2章1話 紅の悪魔
本格的に夏が到来した今日この頃。夏休みが近くなり、クラスメイトたちの仲は親密になっていく。
イベント事としては体育祭が控えており、体育の時間は皆熱が入っている。
また部活動が盛んなこの学校は大会も控えており、熱を帯びている気がした。
何を言いたいのかと言うと、暑い。
運動は嫌いなわけじゃないけど、この『みんな熱くなろうぜ!』みたいな空気はあんまり好きじゃない。
衣替えも済み、みんな半袖のシャツ。
私の長袖セーラー服の期間は短かったな。
5月に転校してきてもう7月。早いものだ。
相変わらず風紀委員に持ち込まれる相談は悩み相談が多いけど、そこそこに過ごしている。
6月に行った会議の結果、もう少し相談を親身になって聞こう、という私の提案は思ったより簡単に通った。
「俺は賛成だな。少し淡白すぎた。」と拓ちゃん先生が後押ししてくれたのも、大きかっただろう。
そもそも思春期に起きる心の不安定さが異形を生み出す可能性があるって話なんだから、もう少し寄り添ってもいいはずだ。
まあでも、なんであそこまで淡白だったのかはすぐにわかった。
今、現在目の前で行われている不毛なやり取りが答えだ。
生活指導室の机。一人の女生徒が相談に来ており、海道くんが応対している。
「海道くーん、聞いてよぉ」
「うん、聞いてるよ。」
猫なで声を出し、体をくねらせる女生徒。こういう輩ばかりがやってきているのだ。
海道くん目当てで相談にくる人がとにかく多い。
まあこの人顔いいもんね。分かんなくないけど、よくも堂々と口説きに来るもんだ。
「最近うち超可愛くなったと思わない?友達の彼ピから告られたりしてんの!まじヤバすぎ〜」
「それは大変だね。」
「前はさ〜会長モテモテだったけど〜堅物じゃん?みんなウチの魅力に気づいた的な?」
「確かに生徒会長さんはしっかりしてるよね。」
「いやいや、鈴華ちゃん転校してきてからは急降下でしょ。」
「そうなんだ。一時期は学園のアイドルなんて言われてたのにね。」
「それがさ〜最近学校来なくなったんよね。あの堅物が!超ウケるよね!」
「え、それは心配だね。」
「まーでもイジメは強くなってるよね〜クラスの空気も悪いし〜ウチ怖い〜守って〜てかさ!どうせなら、ウチと付き合っちゃおうよ!今フリーでしょ!」
「ええっと、それは」
「え〜もしかして海道くんも妃奈狙い?やめときなって〜うちにしときな?」
「え、えーっと。」
返答に詰まる海道くん。
親身になって相談を受けろ、って言ったけどさ。これは雑に扱ってもいいと思うんだよね。こういう所、融通が利かないというか、不器用なのよね、この人。
その様子を見ていた犬飼は呆れたように溜息をつき前へ出る。そろそろ助け舟を出してもいいかもしれない。
「用事がないなら帰ってください!」
右から左へ流れるようなくだらない話が永遠と繰り返される中、痺れを切らした犬飼が机を叩く。
うん、私も同意見だ。
「えぇー、ちょい短くなーい?いくら払ったら、延長できんの。」
「そういう店じゃない!」
財布を取り出す女生徒の額を弾き、外へ連れ出す犬飼。手馴れてるなあ。
扉を強めに締めて戻ってくる犬飼。机をバン!と叩き海道くんに詰め寄る。
「お兄!ああいうのは別に真剣に対応しなくていいの!それに無理なら無理ってちゃんと言いなよ!?変に優しくするからいっぱい来るんだよ!?」
「う、うん。そうだね。気をつけるよ。」
「ほんとにわかってるの!?」
「う、うん。大丈夫大丈夫。次はちゃんとやる。」
「というか、海道くんが応対するからまずいんじゃないの?私が代わろうか?」
「あんたね。絶対同じことになるわよ!?」
「どうして?」
「怖い!この人自覚ないよ!?」
「……?」
1年の犬飼がやるよりは適任だと思ったけど、私も問題があるらしい。
でも物は試しってことで私が応対を任されることになった。
3日後。犬飼の言っていたことを理解するのにそう時間はかからなかった。
「めっちゃライブ見てました!握手してください!」
