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第22話 幻惑の影、狼娘の本領発揮

 果樹園の奥深く、鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、地響きのような咆哮が轟いた。湧き出す紫色の霧が集い、形作られたのは、優に5メートルを超える巨大な狼型の魔獣――『幻惑の霧狼(ミスト・ガルム)』だ。


 国中を震撼させる魔獣であり、その肉体そのものが高密度の精神毒を孕んだ霧で構成されている。


「おにいちゃん、下がって……! この化け物、普通じゃない。触ったら、頭がぐちゃぐちゃになっちゃう!」


 ミィナは俺の前に身体を滑り込ませ、全身で威嚇の声を上げた。


「ミィナ、大丈夫。俺がその魔獣の『存在定義』を――」


「ううん、ミィナがやる!」


 ミィナは振り返る。潤んだ、けれど強い決意を秘めた瞳で俺を見つめた。


「ヴィオレだけに良い格好させられない。ミィナは、おにいちゃんに拾われて、ご飯をもらうだけの存在にはなりたくないの……!おにいちゃんの隣にいるために、ミィナだって強いところ、見せたい……!」


 小さな胸に秘められた、痛いほどの一途な想い。


「……分かった。じゃあ、ミィナ。前は任せる。思いっきり暴れておいで。」


 俺は優しく微笑んで、獣姿のミィナの頭を撫でた。その瞬間、ミィナの身体を黄金の魔力が包み込む。


「――オオオオオオオオオオッ!!」


 ミィナの獣化された身体が眩い光に包まれ、急速にそのシルエットを変えていく。光の中から現れたのは、美しくも獰猛な、神聖さすら感じさせる純白の巨大な大狼だった。


 獣人の秘められた真の姿――伝説の『天狼』の血統。その鋭い眼光は、目の前の魔物を完全に圧倒していた。


 ミィナは地を蹴り弾丸のように飛び出した。


幻惑の霧狼(ミスト・ガルム)』が、精神を腐食させる高密度の霧のブレスを吐き出す。掠るだけでも廃人になりかねない一撃。


「ガルルルッ!」


 だが、ミィナは恐れることなく正面から突っ込んでいく。 後ろに控える俺は、彼女が霧に触れる直前、静かに右手をかざして指を鳴らした。


【万象解毒・ブレスの無害化】


 ミィナの身体に迫っていた不気味な紫色の霧は「温かい春風」へと変わり、サラサラとミィナと俺の頬を撫でていった。


「ウォオオオオン!」


 ミィナは、速度を緩めることなく巨獣の懐へと潜り込み、その強靭な前足の爪で霧狼の胴体を一文字に引き裂いた。


『ガアアアアッ!?』


 実体のないはずの霧の身体が、ミィナの神聖な爪によって明確なダメージを受け、ボロボロと崩れ落ちていく。


 しかし、追いつめられた霧狼は、最後の悪あがきとして自身の身体を爆発させ、果樹園全体を包み込むほどの広範囲に「自爆特攻の毒霧」を撒き散らそうとした。


 これだけの範囲を同時に爆発させれば、いくらミィナが強くとも無傷では済まない。


「しまっ――」


 大狼の姿のミィナがハッと息を呑んだ、その時。


「ミィナ、最高に格好良かったよ。仕上げは俺に任せろ。」


 俺は迫り来る爆発のエネルギーに向けて指をチッと鳴らした。


【概念猛毒・因果律の腐食】


 霧狼が引き起こそうとしていた「爆発」という概念そのものが、俺が放った不可視の毒によって飲み込まれ、完全に消滅した。


 『ガ…?』と、霧の魔獣が間抜けた声を上げる。爆発するはずの身体は不発に終わった。俺の能力によって「害をなす意志」を完全に毒され、ただの「結露したただの水」となった『幻惑の霧狼(ミスト・ガルム)』は、地面の草花にポタポタと滴り落ちて消えていった。


 静寂を取り戻した果樹園。ミィナは光の粒子とともに、再び人間の女の子の姿へと戻った。


「おにいちゃん……! ミィナ、お役に立てた……?」


 ちょっと息を切らせながら、ミィナは俺の胸へと飛び込んできた。俺は小さな身体をしっかりと受け止め、その柔らかい犬耳を優しく撫でる。


「すごく格好良かったよ、ミィナ。」


「ひゃあ……っ、おにいちゃん……!」


 俺の胸に顔を埋めるミィナの身体は、戦いの興奮と、俺に褒められた極上の幸福感で、すっかり熱く火照っていた。


 だが、任務はこれで終わりではない。果樹園の奥に隠れている「盗賊」がまだ残されている。


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