第23話 秘密の果樹園と、犬耳少女の特別なおねだり
魔獣が消え去り、すっかり清涼な空気を取り戻した果樹園の最奥。そこには、立ち込める霧が晴れて完全に逃げ場を失い、果樹園の壁に背中を預けて息を荒げている盗賊の男がいた。その手には、王宮から盗み出したアーティファクトがしっかりと握られている。
「ひ、ひぃぃっ!? な、なぜあの『幻惑の霧狼』を平然と倒せるのだ……! 」
「さぁ?なんでだろうな?」
続けざまにミィナが、眼鏡をクイと上げて問いただす。
「どうやってあんな魔物を従えたの?しかも単独で。お前にそんな魔力があるとは思えない。」
「それを言うわけねぇだろ!」
そう言って盗賊は、盗んだアーティファクトを掲げた。
「あ、それ、依頼品だから。返してもらうぞ。」
俺が静かに一歩を踏み出すと、男は顔を恐怖に歪め、懐から――赤く不気味に輝く魔導短剣を狂ったように引き抜いた。
「おい、そんな物騒な短剣もあるのかよ!?」
「来るな! 来るなァァッ! タダで返すくらいなら、お前らも道連れだ! 聞け、呪いの王の遺物よ――我が魔力を糧に、この場にいる全ての生命の肉体を腐らせ、魂を溶かせ!!」
盗賊が絶叫しながら短剣に魔力を注ぎ込むと、アーティファクトが禍々しい黒紫色の光を放ち、発動した。それは、かつて数万人を一夜にして死滅させたといわれる最悪の国家気象災害『冥府の吐息』だった。
果樹園の周囲の草花が一瞬で黒く枯れ果て、大気を裂くような呪詛の波動が、津波となって俺とミィナへ押し寄せる。まともに喰らえば、即座に肉体が崩壊するほどの凶悪な一撃。
「おにいちゃん、危ないっ……!」
ミィナが咄嗟に俺の前に飛び出そうとするが、俺は動じることなく、ただ一歩前に出て、迫り来る黒い津波に向けて優しく右手をかざした。
「そんなに物騒なもの、世界に広げちゃダメだろ。」
俺はチッと静かに指を鳴らした。
【万象解毒・呪詛の完全中和】。
次の瞬間、盗賊が勝ち誇ったような笑みを浮かべたまま、その表情を凍り付かせた。
世界を滅ぼさんばかりに放たれた黒紫色の呪詛の波が、俺の手前数十センチの空間に触れた瞬間、すべての「毒性」と「殺傷力」を完全に奪われ、ただの「きらきらと輝く無害な光の粒子」へと変えられてしまったのだ。
光の粒子は、果樹園の風に吹かれて綺麗に消え去り、あとには心地よい静寂だけが残った。
「な……ななな、何が起きた……!?最凶の呪いが……消えただと……!?」
「消したんじゃないよ。体に悪そうだったから、ちょっと『解毒』しただけ。」
指をもう一度鳴らす。
【概念猛毒・戦意の永久毒滅】。
「が、はっ……!?」 盗賊は短い悲鳴を上げ、手に持っていた短剣と黄金の鍵をその場にポロポロと落とした。俺が放った不可視の「毒」が、盗賊の戦意だけを圧倒し、完全に無力化したのだ。これで彼は、一生戦うことはできないだろう。
俺がアーティファクトを回収し、念のために盗賊の「逃走意欲」も処理すると、近くの警備兵に引き渡すための書き置きを添えて、彼をその場に転がしておいた。
これで、王宮からの緊急依頼は文句なしの完全達成だ。
全てが終わると、広い果樹園に普段の静寂が戻った。
「おにいちゃん……ここ、誰もいないと本当に静かだね。」
ミィナがトコトコと歩み寄ってきて、指を絡ませる。衣服越しに伝わる彼女の小さな身体は、先ほどの戦いの興奮と、俺の圧倒的な強さを間近で見た緊張のせいで、驚くほど熱く火照っている。
彼女の柔らかい犬耳に触れると、ミィナは「くぅ……」と小さく鼻を鳴らし、俺の胸元にそっと頭を預けてきた。彼女の綺麗な髪の中で、昨夜贈られた髪飾りがきらきらと輝いている。
「ミィナ、奴隷市場でおにいちゃんに拾われるまで、ずっと暗くて冷たい場所にいたの。でも、今はおにいちゃんがいて、みんながいて……毎日あったかくて、すっごく幸せ。」
ミィナは俺に頭を撫でられると、ぽつり、ぽつりと心の奥の想いを言葉にしていった。
「ヴィオレが馬車から戻ってきたとき、すっごく大人の女の人の顔をしてて、正直、羨ましかった……。ミィナも、おにいちゃんの特別になりたかった。ただ守られる子供じゃなくて、おにいちゃんにいっぱい愛されたい……」
上目遣いで俺を見つめるミィナの瞳は、いつの間にか、妖艶で深い光を帯びていた。俺と二人きりの空間が、彼女の奥底にある艶やかな熱を急速に呼び覚ましていく。
「おにいちゃん、大好き。ミィナのこと、もっとたくさん……可愛がって?」
そう言って、俺の首に細い腕をぴたりと絡めてくるミィナ。
二人きりの空間。果樹園の甘い香りが優しく舞う中、俺愛おしい犬耳少女の細い腰を優しく抱き寄せ、その小さなおねだりに応えるように、ゆっくりと唇を重ねるのだった。
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