第37話 神毒インフレーション
ドクン、と、空間そのものが心臓のように拍動した。
『魔界の門』から噴出する、世界を滅ぼすほどの超質量魔力。大気を赤黒く染め、浴びるだけで常人なら精神が崩壊するほどの悪意に満ちたエネルギー。
だが、俺にとっては、上質な獲物に過ぎない。
――【万象解毒】
俺の左手から放たれた漆黒の毒光が、門から溢れ出る赤黒い魔力と衝突する。
普通なら激しい爆発を起こすはずが、轟音はなかった。
「な、何が起きてるの……? 門の魔力が、どんどん『黒く』染まって……!?」
俺の隣りで、ダークエルフの少女が信じられないものを見るかのように目を見開く。俺が侵食したのは、個々の魔弾や術式ではない。
門から無限に供給される『魔力』というエネルギーの概念そのものに、俺の『神毒』を混ぜ合わせたのだ。
どれほど膨大な水量であっても、水源に一滴の猛毒を落とせばすべてが毒水に変わる。それと同じこと。
「な、に……これ。私の魔力が、トウマ様の魔力に書き換えられて……融けていく……ぅんっ!」
驚くべきことに、ダークエルフの少女が、甘い吐息を漏らして身体をビクンとしならせた。彼女は『世界の悪意』と魔力的なパスが繋がっていたのだろう。
門の魔力が俺の『神毒』に侵食され、書き換えられていくと同時に、パスを通じて彼女の体内にも極上の甘い魔毒が逆流。彼女の魂の奥深くまで染め上げていく。
「はぁ、ぁ……トウマ様、の……毒、すっごく、あったかくて、とろけちゃいそう……」
潤んだ瞳で俺を見上げ、完全に脱力して俺の胸に頭を預ける少女。
本来なら世界を滅ぼす破滅のエネルギーが、俺の指先一つで、ただの「極上の愛のエネルギー」へと変換されていく。
バキバキ、と音が響く。
赤黒かった『魔界の門』は、今や美しい漆黒のクリスタルのようなオブジェへと変貌し、ただただ俺の魔力を無限に増幅し、還元するだけの『永久魔力炉』へと成り下がっていた。
「ふぅ。こんなものか。」
俺は漆黒の門を見上げた。
「ありえない……。国家規模の魔導師団が命を賭して封印するレベルの災厄を、ただのエネルギー源にリフォームしてしまうなんて……」
ヴィオレが呆然と呟くと、
「トウマくんが規格外なのは知ってたけど、流石に頭が追いつかないわよ…。」
と、ツインテールがやけくそ気味に叫んだ。
その頃、王都のギルド登録所の裏路地。
「ガルガの旦那……。今日、『万象の毒』が『黒の平原』の異常事態をあっさり解決したらしいぜ……」
「……チッ!」
壁に背を預け、薄汚れたフードを深く被った男――元Sランクギルド『聖なる光』のギルドマスターだったガルガは、血の滲むほどに爪を噛んだ。
かつては王宮からも一目置かれる栄光のギルドだった。しかし、無能だと思って追放したトウマがいなくなった途端、ギルドメンバーたちの攻撃が敵に通らなくなり、あらゆる罠の毒で全滅寸前に。
今やCランクに転落し、莫大な違約金と借金に追われ、世界樹の毒沼で毎日泥水をすするような極貧生活。
「あの無能のトウマが、なぜ……! あいつの能力は、地味な解毒魔法だけだったはずだ! 何かの間違いだ……!」
怒りと嫉妬で顔を歪ませるガルガ。
そんな彼の前に、一人の怪しげな黒ローブの男が音もなく現れた。
「……ふふ、哀れだね、ガルガ。トウマにすべてを奪われた男よ。……どうだい? 我ら『帝国の暗部』と手を組み、あのトウマを、そして『万象の毒』をこの世から消し去りたくはないか?」
「な、何だと……? 俺に、トウマを殺す力をくれるというのか……!?」
ガルガの濁った瞳に、邪悪な復讐の炎が灯る。
彼らの背後で蠢く、真の『世界の悪意』。その手が、確実に動き出そうとしていた。
「――ふぅ、極楽です……」
世界樹の別荘に戻り、俺はさっそく、新しく仲間になったダークエルフの少女をソファーに寝かせていた。
長旅と魔力の逆流で疲れてはいるものの、彼女の表情は非常に穏やかだ。
「私は……フィオナ、です。世界の悪意たる『毒の始祖』を監視する一族の末裔でした。……まさか、その始祖の呪毒を、あんなに簡単に手懐けてしまうなんて。トウマ様、あなたは一体……」
フィオナは、まだ少し熱を帯びた瞳で俺を見つめる。
「俺はただの、万象解毒ができるだけの地味な男だよ。」
「そんな地味な男がいてたまるもんですか!」
すかさずセレフィナちゃんとエレノアが突っ込みを入れてくる。その様子を見て、フィオナの口元から、ふっと柔らかい笑みがこぼれた。
「ふふ、温かい場所ですね。トウマ様……私、あなたの毒になら、一生侵されていてもいいかも……」
また一人、俺の『神毒』に心まで蕩かされた美少女が増えたようだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
フィオナちゃん、無事にトウマ様の『甘い毒』で蕩かされて仲間になりました!そして裏では、自滅した元ギルマスのガルガが不穏な動きを見せていますね。
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