「サインください!」
「大会で優勝したら、お付き合いしてください!」
「一緒に写真撮ってください!」
「チアガール入ってよ!」
「うちの部活のマネージャーに!」
と、まあこんな感じで私と話すことを求めて、たくさんの生徒が集まる始末となった。
どこから私が応対してるって聞きつけたのよ。
というわけで結局犬飼が応対することになり、生活指導室は平和を取り戻した。
そもそも先生があまりつけていないのが、問題の根本なんじゃないかということで、先生も来れる時来てくれるそうだ。
その代わりと言ってはなんだけど、私と海道くんは先生の依頼を受けることになった。
先生や犬飼はバイトと表現しているが、つまりは霊能協会のお仕事だ。
私は海道くんに力を教わりアキラに近づくために、海道くんは6年前の真実を知るために。
私達はお互いの利害のためにこれ以上ない大義を得たわけだ。
そもそも海道くんに力を教わろうとしていたものの、本来秘匿されるべき情報の塊が霊能関連だ。
この1ヶ月間私は「平穏に過ごして待っていて欲しい」とだけ言われていた。
私は霊力が強いこと、先祖返り事件に遭遇した経緯から先生が口を利いてくれたことでようやく申請が通ったらしい。
風紀委員のゴタゴタにある意味助けられた結果となった。
◆◇◆
そして風紀委員が落ち着いて一週間がたった今日、一人の来客があった。
雨野メアという小柄な男の子が相談に来た。大人しそうな一年生の男の子。
黒髪のおかっぱ頭で雨の神の末裔らしい。
「それで、どういったご要件でしょう?」
雨野くんの正面に座り、応対を始める犬飼。私と海道くんは後方に控え、先生はカタカタとパソコンのキーボードを打ち続けている。
「最近この地域で流れている噂のことは知っていますか。」
なんの脈絡もなく切り出された言葉。全員の頭の中で『黒天使』の名前が浮かぶ。
「噂……というのは?」
「妖殺し。通称『紅の悪魔』です。」
「物騒な通り名ですね。どういった噂なんですか?」
質問を返す犬飼。天使の次は悪魔か。わたしはそんなことしか思えなかった。
アキラのことも解決していない中、また面倒な予感がしたからだ。
この地域で噂になるようなやつは大抵厄介な気がする。
それに妖殺しなんて物騒すぎる。
「その名の通りです。紅い炎を纏った悪魔が毎晩妖を、その血を持つものを無差別に殺しているんです。」
「とんでもない犯罪者ね。」
「そうなんですよ。人間で言うところの殺人鬼と変わらないんです。理由はよく分からないのですが、妖怪の血が強い方がよく狙われているんです。僕は君どちらかと言うと妖怪の血が強い方だから、不安で。仲間もみんな怖がっていて。
このままでは、せっかく調和を取ってきた人間と妖怪のバランスが崩れてしまいます。
霊能協会にも何度も連絡をしているのですが、取り合って貰えずここに相談に来ました。」
「………。」
私は一瞬先生の方を見やるが、先生は全くなにも気にしていない様子でパソコンのキーボードを打ち続ける。
基本霊能協会に所属していることは秘密。
海道くんも先生も霊能協会に所属していることを学生のほとんどが知らない。
私は最初から疑われていたから先生は名刺を渡したんだろうな。
それと、海道くんや犬飼がシノビ一族であることは先生も知らない。
先生は霊能協会の人間で、海道くんたちがシノビ一族だと知られてしまうと襲われる可能性があるからだ。
シノビ一族も宮ノ森家も滅んでいる。これがこの世界の事実なのだから。
「話はわかりました。一つ質問です。あなたは雨の神なんでしょう?なら炎の相手に負ける気はしないのですが。」
「そうですね。僕の血がきちんと覚醒していれば負けることは無いと思います。でも僕を含めて一族の血は衰退の一途を辿っています。今僕に宿っている力は『雨に当たっても濡れない』『雨が降っていると霊力が増す』その程度です。雨師の末裔なんて言えたもんじゃありません。どちかと言うならただの『雨降小僧』ですよ。」
