第15話 ヴィオレの不器用な甘え方
王都から国境の旧鉱山地帯へと続く街道は、実によく整備されていた。 窓の外を流れるのは、どこまでも続く青々とした草原と、遠くに霞む緩やかな山並み。乾いた風が、時折馬車のカーテンを揺らしては、車内に草の匂いを運んでくる。
いつもなら賑やかな面々が揃っているはずだが、他の皆は貸切宿で寝ているから今回はヴィオレと2人旅だ。
「まさか、ギルドの移動用馬車がこれほど快適だとは思いませんでした。」
対面のシートに腰掛けたヴィオレが、座り心地を確かめるように小さく体を弾ませながら、感嘆の息を漏らした。彼女はいつもの動きやすい軽装の鎧姿だが、その端正な顔には穏やかさが浮かんでいる。
「だな。昨日は全然寝てないし、揺れが心地良くて寝ちまいそうだ。」
「そ、そう…ですね。」
ヴィオレはそう言ってふと視線を落とした。頬がほんのりと桜色に染まっている。
「…?どうした、ヴィオレ? どこか具合でも悪いのか?」
「いえ! 滅相もない! 体調は万全……いえ、むしろ万全すぎて、その……」
ヴィオレは慌てて手を振るが、その視線は俺の顔を見ては泳ぎ、落ち着きなく自分の膝の上で行き来している。聖騎士団長としての彼女の凛々しさは、今はどこにもない。
「……こうしてトウマ殿と二人きりで旅をするのは、初めてですから。何というか、その、昨夜のことも……頭から離れず……。」
ヴィオレは自身の衣服の裾をぎゅっと握りしめた。昨夜、俺の腕の中で一人の女性として愛し尽くされた記憶。騎士としてのプライドすら心地よく溶かされてしまったあの時間の余韻が、静かな車内に二人きりになったことで一気に押し寄せてきたらしい。
「……騎士ともあろう私が不甲斐ない。トウマ殿をお護りするのが私の役目だというのに、これではどちらが護られているのか分かりません。」
悔しそうに唇を噛むヴィオレ。だが、その瞳は潤んでおり、俺を拒絶するような気配は微塵もない。
苦笑して対面の席から立ち上がり、ゆっくりとヴィオレの隣へ移動する。
「ト、トウマ殿……!?」
ヴィオレの体がびくりと強張る。衣服が触れ合い、お互いの体温がダイレクトに伝わってくる。
「俺はヴィオレに『護衛の騎士』として隣にいてほしいわけじゃない。疲れてるのに、こうして一緒に旅をしてくれて、俺はすごく嬉しい。」
優しく語りかけ、彼女の鍛えられた、しかし女性らしいしなやかな手をそっと包み込む。
「あ……」
ヴィオレの手が小さく震える。彼女は一瞬、いつもの癖で背筋を伸ばそうとしたが、温かい手の平に包まれると、すっと肩の力が抜けていくのが分かった。
「……ずるいです、トウマ殿。そのような優しい言葉を向けられては、私はもう、騎士の自分を保っていられなくなります……。」
ヴィオレは観念したように小さくため息をつくと、そっと肩に頭を預けてきた。彼女のまとった、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「トウマ殿の前にいると、自分がただの、その……不器用な女なのだと、思い知らされます。」
「それで良い。俺の前では、ただのヴィオレでいてくれ。」
彼女の綺麗な髪を優しく撫でると、ヴィオレは嬉しそうに目を細め、さらに深くトウマの体に寄り添ってきた。
「はい……。では、お言葉に甘えて……目的地に着くまでは、こうして甘えさせてください、トウマ殿。」
特製馬車の中で、二人は寄り添いながらゆっくりと流れる時間を楽しんだ。
馬車は2人の甘い吐息と柔らかな幸福を乗せて、のどかな街道を旧鉱山へと向かって進んでいく。




