1章4話 シノビ一族と呪いの初恋
忘れもしないあの笑顔。幼かったアキラはどこまでも眩しくて、温かかった。
でも再会したアキラは、冷たくて、凍りついていた。
どこまで手を伸ばしても届く気がしなかった。
照らされた月に、ただ手を伸ばしているだけだった。
子供のように、舞う羽を眺めることしかできなかった。
───────やっと、会えたのに。
「っ……」
痛みで目が覚める。
目を開くと、眩しい光が差し込む。
視界を遮ろうと手を翳すが、体の至る所が痛くて、思うように動かせない。どうやら、どこかのベッドで寝かされているらしい。
私、どうしたんだっけ?
覚醒して間もない頭で思考を始めるが、上手くまとまらない。
「……あ、やっと起きたし。」
私の疑問に答えるように、すぐ近くから声がした。
無愛想な物言いが聞こえてきて視線を送ると、両耳にイヤフォンをつけて音楽を聞いている少女と目が合う。
「……犬飼」
私は困惑と不快感を示しつつ、少女の名前を呼んだ。犬飼は私が寝かされているベッドの近くに椅子を置いて座っている。
なんで寝起きにこいつの顔を見ないといけないのか、全く見当もつかない。
「言っておくけど、お互い様だから。」
犬飼は私の態度を見てか不機嫌そうに答える。
「どういう意味?」
まだ混乱する頭で質問する。聞きたいことは山ほどあるが、適当に返す。中々面倒のやつが近くにいたものだ。
「お兄が起きた時に自分がいたら警戒されるからって。ったく、なんで私が御三家の寝顔眺めなきゃなんないのよ。」
犬飼はイヤフォンを外しながら答える。
そうか。海道くんに助けられたのか。まだ混乱しているけど、何となく読めてきた。
わたしはまだ混乱する頭で犬飼へ返答する。こいつと話していても答えを得られそうにはないと判断した。
「起きて早々、犬の相手は堪えるわ。あなたの愛しのお兄様の方に話あるんだけど。」
「犬って言うな。というか、言われなくても呼んでくるし。黙ってそこにいろ。」
犬飼は苛立つように立ち上がると、扉を乱暴に開け出ていく。
躾のなってない犬ね。まったく。
静まり返った部屋に一人。ようやく頭が回ってくる。
確か、突然神威さんが異形化して、霊能者の海道くんが助けてくれた。
でも神威さんに見つかっちゃって、逃げようとしたけど刺されて……
そして───────アキラに再会した。
状況から察するに海道くんが追いついて保護してくれたのだろう。それが一番しっくりくる。
なんで犬飼がいるのかは謎だけど。
そしてここはどこなんだろう。妙に懐かしい気分になる。
そして、神威さんはどうなったんだろう。
あとアキラはどこへ───────
疑問は尽きない。
「───────入ってもいいかな?」
軽くノックをし、扉にもたれながら優しく微笑む海道くんがそこにはいた。
ようやく疑問の答えを得られそうだ。
私はそのまま身体を起こそうとするが、全身に激痛が走る。
「うぐっ!?」
「まだ起きない方がいいよ」
ベッドから落ちそうになる私を海道くんが受け止めてくれる。
「ごめん、ありがと……」
顔を上げて、海道くんにお礼を言う。思ったよりも顔が近くにあって、不覚にもドキッとしてしまう。
長く伸びたまつ毛に、宝石のような青い瞳。通った鼻筋、綺麗な黒髪。
無駄に顔が良くて落ち着かない。
海道くんはそのまま私を横に寝かせると、近くにあった椅子に座る。
「混乱してるだろうから、順番に答えるよ。」
「……無事だったのね」
「うん。戦ってる最中に取り逃しちゃってね。天空さんも無事でよかった。」
「私は……その、アキ……黒天使に助けられたから」
「やっぱり黒天使が出たんだね。」
「……仲間じゃないの?」
「さあ、会ったことないからね。」
「そうなんだ。……ところでここは?」
「ここは旧御三家のお屋敷。君が住むことになってるお家だよ。」
「……え?どうやって入ったの。確か、使用人がいるって。」
「うん。その使用人が僕と皐月。」
「はああああああああっ!?」
私は思わず大きな声を出し、驚いてしまう。
使用人がいるのは、おじいちゃんから言われてたけど、まさか同級生だなんて。
海道くんは椅子から降りると、突然跪く。
「えっ、え?な、なに?」
