第八話
「先日はすみませんでした。結界を破られた形跡は無いのに、我らの領地に人の気配が現れたので確認に参ったのですが……どうやら驚かせてしまった様で……」
声の主は淡々と言葉を紡いでいる。
「……」
秀頼にまともなコミュニケーション能力があれば、ここで相手を誰何したかもしれない。
だが、秀頼は陰キャでぼっちでコミュ障野郎だ。
ビビるだけで、声を出すことも出来なかった。
「私はこの森の主、ザイデルギース様にお仕えする森の民が一人、セラスフィアと申します。失礼ですが、あなたは何者ですか?」
セラスフィアと名乗る者は、名前と立場を告げ、礼儀を見せた。
礼には礼を返す。これを違えると陰キャは孤立するだけでなく、簡単に敵を作る。
秀頼は経験上それが厄介な事態を招くことを知っていた。
「イクス、ジーナ、ロクサーヌ……武器を降ろして」
三体のゴーレムが、秀頼を見る。
その顔には、納得できないと言う感情がありありと浮かんで見えた。
だが、秀頼は頷き武器を降ろさせた。
渋々武器を降ろした三体は、だが警戒は解いておらず、さっと移動して秀頼を守るように前に立った。
影の主は、焚火の光が届くギリギリ、バリケードの手前まで歩み寄った。
フードを被っていて顔は見えないが、その柔らかなシルエットから女性だと言うことが分かった。
「お、オレは高藤秀頼、い、異世界から、こ、ここに送られて来ました。そ、そちらに危害を加える気が無いのなら、こちらも敵対する事は有りません」
「異世界……そういうことですか、結界が破られたわけでも無いのにあなたが現れたのは……それなら納得です」
セラスフィアは得心がいったと呟いた。
「ここはザイデルギース様の治める森、その最奥聖域です。ザイデルギース様の許可無き者は何人たりとも居住させるわけには行きません。あなた方には速やかここから立ち退いて頂きたい」
「立ち退き……それだけ、ですか? はい、分かりました。夜の移動は怖いので、明日の朝からでも良いですか?」
秀頼はセラスフィアの要求に安堵した。
そもそもこの土地に思い入れは無いし、ゴーレム三人娘が居れば、割とどうにでもなると思ってる。
後でこの考えを後悔することになるのだが、この時点では知る由も無かった。
「え? え、ええ、もちろん構いませんが……随分と簡単に了承するのですね。もっと交渉に難儀するかと思っていましたが……」
「出て行くだけなら問題ありません。そのザイ……ザイ何とか様に謁見して許可を貰えとか、試練を受けろ、とかじゃなくてホッとしました……ただ、一つお願いがあります」
秀頼の言葉に、セラスフィアはやはりと警戒の色を浮かべる。
「……その願いとは?」
「オレたちはここの……この世界の土地勘がありません。どこからどこまでが、その、ザイ何とか」
「ザイデルギース様」
「ザイデルギース様の治める土地なのかわかりません。なので、向かうべき方向と距離を教えて頂けると嬉しいです。で、出来れば水のある場所を」
「………」
黙り込むセラスフィアに、ちょっと烏滸がましかったか? と冷や汗をかく秀頼だったが、セラスフィアはホッとしたように肩の力を抜いた。
「……その程度ならお安い御用です。明日の朝、迎えに来るのでそのついでに結界外まで案内しましょう」
言ってセラスフィアは踵を返すと夜の帳の中へと消えていった。
秀頼がシェルター内のコットにへなへなと腰を落とすと、ジーナがやってきて膝の上に乗り秀頼の顔を見上げてきた。
恐らく心配してくれてるのだろう。
「大丈夫だよ、久々に人と話して緊張しただけだから」
言ってジーナの頭を撫でる。
ロクサーヌは傘を拾って見張りに戻り、イクスは秀頼の前に来て、素材と大八車を交互に指さした。
「いや、荷物は最低限にしようと思う。武器と道具と大八車、それくらいで良いんじゃないかな」
秀頼の答えにイクスは少し考えるような素振りを見せ、今度は素材と自分とジーナを指さした。
「バージョンアップ? でもさっき上手く行かなかったじゃないか」
しかし、イクスは何か目論見があるのかしつこく強請り、秀頼は折れて雨の中素材を一か所にまとめた。
「始めるぞ、まずはイクスから」
先ほどは上手くいかなかったはずが、今回は何故か素材の一部が光だし、イクスのバージョンアップは成功した。
身長は120センチくらい。白いつるつるのボディにところどころ赤いピンストライプが入っており、ロクサーヌほどではないが、頭身も上り全体的に女性的な造形になっている。
そしてやはりキチンレンズの複眼が出来ていた。やや釣り目勝ちで、可愛いと言うよりカッコいい感じだった。
「上手くいった……何でだ? さっきはダメだったのに……」
