断できるこれならば、飛行機に当たればあっという間に高熱によって溶断してしまうだろう。彼の指示が下ると、火器管制担当がレーザータレットのスイッチを跳ね上げたことで、機外五か所にあるタレットが展開したが、内二基が大きな風の抵抗を受けたために展開した直後に千切れて虚空の彼方へと消えた。更に機首上部に設置してあるもう一基が風によって損傷しタレットの旋回速度が七十二パーセントも低下してしまった。本来大気圏内で飛行中に使用することを想定していなかったため、空気抵抗を考慮して作られていなかったために起きた事故で遭った。残るは機の天井部分と、機尾に設置してある、比較的空気の抵抗を受けにくい二基のみが飛行機を迎え撃つことが可能であった。だが不幸中の幸いか、丁度敵機はその二基のカバー範囲内に飛び込んできてくれていた。
「射撃開始せよ!」
タレットは、一斉にレーザーを放ち始めた。細く途切れのないレーザーが二筋先頭の二機に向かって一瞬の内に伸び、パイロットたちはそれを認識する隙も無く乗機の翼や胴を一瞬にして切り離され地上へと落ちていった。残るは半分、これもまた同じように素早くタレットが処理しようとしたものの、対空防御によって僚機が落とされたことを瞬時に判断した敵機は回転しながら死角と思われる満月号の下へと潜り込んだ。
「敵飛行機、機の下へと入りました!」
「クソッ!」
機長は拳を座席の手すりに叩きつける。腹の部分にあったタレットは展開直後に吹っ飛んでしまい、機首下部にあったものも同様に損失しており、下に対する防衛手段が残されていないのだ。このままでは、下からのう攻撃を受け、いくら多重装甲の頑丈な満月号とて崩壊してしまうだろう。そうなれば、二百十一名の全乗員は高度数千メートルから空に放り出され、地上へと音速で叩きつけられるだろう。
「機長!」
副長は一つの打開策を思いつき、機長に提案した。
「打開策が一つ、あります」
「本当か!」
一筋の希望を見出した機長に対し、副長は重たい表情で、ですが、と前置きをした。
「ですが、降下予定地から離れて着陸してしまう可能性があります」
「構わん!!いざとなればエンジンを吹かせればいい!」
詳しい内容も聞くことなく、機長は承認した。それは、長い間彼とは輸送船で共に航海をして宇宙で過ごしてきた信頼によるものであった。副長は無言で頷くと、パイロットのほうへと向き直り上部アポジモーターの最大噴射を命じた。
「ええっ!!」
パイロットたちだけでなく、ブリッジクルーは皆信じられないといったリアクションを取って彼の方を振り返ったが、彼の目はまっすぐと前を向き真剣であったことから、それが冗談でもなく本気で命じているのだと察する。
「早く!!」
「……」
パイロットとコパイは互いに目を合わせると、宇宙空間でのみ使用する機体制御用のアポジモーターの内、機の上部に備え付けられているもの全てを最大出力で点火した。
機の下から上昇と下降を繰り返しながら機銃攻撃を繰り返していた二機の戦闘機は、その動きのために満月号が急速に降下の速度を速めたことに気づくのに一歩遅れてしまった。その遅れが命取りとなった。
「あっ!!」
機首を上げ増速をかけたところに、予想よりも早く満月号の腹が近づき回避する間もなく一機がキャノピーを潰すように激突、爆発はすることはなく数千倍もの重さを誇る満月号に、軽量の単発戦闘機が激突すればひとたまりもなく一方的に破壊されると地上へと落ちていった。もう一機も直撃こそ免れはしたものの、左翼を思い切り引っかけてしまい半分左翼を千切られて落ちていった。
「敵は!」
機長は他に敵機が飛行していないかを問うと、火器管制官は全てのモニタをチェックし、先ほど落ちていったので最後だと確信すると機長に敵は全て撃墜されたことを報告した。
「そうか……はあ」
彼は、その報告を聞くと全身の力が抜けてしまい、ぐだっと座席にもたれかかる。そんな彼の代わりに、副機長が安全が保たれたことを機内に放送すると、割れんばかりの歓声がブリッジまで聞こえるほどに湧き上がった。
「航海士、コースはどれほど外れた」
副機長はマップとにらめっこをしている航海士にそう尋ねると、彼はマップを操作していくつかの計算を行うと現在の飛行ルートと修正すべき飛行ルートを同時に複数提示した。
「これが――――で……旋回を―――」
「燃料が――――」
思わぬトラブルと遭遇したものの、満月号は降下作戦に戻るとルートの修正を行いつつ当初の降下予定地であるミネソタ州スペリオル湖湖畔付近へと向かう。




