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Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅱ Une dragon de lune(月の竜の乙女)
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Shoot the shooting star.(流星は墜つ)

 翌二日後、地球衛星軌道上に到達していた満月号は、まるで月のように地球の周りを周回しつつ念入りに地上の様子を撮影し、事前に得ていた地上の衛星写真と照らし合わせつつ最適な降下場所を選定。また天候などといった常に移り変わりゆく事象も考慮に入れてある。こうして導き出された降下場所かつ基地建設に最適な場所は、北米はかつてミネソタ州と呼ばれた場所であった。

 ミネソタ州が選ばれた理由はいくつかある。まず一つ目に鉄鉱石鉱山の存在であった。基地建設など開拓には多量の鉄資源が必要となってくる。そのためアイアン・レンジと呼ばれる鉱山帯群を持つミネソタ州はかねてより候補地として有力であった。

 二つ目に広葉樹林地帯のような緑の生い茂る地域があり、写真によれば広大な平地が広がっているためこの巨大な宇宙船も降下しやすいだろうという考えがあった。

 そして三つ目に何より五大湖の存在である。五大湖でも最大の面積を誇るスペリオル湖に隣接しているため、水源の確保は容易である。人間、例え月に住もうとも地球に居残ろうとも等しく水がなければ生きていけない。特に宇宙では水源がないため、人工的に水を作り出す装置の開発にはかなりの苦労を強いられた。また、月面都市にはない自然の海、これもまた宇宙に暮らす月人類にとって非常に魅力的に見えたのである。

 その他諸事情を踏まえ、ミネソタが選ばれたのであった。降下予定地が決まると、後は早かった。すぐさま機は降下準備に入る。乗組員たちもかねてより1G下での活動に備えて運動はしっかりとこなしていた。

 機内の荷物は全て固定され、乗組員たちも降下に備え出港時に使用した座席へとつくと、シートベルトを締めて備えている。ノエルが席につくと、既に宇春が座っており彼女の上を飛び越えつつ自分の座席に腰を下ろし体をベルトで固定した。

「地球だあ」

 窓の外に眼をやった彼女は、思わずそう呟いてしまう。

「そりゃ地球しかないでしょ。火星にいくでもあるまいし」

 と宇春はおかしなことをいうのね、と笑う。ノエルの透き通る薄黄色と真っ青な瞳には、巨大な星が大きく映っており、その月とは大違いの景色にただ目を奪われるだけであった。月の者なら誰しも一度はあこがれを抱く地球、ノエルも例にそのもれず小さいころからこの眼下に、確かにどっしりと存在している青い水の星に強いあこがれと美しさを抱いており、いつか行きたいと思っていた。そんなあるときに、テレビのニュースで地球に降下する計画が準備段階に入りつつあると知るや彼女は技師系の勉強へと転換、女性にしては珍しい機関士の道を目指したのであった。

 その努力の甲斐もあって見事地球降下機満月号の乗員へと選ばれることが出来たのだった。もうすぐ、その夢も叶う。地球に行ったら何をしようか、そんな妄想ばかりが膨らんでくる。湖というのがあるらしいので自然の水の中で泳ぐのはどうだろうか、木登りというのもしてみたい。他には土に埋もれてみたいというのもあった。野生動物も見てみたいし触ってみたい。ああ、やりたいことだらけで仕方がない、この仕方のなさが胸を豊かにおおらかに、そしてはつらつと躍らせるのだ。

(柄にもないなっ)

 仰々しい語りなどらしくもないと舌を出すと、彼女は夢想を続けた。地球には沢山の物事があるのだ。かつての人類の誇った繁栄こそなくなれど、大自然そのものは残されたのだ。

 やりたいことはいくつもあった、だが最も彼女が地球にて望むのは、水辺に家を建てて暮らすことだった。血の繋がる家族はもういない、故に月に戻らねばならないというその身を縛り付ける鎖はない。ただ一つの心残りであるエーリッヒは、しばらく会うことはできなくなってしまったものの、きっとそう遠くないうちに会えるはず。

 どんなロッジを建てるかを思い描く彼女の顔は、それはとても綻んでいたという。そんな笑顔を、無情にも荒廃した地球が打ち砕こうとしているとは、一体誰が気づけようか、いや、乗組員に気づける者など居るはずもなかった……



