迫る禍
カトレアとライゴウが話している頃、主の樹から出てくる影があった。
それは所々がまるで食散らかされた様にボロボロな葉の服を纏い、鳥の巣のようなボサボサの燻んだ白い髪、頬は痩け、目には暗い光が宿っていた。
―――そう。それはかのクイーンバタフライであった。
彼女は今まで、ずっとこの主の樹に閉じ込められていたのである。
そして彼女は、叫んだ。
「や…と、やっと…、出られたのじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
~視点:クイーンバタフライ~
ながかった。長かったのじゃ!
ニコの奴めが張った糸はとてつもなく頑丈で、妾の≪カッター≫ではまったく歯が立たなかったのじゃ……。
奴を捕らえ、必ず救ってやると同胞達に約束し、妾は再び部屋に戻り≪魔力探知≫を使った。
が、奴の反応は何処にも無かった。
いくら探しても何回≪魔力探知≫を使っても結果は同じ、あの馬鹿としか言い様のない魔力は何処にも無かった。在るのは奴が張った糸と主の樹に残った奴の魔力だけじゃった…。
妾は焦った。
奴が居ないという事は糸を回収出来ぬという事。つまりは同胞達はあのまま、糸に捕らわれたままじゃいう事じゃ。
…ならぬ。あってはならぬ事じゃ!
蝶とは空を舞うもの。
風をつかみ、優雅に、気高く、誰の目にも高貴に映らなくてはならぬもの。
よって、このように糸に捕らわれるなんぞもっての外!!空を翔ぶ自由を、気高く生きる魂を、こんな陳腐な蜘蛛糸になんぞに縛られるなんぞもっての外じゃ!!
魔力が通っているとはいえ、既に切り離された糸。留まる魔力は自然と消費され、時が過ぎる毎に効力を失うのが通じゃ。効力を失った糸であれば妾でも斬れよう。
妾は暫し時を待つ事にした。糸が弱るのを見定める為≪魔力探知≫は使ったままじゃ。
(ニコめ…。今まで便利じゃったから生かして置いといていたというのに…。糸の魔力が尽きた時がお前の最期じゃ…。)
妾は待った。同胞達を解放するために、ひたすら待った。
しかし、それは愚策であった。
(……む?おかしいぞ?なんで力が衰えんのじゃ?)
ニコの反逆から早数時間。妾は糸の魔力が衰えん事に気づいた。
いや、正確には時間は分からなかった。なにせ目安となる陽の傾きも何も無かったのでな。なんにせよ、長い時間が過ぎた事は何となく分かった。
じゃからこそおかしい。もう糸の魔力が弱ってもおかしくない程時は過ぎたと思う。なのに、糸の魔力は全く衰えておらんかった。
――いくらなんでもおかし過ぎる。
そう思った妾は≪魔力探知≫に神経を注ぐ。
「なっ!?馬鹿な!?」
そして驚いた。
糸の魔力は主の樹と繋がっていた。糸から樹へ、樹から糸へ、糸から出た魔力は主の樹から魔力を吸収しまた糸に戻っていたのじゃ。そう。まるで血潮のように。ずっとずっとそれを繰り返していたのじゃ。
(――くそ!埒があかぬではないか!?)
主の樹に残った魔力はまだまだ大量にあった。全てを使いきり、糸が弱体化するまで到底待てぬ!
妾は外に出る事にした。奴を捕まえる為に、同胞達を解放するために!!
(待っておれよ…必ず妾が助けてやるからな…。)
糸の間と間を触れぬよう慎重に潜り抜ける。樹の外に向かい、ゆっくりと、慎重に進む。
みっともなく這いつくばりながら進む。途中主の樹の木の皮を齧り、喉と腹を満たしながらゆっくりと進んでいったのじゃ…。
(―――――ん?)
再び異変が起きたのはそれから暫く事。既にどれ程時が過ぎたのか分からなくなった頃じゃった。
張り続けていた≪魔力探知≫から1つ気配が消えた。
よくよく見れば今にも消えそうな気配が1つ2つ3つ………数えきれぬ気配が主の樹の所々に存在した。
――まさか!?
嫌な予感が頭を過る。
妾は一番近くの気配に向かった。
「……そ、んな…。」
そこにあったのは、永久の旅に旅立ってしまった後の同胞達の残骸であった…。
「くそぅ…。くそうくそうくそう!」
なんと言う事じゃ!
妾は間に合わなかったのか!?
そうじゃ…。思い返してみれば幼虫の頃からこの主の樹の皮と葉を主食としてきた妾は今でも葉も肉も食べる事が出来たが、他の同胞達は今や完全な肉食。妾のように樹を食べる事が出来なかったのじゃ…。
我等蝶の一族は魔力と素早さに長けておるがその代わり貧弱。防御も体力も低い。糸から逃れる為、必死に羽ばたいたのであろう。そのせいで体力を消費し、腹を空かせ、ひもじい思いで死んでしまったのであろう…。
なんという事じゃ…。なんという事じゃ!
奴は…奴はそこまで計算に入れ我等を殲滅せんとしたのか!?
「ニコめ…絶対に赦さぬぞ!!」
妾は同胞達の屍の下を潜り抜け進む。
胸に渦巻く憎しみと哀しみ、奴への憎悪が荒れ狂う。
いつしか髪は色を亡くしていた。同胞達が色を持っていったのであろうか?ならばこの髪は復讐の誓いじゃ!!
そうして進み続けた今日。
やっと妾は外に出たのじゃ。
「待っておれニコ…。」
――――絶対に殺してやる!!
「グオン!!」
「……へ?」
しかし、妾の誓いは叶う事無かった。
クイーンバタフライが逢ったモノとは…
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