4章2話 祈りの歌
視界が晴れると目の前には神威さんがいた。
抱き寄せていたシロさんを離し、周りを見やる。
私とシロさんは地面に座り込んでいた。境界に行く前と全く同じ場所。
でも雰囲気は異なっていた。
全身を切りつけるような悪意、いや、瘴気が辺りに充満している。
それに異常なのは、それだけじゃない。漆黒に染まる空、無数に徘徊する異形たち。この世の終わりみたいな絵面だ。
ここに来て、ご先祖さまの世界を救うという言葉が現実味を帯びてくる。
これが世界全体に広がれば、本当に世界は終わる。そう感じさせる光景だった。
紫のオーラを溢れさせるアキラに、リアラさんと戦闘を続ける新。
私とシロさん、神威さんは光の壁に守られている。
神威さんから神聖な霊力を感じるので、おそらく神威さんがこの領域を展開しているのだろう。
光の壁は私たちを守ってくれている。
異形たちは光の壁に群がってくるが、こちら側には近づけていない。
だが、アキラのオーラ、リアラさんと新の戦闘が良くない。
周りに絶えず異形を生み出し、瘴気を広げている。
不幸中の幸いなのは、時間はそれほど経過していないこと。
今の私たちならこの事態を止められるはずだ。
「どうやら、戻ってきたようじゃな。」
目の前の神威さんは微笑むと、私たちに背を向けて力を強める。
「……そうみたいです。」
私は軽く答える。
「……状況は?」
隣のシロさんは涙を拭うと、いつも通り落ち着いて話す。
「見ての通りじゃ。お主らが異界に行ってから、さほど経過していないが、この有様じゃ。……リアラとやら、鈴華を警戒対象と言っておったが、自らもあのザマじゃ。滑稽じゃのう。」
神威さんは意地悪な笑みを浮かべてリアラさんを指さす。
「……お姉ちゃん。」
シロさんは立ち上がると、霊力を溢れさせる。
「お姉ちゃんは私が止める!」
刹那、飛び出したシロさんに足をかける神威さん。
シロさんは予想していなかったのか、簡単に引っかかり転がる。
「ど阿呆。先程飲まれたばかりじゃろ。そんな足元も見えぬ状態で行っても変わらぬ。それとも、お主、再び扉を開きたいのか?」
シロさんを見下し、冷たい視線を送る神威さん。
シロさんは歯を食いしばりながら、立ち上がるが、深呼吸をし冷静さを取り戻す。
「そう……ですね。」
私はそのやり取りを見守り、立ちがる。
「神威さん。あなたは、まだ座敷童子さんですね?その状態、いえ、この光の壁を展開させられるのはどのくらいですか。」
「ほう。鈴華はやはり瘴気に耐性があるようじゃな。この状況で頭が回っているようじゃな。……して、ワシのことについてだな。ワシが現界していられるのは、美琴が目覚めるまで、といったところじゃ。光の壁で異形の侵入は防いでいるが、瘴気までは抑え込めぬ。それに、この壁も長くは持たぬな。もって数分。直に崩壊するじゃろう。」
私は神威さんの話を聞き終えると、思考を巡らせる。
シロさんも神威さんの変わりように驚いていた様子だが、私とのやり取りから情報を得たらしい。私たちを交互に見て納得してみせる。
私はそんなシロさんを他所に思考を続ける。
「人を愛して、妖怪と手を取り合う。幸福に生きること───────それが、世界を救う方法。」
思考が声に漏れ出ていた。
「それはさっきの……」
その言葉に聞き覚えがあるシロさんは小さく反応した。
私とシロさんは顔を見合わせる。
目の前で無数に広がる異形たちは、アキラやリアラさん、新から生み出されたもの。
人が先祖返りした異形ではなく、悪意が異形したもの。
霊力には、妖力を。妖力には霊力を。対となるエネルギーをぶつけてやればいい。
「でも……闇雲に戦ってもこの数じゃ……私たちがもちません。」
シロさんも同じ考えに辿り着いたようだが、私も同様壁に直面する。
「ですよね……せめて原因を止められたら数減らせるんですけどね。」
「リアラと新に近づくのは無理じゃろうな。アキラも同様じゃ。そもそもここから離れた時点で異形との戦闘じゃ。」
私とシロさんのやり取りを聞いていた神威さんが答える。その通りだ。
ここから動かず、リアラさんと新の戦いを止めさせ、アキラの暴走を抑える。そのうえで異形たちに対となるエネルギーをぶつける。
やるべき事は見えたが、難易度が高すぎる。
そもそもそれをどう実現したらいいか、分からない。
刹那。
思い悩む私たちの目の前に光が差し込む。
白く柔らかい光は次第に広がり、見知った姿を映し出す。
「良かった!繋がった!」
「え?」
光から映し出されたのは、首藤さんだった。
背景には学校が写っており、ここじゃない場所の映像が目の前に浮かび上がっている。
なに、何が起きてるの?
