第三話
暗闇の中に浮かぶ、角の生えた半裸の女。
女がサッと手を振ると、暗闇がはけ、ワンルームの一室が現れた。
床の上には緑色の小箱と魂が抜けきったような男の体が転がっている。
女は小箱を持ち上げ、男の頭に手を当てた。
『これは貰っていきますね、もう必要ないですから』
女が薄く笑みを浮かべ呟くと、男の体が霧散する様に消え失せた。
女は立ち上がり、愛おしそうに小箱を抱きしめる。すると部屋の中に一陣の風が吹き抜け、カーテンがなびきはじめた。
柔らかい春の風が吹き抜けると、いつの間にか女の姿は消えていた。
主を失った部屋で、カーテンだけが空しくなびいていた。
気が付くと秀頼は鬱蒼とした森の中に立っていた。
恰好は、フリマから帰ってきたときのまま。ジーンズにパーカー、中はTシャツのみ。部屋に上がっていたので、当然のように靴は履いていなかった。
「ここが異世界……? 」
言いながら辺りを見回すと、見たことも無い植生の木々が並んでいる。少なくとも日本には思えない。
呆然と辺りを見回し、ふと大事なことを思い出す。
「そ、そういえば魔法! それとスキル!」
言葉にすると、突然脳内に情報が浮かぶ。
名前: 高藤秀頼
年齢: 27歳
性別: 男
体力: 3
魔力: 200
攻撃力: 1
防御力: 0
魔法適正: 創造魔法
スキル: デウスエクスマキナ
「デウスエクスマキナ……? ゴーレム創造じゃ無かったのか? ま、まぁいい。早速ゴーレムを作ってみよう」
秀頼は腕を正面に構え、叫ぶ。
「出でよゴーレム! デウスエクスマキナ!!」
シーンと辺りが静まり返り、そよ風に葉っぱが揺れる。
しかし、ゴーレムは出現しない。
「あ、あれ?」
慌てた秀頼は、もう一度大声で同じ言葉を叫んだ。
しかし、結果は変わらず、どこからか、馬鹿にしたような動物の鳴き声が聞こえてくるだけだった。
「……も、もしかして、素材が無いと作れない……とか?」
すると再び脳内に情報が浮かび上がる。
レシピ: ロックゴーレム
必要素材
岩: 200㎏
魔核: 中レベル
「やっぱ素材が要るのか……岩は兎も角、魔核って何だ? ゲームとかでよくある魔物から取れる魔石のことだろうか……」
考えて、身が震える。
「や、待って……魔物から取れる物だとしたら……魔物を倒さなきゃいけないってこと!?」
秀頼は慌てて辺りを見回す。
誰もいない鬱蒼とした森、建物はおろか人の気配も無い。
武器などの持ち合わせなど当然無く、裸一貫から始める高難易度サバイバルゲーム状態。
「あの角の女の人は、死なないでと呟いていた……と言うことは、リスポーンは無し、死んだらそのままって訳だ……」
へなへなと腰から力が抜け、その場に座り込む。
「戦うとかそれ以前に、生きていくための魔法やスキルが必要だったのか……そういうことは最初に言ってくれよ!」
と叫んでみたところで、現状が変わるわけでは無い。
秀頼は立ち上がり気合を入れる。
人と話すわけじゃない。個人作業はむしろ得意な方だ。何としても生き延びてやる!!
秀頼は再び辺りを見回す。
まずは水、飲み水が無ければ幾日も持たずに死んでしまうだろう。後は食料だが、これは木の実か何かを期待するしかない。
そう考え、足を踏み出した。
◇◇◇◇◇
秀頼が水を探して歩き出すこと小一時間。
足に痛みが走り、見ると靴下がボロボロになっていた。
余りの惨めさに涙が零れそうになるがぐっと我慢して、そこらにある草を引き抜き足に巻き付けた。強度など微塵もあてに出来ないが、無いよりはマシだろう。
そんなことをしてると、ふとせせらぎの様な音が耳朶を打つ。
音の聞こえる方向へ足を進めると、目の前に小さな泉が現れた。
中を覗くと、澄んだ水面の下、小さく噴き出す砂が見える。どうやら湧き水の様だった。
魚や水中生物の気配は無い。
秀頼は意を決して、水を口に含む。
しばらく口の中にとどめるが、無味無臭でしびれるような感じも無い。
恐る恐る飲み下してみるが、特に異常は感じなかった。
大丈夫、か……?
や、時間差で何かあるかも?
