第二話
アパートに帰宅し、ビニール袋から小箱を取り出す。
「買ったは良いが……オレの部屋には似合わんな」
苦笑しながら、部屋を見回す。部屋に似合わない上に、そもそも中に入れる小物の類いも持っていない。
「子供の頃なら駄菓子屋で回したガチャの景品やらなにやらもあったんだけどなぁ……」
流石にその手のものは実家に置いてきた。恐らく、既に捨てられているだろう。
「取り敢えず部屋の鍵類でもしまっておくか……」
言って小箱の蓋を開けた瞬間、中から闇が噴き出し辺りが暗闇に包まれた。
「うわっ、な、なんだ!?」
秀頼は慌てて周囲を見回すが、真っ暗でなにも見えない。
フリマから帰ってきたのは昼前、遮光カーテンは開けてあるので、停電でもこんなに暗くなるはずがない。
『驚かないでください』
耳に、と言うより、直接頭の中に響く、中性的で男か女か分らない声。
驚くなと言われて驚かないで済むなら、この世に驚く人間などいない。とか思いつつ秀頼は声の方を見る。
そこには、淡く光る半裸の女が立っていた。
どことなく翡翠の箱のレリーフの女神に似ている。
「あなたは……つか、ここはどこなんですか?」
秀頼は半裸の女に問いかけた。
『ここは挟間……あなたの世界と他の世界の挟間……』
「挟間……え? ど、どういうことですか?」
『ここは挟間、今ならまだ元の世界にも戻せるし、他の世界にも渡せます』
「他の世界……異世界ってことですか……?」
秀頼の疑問に半裸の女性はニコリと微笑む。
『もしあなたが望むなら、あなたの世界とは違う世界にあなたをお送りします』
これは異世界転移(転生?)というやつだろうか……?
秀頼はコミュ障でぼっちで彼女も友達もいないが、とりあえず仕事には就いてるし、技術もそれなりに身に着けている。
異世界に行っていきなり一からやり直しと言うのは正直厳しいと思った、主に対人コミュニケーション関係で。
『もし世界を渡る気があるのなら、それなりの特典をお付けします。今のまま生身で渡っても野垂れ死ぬだけですし……』
「の、野垂れ死ぬ……危険な世界と言うことですか……」
怖気づく秀頼。現代世界でも厳しいのに異世界で何とかなるとは思えなかった。
『危険、と言うより野蛮と言った方が適切ですね。ただご安心ください。いきなり行っても大丈夫なように、あなたに魔法適正とスキルをお渡しします。いかがですか?』
秀頼の脳裏に、異世界物のアニメや漫画の記憶が過った。チート級のギフトを得て、活躍する登場人物たちの姿が。
正直憧れは有る。英雄の様な活躍をしてちやほやされたいと切に思う。しかし……
「……あ、あの、魔法やスキルとかではなくて……度胸とかブレない心とかは貰えませんか……人と話すのに、び、ビビらないで済む様にとか……」
例え優れた魔法やスキルが有っても、自分の性格じゃ生かせないと言う事を秀頼は強く自覚していた。
秀頼は、仕事ではそれなりに高い技術を持ってると思っているのだが、それを上手く生かせない……セルフプロデュースが出来ないため、他の社員のお零れ仕事しか回ってこないのだった。
『強い心ですか……そういうスキルもありますが、主に戦闘系の付随パッシブスキルになります。戦闘系は強力ですが、初めは今のあなたと変わりません。強くなるまでに相応の経験が必要なので、今現在剣術や武術に秀でているのでは無い限りお勧めは出来ませんが……それをお望みですか?』
「あ、いえ……剣術も武術も学校の授業以外でやったことは無いです……」
『魔法系のアクティブスキルで一時的に心を強くすることも可能ですが……見ず知らずの世界で最初に手にするスキルとして弱いですね。火属性魔法の拡散スキルとか精密スキルの方が有用ですよ?』
秀頼には、半裸の女の言う事は、結局、戦闘不可避に思えた。そしてそれは、自分には荷が重い、と感じた。
「……え~と……自分には異世界は厳しそうです……元の世界に戻して頂けると……」
『このチャンスを手放すと? 誰でも行けるわけでは無いのですよ?』
「……スキルがあっても自分の性格じゃ……」
俯く秀頼。それをじっと見つめる半裸の女性。
『……仕方ありません、残念ですが、あなたを元の世界に戻します。あなたが”箱”の購入に使ったお金は戻りませんがご了承ください』
「? と言うと?」
『あなたを戻した時点で、あの箱は別の持ち主のところへ向かいます。あなたからしたら、消えてなくなるということになります』
秀頼は、そういう事かと納得する。コミックス4冊弱の値段と考えるとちょっと痛いが、ただそれだけだ。パチンコで負けたと考えれば安い方だろう。パチンコはやらないけど……
「それは構いません、元の世界に戻してください」
『……無欲なお方だ。こちらの世界より美男美女が溢れていると言うのに……魔法適正とスキルを使えばハーレムだって夢じゃないのだけど……』
半裸の女が、周りの闇を集めながらぼそりと呟く。
その言葉に秀頼はビクンっと反応した。
ハーレム……美男美女……非モテ陰キャの秀頼には縁のない世界だが、正直言って興味はあった。それも、物凄く!