「なるほど。わかりました。それなら提案です。私たちはその『紅の悪魔』を調べてみます。ただし、危険だと判断した際はすぐにやめます。受けるのは事件解決、ではなく、あくまで調査までです。それでいいなら受けます。」
「充分すぎます!い、いいんですか!?」
「学校でも最近妖怪派の動きが過激になったり、不登校が増えたりしています。学校全体の風紀は乱れていると言ってもいいでしょう。皆さんの不安を取り除くためにも協力しますよ。」
「あ、ありがとうございます!!!!」
犬飼は快諾して見せた。
先生の方を見た時微かにGOサインを出していたからだ。
というか本来こういった依頼こそ私達の仕事だ。事件の捜査をし、霊能協会に報告し対処してもらう。
異形や先祖返りが出現した際には霊能協会を呼ぶ。
先祖返りや異形を生み出しそうな案件は親身に寄り添い慎重に行動する。
今回は全て想定された内容に近い。
特に彼、雨野メアは要注意人物のひとりとして覚えさせられていた。
彼が異形や先祖返りになれば、たちまち大災害が起きる可能性があるからだ。
本人は気がついていないだろうが、妖怪の血の覚醒とは、すなわち先祖返り・異形化を意味する。
私たちにとっては、現状『紅の悪魔』より彼を異形化させないことの方が大切なことだ。
恵みの雨を降らせる神だが、強すぎる力は川を氾濫させる。逆鱗に触れれば、生命は飲み込まれる。
そして最も恐ろしいのは雨を降らせなくなること。
乾いた大地を簡単に作れてしまうのだ。
総じて、天候を操れる力は最も危険だと言われている。
その理由が彼の能力を聞いたら簡単に理解できた。
笑顔で退出する雨野くん。
私たちは全員席につき、会議を始める。
「ついに来たわね。雨野くん。」
「物騒な依頼とともにな。」
「紅の悪魔についてはどこまでわかっているんですか」
情報を整理しようと私は、質問をする。まずは本当に霊能協会にそんな話が入っているのかの確認も必要だろう。
「ああ、実際に多数その依頼は来てるみたいだな。ただ、調査しても現れないらしいんだ。そのうち、ただのイタズラだろうということになった。」
「でも被害に遭ってる人はいるんですよね?」
「それが───────いないんだ。」
「……いない?」
全員先生の言葉に違和感しか感じなかった。それなら紅の悪魔なんて嘘じゃないか。
「厳密に言うなら被害者と目撃者の意見が食い違うんだ。」
「それは被害にあってる人に自覚が無くなってるということですか?」
「まあその可能性もあるな。認識を変えられているのかもな。」
「困ったわね。被害者に被害を受けた自覚がないなら手がかりにはならない。」
「被害を受けた……可能性がある人はわかっているんですか?」
私は何か共通点を得られたらなと思い、聞いてみる。
「ああ、それならわかっているぞ。雨野の言う通り妖怪の血が強いもの、総じて妖怪派の連中が襲われているらしい。」
「妖怪派?そういえば、さっきも犬飼が言っていたけど、なんですか、それ。」
特に疑問に感じずスルーしていたが、妖怪派とはなんのことだろう。
私の疑問に犬飼は目を丸くする。
「そっか、あんたは都会出身だから知らないのか。」
「妖怪派っていうのは田舎でひっそり人間を拒絶して生活している妖怪たちのことだよ。未だに純血にこだわっていて妖怪と人間の交わりを拒絶しているんだ。」
続けて説明してくれた海道くんのお陰で話が見えてくる。
なるほど。その話なら知っている。
妖怪と人間の交わりを拒絶し、人間だけで暮らしている人たちと妖怪だけで暮らしている人たちがいると。
海道くんの説明を聞いて納得してみせる。
だが、一つの疑問が生まれてくる。
「でも雨野くんは混血ですよね。なんで今回の件恐れていたんですか」
私の疑問に犬飼が答えてくれる。
「妖怪の血が強い者は上手く社会に馴染めないことが多いのよ。同じく人間の血が強い人もね。だからこそ、混血でも妖怪派や人間派を名乗る人は多いのよ。」
そういえば、神威さんも身体能力についてコンプレックスを抱いていた気がする。
