第16話 旧鉱山、ヴィオレと歩む不気味な坑道
特製の馬車が緩やかに速度を落とし、静かに停車した。カーテンを開けると、王都の華やかさとは無縁の、無骨な岩肌の世界が広がっていた。
「……到着、したようですね」
肩に頭を預けていたヴィオレは、名残惜しそうにゆっくりと上体を起こした。頬にはまだ微かに赤みが残っているが、その瞳には凛とした光が戻っている。
馬車の扉を開けて外へ出ると、乾燥した冷たい山の風が吹き抜ける。現地には、国から派遣された調査隊の先発組がテントを設営していた。
俺とヴィオレの二人が馬車から降りてくる姿を見て、責任者らしき中年の魔導士が駆け寄ってきた。
「これはこれは……ギルド『万象の毒』の皆様……! お待ちしておりました。私は調査隊長のアルベルトと申します。…あの…パーティは6人と伺っておりましたが…。」
アルベルトは、俺の隣に立つヴィオレの姿を見て不安そうな表情をした。
「他のメンバーは野暮用で来れなくなってしまって…俺たち2人で十分だ。」
「はぁ…2人で…承知致しました。」
いつものフラットな調子で答えても、アルベルトの不安は解消されないようだ。それでも話を進めようと手元の資料を広げる。
「坑道の奥深くに、魔獣『岩塊の巨顎』の反応があります。その魔獣が放つ強烈な『瘴気』のせいで、我々は近づくだけで腐食してしまい、中の詳細な地形すら把握できない状態でして……」
「瘴気、ですか。やはり一筋縄ではいかない地ですね。」
ヴィオレが腰の剣に手をかけ、鋭い視線を坑道へと向ける。二人きりの旅路で甘い顔を見せていた彼女だが、仕事となれば一級の戦士としての顔になる。
「なるほど。じゃあ、奥の生態調査をサクッと終わらせてきちゃいますか。ヴィオレ、行こう。」
「はっ。お供いたします、トウマ殿。」
あまりにも軽い言葉にアルベルトたち調査隊は啞然とした。魔獣が潜む呪われた坑道。それを、まるで近くの庭でも散歩するかのようなトーンで言ったからだ。
しかし、俺を信頼しきっているヴィオレにとっては、これがいつもの日常だ。ヴィオレが俺を護衛するようにして先頭に立ち、薄暗い坑道へと足を踏み入れた。
一歩中に入ると、外の光は届かなくなり、壁に設置された古い魔導灯が微かに周囲を照らすのみとなる。さらに奥へ進むにつれ、空気は目に見えて濁り始め、紫色を帯びた不気味な霧――瘴気が、足元から這い上がってきた。
「くっ……これが、調査隊の言っていた瘴気か。肌に触れるだけで、生命を削り取られるような不快感がありますね。」
ヴィオレが実戦の経験から危険を察知した、その時。
「大丈夫だよ、ヴィオレ。剣を抜かなくても。瘴気は俺が片付けちゃうから。」
俺は歩みを止めることなく、空間に向かって軽く指をパチン、と鳴らした。
【万象解毒】。
指先から目に見えない波紋が広がったかと思うと、坑道を埋め尽くしていた紫色の瘴気が、まるで嘘のように一瞬で霧散していった。
「え……?」
ヴィオレが剣の柄に手をかけたまま、美しい目を丸くして周囲を見回す。
「この場所の空気に混ざっていた『毒性』を俺の能力で解毒した。これなら普通に歩けるだろ?」
俺は何でもないことのように笑いながら、再び歩き出す。
「……はぁ。毎回思いますが、トウマ殿のそのお力は、戦いの常識を完全に置き去りにしていきますね。騎士としての私の立場がすっかりなくなってしまいます。」
ヴィオレは呆れたようについため息を漏らしたが、その顔はどこか誇らしげで、嬉しそうに緩んでいた。俺の隣にいるだけで、どんな脅威も一瞬で快適な環境へと変わってしまう。その圧倒的な安心感が、彼女の心を心地よく満たしていく。
「そんなことないよ。俺がこうして安心して歩けるのは、ヴィオレが隣にいてくれるからさ。」
振り返ってそう言うと、ヴィオレは一瞬ハッとしたように目を見張り、それから嬉しさを隠しきれない様子で口元を綻ばせた。
「トウマ殿……。どこまでもお供いたします。」
国が恐れる魔獣の巣窟。しかし、澄み切った空気となったその場所を、二人は並んで軽い足取りでさらに奥へと進んでいく。




