第36話 世界の悪意、紫霧から現れた少女
「はい、トウマ様。あーん、ですわ。」
世界樹の別荘のダイニング。 柔らかな朝陽が差し込む中、俺の目の前では金髪エルフの第一王女セレフィナちゃんが、スプーンに載せた極上の木の実ゼリーを差し出していた。
「大丈夫、自分で食えるよ。」
「だーめ、ですわ。昨日はお母様ばかりずるいですもの。今日は朝から私を甘やかすと約束したはずです。」
頬をぷくーっと膨らませるセレフィナちゃん。その隣では、ツインテールのエレノアが不満げにトーストをかじり、獣人のミィナは俺の膝に頭を乗せて「みゃうー」と喉を鳴らしている。昨日のイザベラさんとの一件を経て、彼女たちの独占欲はさらに加速しているようだ。
紅茶を一口すすりながら、俺は心地よい喧騒に身を委ねていた。そのとき、ヴィオレが慌ただしい様子でリビングに駆け込んできた。
「トウマ殿、ギルドマスター宛てに、王宮の伝令鳥から緊急の知らせが届きました。」
「どうした?」
「王都のすぐ外――『黒の平原』に、見たこともない『紫の霧』が発生したとのこと。その霧に触れた魔獣や草木は一瞬で腐り落ち、さらに霧の奥から巨大な『門』のようなものが出現しているそうです!」
紫の霧。そして門。 俺はティーカップを置き、静かに立ち上がる。
「面白い。少し様子を見に行くか。」
馬車で現地へ向かう道中、ヴィオレが仕入れてきた「元ギルド」の噂を口にした。
「そう言えばトウマ殿、あなたを追放した元Sランクギルド『聖なる光』ですが……。主力メンバーが抜けた上にダンジョン攻略にことごとく失敗し、すでに破産寸前だそうです。今や借金まみれで、まともな装備も買えず、街の片隅で泥水をすするような生活をしているとか」
「まぁ…自業自得だな。俺の解毒サポートがあってこそのSランクだったと、あのゴミ虫どもは最後まで気づけなかったわけだし…。」
と、冷たく言い放つ。あいつらが辿る破滅の運命など、俺の知ったことではない。
『黒の平原』に到着すると、そこは異様な光景が広がっていた。 大地を埋め尽くすドス黒い紫色の霧。それは大気を侵食し、世界の法則そのものを歪めようとしているかのようだった。
「な、何よこれ……触れるだけで魔力が吸い取られそうな、すっごく嫌な感じ……!」
エレノアが怯えたように俺の背中に隠れる。
「――助けて……っ!」
霧の奥から、か細い悲鳴が聞こえた。 視線を向けると、そこから一人の少女が這い出てくるのが見えた。浅黒い肌に、白銀の髪。そして、ツンと尖った長い耳。ダークエルフの少女だ。
彼女の背後からは見るからに薄汚れた、しかし凶悪な殺気を放つ武装集団が迫っていた。
「ヒャハハ! 逃げんじゃねえよダークエルフの小娘! お前が隠し持っている『魔界の門』の情報を吐き出せば、楽に殺してやるって言ってんだろ!」
「くっ……お前たち人間に……『毒の始祖』の力を渡すわけには……!」
「毒の始祖」――。
少女の口から出たその言葉に、俺の脳内が微かに反応する。
「おっと、そこまでだ。」
俺は少女と傭兵たちの間に割って入った。
「あぁ? なんだお前は。……おい、こいつ『万象の毒』のトウマじゃねえか!あの『聖なる光』から無能扱いされて追い出された雑魚が、何しに出てきやがった!」
傭兵たちが下品な笑い声を上げ、一斉に魔法剣を抜いた。
「おいおい、そんなおもちゃを俺に向けるなよ。――脆くて壊れそうだぞ?」
「ハッ! 何が壊れるって――」
傭兵が踏み込もうとした瞬間。俺は軽く、右手の指をパッチンと鳴らした。
――【万象解毒】
パシィン、と乾いた音が響く。
「な……!? お、俺の魔法剣が、融けて……!?」
傭兵たちの手の中で、かつての名剣たちが、まるで熱した飴細工のようにドロドロと崩れ落ちた。俺が侵食したのは、彼らの武器の「耐久値」という概念そのもの。どれほど強力な魔力が込められていようと、その『存在を保つ意志』に毒を注ぎ込めば、いとも簡単に崩壊する。
「ひっ、武器だけじゃねえ! 体が……動かねえ……!?」
「『戦闘意志』にも少し、【概念猛毒】を混ぜておいたぜ。」
傭兵たちは武器だけでなく、「戦う」という精神的な因果そのものを【神毒】に侵され、泥人形のようにその場にへたり込み、泡を吹いて気絶した。
「ど、どうして……。世界のルールそのものを、指一つで書き換えた……?」
ダークエルフの少女が、驚愕で紫色の瞳を大きく見開いている。俺は膝をつき、怯える彼女の小さな体を優しく、しかし力強く横抱きに抱きかかえた。
「もう大丈夫だ。君の知っていることを、すべて俺に教えてくれないか。」
「あ……、あぅ……」
彼女は俺の包み込むような魔力の温もりにあてられたのか、顔を林檎のように真っ赤にして、コクコクと小さく頷いた。
だが異変はそこで終わらない。 平原の奥にそびえ立つ、巨大な『魔界の門』が不気味に脈動し、世界を滅ぼすほどの超質量魔力を一気に噴出し始めたのだ。
「トウマ様、あの門の魔力出力……測定不能です! このままでは国が吹き飛びますわ!」
イザベラさんが悲鳴を上げる。
しかし、俺は動じずに門を見つめた。
「世界を滅ぼす魔力、か。面白い。」
俺はそっと、空いた左手を門へと向ける。
「だったら――そのゲートから無限に湧き出る魔力、それ自体に『毒』を混ぜたらどうなるかな?」
今までは肉体や概念の毒殺だった。 だが、これからは違う。 押し寄せる世界の悪意、その強大なエネルギーを丸ごと【神毒】で侵食し、我が力へと奪い取る。
俺の指先から漆黒の『神毒』の魔力が、門に向かって解き放たれようとしていた――。
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明日も21:00に更新します!