 ブザーが機内に鳴り渡る。

〈地球降下まで、あと三百秒。乗員は搭載物が固定されていることを確認次第、直ちに搭乗席に着席しシートベルトで体を固定せよ〉

 副機長のアナウンスが機内全体に放送されるが、既に全員そんなこととっくに済ませていたため今更慌てて動く者は一人もいない。皆、不安と期待に胸を膨らませて地球の重力を感じるその瞬間を今か今かと待ちわびていたのだ。

 機体は徐々に降下を始め、地球へと近づいていく。すると地球を眺めていたノエルの目の前で小さな窓にシャッターが下ろされてしまい、彼女はあんぐりと口を開け失望の色に顔を染めていた。

 ついに、本格的な地球降下が開始された。機体の周囲は大気圏との摩擦によりあっという間に機体の底面は真っ赤になって生物が耐えられないほどの超高音になっていた。機はガタガタと振動を始め乗組員たちは機体が降下中に分解して墜落するのではないかという恐怖に駆られ頭を抱えて鳴き啜り始めるものも現れた。ノエルもまた、先ほどとは一転不安に目を瞑って胸に手を当て祈っていた。

 次第に、重力が彼らの体、そして機体に纏い始め今まで宇宙空間では感じることのできなかった自然の重力が彼らを地球へと引っ張り始めていたが、今の彼らの殆どにそれに気づくだけの精神的余裕は存在しなかったのだった。



 いつしか、激しい振動は収まり聞いたことのない騒音が機内になり始めていた。ブリッジでは閉じられていた耐熱シャッターが開かれ機体全体の窓が再びオープンとなった。それと同時に、乗組員たちはあまりの眩しさに思わず目を瞑っていた。

「うううっ!!」

 機長他ブリッジのクルーは目を閉じてはならないと理解しつつも、その閃光に抗うことはできずつい目を腕で庇ってしまう。急いでブリッジの窓にフィルターを下ろしその光を遮ると、ようやく地球の姿が見え始めてきた。

 そして、彼らは息を飲んだ。

「これが……地球か」

 乗組員たちの座席でも同じように衝撃が走っていたのは言うまでもない。あるものは言葉を失い、そしてまたある者は歓喜の歌を口ずさみ始め、そしてまたある者は自らの目に映っている光景を信じられずにただただ阿保のように口をあんぐりと開けたまま呆けているかといったような多様な反応を見せていた。

 ノエルもまた、その阿保のように口を開けている一人であったが、彼女の心情は同じように呆けている者たちとはまた異なったものであった。

(なんだろう、懐かしいような、そんな……)

 今まで感じたことのない得も言われぬこの胸の内に羽ばたき始めた高揚感に、彼女は戸惑っていた。まさか自分が人間ではなく竜の一族の末裔で、あまつさえその古の血が数百年ぶりの空を見て騒いでいるなどと、欠片も想像できるはずもなかった。

 ドラクラットの一員である彼女に現れているドラクラットの特徴は、ドラクラットにしては多少弱かったが、ドラクラットらしい力強さと尖った耳、顔の紋章といわゆるオッドアイであったが、空を感じ始めたこの時から、まだ眠る力が目覚めようとしていた。

 空と大地とを食い入るよう見つめていたノエルであったが、何かを雲の向こうに感じ始めていた。何か大きなものが接近してきているのを。

「ひっろいねえ~」

 宇春が呑気にそう言っている下で、彼女は目を高速で動かし始め、空の中に何かを探していた。

「どうしたのさ、ノエル。酔った?」

 やけに元気を感じられないことに気づいた宇春は、ノエルにそう尋ねたが彼女はただ小さく

「来る」

とだけ呟いた。

「何がさ」

 鳥でもいるのだろうかと彼女は小さな窓から外にいもしない鳥を探し始めたが、確かに鳥はやってきた。だが、少なくとも有機的ではない、動物図鑑には決して乗らぬ巨大な鳥であった。

「何あれ」

 誰かが呟く。右翼側に座っている者たちはその声につられ窓の外にこちらに迫ってくる藍色のものを認め始めたが、次の瞬間右翼側に無数の弾丸が走っていた。

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