第十話
魔獣へと突進していくイクス、ロクサーヌに気を取られている魔獣の首に、新しく手に入れた鉤爪で切り付けた。
しかし、魔獣の剛毛に阻まれ、傷を付けられない。
「どんだけ硬いんだ、あの毛は……」
秀頼がこぼす。
イクスに気づいた魔獣が振り向き、咆哮を上げる。
かなりイラついている様だが、ダメージが入ってる様子はない。
ヘイトの逸れたロクサーヌが上空から矢を射る。
が、やはりダメージは通らず、魔獣は忌々しそうに首を振るのみ。
「埒が明かないな」
秀頼は、自分の手を見た。
「この距離でも素材化できるだろうか……?」
生体を素材化出来ることは、以前閃いたフレッシュゴーレムのレシピで分かっていた。だが、戦闘に使おうなどとは微塵も考えてもおらず、イクスのバージョンアップはパニくった上での咄嗟の行為。つまり、偶然だった。
とは言え使えるのが分かった以上、積極的に使うべきだと秀頼は考えた。
秀頼には、他に戦える手段などないのだから。
秀頼が魔獣に手をかざす。
距離にして70メートル、流石に遠すぎると思いながら、
「デウスエクスマ———むぐ」
スキル名を唱えようとしたところで口を塞がれた。
見ると、膝の上からジーナが手を伸ばしている。
「なんだ、ジーナ?」
ジーナは秀頼の正面に立つと、身振り手振りでなにやら伝えてくる。
「あ~~~……今度は自分の番?」
コクンと頷くジーナ、更にジェスチャーを続ける。
「……毛むくじゃらは嫌なので、オレはイメージ浮かべるな?」
デウスエクスマキナ……いや、創造魔法は使うときに浮かべたイメージに依り、見た目、もしかしたら性能も変わる。
つまり———
「ダメ出しですかそうですか……」
ショボーンと肩を落としつつ、ジーナの頭に手を乗せ、創造魔法を発動した。
しかし、発光現象は起こらなかった。
「やっぱり距離か……もっと近付かないとだな」
言って歩き出そうとする秀頼をジーナが止める。
「ん? 危ないから近付くな? けど、近付かなきゃ魔法使えんぞ? え? 連れてくる? 準備して待っとけ? ……ああ、分かった。オレが行っても足手まといだしな」
駆けていくジーナの向こうでは、イクスと魔獣が殴り合っていた。
どちらも同じ毛皮(防具)と同じ爪(武器)、決め手に欠けるのか一向に勝負がつかない様子。
倍近い体格差で魔獣の方が有利なのだが、ロクサーヌのフォローのおかげか一進一退状態を保っている。
問題はそのロクサーヌ。なにやら飛び方が不安定になってきていた。
魔獣の襲撃から十数分、その間、ずっと飛びっ放し。もしかしたら、燃料(魔力?)切れかもしれない。
「ジーナ急げ! ロクサーヌが……!」
言った傍からロクサーヌが空中でバランスを崩した。
一瞬ロクサーヌに気を取られるイクス。
その隙をついて、魔獣が掬い上げるように爪を振う。
咄嗟に身をよじったイクスだったが、避け切れず魔獣の爪が肘の内側を掠め、血しぶきが舞う。
「イクス!!」
思わず声を上げる秀頼。
素早く、後退するイクス。
遠目にも重症だと分かる。最早、右腕は使えないだろう。
「イクスっ、戻れ!! 魔獣をこっちに連れて来るんだっ!!」
そう叫んだ秀頼の視界の端で何かが光った。
すると、負傷したイクスの腕が光り、一瞬で完治した。
「え?」
驚く秀頼。魔法は使っていない。
「何が起こった……?」
視界の端、イクスの腕が治る前に光った場所を見た。
そこには、黒い球状の何かが散らばっている。
「なんだ、あれは……?」
落ちてる物を確認しようとしたところで、魔獣が咆哮を上げた。
見ると、ジーナが魔獣の頭に張り付いている。
魔獣がイクスに気を取られてる瞬間、隙をついたジーナが飛びついたのだった。
ジーナは後頭部へと回り込み、魔獣の耳を掴む。
振り払おうと暴れる魔獣、だが、発達した筋肉のせいか、腕が届かずジーナに触れることが出来ない。
ジーナに気を取られ、魔獣が脇や腹部、関節の内側などの毛の薄い部分が無防備にさらけ出している。ダメージを通すには絶好のチャンスだった。
だが、イクスは攻撃をしかけず、それどころか、魔獣を避けて藪の中に飛び込んで行った。
「なぜ!?」
思わず声を上げる秀頼。だが、当然ながら答えは返ってこない。
ジーナはイクスが消えたのを確認すると、魔獣の頭から飛び降りて秀頼の方へと駆けだした。