秀頼の反応に、半裸の女は薄く口角を上げる。
『ハーレム……興味がおアリですか?』
闇の吸収を止めて、半裸の女が聞いてくる。
「……」
興味はあるが、それを言うのは恥かしく、秀頼は俯く。
『……』
半裸の女は秀頼をじっと見つめ、秀頼の本音の言葉を即す。
「は、ハーレムは無理だけど、ひ、一人でいいから、か、かか……彼女は欲しい……です」
秀頼は絞り出すように、本気の思いを吐き出した。
半裸の女はフッと笑みを浮かべる。
『精神魔法には、奴隷契約を結ぶスキルがあります。使い方次第では従順なハーレムも作れますよ?』
「ど、奴隷!? い、いえ、そう言うんじゃなくて、もっと普通に……」
『普通……ですか。戦闘系魔法とスキルで活躍すれば、放っておいてもモテると思いますが、そういうのは向いてないんですよねぇ?』
半裸の女の言葉に、秀頼はグッと唇を噛みしめる。それが出来れば、現代世界でも苦労はしない。結局、自分の性格だと普通の恋愛は無理かもしれない、と……
『だとすると、あとは創造魔法のゴーレム創造スキル辺りですかね』
「ゴーレム……岩の塊の?」
『そういうのがお好みならロックゴーレムと言うのもありますが、他にもフレッシュゴーレムの様な受肉したゴーレムも作れます。スキルを進化させられたら、ですが』
「フレッシュゴーレム……ゾンビみたいな感じですか……?」
『……まぁ、そうです。他にもあなたの世界でいう所のアンドロイドみたいなのやら、人造人間なんかも、スキルの進化具合で作れるようになります。適正:創造魔法、スキル:ゴーレム創造で行きますか? かなりあなたのご要望に近いと思いますが』
「……あの、作ったゴーレムは絶対服従……ですか?」
秀頼には、それだと洗脳と変わらない、強制された関係に思えた。
自由恋愛には程遠いと……
半裸の女は、秀頼の身勝手で我儘な思いを理解していた。内心(はよ、決めろや、この糞陰キャ)とか思いつつも、そんなことはおくびにも出さずにっこりと笑顔を向けた。
『ゴーレムは創造主の命令に従います。なので、それはあなたの命令次第ですね。あなたが殺して欲しいと命令すれば、迷わず殺してくれます。ゴーレムとはそういう存在です』
「命令次第……」
『”彼女”として作れば彼女の様に振舞ってくれますが、あなたの希望はそうでは無いんですよね? なら、最初は”仲間”として作るのがよろしいかと。そしてゴーレムが彼女になるかは、あなたと築き上げる関係次第。これなら、例え関係構築に失敗してもあなたを裏切ることは無い』
それは、言わば保険つきの関係構築なのだが、陰キャの秀頼には魅力的に思えた。
「あの……それで、お願いします」
秀頼の言葉に、半裸の女は頷き、両掌から光を溢れさせる。
『契約完了です。あなたは二度と元の世界に戻ることは出来ませんが、この別世界ライフを楽しんでください。出来れば、簡単に死なないでくださいね……』
その言葉を最後に、秀頼は光に飲まれていくのであった。




