第七話
秀頼が目を覚ますと、辺りは真っ白な霧に覆われていた。
耳を澄ますとぽつぽつと雨音が聞こえてくる。
「雨か……この世界に来て初めての雨だな」
焚火は消えており、ゴーレム三姉妹は濡れネズミになりながら、見張りをしている。
シェルターは辛うじて雨漏りしていないが、このまま降り続ければどうなるか分からない。
幸い昨日は獲物が沢山捕れていたため、食料の心配が無く今日無理して森に入る必要も無い。
「イクス、ジーナ、ロクサーヌ。三人ともおはよう。今日は雨だから狩りにはいかない。代わりにこの拠点の拡充をしようと思う」
三体のゴーレムは既に睡眠を終えていた。昨夜イクスが早めに睡眠をとり、秀頼の活動時間に合わせて動けるように調整したのだ。
三体のゴーレムはコクンと頷き、秀頼の前に資源を持ってきて身振り手振りで何かを訴えてきた。
どうやら、資材置き場が欲しいとのことだった。
確かに現状素材は雨ざらしだった。濡れると面倒な薪の類はコットの下に避けてあったが、ここだとそんなに数を置けない。
「じゃあ、この木の枝のシェルターを覆うくらいの木の小屋を作ろうか。小屋と言っても———」
言いながら、地面に木の棒で簡単な構造図を書いていく。
「壁は三面でドアは無し。屋根には傾斜を付ける。大体6畳くらいのサイズで」
すると、突然脳内にレシピが閃く。
レシピ:物置小屋
必要素材
丸太: 12㎝×4m 50本
松脂: 500g
赤土粘土: 50kg
「うわ……小屋なんかもレシピ出るんだ……しかも簡易設計図を書いただけで……」
どうやら創造魔法は具体的なイメージがあればレシピ化出来る用だった。
「素材が重いなぁ……ロクサーヌは丸太の調達を頼む。後でロクサーヌ用の石斧を作るから。イクスとジーナは松脂……か、似たような樹脂の調達して来て欲しい。何か必要な道具が有ったら言ってくれ。オレは赤土粘土を集める」
秀頼は、ロクサーヌに大きめの石斧を、イクスとジーナには背負い篭と石ナイフ、それと樹脂を溜める為の木の筒を渡し、自分には木のシャベル作り、獲物運びに使っていた引き板を持って川下に向かった。
◇◇◇◇
秀頼が30kgほど赤土を集めシェルターで小休憩をしていると、突然、大きな音が聞こえてきた。
慌てて石槍を手に辺りを見回すと、何か大きなものが地面に落ちたような衝撃音と振動が続いて来た。
「な、なんだ……!?」
すると、イクスとジーナが拠点に駆け込んできて、樹脂集めの道具を放り出し弓矢を持ってどこかに走り出した。
「ちょ、な、なに!? 何が起こってるの!?」
秀頼も石槍を片手に二人を追う。こんな状況で置き去りにされるのは怖くてたまらなかった。
森の中を走ること500メートル。
そこには、体長5メートルほどの白い甲虫がひっくり返っていた。
イクスとジーナが弓を構えて取り囲み、ロクサーヌが首と胴体の間に刺さってる斧を引き抜こうとしていた。
「なんだ、これ……カブトムシか……?」
白い甲虫は仰向けになり、脚を畳み始めている。恐らく、もう死ぬ寸前なのだろう。
ロクサーヌが斧を引き抜くと緑色の体液が吹き出し、ロクサーヌの全身を染める。
何とも恐ろしい光景だが、甲虫を倒したロクサーヌは自慢げに胸を張っている。
褒めろ、ってことだろうか? 無駄な殺生は望むところでは無いが、こんなのが近くに居ると思うと落ち着いて生活できない。
ここは素直に褒めておくべきだろう。今までにない素材も取れそうだし。
「よくやったぞ、ロクサーヌ!」
秀頼はロクサーヌに近寄り頭を撫でた。
ロクサーヌは嬉しそうに、秀頼の手に頭を擦りつける。
その姿は、甘えてる小動物の様でとても可愛い。
一通りロクサーヌを撫でた秀頼は白い甲虫に近寄り、表面を触ってみる。
表面は冷たくつるつるしている。
「確かキチン質って言うんだっけか……これでもゴーレムが作れたりするのかな?」
そう呟くと、すぐにレシピが閃く。
レシピ:キチンゴーレム
必要素材
キチン: 20㎏
甲虫の筋肉: 500g
甲虫の後羽根: 2枚
魔核: 小1個
「あれ……思ったよりも素材が少ないな……基本のセラミックゴーレムと同じくらいか……だとするとあんまり大きくないのかも……取り合えず、拠点に持って帰るか。ロクサーヌ頼めるか?」
ロクサーヌは甲虫の角を掴み引っ張る。が、動きはするものの、移動幅は僅か。このまま引っ張っても拠点に着く前に日が暮れてしまうだろう。
「流石に厳しいか……これが乗る大八車を作るか?」
しかし、ロクサーヌは首を振り、自分と甲虫を交互に指さし、ガッツポーズをする。
「褒めてくれ……ってわけでは無いよな。さっき死ぬほど撫でまわしたし……ってことは……この素材でバージョンアップか?」
秀頼の言葉にロクサーヌが大きく頷く。
「う~ん……お前はロックゴーレムだから、キチン素材で上手くいくか分らんぞ?」