確かに私もアイドル時代見た目の美しい妖怪に嫉妬とかした記憶がある。
歌がとびきり上手い人や人間じゃできない演出をする人もいた。そんな感覚に近いのだろうか。
「じゃあその、襲われた人っていうのは」
「混血の妖怪派が多数だな。」
なるほど。雨野くんの依頼内容をようやく理解できてきた。
憶測だけど、彼は妖怪派でも人間派でもないけど、妖怪の血が強いから混血の妖怪派が襲われているのを知って怖くなった、ということだろう。
となると、疑問は三つ。
なぜ妖怪派を襲うのか。
そもそも本当に襲われているのか。
襲っている紅の悪魔とは何なのか。
この三つが調べることだろう。
「まあ、調べることは明確だ。もともと紅の悪魔については調べて欲しいと霊能協会からも言われてる。海道と天空がメインで調べろ。俺と犬飼で他の相談を受け持つ。手が空き次第、犬飼は海道達を手伝え。同じく海道達もこっちを手伝え。それでいいか?」
「はい。問題ないです。」
「僕もそれで。」
「なんで私が先生と一緒なのよ。」
「俺だって面倒だからやりたくないよ。ただ、風紀委員の仕事が面倒な相談ばかりになるから、俺がつけって言ったのはお前らだぞ。その代わりに俺の仕事を手伝ってもらう。そうだよな。海道。」
「そうですね。それで合ってます。」
「……わかってるけどさ。最近お兄と鈴華一緒にいすぎ。」
口を尖らせて不満を言う犬飼。
なるほど。そういうことか。愛しのお兄ちゃんに構って貰えず寂しいのか。
それとも私と海道くんが恋仲になると思っているのか。
まあ、顔がいいのは認めるけど、ないな。
イライラすることの方が多いもん。デリカシーないし。何考えてるかわかないし。
「安心してよ。この人とそういうことにはならないから。」
「そんなのわかってるわよ!」
心境を悟られたのが恥ずかしかったのか犬養は赤面しながら、大声を出す。
「え、えっと、それは喜んでいいのかな。」
「モテるねえ〜イケメンくん。」
「やめてください。」
気まずくなる海道くんを茶化す先生。少しだけ場が和む。
ひとまず話はまとまった。
あとは行動あるのみだ。
◆◇◆
それから一週間。
私たちは被害を受けたとされている生徒9名に話を聞き始めた。
被害にあった生徒は男女9名。
1番最初の被害者とされる男子1名、目撃者なし。日常生活において最も周囲との食い違いがあるためか、多くの相談を受けたそうだ。
男子2名、女子3名、目撃者なし。様子が変だと言う相談のみで、詳細な情報はなし。
バイト終わりに近くの大型スーパーで女子1名、買い物中の主婦など目撃者多数。女子生徒に赤い炎を纏った妖怪が襲っているとの通報あり。だが、現場に駆けつけると、女子生徒は怪我もしておらず、「何も無かった」と話したらしい。
その他、詳細不明の目撃通報一件、被害者2名、詳細は不明。
被害にあったのはいずれも混血の妖怪派。
人目のないところで襲われることが多いのかスーパーの件以外、目撃情報は少なく、単独、もしくは少数で行動している時に襲われている。
そしていずれの被害者も全員被害にあっていない、と口にするらしい。実際外傷もなく普通に日常生活を過ごしているらしい。
だが、聞き込みの結果、全員自分が妖怪派であったこと、混血であること、全てを忘れているようだった。
「妖怪派?ああ、最近学校で問題になってるよな。過度な人間派へのイジメ。俺はどっちにも属してないからいつまでやってんのかなって感じ。」
「え、いや。あなた元々妖怪派だったんじゃ?」
「おいおい。よしてくれよ。妖怪の力なんて使った事ねーぞ?第一どんな力なのかも知らんし。」
「どういうこと……」
「いじめっ子探しなら他所当たってくれよ。部活で忙しいんだ。」
サッカー部の青年『芽木シュウト』くんは軽く私たちの質問に答えると去っていく。
彼は一番最初に被害にあったとされていた生徒だ。だが、やはり予想通りの反応だった。
グラウンドのフェンスを挟んで佇む私と海道くん。
呆然としてしまった。
