第18話 戦果の報告、ヴィオレと2人きりの帰路
魔獣『岩塊の巨顎』が、俺たちの足元で巨大な体を丸め、甘える子犬のように「きゅう……」と喉を鳴らしている。そのあまりにも緊張感のない光景の真ん中で、ヴィオレは俺の腕にそっと自身の腕を絡めたまま、未だに夢でも見ているかのような心地でいた。
「よし、じゃあアルベルトさんたちを呼ぼうか。」
俺が通信用の魔導具に声をかけると、数分もしないうちに、坑道の奥からドタドタと慌ただしい足音が響いてきた。調査隊長のアルベルトさんを筆頭に、重武装した魔導士たちが、決死の覚悟を顔に張り付かせて飛び出してくる。
「トウマ殿、ヴィオレ殿! 今すぐ援護を――ッ!? は?」
採掘場に滑り込んできたアルベルトさんたちの動きがピタリと止まる。 彼らが目にしたのは、血みどろの死闘でもなければ、全滅の危機でもない。瘴気が晴れた空間で、国中を恐怖に陥れていた災厄が、俺に頭を撫でられて嬉しそうに尻尾(のような岩の尾)を振っている姿だった。
「あ、アルベルトさん。調査と安全確保、終わりましたよ。」
アルベルトさんは持っていた戦闘用の杖をカラン……と床に落とした。
「お、終わり……? い、いや、あの、瘴気はどこへ……? というより、その大人しくなっている生物は一体……!?」
「ああ、瘴気はちょっと体に悪そうだったんで、綺麗に解毒しておきました。この岩塊の巨顎は、もうなりふり構わない『凶暴性』は綺麗さっぱり消えてるんで、これからは鉱山の番犬にしたらいかかですか?」
「番犬……!? 国家転覆規模の魔獣を、番犬に……!?」
調査隊の面々は、驚愕のあまり誰一人として言葉を発することができない。常識や世界の法則が、【概念猛毒・万象解毒】の前では、何の意味も持たないただの紙切れのように書き換えられていく。
畏怖と、それを遥かに上回る圧倒的な感謝。アルベルトさんたちは、ただただ深く頭を垂れていた。
「……たった2人で…さすがは、ギルド『万象の毒』。我々の想像など追いつくことができない、遥か高みに達しておられる……。」
周囲の過剰なほどの感嘆の視線を、「まあ、仕事だしね」と軽くいなした。
事務的な手続きをサクッと終わらせ、俺とヴィオレは、再び二人きりの特製馬車へと乗り込んだ。セレフィナちゃんたちが待つグランゼリア王国の宿屋へ、馬車が滑るように走り出す。
往路と同じく静寂な車内。しかし、2人の空気感が決定的に違う。
前衛として立派に戦い、自分の誇りを証明してみせたヴィオレ。彼女は重厚な鎧を脱ぎ捨てると、対面の席ではなく、最初から俺のすぐ隣に腰掛けた。先ほどまで大剣を振るっていたとは思えないほど、その肩は小さく、微かに震えている。
「……トウマ…殿。」
ヴィオレが、潤んだ瞳でじっと俺を見上げる。その顔は、聖士としての凛々しさが完全に溶け去り、一人の女性の表情になっていた。
「どうした?ヴィオレ。」
「その……先ほどは、私の我が儘を聞いてくれて、本当にありがとうございました。トウマ殿が私の剣を信じてくださったこと……私の人生で、一番の誇りです。」
ヴィオレはシーツ……ではなく、馬車のクッションの縁をぎゅっと握りしめ、胸の高鳴りを抑えるように息を吐く。
「でも、それと同時に……その……」
「ん?」
「完璧に守ってくださるトウマ殿の優しさに触れて、私、なんだか、心の奥が……すごく、熱くなってしまって。……目的地に着くまでは、と甘えていましたが、任務が終わった今、その……もっと、トウマ殿を近くに感じたいと、不届きなことを考えてしまいます。」
ヴィオレの告白は、不器用で、けれどこれ以上ないほど健気で一途だった。彼女の白い肌は、耳の裏まで真っ赤に染まっている。
「ヴィオレ。不届きなんて言うな。」
優しく微笑んで、彼女のしなやかな腰を抱き寄せ、体を胸の中へと迎え入れた。
「ひゃあ……っ」
小さな可愛い悲鳴を上げて、ヴィオレの体がぴったりと密着する。鎧を外した彼女の体は驚くほど柔らかく、そして昨夜の記憶を呼び覚ますかのように、甘い香りを漂わせていた。
「私を……また、昨日のように、めちゃくちゃにしてくださいませんか……?」
ヴィオレは俺の胸に顔を埋めながら、消え入りそうな声で、けれど確かな期待を込めて囁いた。
「別荘に着くまで、まだ時間はたっぷりあるからね。『ご褒美』、たっぷりあげる。」
彼女の顎を優しく持ち上げ、その熱い唇を重ねる。ヴィオレは小さく、くう、と喉を鳴らし、首に腕を絡みつかせてくる。
静寂な馬車のカーテンが、完全に閉め切られる。
ヴィオレは、俺の腕の中で愛されていった。




