4章3話 残ったモノ
街から異形が消え、アキラとリアラさんも正気に戻る。
私たちの事を見届けると、大鳳さんと首藤さんの幻影は消え、首藤さんの人魂飛ばしの接続は切れる。
「なんとか……なった……!」
私は地面に座り込む。緊張の意図が切れたように全身から力が抜けた。
シロさんは泣きながら新とリアラさんに抱きつき、アキラは私の隣で笑っている。
神威さんは平気そうな様子で私の横に立つ。まだ座敷童子のままだ。
「安心せい。やることを終えたら、消えるさ。」
私の目線に気がついたのか神威さんはそう答えた。
「やること……?」
「……良き歌だったぞ。」
神威さんは私の頭を軽く撫でると微笑んだ。なんだか、懐かしい感覚に襲われた。
「ふぇ?……あ、ありがとうこざいます。」
私は疲労感から頭が回らず間抜けな声を出す。
神威さんは満足そうに微笑むと、私から離れ、シロさん達の元へ向かった。
「リアラとやら、鈴華に言うことがあるであろう。まずはそれを果たせ。」
「……そうですわね。」
リアラさんはシロさんの頭をひと撫でし、立ち上がる。
新もそのタイミングでシロさんから離れ立ち上がる。
シロさんは心配そうに2人を見つめる。
「お姉ちゃん。新くん。」
「安心してくださいまし。私はもう、冷静ですわ。……シロの演奏、心に染みましたわ。……皆さんの演奏も、鈴華さんの歌声も。……だから少し前に進んでみようと思いますの。……間違っていたら、止めてくださいまし。新、シロ。私にはお二人がいますから、無敵ですわ。」
「1回やりたいようにやってみろよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。」
「もお!新くんは素直じゃないんだから!……頼られて嬉しいよ!お姉ちゃん!」
「ふふ、こんな簡単なことで良かったのですわね。」
リアラさんはゆっくりと、こちらに歩いてくる。
アキラは私を守るように立ち上がる。
「俺はどうなっても構わない。でも鈴華は……鈴華には手を出さないでくれ。」
「わかっておりますわ。───────先程は申し訳ありませんでした。それから、ごめんなさい。あなた達を騙すような真似をして。」
リアラさんは私とアキラの前出立ち止まると、勢いよく頭を下げた。
「……え?」
私は予想していなかったリアラさんの行動に目を丸くしていた。
「鈴華さんは己の力で、自分の力が素晴らしい力であると、証明してくれましたわ。……それに、悪意に囚われた私を、いえ、この街を救ってくれた。そんな方を捕らえるなんてできませんわ。……やらなければならないことがあるのですわよね?行ってくださいまし。私は私のやるべき事を為しますわ。」
「アキラのことは?リアラさんはどうするんですか?」
「アキラさんのことは保留ですわ。アキラさんを捕らえると言うなら、私も対象ですから。今回の件、正確に何が起きたのか祓魔師連盟やフラワーガーデンに持ち帰りますわ。正当な機関で修練を積んだものでも悪意に飲まれた。そして異界の扉を越えたシロと鈴華さんには悪意を祓う力を得た。……きちんと報告し調べなくてはなりません。……私も自分の家ときちんと向き合いますわ。ひとりで抱えて、新とシロを守るのではなく、一緒に戦って参ります。」
「私、沢山世界のこと知ったよ。鈴華さんと一緒に。私もお姉ちゃんに協力する。フラワーガーデンも祓魔師連盟も納得させよう!」
「ここまで来たら、他人事ってわけにもいかねーだろ。俺も協力する。」
いつの間にかシロさんと新はリアラさんの横に並び立ち微笑む。
なんて頼もしい二人だ。
「わかりました。頑張ってきてください。」
「もちろんですわ!」
リアラさんの瞳に曇りはなかった。
もともと異形を大量に出現させたというアキラ、それから危険とされる御三家の力を持った私を捕らえるのがリアラさんの目的。
でもその危険性が、他の要因を孕んでいるのなら、話は別ということだろう。