意味がわからない。
まるで最初から妖怪の血なんて持っていなかった、普通に暮らしてきたみたいな言い方だった。
別に私だって詳しい訳じゃないけど、それなりに苦労してきたはずなのに、とてつもない違和感が走った。
「これで9人全員、聞き終わったね。聞いてた話通り、普通に生活していて、被害にあったなんて思えない。」
「でも確実に変だよ。上手く言えないけど、変。」
上手く表現できない違和感。全くと言っていいほど、ここまで手がかりがない。
被害者はいないって聞いていたけど、ここまでとは思わなかった。
サッカー部の練習が始まるが、私たちは眺めながら、話し続けた。
「確かに変だね。……なんだか、僕と同じ感じがした。」
「海道くんと?」
「うん。これまであった色んな感情全て忘れて、普通に過ごそうとしている、そんな感じ。」
海道くんは寂しそうに話す。
こういう時なんて言ってあげたらいいか分からない。
私は仕方なく話題を変えることにした。
「えっと……その、妖怪派の過度なイジメってなに。」
「ああ、それ?最近多かったみたいだよ。皐月も言ってなかった?妖怪派の活動が大きくなって、風紀が乱れてるって。」
「うん。言ってた気がする。」
確かに言ってた気がする。全くそんなことが起きているなんて知らなかった。この学校はのどかでそんなこととは縁遠いと思ってたけど、どこの学校にも隠れた闇はあるものね。
「天空さんが転校してくる前まではその件で大変だったんだよ。でも生徒会長の『大鳳 妃奈』さんと協力して抑えてたんだ。」
「……大鳳妃奈?どっかで聞いたような」
「有名人だからね。度々耳にしていたと思うよ。」
「そうなんだ。」
「でもその人は今不登校になった。最近その影響でいじめが過激化していたみたいなんだ。僕たち風紀員も生徒会にその件は任せていたところがあるから最近知ってね。対応が遅れたのはそうなんだけど、でも不思議なことにイジメはすぐ収まった。何故かわかる?」
「もしかして『紅の悪魔』?」
「そう。なんでだろうね。すごくタイミングがいい気がしてね。」
「ということは、紅の悪魔と妖怪派のイジメは関連してるってこと?」
「無くはないと思う。だから次に調べるのは───────」
「お二人とも、精が出ますね。」
背後から声をかけられ見下ろすと、そこには雨野くんがいた。
「雨野くん。」
「本当に調査してくれているみたいで嬉しいです。」
「もちろんだよ。物騒な事件だからね。」
「頼もしいです。僕も個人的に調べていて、どうですか。現地行ってみません?」
「現地って紅の悪魔に襲われた場所?」
「そうです!」
一体どうやって調べたのだろう。
この一週間私たちは聞き込みでまるで事件の情報を得られなかった。
それなのに雨野くんは生徒たちが襲われた場所を知ることができた。
そこに違和感を覚えた。
「すごいね。いったいどうやって調べたの?」
わたしがモヤモヤと頭の中で考えていたことを質問してくれる海道くん。
「え、普通に目撃者から聞いたんですよ。」
そうか。私たちは被害者にばかり目がいっていたけど、目撃者から聞けばよかったんだ。
もしくは噂をしている人とか。
素直に調べすぎていたな。
「目撃者……?」
海道くんは顎に手を当てて考え込む。
わたしはそっと覗き込むが、雨野くんが私たちの背中をグイグイ押してくる。
「ね!行きましょう!なにかヒントわかるかも!」
「あっ、ちょっと!」
「やる気満々だね。」
「それはもちろん!自分のためですから!」
「……へえ。」
「……?」
海道くんは何故か少し笑って見せた。
◆◇◆
連れてこられたのは私の家の近く。
またここか、と苦笑いしてしまう。
「ここは旧御三家近くの通常『迷いの森』。ここは最近、黒天使も出没するいわく付きの森です!三名ほどここで襲われたとか!」
私の家の近所って随分物騒な扱い受けてるのね。
「三名……」
わたしが苦笑いする中、海道くんは再び難しそうな顔をする。