イクスは身振り手振りで説明してくる。正確に理解できた訳では無いが、恐らく、先ほどの失敗は素材以上の姿をイメージしたからの様だった。
「なるほど……やはりイメージが重要なのか……けど、そんな大層なイメージ持って無かったんだけどな」
するとイクスはそっぽを向き、逃げるように弓を持って見張りについた。
なるほど。イクスの考えたイメージが凄かったのか……まぁ、ロクサーヌのバージョンアップを見たら、そうなっても仕方ないか。
秀頼は苦笑するとジーナに向き直った。
「残りの素材全部使っていいからな」
ジーナの頷きに合わせ創造魔法を掛けた。
ジーナはピンクがかったボディに白いピンストライプ。身長はイクスと同じ120㎝くらいだったが、イクスよりも女性的……と言うか肉感的になってた。そして当然の様にキチンレンズの複眼。こちらはたれ目がちで可愛い感じだった。
◇◇◇◇
翌朝、秀頼たちが待っていると、セラスフィアがやってきた。
フードは被っておらず、プラチナブロンドの髪が朝日を受けキラキラと輝いている。
目の前まで来たセラスフィアは、大八車を見て怪訝な表情を浮かべた。
そこには、死体の様に身動きしないロクサーヌが転がっていた。
「き、気にしないでください。あと一時間ほどで起きると思いますから」
昨夜のやり取りやら撤収の準備やらでゴーレムたちの睡眠ローテーションが狂い、最後に寝たロクサーヌが出発に間に合わなかっただけだった。
「わかりました。もう出発しても?」
「大丈夫です」
言って秀頼が引手を掴み、ジーナが大八車の後ろに着いた。
イクスは今朝がた作り直した弓矢を持ち脇に立っている。
セラスフィアは頷くと、朝日とは逆方向に歩き始めた。
秀頼はザイデルギースの最奥聖域の外のこととか、警戒すべき生き物、塩のある場所、食べられるきこの見分け方など今後の生活に役立つことを聞きたかったのだが、如何せん、コミュ障で会話を切り出すことが出来ない。
セラスフィアが驚く程の美人ともなれば尚のことであった。
「異世界、とはどんな所なのですか?」
不意にセラスフィアが口を開いた。
「ど、どんな所と言われても……そ、そうですね、飛行機と言う空飛ぶ乗り物が有りました」
「空飛ぶ乗り物……それは家畜化した飛竜や飛翔系の昆虫とは違うのですか?」
「ひ、飛竜!? い、いえ、違います。人が操縦する鉄の翼で、一度に800人以上運べるのもありました」
「鉄の翼!? そんな物に800人も……」
「あと、こんな物で遠距離の人と会話や情報のやり取りもしてました」
秀頼はポケットからスマホを取り出し電源を入れて見せた。
「この板でですか? 随分と変わった世界なのですね」
セラスフィアはスマホ自体に驚いてはいたが、遠距離通話には興味を示さなかった。
もしかしたら、この世界には別の遠距離情報伝達方法が有るのかもしれないと秀頼は思った。
「こちらから見たら変わってるかもしれませんね、元の世界には魔法がありませんでしたし……」
「魔法が無い!? そんな世界で人間が生きていけるのですか!?」
飛行機なんかより、魔法が無い事の方がセラスフィアには驚きだったようだ。
「無ければ無いで何とかなります。代わりに元の世界では、こういう文明を発達させてましたし」
言って、秀頼はスマホを持ち上げた。
「この板は魔道具では無いのですか!?」
「ええ、魔法は使われてません。大雑把に言うと電気技術を発展させた成果物ですね。尤も、これだけだとただの板で、通話や情報のやり取りには、別の大がかりな施設が必要ですが」
「ふむん……どうやら私の理解の及ばない世界の様ですね、異世界と言うのは」
言うとセラスフィアは困ったような笑顔を浮かべた。
◇◇◇◇
出発してから30時間後、秀頼たちは最奥聖域の端に辿り着いた。
一度の野営を挟んで、ほぼ歩きっぱなしの強行軍だったが、疲れたらロクサーヌの引く大八車に乗せて貰えたので、過酷凄ると言うほどでは無かった。
「この先が結界の外になります」
セラスフィアの話しによると、基本は同じ森で結界の有る無しでしかないとのことだった。
「いろいろ教えて頂きありがとうございました」
秀頼は深々とセラスフィアに頭を下げた。この二日間、比較的気安くなったセラスフィアから、この世界のことを教えて貰っていた。ザイデルギース領を含むこの大陸のことから、食べられるキノコの見分け方まで。
「いえいえ、私も興味深い話が聞けて楽しかったです。この先を一刻ほどまっすぐ進むと湖に着きます。道中お気をつけて」
微笑むセラスフィアに別れを告げ、秀頼たちは新たな拠点予定へと向かうのであった




