或る森の夜。
ニコが新たな≪スキル≫を習得したその日の夜。ゴールの森の真ん中で、一人のゴブリンが木々の間を縫うかのように走り抜けていた。
視点:ゴブゴ
「ハァ、ハァ、ハァ…。」
時折後ろを振り向き、奴が来てないかを確認する。今はまだ追ってきてないようだが、時折聴こえる断末魔は奴に喰われた仲間のモノだろう。
(クソッ!クソックソックソガーーーー
!!)
なんでこうなった!
なんでこうなった!?
オラは辺りを見回し、奴が追ってきてないのを確認すると近くにあった木の影に潜り息を整える。
(……クソが!なんでオラだぢがこんな目にあわなきゃなんねーんだ!!)
◆◆◆
奴は突然集落に表れた。
黒い毛にギラギラと光る泥水みてーに淀んだ緑が混ざる茶色っぽい眼。へちゃぁと伏せた三角の耳にダラダラと垂れるヨダレを止めようともしない開けっ放しの口に黄ばんだ牙。
ソイツは、“ウルフ”だった。
今までで、見たこともねぇーくれーにでかくて、ガリガリに痩せた、見窄らしいウルフだった。
奴が来た時、オラ達は歓喜した。
何故なら本来、ウルフは1匹だけでもオラ達は4・5人ががりで袋叩きにしてやっと仕留められる事が出来る魔物だ。奴は見るからに痩せてるが、食えるところはありそーだし、あのガタイなら毛皮は沢山取れそうだった。
オラ達はすぐさま奴を囲んだ。指揮をしたのは集落一の猛者のオラではなく、ライバルで集落一の色男のゴブジホだった。
「カコメ!!」
ゴブジホの一声で奴の周りに緑っぽい灰色の壁が出来る。手にはそれぞれ木の棒だったり昔この森に来た冒険者の落とした盾だったり剣だったり……みながそれぞれ得物を構え、襲う準備が出来ていた。
「ゲゲゲ。コレ、オデがもらうゾ。」
既に殺り終えた気でいるゴブジホが近づいて来る。まっ、仕方ないか。何せ、あの時は誰もがゴブジホの掛け声があればすぐに終わると思っていたからな。
「チッ。今回だゲだ。」
その時、奴を囲む輪に入っていなかったオラは舌を打った。
オラが入っていなかった理由はこの集落の異端で一番の嫌われ者、リンに腕を焼かれたからだ。リンが出した炎はオラの腕を焼き焦がし、数ヵ月経った今でも痛みが止まらねぇ。
薬師のババから静養を言い渡され、こうして狩りにも遊びにも行かず見ているだけだ。クソつまんねぇ。あん時はいいようにされたが、驚いて動けなかっただけだ。今度会ったらぜってー殺してやる!!
「ゲゲゲゲゲゲェ♪おとナジぐ見テろよゴブゴ。オメー等、ヤれーーーー!!」
「「「ゴギャッ!!」」」
ゴブジホの一声で仲間達が一斉に得物の先を奴に向ける。
奴は死を覚悟したのか、顔を伏せ、小刻みに震えていた。
オラ達は信じていた。あのウルフは弱いと。ゴブジホ達が仕留め、アレを食えると……。
迫る切っ先。女どもの姦しい声。ガキ達の腹の音。そして
「ワフ♪」
嗤った。仕留められるその瞬間。確かに嗤った。
「!?」
背中の真ん中に雪のように冷たいナニカが走る。この感覚は知っている。どこだ?どこで感じた。
「「グギャ!?」」
「ゴブァッ!?」
再び奴に目を向けると、奴は既に消えていた。
仲間達もキョロキョロ辺りを見渡す。
「あ。 g で。」
女どももガキ達も輪に加わってなかった全員が辺りを見渡す。だが、奴の姿は見つからない。
「b 、 げロ。」
「ん?」
オラの鼻が、ツンと臭うナニカを嗅いだ。生臭く、何処かで嗅いだ事がある臭いだ。
オラは臭いを辿る。他の奴等も気づいたのか、鼻を先にしウロウロウロウロ。
「 。」
臭いの先は先程奴がいた近くの木からだった。近くに行くと、ポタポタポタポタと血が落ちて水溜まりになっている。
ヤったのカ? ごろじた!! オニク。オニク♪
仲間達は笑っていた。彼処に逃げたのだと、馬鹿な奴だと笑っていた。
「オイ!?待て!!」
仲間の内で木登りが得意な連中がするすると木を登り始めた。
女どももガキ達もいつの間にかいた老いぼれ共も、木の上に隠れた肉に夢中だった。
けど、オラは違った。
あの時、奴は嗤った。その事がやけに気になった。どこかで、そう、割と最近だったはずだ…。
にーく!ニーク!ニーク!!