「ここで待っていれば現れるかもしれません!被害者全員人気のないところで襲われています!」
雨野くんは小さい体を大きく広げて興奮したように話す。
こんなキャラだったっけ。
刹那。
森の鳥たちが奇声をあげて逃げ出す。
森の空気は一瞬にして冷たくなり、不快感が全身を支配する。
いい加減理解してきた。
これはわたしの霊力が反応しているんだ。
まさかこんなあっさり現れるなんて。
空を見上げると、雲で覆われた空が一瞬で晴れ渡り炎の塊が出現する。
紅蓮の炎は空で燃え上がり、次第に人の形を成していく。
現れたのは一人の美少女。
赤からグラデーションがかった美しい羽と肉体から燃え上がらせる深紅の炎。
髪は黒と紅のコントラストが美しく、瞳は虹色に煌めく。
白のドレスに金色の装飾品。腰から下は青い布をまとい、五色の配色が高貴さを感じさせる。
余裕を残した表情で私たちを見下ろすと、不敵な笑みを浮かべる。
「喜べ。地上の有象無象どもよ。この俺を見上げることができるなど、これ以上ない幸福であると理解するがいい。」
麗しい女性の姿に反して発せられる声は威厳あるものだった。
まるで私たちはそこから全く身動きかま取れないほど怯えていた。
生命としての格が全く違うとすぐに理解できたからだ。
あれは、なに。
世界の全てを超越したような、圧倒的強者が目の前に現れた。そんな感覚だ。
「クククッ。感動で言葉も出ぬか。良い。その穢れた供物を寄越すのなら貴様らには手を出さないでやろう。手間を省かせた褒美と受け取るが良い。」
「これは……まずいね……たぶん死ぬやつだ。あれば手を出したらいけないタイプの……そう、何かだ。」
海道くんがようやく口を開くが、戦意を喪失していた。
空に浮かぶ炎をまとった美少女は雨野くんを指さす。
狙いはやはり妖怪の血が強い人。
つまり、あれが紅の悪魔。
「な、ななななな、ど、どうにかしてくださいよ!?あ、あいつ、僕を僕を殺す気です!!」
「殺されはしないです。……多分、妖怪の血を封印するとか、認識をねじ曲げるとかそういう類です。」
「そ、そんな……」
「察しがいいな。俺は平和を愛する。繁栄を愛でる。虐殺など好まぬ。だから、抵抗してくれるな。」
その刹那。目の前に降り立つ紅の悪魔。
だが、なぜかその間に海道くんが割って入っていた。
「どういうつもりだ。何もしなければ何もしないと言ったはずだが?」
「はは、わかってますよ。自分でも馬鹿なことしてるって。でも、でも、でも!!!僕はあなたの所業を許す訳には行かない!!!」
海道くんはどこからともなく槍を形成すると、髪の毛が青く染まる。
「か、海道くん!?」
槍を構え戦闘態勢をとる海道くん。
紅の悪魔はため息をつく。
「この俺に刃を向けるか。その様なものを守る価値などないと思うがな。」
「そうかもしれません。でも、記憶や血は大切なものです。誰かの意思で奪われていいものじゃない!」
「うむ。貴様にも通さなければならない道理があると見える。その血も長きに渡り、貴様を守護しているようだしな。」
「なんの話ですか……!」
「なんだ。貴様、記憶が欠落しているのか。」
「なんで……それを!?」
「貴様の契約している妖怪を見ればわかるだろう。くだらぬことを聞くな。」
「僕の……契約している妖怪?」
「少しは期待したが、つまらぬ者か。己の魂に刻まれた理すらも忘れてしまっているのか。その妖怪が不憫でならぬ。この俺が解き放ってやろう。」
「海道くん逃げて!!」
刹那。紅の悪魔は目に見えない速さで海道くんの心臓に触れるが、その手を止める。
「くっ……!?」
「───────ふっ、気が変わった。我が宝に免じて此度は見逃してやろう。───────だが、ゆめゆめ忘れるな。この俺は一度決めたことは必ずやり遂げる。死んでもな。次に相見えるまで平和を享受しておくがよい。」
「え?」
全員がその言葉と行動の理解に苦しむ中、紅の悪魔は微笑み姿を消す。
何が起きているのか分からないまま全員膝を着く。
どうやら、命だけは助かったらしい。




