第21話 早朝から緊急要請!?不気味な霧の果樹園
世界樹の別荘に、微かに朝靄の残る静かな夜明けが訪れていた。ベッドルームの広いシーツの海では、セレフィナちゃん、イザベラさん、ヴィオレ、そしてエレノアの4人が、昨夜のせいで心地よさそうな寝息を立てていた。
普段は生真面目なヴィオレも、ツンツンしているエレノアも、今朝ばかりは指先一つ動かす気力もなさそうに泥のように眠っている。
トウマがすっきりと起き上がり、静かに部屋を出てリビングへ向かうと、そこにはすでに1人の小さな人影があった。
「あ、おにいちゃん……おはよう。」
犬耳をパタパタと揺らし、昨日俺がプレゼントしたメガネをかけたミィナだ。まだ眠そうな目で俺の方にトコトコと歩み寄ってくる。
彼女は獣人特有のしなやかな身体と野生の血のおかげか、昨夜の余韻を身体の奥に残しつつも、メンバーの中で唯一、この早朝から起き上がれていた。
俺に抱きつくと、嬉しそうに長い尻尾をフリフリする。すると突然、別荘の入り口にあるギルドの魔導チャイムが、少し慌ただしく鳴り響いた。
扉を開けると、そこには王国の早馬で駆けつけてきたのであろう、息を切らせた若い伝令の役人が立っていた。
「朝早くに大変失礼いたします! ギルド『万象の毒』のトウマ様でしょうか……!実は、王都郊外の『幻惑の果樹園』にて、国が管理していた重要拠点の鍵が盗まれました!犯人は果樹園に突如発生した『認識阻害の霧』に紛れて逃走しており、完全に足取りが途絶えております。王からは、今すぐ追跡してほしいと……!」
役人が差し出してきた羊皮紙には、大至急の文字と報酬が記されていた。先日、岩塊の巨顎を手名付けた俺たちの実力を頼っての案件のようだ。
「認識阻害の霧、か……。普通に探すのは面倒そうだね。」
振り返ってリビングを見やるが、当然、奥の部屋の美女たちはまだベッドから這い上がれる状態ではない。
「おにいちゃん、ミィナが行く! ミィナ、お鼻すっごく良いから、霧の中でも犯人の匂い、絶対に逃がさない……!」
ミィナは俺の手を両手で握りしめ、潤んだ瞳で必死に訴えかけてきた。他のみんなが動けない今、獣人の優れた嗅覚を持つミィナだけが、この急ぎの依頼をクリアできる唯一の適任者だった。
「分かった、ミィナ。今回の調査は俺と2人で行こう。」
「やったぁ……! ミィナ、おにいちゃんの役に立つ!」
ミィナは嬉しそうに犬耳をピコピコと動かし、俺の隣にぴったりと寄り添った。昨夜贈ったばかりの美しい髪飾りが、彼女の綺麗な髪の中で誇らしげに輝いている。
こうして、ミィナとの任務が始まった。
獣化したミィナの背中に乗ること数十分。王都の郊外にある『幻惑の果樹園』に到着すると、そこは異様な光景に包まれていた。
豊かな果実が実っているはずの敷地全体が、一歩先も見えないほどの深い紫色の霧に完全に飲み込まれている。触れるだけで方向感覚を狂わせ、精神を蝕むという、悪質な魔力の霧だ。
「……うぅ、この霧、すっごく変な匂いがする。それに想像以上の濃さ…これじゃ、犯人の匂いがわからない…!」
ミィナは小さなお鼻をひくつかせ、身震いしながらも前へ進もうとする。
「ちょっと待ってね、ミィナ。走りやすいようにしちゃうから。」
俺はミィナの背中の上で、果樹園の空間に向けて軽く指をパチン、と鳴らした。
【万象解毒・認識阻害の消滅】。
トウマの指先から不可視の波紋が広がると、周囲の深い霧が一瞬にして綺麗さっぱりと霧散していった。視界が一気に開け、立ち枯れていた果樹の木々が本来の緑を取り戻していく。
「わぁ……! さすがおにいちゃん、すっごい!」
ミィナは目を輝かせ、すぐに鼻をくんくんと動かして地面に視線を落とした。
「おにいちゃん、こっち! 悪い奴の匂い、まだはっきり残ってる。こっちの奥に逃げてるよ!」
霧が晴れたことで、ミィナの追跡能力が存分に発揮されることとなった。彼女は俺を背中に乗せたまま、果樹園の奥へと進んでいく。
しかし、さらに奥、鬱蒼と木々が茂るエリアへと差し掛かったその時だった。
「――グルルルルル……ッ」
ミィナの犬耳がピクッと跳ね上がり、その足がピタリと止まった。トウマが【万象解毒】で消し去ったはずの霧が絶え間なく湧き出て、まるで生き物のように巨大な影を形作っていく。
それは、盗賊が連れ込んできたのか、あるいはこの霧そのものが意思を持ったのか――不気味な「霧の魔獣」の輪郭だった。
「おにいちゃん、気をつけて……! すっごくおっきくて冷たい化け物がいる……!」
ミィナは身体を野生の警戒態勢へと移行させ、低く唸り声を上げた。