実際、私とシロさんは知っている。
あれは悪意による現象だ。
それに、リアラさんの目的はどちらかと言うと、シロさんや新を危険から守ることだった。
でもその可能性を誰もが持っているといるということで踏ん切りがついたのかもしれない。
一時的とはいえ悪意に飲まれたことで、リアラさんも何か考えることがあったのかもしれない。
ずっと、手を震わせていた。
大切な人を傷つけてしまう恐怖。私にも覚えがあった。
自分の行動によって、だれかを巻き込むことは怖いことだ。
わたしは立ち上がってリアラさんの手を握った。
「リアラさんなら、やれますよ。」
「ありがとうございます。……鈴華さん。私ずっと怖かったのかもしれませんわ。興味のないふりをして、自分から動くのを恐れていた。……でも自分の行動がどれだけ愚かか知りましたから。……新とシロにもうあんな顔はさせたくない。我を失って、力を振るうなんて、やりたくない。……いつも私のそばにいてくれた、大切な友達を裏切りたくない。……こんなことせずに、まっすぐ、向き合いますわ。……だから、次会った時はまた、お友達になってくれると嬉しいですわ。」
「もちろんです。良い報告待っていますね!」
私の言葉にリアラさんは泣きながら微笑んだ。
リアラさんはシロさんに支えられながら、執事さんの車へ向かった。
知覚に迎えに来ているらしい。
私とアキラも向かおうとしたが、新と神威さんに目線が行った。
「お前……美琴じゃねえな?誰だ?」
「覚えておらぬか。ワシにこの名をくれたのはお主だったのがな。転生して会いに来てやったと言うのに。冷たい男じゃ。」
「……すまない。覚えてない。前世の話か?」
「……恐らく、な。……でもその通りかもしれん。……ワシらのことなど、今のお主と美琴には関係ないのかもな。」
神威さんは愛おしそうに新の頬に触れた。新はどうしたらいいのか分からない顔をしていた。
次第に神威さんの身体が光に包まれ始める。
「あの日、最期は会えなかったからの。探して、求めて、手を伸ばした。お主に仕えた日々、悪くなかったぞ。……見つけてくれて、ありがとう。そばにいてくれて、ありがとう。───────ワシもお主を好いていたぞ。達者でな、輝。」
「─────っ。ミコト……。」
新は神威さんに手を伸ばす。その刹那、強い光が二人を包んだ。
◆◇◆
『なあ、座敷童子って名前ないのか?』
『あったかもしれぬが、覚えておらぬな。何年も生きておるからな。記憶が薄れることもある。』
『俺のこともそのうち、忘れちまうのか?』
『何か忘れらぬモノでもワシにくれ。それを今後ワシは刻みつけるとしよう。』
『へえ、なら俺が名前つけてやるよ!それが俺からの贈り物!』
『ほう?それは良いな。可愛いので頼むぞ?』
『おう!任せろって!じゃあさ、カムイミコトってのはどうだ?神様っぽくていいだろ!それにほら、ミコトって漢字にしたら琴上の琴入れられそうじゃね?何年経ってもこれで忘れねーだろ?』
『良い名だ。大切にしよう。』
『なあ、ミコト。ずっとそばにいてくれよな。』
『……約束しよう。』
それは在りし日の記憶。
新にだけ見えた記憶の断片。
庭園を縁側から見つめ、寄り添う二人の男女。
遠き日の風景。
目の前から座敷童子が消えた時、新の頬には一粒の涙が、わけも分からず流れていた。
◆◇◆
「新ちゃん……?泣いてるの?」
「え、ああ?あれ、なんでだ。なんで俺泣いて。」
抱きしめ合う神威さんと新。なぜか二人を見ていると胸がキュッと苦しくなった。
「帰ろっか。新ちゃん。」
「……そうだな。」
二人は切なそうに、だが、晴れやかな表情で並んで歩き始める。
「強いね、みんな。」
アキラが私の隣にたってそう呟いた。
「そうだね。」
私は優しく微笑みアキラと共に歩き出した。
刹那。
目の前に犬飼が現れ道を塞ぐ。
「っ!?犬飼!あんたどこいってたのよ!」
