第25話 エルフ王女の覚悟
世界樹の別荘のリビングに、何とも言えない賑やかで甘い「やきもち」の嵐が吹き荒れていた。
「ねえ、トウマくん……。昨日も言ったけれど、私、本当に納得がいかないわ!」
ふかふかのソファに腰掛けたエレノアが、長いツインテールを激しく揺らしながら、俺のすぐ隣を陣取ってジト目を向けてくる。その頬は怒りと嫉妬で真っ赤に染まっているが、その手はしっかりと俺の服の裾をぎゅっと握りしめている。
「エレノア、そんなに怒らなくても……。あれは本当に急な依頼で、みんなを起こすわけにいかなかったからだよ。」
「この前もそうだったじゃない!」
俺が苦笑しながらハーブティーを彼女の前のテーブルに置いた。対面のソファでは、ミィナが犬耳を幸せそうに寝かせながら、ふにゃりとした幸せそうな笑顔をしている。
「ミィナ、おにいちゃんのお役に立ててすっごく嬉しかった。」
「今からそんな煽りを覚えなくても良いのよ!」
彼女たちの甘い空気に割って入るように、別荘の入り口にあるギルドの魔導チャイムが、不穏な音を立てて響き渡った。
扉を開けると、そこには王宮の紋章が刻まれた豪奢な外套をまとった、高位の文官らしき男が 息を切らせて立っていた。その手には羊皮紙が握られている。
「し、失礼いたします……!ギルド『万象の毒』、マスターのトウマ殿、およびパーティメンバーの皆様……! 王国全土の存亡に関わる、緊急要請に参りました……!」
文官の男は、俺の背後に控える世界を滅ぼせるレベルの美女の顔ぶれを見て、ごくりと喉を鳴らした。
「王国全土って大袈裟な…一体何があったんですか?」
俺が尋ねると、文官は羊皮紙を広げた。
「は、はい……! 王国西方に位置する、数千年にわたって封印されていた『奈落の古城』……その最深部から【万死の疫病王】が覚醒いたしました!城から溢れ出た古代の死の呪毒が周囲を侵食しており、並の聖属性魔法や最高級の解毒薬ですら、近づくだけで一瞬で腐食してしまうのです!もはや、この絶望の厄災を払えるのは、あらゆる毒を凌駕する『万象の毒』の皆様しかおりません……!」
文官の額からは、滝のような冷や汗が流れていた。国が総力を挙げても手も足も出ない、全滅必至の死地。それを藁をもすがる思いで依頼しに来たのだ。
「なるほどね。最高級の解毒薬すら腐食する古代の呪毒、か……」
ふむ、顎に手を当てる。普通なら世界の終わりを確信するような絶望的な報告だが【概念猛毒・万象解毒】でどうにでも処理できる。
「よし、じゃあみんなで——」と言いかけた俺を、文官が慌てて遮った。
「お、お待ちくださいトウマ殿!実は……その最深部へ至る道には、古代エルフの始祖が施した『血脈の三重結界』が張られております。この結界は、現在、正統なるエルフ王家の血を引く【第一王女の神聖魔術】でなければ解除することができません。さらに、呪毒の侵食速度を考えると、大勢での移動は時間をロスします。危険を承知で申し上げますが、どうか……トウマ殿と、セレフィナ王女殿下で、最短での出撃をお願いできないでしょうか……!」
文官のその言葉に、リビングが一瞬にして静まり返った。「エルフ王家の血が必要」かつ「少人数でのスピード解決」が求められるとのことだ。
「セレフィナ。気を付けて行ってくるのよ。そして必ず帰ってきて。」
イザベラさんは我が娘を抱き、静かに、そして諭すように語りかけた。
「トウマさん、娘をよろしくお願い致します。」
そう言って頭を下げた。
「イザベラさん!頭を上げてください!必ず、セレフィナちゃんと一緒に戻ってきます。」
「……トウマ様」
セレフィナちゃんがすっと立ち上がり、俺の前で深く一礼した。その仕草には、王女としての揺るぎない気品と、国のために力になりたいという強い意志が満ちていた。
「我が王家に伝わる血脈が真価を発揮する時。トウマ様、必ずや道を切り開いてみせます。」
「セレフィナちゃん……。俺が必ず守る。」
俺は微笑んで、セレフィナちゃんの手を優しく握った。
「トウマくん、セレフィナさん、待ってるからね。」
「セレフィナ殿、トウマ殿がいれば安心に違いありません。」
「おにいちゃんは、世界一強いよ!」
メンバーもセレフィナちゃんに声をかける。
「よし、じゃあ準備して出かけようか。世界を救って、またみんなで美味い飯を食べよう。」
二人きりの旅路だが今回はひと味違う。俺はセレフィナちゃんの覚悟を見守りながら一歩踏み出すのだった。
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