ロクサーヌは構わないと言うようにぶんぶん頭を上下させる。
「分かった。ロクサーヌが倒した素材だしな。じゃあ、お前が望む姿を強くイメージしてくれ。創造魔法はイメージが大事みたいだから」
言って秀頼はロクサーヌと白い甲虫に手をかざし、魔法を発動する。
するとロクサーヌと素材が白く輝き、集合して形を作った。
「おお……」
そこには流麗なラインの白いゴーレムが佇んでいた。
今までのどのゴーレムとも違う女性的なライン。
身長は僅かに伸びて170センチくらいになっていた。
頭部は女性の髪を模したヘルメット状の構造物になっており、顔も人間の女性の様な造形になっている。目も黒いキチン質のレンズになってり、複眼ではあるが魅力的な造形になっていた。
秀頼が見とれていると、ロクサーヌは背中を見せる。
そこには肩から背中へと不思議な隆起があり、隆起のサイドから下にかけてスリットが開いていた。
そして、いきなり透明の羽根が伸び、ぶわっと空へ舞い上がった。
「おおおーーーーー!!」
興奮して声を上げる秀頼。イクスとジーナも驚いたようにロクサーヌを見あげている。
ロクサーヌは上空を一回りすると、ゆっくりと地上に降り立ち、羽根を仕舞って優雅にお辞儀をした。
「凄いぞ、ロクサーヌ! お前がこんな進化をするなんて思っても見なかった!」
秀頼がそう言うと、ロクサーヌが駆け寄ってきて、いきなり抱きついて来た。
「んをっ!?」
思わず声を上げる秀頼と、ロクサーヌの行動に驚くイクスとジーナ。
「ろ、ロクサーヌ!?」
秀頼は、この様に異性に抱きつかれたことなど一度も無かった。
ロクサーヌはゴーレムだが、女性の様な造形になっている。
これでドキドキしないはずが無かった。
「ろ、ロクサーヌ、ち、ちょっと落ち着いて……」
ロクサーヌの膨らんだ硬い胸部が秀頼の胸にめり込み、正直ちょっと痛い。
それより嬉しさが優っているのは事実だが、それ以上に恥かしさが限界突破しそうで秀頼は何とか引き剥がそうと藻掻く。
ロックゴーレムから進化したロクサーヌの力は秀頼では太刀打ちできないほど強かったのだが、不意にその力が抜けた。
見るとイクスとジーナが弓を構えロクサーヌを狙っている。
ロクサーヌは両手を上げ焦った感じで後ろに下がった。
解放された秀頼は、ほっと息をつきイクスとジーナに向きなおる。
「助かったよ、イクス、ジーナ。ありがとう。けど、妹に弓を向けるのは感心————」
と言いかけたところで、二人に弓を向けられる秀頼。
「な、なに!?」
イクスとジーナは弓を下げると、残ってる甲虫の素材と自分の体を交互に指さした。
「……お前らもあの素材でバージョンアップしたいと」
揃って頷く二人。
秀頼はため息をついて残りの素材の確認に向かうのであった。
◇◇◇◇
夜。
シェルターの中でイクスとジーナにまとわりつかれている秀頼がいた。
甲虫騒ぎで素材集めがままならず、拠点の拡充は出来ないまま。
降り続く雨で、そろそろ天井がやばいかも、と現実逃避をしていた。
結論から言うと、二人のバージョンアップは上手くいかなかった。
そもそも、ロクサーヌのバージョンアップもなぜ上手くいったのか分かっていない。
ただ、残った素材の中に魔核が無かったので、恐らく魔核のレベル不足だろうと予測を立ててはいた。
甲虫の残りの素材はロクサーヌが大八車で二往復して回収したので、改めて拠点に残ってる獲物の魔核でバージョンアップも試みたのだが、やはり上手くいかなかった。
甲虫の魔核は大サイズ以上だったのかもしれない。
イクスとジーナはいじけて秀頼に甘え倒している。
ロクサーヌは抜け駆けした罰だとでも言わんばかりに、一人雨の中見張りをさせられていた。
可愛そうなので、木の枝と蔦と葉っぱで簡易的な傘を作って渡しては有るが。
「二人ともそんなにいじけるよ。また大きな甲虫が来るかもしれないだろ? それにまだ試していないフレッシュゴーレムのレシピもある。新しい機能は嬉しいだろ? フレッシュゴーレムなら喋れるようになるかもしれない。お前達と話し出来るようになったらオレは嬉しいぞ?」
二人の頭を撫でながら慰めるように語りかけた。
すると、二人は秀頼のそばから飛び跳ねた。
新しいレシピに喜んだのかと思ったのだが、二人は弓を取りバリケードの外に向かって矢をつがえた。
見るとロクサーヌも傘を放り出し石槍を構えている。
しとしとと降る雨の中、静かに足音が近づいてきて、バリケードの数メートル前で立ち止まった。
「争う気はありません、武器を収めてください」
不意に暗がりから声が聞こえてきた。
中性的で落ち着いた声。
びくっとなる秀頼。
この声、と言うより、この気配には覚えがあった。
数日前に訪れた謎の人影。
秀頼の反応に、より警戒を強めるゴーレムたちなのであった。