「……ミチル」
驚いて反射的に心配をする私。対照的に複雑な表情を浮かべるアキラ。
犬飼は戦闘中、突然、姿を消したのだ。
「新。二人は私と一緒に帰るわ。猿飛に迎えを頼んであるの。」
犬飼は私たちに答えることなく、冷たく新にそう言った。
「ふーん。そうか。なら、またな。姉貴のことは任せておけ。」
新は短くそう言うと歩き出した。
神威さんはニコッと微笑み「夏休み、いっぱい遊ぼうね!!!」と言って新に着いていく。
「ちょっと犬飼!あんた大丈夫なの!?」
「大丈夫よ。気がついたら、異形いっぱいいて戦ってただけ。」
犬飼は冷たく私の手を弾いてそっぽを向く。
「いった!!心配してんだけど!」
「わかってるっての。てか、行くんでしょ。半蔵さんのところ。」
「そ、そのつもりだけど……」
何だこの犬飼。やけに物分りがいいと言うか。さっきから言葉遣いが冷たい。
アキラに全く顔を合わせないし。
「ミチルは俺がアキラだって、わかっていたんだね。」
「そりゃあね。小さい頃から力使ってない時はその姿だったし。あの日、霊能協会な襲ってきた日、目覚めたお兄が記憶をなくしていた。その現場にいたしね。……でも黒天使もお兄だったとは、半蔵さんから聞かされていなかった。私もあの人に聞きたいことがあるのよ。きっと猿飛も。」
犬飼はアキラを指さす。
言われてみればアキラの姿は私の知るカイトの姿であった。
力を解放していない時はこの姿なのか。
犬飼とアキラに微妙な空気が流れる。
今複雑なことになっているのは確かだろう。
アキラも気まずいだろう。カイトとしては同じシノビ一族として接し、アキラとしては宮ノ森家当主として関わっていた。
犬飼はアキラがカイトであると知っていたと口にした。
考えてみればシノビ一族である犬飼が知らない訳がなかった。
なんだか、これまでの犬飼の煮え切らない態度に納得がいく。
カイトが記憶を失ったアキラだと知っていた。だが、カイトとして接していた。そして黒天使だとは知らなかった。だからあの日、琴上家にアキラが現れた際混乱していたのだ。
それに私と犬飼が雉木さんに話を聞いた際も『黒天使はアキラの記憶を持った残滓』と説明された。
雉木さんはこれまで多くのことを隠し、そして私の命とアキラの記憶を呼び起こすことを計画していた。
話を聞かなければならないだろう。
七年前、本当は何が起きたのか。
雉木さんは何をしようとしているのか。
「まだ猿飛が来るまでは時間がある。眠っていたら?相当疲れてるんじゃないの?2人とも。」
「そうだね。精神的にも肉体的にも疲れてるね。」
アキラは座り込むとすぐに眠った。あまりにも早い眠りだった。
当然かもしれない。悪意が暴走していたとはいえ、ずっと力を放っていたのだ。疲れていたのだろう。アキラにとってはどちらかと言うと、精神性な負担の方が大きかったかもしれないが。
「犬飼だって疲れてるでしょ?最近、色んなお仕事してたみたいだし。家に全然帰ってこなかったじゃん。」
「一族の務めを果たしていただけよ。あんたも寝なさいよ。起こしてあげるから。私は慣れてるから大丈夫。」
「そ、そう?」
犬飼の言葉が響くと、不思議と体の力が抜けた。本当に疲れているのかもしれない。
あれ。なんだか視界がグラグラする。
刹那。フラついたわたしを犬飼が支える。
「ごめ、ん。ふらついちゃって。」
「ほら言わんこっちゃない。アンタはいつも無理しすぎなのよ。あんたどデカくちから使ったら、だれでもそうなるわよ。」
「だね……。ちょっと寝る。」
本当に疲れているようで、犬飼の胸の中で意識が微睡みに落ちていく。
意識を手放す間際、犬飼は小さく呟いた。
「───────素晴らしい歌でしたよ。天空様。どうぞ、お眠りくださいませ。」
聞きなれない言葉遣い。犬飼から発せられた言葉に、違和感を残しながらも眠った。
私の意識は、まるで何かの術にかかったかのように、深く沈んだ。