「挨拶が遅れました。ワタクシが、此度よりお嬢様のお世話をすることになりました。シノビ一族当主、海道カイトと申します。何なりと、ご命令を。」
「いやいやいやいやいや!!!無理無理無理!!!急に無理!なに!?」
「……ふふ、だよね。」
数秒の間、海道くんは再び椅子に座ると、いつものように微笑む。
「僕たちシノビ一族は代々御三家の一角を守護する家系だったんだよ。御三家には各々に自らを守護する家系が存在してね。そのうちひとつが、家ってわけ。」
話を整理すると、御三家っていうお偉い人達がいたのは何となくわかった。そしてそれを守護する家系。それが海道くんのおうち、『シノビ一族』。
そこまでは理解できても、私を守るっていうのは理解できない。私もしかして御三家って勘違いされてる?今日やたらと、御三家って言われた気がするし、訂正しないと。
「いや待ってよ!私そもそも、御三家じゃないよ?」
「わかってるよ。でもまあ、この家は元々御三家のもので、それを君のおじい様は譲り受けたんだよ。何かあった時は、子孫やシノビ一族をよろしくってね。……それに御三家はもうとっくに、ひとつを除いて滅びてるし、だからまあ、この家の所有者であるおじい様の命令に従ってるってわけ。」
「な、なるほど。私を守るのはおじいちゃんの命令なのね。それで?散々言ってる御三家って結局滅びたの?」
「そう。滅んだよ。というか、数多の霊能者の家系や妖怪は千年前の戦いで滅んでる。生き残ったのは、ほんの少しだけ。僕たちが守護していた家系も七年前の『先祖返り』によって、滅んでる。今残ってるのは一つだけかな。だから、旧御三家なんて、言われてる。」
つまり御三家というのは、霊能者の由緒ある家系だったということだろうか。もう滅びていて、今は一つだけ残されている。こんな理解でいいだろうか。
わたしは思考を整理しつつも、疑問に思った言葉をそのまま質問する。
「……先祖返り……ってなに?」
「今日見たでしょ。神威先輩が異形化するのを。」
海道くんの言葉で、影に飲み込まれていく神威さんの恐ろしい姿を思い出す。
「あれが先祖返り?」
「そう。あれ以上飲み込まれると、人は異形となる。……僕たち人間は千年前に妖と混じって生きてきた。だから、強すぎるその血は暴走する時があるんだ。それが先祖返り。そして、暴走したのが異形。」
「じゃあ、異形って……」
「そうだよ。人間や妖怪の成れの果て。」
理解が追いつかなかった。人間も妖怪もあんな化け物みたいな恐ろしいものに姿を変えるなんて。
私たちの世界は、千年前の戦い以降、妖怪と手を取り合うようになった。だからこそ、生活の中に妖怪がいるのは当たり前だし、殆ど人間と妖怪は区別がつかないところまで馴染んできている。
人間と妖怪の間に生まれる人も少なくなく、小さい頃はそういった力のコントロールが未熟で身体的に特徴が現れることがある。
アキラもそうだったと思う。
前の学校にも、耳が尖っている人、怒ると獣みたいになる人、シッポが生えている人、そういう人がいっぱいいた。
それでも一緒に暮らすために多くのルールを用いて仲良く暮らしてきた。
どうしても相容れない人達や妖怪たちは不可侵の領域を作り、今でもひっそりどこかで暮らしているらしいけど、上手くやってきたと思ってる。
でもはじめて、わたしは自分の中に恐ろしい血があるんじゃないかって怖くなった。
───────私は本当の両親を知らない。
自分が異形になってしまう恐怖。そんなものが過ぎった。
そんな思考を続けていると、神威さんのある言葉を思い出す。
───────『今時珍しいのかさ、私の家って妖怪とは混ざってなくて。身体的にも劣るところ多いし、個性?みたいなのなくてさ。』
「……でも待ってよ。神威さんは妖怪と混じってない家系だって聞いたよ?」
長い沈黙の末、私はようやく言葉を振り絞ることができた。一瞬全身に走った不快感。自分が嫌になる。
妖怪を毛嫌いして差別するような人に私はなりたくない。今の恐怖は心の奥にしまっておこう。いずれ消えることを願って。