しばらく様子を見よう。
そう考え、秀頼はあたりの枝や石を拾い始めた。
焚火や道具を作るためだ。
前の世界でブッシュクラフト動画をよく見ていた。実際にやったことは無いが、知識だけは有る。真似事くらいは出来るだろうと思っていた。
脳内にレシピがひらめいたのは、集めた素材で石のナイフを作り上げた時だった。
レシピ:石のナイフ
必要素材
石: 300g
枝: 2本
蔦: 50cm
どうやら創造魔法のレシピは、一度作ると覚えることが出来るらしい。
秀頼は、レシピの素材を集め直し、今度は魔法で生成してみることにした。
「創造魔法! 石のナイフ!!」
素材が光って集まり、光が消え去るとそこには一本の石のナイフが落ちていた。
秀頼が自分で作ったのとは違う、そこそこ切れ味のあるちゃんとした石のナイフ。
似たものを上げると、縄文時代の磨製石器。
「なるほど……魔法で作った方が出来が良くなるのか……制作技術は魔法依存で、要は素材が重要ってことなのかな?」
ある程度予想を立てた秀頼は、まずはレシピ集めをメインに考え、集めた素材であれこれ作り始めた。
そして数時間かけて出来上がったのは、小さな石の斧、小さなピッケル、石の槍、火起こし器の四つ。
取り合えずサバイバルに必要な基本道具は揃った感じだ。
秀頼は道具を手に空を見上げた。
日は傾いており、見た目の判断だが、午後四時くらい。
鬱蒼とした森の中はかなり暗くなってる。
「次はシェルター作りだな。急がないと作業が出来なくなる……」
秀頼は泉に戻るとまずはほとりに焚火を作った。
次に寝床になるコット作り。枝を集め蔦を巻き、高さ15センチほどのコットを作り上げた。作った物は完成した時点でレシピになる。次からは楽が出来ると思い、黙々と手を動かした。
更に数時間後、辺りはすっかり暗くなり、焚火が無ければ一寸先も見えない状態。
この間に作ったのは簡易シェルターと傾斜を使った自動薪落とし。
シェルターは枝を組み、コットに被さるように葉っぱを乗せただけの簡易的な物。とりあえず風雨はしのげそうだが、防衛力は無い。
次に作ったのが尖った木の枝を組んだバリケード。気休めだが野生動物や魔物がシェルターに簡単に近づけない様にするためのものだ。一度レシピ化すれば次の作成は一瞬なのでシェルターを囲むように10個ほど作って並べた。
あとは、薪が尽きない様にひたすら薪集めに従事した。
現在時間は分からないが、恐らく、夜の七時から八時くらい。
出歩くのは危険と判断し、焚火の前で15センチ四方の石にピッケルで穴を掘っている。
鍋が作れないかと考えての行動だった。
因みに食料は無い。素材集めをしている時も、木の実などは見当たらなかった。
状況はかなり厳しいと言えた。
創造魔法で道具類は何とかなったが、食料が無ければ何日も持たない。
そうこうしてるうちに石鍋のレシピが閃いたので、創造魔法で自分の作った石鍋をレシピの石鍋に作り直した。
出来上がったのは厚さ1センチほどの石をくり抜いた把手も何もない簡易鍋。秀頼が作ったのは石に三センチくらいの穴を掘っただけの物なので、創造魔法の制作能力はかなり凄いと言えた。
「最終イメージをしっかり持ったまま、それっぽい物を作るとレシピ化されるのかもなぁ……」
秀頼は泉から鍋に水を汲み、そのまま焚火にかけた。
ブッシュクラフトの動画では、葉っぱを茹でてお茶っぽい物を作っていた。
美味いかどうかは分からない、おそらく不味いのだろうが何かしらの栄養は取れるかもしれない。
寝床の布団代わりに集めた葉っぱの中から針葉樹みたいな葉を選び、鍋の中に投入した。
煮立つ葉っぱを眺めてるうちに、カップが無いことに気付いた。
これだと茶が出来ても飲めないので、薪用の木と枝を持ち寄り、カップとお玉を作った。
カップは取っ手付きで、お玉は汁物が掬える深めの物。両方ともレシピが浮かぶまで自分で作業し、レシピが浮かんだら創造魔法で作り直した。
葉っぱを煮て作った茶は渋くて苦かったが、白湯よりは栄養があると信じ、我慢して飲み干した。
その後、蔦と枝で背負い篭を作り、資材が尽きやれることも無くなったのでコットに横になった。
見上げる夜空には青い月と赤い月が二つ浮かんでいる。
「ここは本当に異世界なんだなぁ……明日は何とか食料を調達しないと……」
言いながら秀頼は、重くなっていく瞼に抗えずそのまま眠りに落ちていくのであった。




