わかれのきおくです。
あわわわわわわわわわわ…
どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
水を持ってくるにもその間にコテンと逝ってしまいそうですし、意識が無いから食物を食べさしてあげることもできません…!
アワアワアワアワ
リンちゃんの周りをウロウロウロウロ。あぁどうしよう…。こんな事になるなら加瀬さんや他の看護師さん達に何か教わっておくべきでした!とりあえずは栄養。栄養です!何とかして栄養を取らせないと!!
……ハッ!?
そ、そうだ。前世の時に再放送で見た獣のお姫様みたいに口で食物を噛み砕いてあげればいいんだ!!リンちゃんごめんね。男同士の口移しなんて嫌でしょうけど、緊急事態なんです。後で殴るなり蹴るなりしてもいいので、我慢してください…!!
そう思い、慌てて持ってきた荷物を下ろして中に入れてたご飯を出します。
しかし、僕は重要な事を忘れていたのです。
(リンちゃん、今あげるからね!!)
ガッ
もきゅもきゅもきゅもきゅもきゅもきゅも……
前世も含め最高速で口をモグモグモグモグ。呑み込み易いように思いっきりモグモグします。
けれど、口の中のご飯は中々、といいますより全く小さくなりません。
(あれ?なんで大きさが変わらないのですか?いっぱいモグモグしてるのに。
……アーーー!?
そ、そうだ。そうでした!僕、今は蜘蛛じゃないですか!歯なんて無かったじゃないですかーーー!!)
そう。今の僕は蜘蛛。
蜘蛛には人間みたいな歯なんて無かったんです。今までは口周りに生えた牙でご飯を一口の大きさに千切り、呑み込んでいたんです。モグモグは気分でやっていたんです。
口の中に歯が無いので、当然ご飯の欠片が小さくなるなんて事はありません。
前言撤回です。蜘蛛の体、不便でした…。
まさか、こんなところで歯の大切さが解るなんて…。
そんな事をしている間にも、更にリンちゃんの呼吸が小さくなっていきます。
どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!?
やっと出来た友達なのに。初めて出来た同年代の友達なのに!まだ全然お喋りとか遊んだりとかしてないのに!!
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
嫌だ!!このままお別れなんて嫌だ!!
どうにかしないと…。何とかして何か食べさせないと!!
僕は殆ど無い脚力を振り絞り、ご飯の欠片を潰してリンちゃんの口に入れ、呑み込ませようとします。
けど、まだ欠片が大き過ぎるのか、ご飯が入ってくれません。入れても入れても、すぐにポロポロポロポロ落ちて口に入りません。
蜘蛛の脚はそれなりに器用ですが、先が鉤状なので今の弱ったリンちゃんの皮膚、まして唇なんて一番弱いところの皮膚なんか簡単に破いてしまいそうで触れません…。
今、この体が憎いです。
食物を砕いてあげる歯も、ご飯の欠片を潰したり口を開ける事も出来ない指のない脚。役立たずです……。自分の事は色々出来るのに、他人の為には何も出来ない蜘蛛の体が憎いです。憎くて憎くて仕方がありません…。
ポロ、ポロポロ
(いやだ。いやだよ。おねがいですから、くちをあけてください…。りんちゃん、しんじゃやだよ…。おねがいですから、おねがいですからくちをあけて。ごはんたべて。おねがいだから、おねがいだから…!)
何度も何度も潰したご飯を口に入れます。何度も何度も何度も何度も。けど、動かないんです。食べてくれないんです…。
血の気のない、乾いた肌。しているかもわからないほどの薄い呼吸。
僕の脳裏にあの日の事、僕がまだ人間だった時。まだ病院に入って少しした時の出来事が頭を過りました。
◆◆◆◆
その日、僕はいつものように月見里さん達と3時のお茶をしていた時の事です。
『おや?米田さんが居ないね?』
その時のお遊び兼お茶仲間の一人、米田さんがまだ居ない事に宮辺さんが気づきました。
その日は皆午前の診察(いつもはそれぞれに検査やら手術とかが入ってます)だけの日だったので、3時にお茶をする約束だったのです。
『アノ、僕、ミテ、イク。』(当時、まだ日本語が慣れていませんでした)
『あぁ。ニコちゃんが行くなら私も行くかね。』
そう言って、僕は月見里さんと米田さんの病室に行きました。
『おや?ニコちゃんかい?それに崇さん(月見里さんのお名前です)も?どうがしたっぺ?』
着いた病室で、宮辺さんはベッドに横たわりながらも穏やかな笑顔で出迎えてくれました。
『どうしたもこうしたもありませんよ。宮辺さんが来ないので見に来たんですよ。みなさん心配してましたよ?』
『(コクン)ミル。キタ。』
『ほらね?ニコちゃんも心配したんですよ?』
僕と月見里さんは肩をすくめます。
『ああ、そだったべ。そうだっ……たべ、……なぁ…。』
穏やかな笑顔のまま、宮辺さんの声が段々小さくなっていき…。
ピッ、ピッ、ピ――――――――――
『eh?(えっ?)』
心音が…止まりました…。
『えっ?なっ、チョッ!?か、かかかか看護師さん、看護師さーーん!!』
月見里さんが慌てて看護師さんを呼び、その後はよく覚えていません。
その後で知ったのですが、元々彼女は心臓病が末期でいつ止まってもおかしくない状態だったそうです。
本人が延命治療を拒否し、普通の病院患者と同じ扱いでいい。と望んだ為、僕達と遊んだり出来ていたそうです。
カサカサの乾いた皮膚。閉じられた目蓋。全身からナニカが抜けた横たわる肉体。
宮辺さんだったソレ。僕は、ただ宮辺さんがナニカになっていく様を見ているしか出来ませんでした。
◆◆◆◆
(くそ…くそくそくそっ!!なんであの時の事が過るのですか!?)
あの日、帰らぬ人になってしまった宮辺さんの顔がリンちゃんと被ります…。
どうしよう…。どうしようどうしようどうしよう!?
このままじゃリンちゃんも、リンちゃんも同じになってしまいます!!
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようー!?
ガッ
『!?』
混乱し、ひたすらリンちゃんの口にご飯を運んでいた脚を、誤って変な脚の置き方をしてしまって血が出ました。
脚から少しですが緑色の血が滲み出ます。少し痛いです。こんな事している場合じゃないのに…!!
……待てよ?
(…………血?)
もう一度、ケガした脚を見ます。
少しずつですが流れ出てくる緑の水。
僕の頭に、別の別れの記憶が甦ります。
そうだ。こうすればいいんだ!!
ニコが思い付いた方法とは…!?
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