「確かに、神威先輩の家は妖怪と混ざってない。だから、考えられたのは霊能者の家系ってこと。霊能者の血も強すぎると先祖返りを起こす事例はあったみたいだからね。……でも、神威先輩はそのどちらでもなかった。なのに、彼女は、予言や未来予知、霊力じゃないと説明のつかない力を使った。だから、ずっと僕は神威先輩を監視していた。今日に限っては、御三家の匂いがする君とともにね。」
ようやく全てに納得がいく。
私や神威さんにしつこく色んなことを聞いて接点を持とうとした理由、あのタイミングで私のことを助けられた理由、そして、神威さんと帰ると言うと簡単に引き下がった理由。
海道くんは霊能者で、私や神威さんを放っておく訳にはいかなかった。
そして、厄介な二人を同時に監視して様子を伺っていたわけだ。
だけど、そうなるとひとつの不安がよぎった。
霊能者でもなく、妖怪とも混ざっていなかった神威さんが先祖返りをした。もしかして、実験でもされるんじゃないか。
私は海道くんを睨み威圧する。
「神威さんは無事なの?」
「今は眠ってる。安心して。なんもしないから。僕たち霊能者は先祖返りの被害を止めるのが目的なんだ。今の人類にとって、大きな問題だからね。」
ふう、とため息が出る。その言葉が聞けて安心する。
「今日はゆっくり休んで。明日また話そう。申し訳ないけど、天空さんと神威先輩は明日少し付き合ってもらうからね。」
「まだ面倒事あるの?」
「まあ、霊能者の話って基本秘匿が義務なんだ。事情を知った以上、付き合ってもらうよ。こんな話外部に漏れたら戦争もんでしょ?」
「まあ、たしかに。でも学校の人たちは、御三家のことや黒天使の事知ってたよ?あれはいいの?」
「異形の被害は全世界で問題視されてるからね。異形から助けてくれる霊能者の存在はもう隠せないよ。千年前のことはおとぎ話じゃ、済ませないところまでわかってきてるし。逆に天空さんが知らなすぎ。都会は安全なんだね。」
「優秀な霊能者がいるから、うまく隠せてるんでしょ。」
「それはそうだね。圧倒的に都会の方が数多いからね。」
そんなやり取りをしていると、ノック音がして視線を移す。
そこには仏頂面の犬飼と長身の青年が立っていた。
「当主、そろそろ私も自己紹介いいですか?」
「ああ、半蔵さん。いいよ、こっちはもう終わったから。」
海道くんは椅子から立ち上がると、長身の青年が前に出て跪く。
細い糸目に、分けられた前髪、執事のような黒服。
この人も使用人だろうか。いや、正しくはシノビ一族だっけ。
「雉木 半蔵と申します。シノビ一族として、天空様をお守りし、お世話します。」
「ご、ご丁寧にどうも。程々でいいので。」
私は少し緊張しながらそう話した。
この人、なんだか身覚えがある気がする。気のせいだろうか。
「私はあんたの世話なんかしないから。行こ、お兄。」
「あ、ちょっ!?皐月!……お、おやすみ!天空さん!」
相変わらず私に対して冷たい犬飼は不貞腐れながら、海道くんを連れていく。
「当主はその辺の男よりイケメンですからね。これは所謂、三角関係!ラブコメ生活開幕!と言ったところですか?」
「ぶん殴りますよ?」
私たち三人の様子を見守っていた雉木さんはニヤニヤしながら冷やかしてきたので、わたしは容赦なく吐き捨てた。
「これは失礼。年頃の女性を茶化すものでは、ありませんね。」
「ほんとです。」
「以後気をつけます。……話は変わるのですが、もう一人本当はお仕えする予定でしたが、『お前には仕えない』とのことでした。」
なんだろう。この告白してもいないのに振られた感じ。だれも求めてないんですが。
「また振られましたね。」
「ぶん殴りますよ。」
「これは失礼。」
こんな感じで、激動の1日はようやく終わった。
意味の分からないシノビ一族とやらと、同居することとなってしまった。
自分の療養のためにやってきたのに、次から次へと、トラブルばかり。
上手くやって行けるから心配だ。
よくわかんない先祖返り事件に巻き込まれるし。なんだかなあ。
でも微かに胸の内で、このトラブルに巻き込まれ続けていたら、アキラに会えるんじゃないか、そんな馬鹿みたいな考えだけは膨らんでいた。
どう考えても安全第一。
でもやっぱり、初恋は呪いだ。
焦がれて、また会いたいと願ってしまう。
馬鹿だな、私。
ねえ、アキラ、あなたは今どこにいるの?私のこと思い出してくれた?