魔獣は一瞬迷う素振りを見せたが、既に消えたイクスより目の前を逃げるジーナとその向こうに立っている秀頼の方が美味しいと考えたのか、すぐさまジーナを追い始めた。
目の前で起こった展開に戸惑っていた秀頼だったが、結果当初の予定通りになったと腹をくくり、魔獣の方に手を掲げその時を待つ。
駆けてくるジーナと魔獣。
秀頼は創造魔法の発動距離を厳密に理解している訳では無い。なので、イクスの時を参考にするしか無かった。
その距離3メートル。
影響範囲外で魔法を使えば、待っているのは確実な死だった。
ジーナと魔獣は、人間が走る速度よりも早い。
少し早めに魔法を唱えよう、と秀頼は考えていた。
だが、予定は未定であり決定では無い。
残り15メートルのところで魔獣がジャンプした。
ジーナを飛び越え、一瞬で距離を詰める魔獣。
避ける間は無い。ならば———
秀頼の目の前が真っ白になり、光が弾けた。
そこには、プラチナブロンドのどこかで見たことある女性が立っていた。
「……セラスフィア……さん?」
そう、それはつい数時間前まで一緒だったセラスフィア……にそっくりな女性だった。
特徴的なプラチナブロンドの髪、滑らかな頬のライン。
だが、身長は彼女より低い160センチくらいで、逆に胸部はこれでもかと大きく主張していた。
フード付きのマントは着ておらず、キチン質のビキニ・アーマーを付けている。
前腕はガントレットで覆われており、その先端からパイルバンカーの様に爪が覗いている。
セラスフィアに似た誰か……それが誰なのかと悩む必要は無かった。
目の前の女性は垂れ目だったのだ。
「ジーナ……」
秀頼の言葉に、女性はにっこりと微笑み、「はい、ジーナです」と答えた。
「そうか……上手くいったか……」
そう胸をなでおろす秀頼。
今回は咄嗟だったのでスキル詠唱が間に合わなかった。だが、スキルは発動し、無事、ジーナのバージョンアップは完了していた。
もしかしたら、元々スキル詠唱は要らなかったのかもしれない。
今度検証しようと思う秀頼であった。
「ところで、なんでセラスフィアさんに似てるの……?」
「他に参考になる姿が無かったので……」
ジーナは自分が女性型だという事は理解していた。だが、ジーナはセラスフィア以外の女性を見たことが無かった。なので、彼女に似てしまうのは仕方の無いだろう。
秀頼のイメージが混じればまた別の結果もあり得たのだが、ジーナは直前のイクスの魔獣化を見ていたので、秀頼のイメージを受け入れる気は無かった。
「ああ、なるほど……ん?」
頷いた秀頼は、辺りに白い球体が散らばっていることに気付いた。
一つ拾ってみると、ゴムの様な質感で微妙に柔らかい。
「なんだ、これ……? さっきまでは無かった……いや、そういえばさっき光ったのは……」
見ると、そこには黒い球体が散らばっていた。
「これは、私のスペアパーツです。余った素材をこのようにしてストックするんです。そうすると、いざと言うときの修復や可変が可能になるんです」
「それでか! オレが何もしてないのにイクスの腕が治ったのは!」
「はい。ただ、この素材はそれぞれ用にカスタマイズされるので、他の子たちには使えません」
「使い回しは出来ないってことか……まぁ、でも、便利だよな。スペアパーツ化すれば素材の無駄も出ないだろうし」
◇◇◇◇
散らばっているスペアパーツを二人で拾い集めてる最中、ロクサーヌを抱えたイクスが戻ってきた。
「おかえりイクス。傷は大丈夫か?」
秀頼の言葉にイクスはコクンと頷く。
「ダイジョウブ、ナンドモナイ」
言ってイクスはロクサーヌを下ろす。
見た感じ、壊れている個所は見当たらなかった。
「ロクサーヌは、魔力切れ……なのか?」
「ゾウ。ログサーヌ、ネンビワルイ。ネデレバ、マダ、ブッカヅズル」
「そうか。取り合えず仮拠点に戻って―――」
「ゾノマエニ」
イクスに言葉を遮られる秀頼。
「ゴノスガダバ、アンマリデズ……ナンドガジデクダザイ」
どうやらイクスも魔獣の姿は嫌なようだ。
秀頼は、イクスには特にイメージを拒否されなかったので、前の世界でやったゲームの女性型アンドロイドをイメージして作り直した。
思ったよりもそっくりに出来てしまい、ちょっとドギマギする秀頼なのであった。