木の下での大合唱が始まった。女もガキも老いぼれも目をギラつかせている。
……そうだ。あの時もたしか、皆が声を出し、目をギラつかせていた。
ボトッ
「「「オオォ~~~!!」」」
木からナニカが落ちた。歓喜の声があがる。赤く染まったそれは間違いなく肉だった。
ボトッ ボトボトボトッ
次々に肉が落ちて来る。
下にいた奴等は我先にと大乱闘だ。
コロ…
一番初めに落ちた肉がオラのところに転がってきた。オラはそれを拾う。
赤、歓声、そして、
絶望した顔。……かお?
「!?ご、ゴブジホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「「えッ?」」
転がってきた肉は、いつの間にかいなくなっていたゴブジホだった。首だけになった、ゴブジホだった……。
オラは嫌な感じがして、仲間達の方を見る。あいつ等が肉と、肉ニクにくと叫び取り合っていたのは、木に登った連中の首だった。
スタッ
木からナニカが飛び降りた。
「わふぅん♪」
それは、汚ならしい牙から滴る赤を流したウルフだった。
それからはまさに蜘蛛の子を散らしたかのような大混乱だった。
逃げるオラ達。ガキも女も老いぼれも、互いを踏みつけ、真っ先に逃げようとする。
だが、奴はウルフ。
あっと言えない間にそいつらに追いつき、牙を突き刺す。
オラは少し木から離れていたからなんとか逃げられた。こわい…。オラ達は、なんつーもんに手を出しちまったんだ!!
◆◆◆
木の影に隠れながら息を殺す。
……思えば、リンが逃げたあの日からずっとついていない。
(クソが!!やはり、アイツは厄病神だ!!)
オラが女に振られたのも、火傷したのも、ゴブジホに馬鹿にされたのも、奴が集落に来たのも、全部ゼンブあの厄病神リンのせいだ!!ぜってー殺してやる。殺してやるぞ!!
「ワフ♪」
「え…?」
何処からか奴の、ウルフの声が聞こえた。
オラは飛び上がり、辺りを見渡す。周りは木が多くて、奴がどこにいるのかわからない。どこだ?何処にいるんだ!?
ゴシャッ
キョロキョロと見渡していたら、頭に衝撃がきた。ボタボタと赤が、血が流れる。
爛々とした眼。やけに光る黄ばんだ牙。
そして、不意に思い出した。
(そうか。あの時と、リンが炎を出したあの時と似てるんだ。)
オラは、目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
襲われた小鬼より遥かに離れた場所、そこに1匹の子蜘蛛と一人の小鬼がいた。
「ん?」
「どうかしましたかリンちゃん」
赤い小鬼が不意に遠くを見る。
その先には木があるだけだ。
「いやな、なんカ、声が聞こえた気がシテ。……ニコは聞こえナかっタか?」
「いいえ?何も聞こえなかったですよ?」
「……そっカ。オレの、気のせいか…。」
「?」
子蜘蛛と赤い小鬼は首を傾げながらその1日を終えた。
少しずつ動き出します。
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