「人魂飛ばしで、こちらの映像を繋げています!見えていますか?首藤です!」
首藤さんは切羽詰まったように後ろ側を写すと、黒い瘴気に飲まれた学校を映し出す。
倒れている生徒や苦しんでいる生徒、それから異形と戦う大鳳さんの姿。
こちらと殆ど同じ事態が向こうでも起こっているようだった。
「見えています!そっちにも異形が!?」
私は首藤さんに答える。
「はい!霊能者やエクソシストの方たちが今出動して、戦ってくれていますけど、被害が大きいみたいで、確認されているだけでもこの街全体で異形が無数に出現してるとか!」
「大鳳さんも戦ってるんですか!?」
「はい!でもうちの生徒で戦える人がほとんどいなくて……拓ちゃん先生も風紀員の方も誰もいないんです!応援頼めませんか!?」
「ごめんなさい。こっちも異形に囲まれていて動けないんです!」
「そんな……」
分かりやすく肩を落とす首藤さん。
なんでいきなりこんな事態に。
「どうやら、こことは別の場所でも瘴気が発生しておるな。そのふたつが影響し、この街を悪意が包んでおる。」
神威さんは力を使いながら、そんなことを呟く。
「美琴ちゃん……?その姿は……?」
神威さんの姿に違和感を感じたのか、首藤さんは困惑した表情で見つめる。
その首藤さんの頭の上に一羽のひよこが飛び乗る。鳳凰だ。
「ほう?ようやく覚醒めたか。座敷童子よ。神ともあろうものが力を行使してそのザマはなんだ。」
「ふっ、静観しておる格式高い神と一緒にするな。この身は既に人の理に囚われておるのでな。これが限界じゃよ。」
「そんなことは見ればわかる。この俺が手を貸すような場面ではない。我が宝と有象無象で十分解決可能な案件だ。」
「ふっ、いいことを聞いた。……鈴華、奴を動かず材料はないか。知識を授かれ。この事態は解決できるようじゃぞ。」
神威さんは微笑み私に振り返る。私の思考はフル回転する。
鳳凰はこの事態を解決する手段を持ち合わせている。そしてれは私たちにも可能ということだ。
引き出されるしかない。
鳳凰は味方じゃない。
でも敵でもない。
思い出せ。これまでのことを。
なにかヒントがあるはずだ。
前回、鳳凰が動いたのは、なんだった?
依代である大鳳さんが傷ついたからだ。
不当な扱いを受けたからだ。
鳳凰が動くのはそういう時。
きちんと筋を通せば、導きをくれる。
時には、裁きだって下す。
断りに反することを嫌い、平等と平和を愛する。
吉兆の神。
そこまで思考したところで、一つ言葉を思い出す。
───────全ての事件は繋がっていた。
その言葉を皮切りに溢れるように思考が加速していく。
───────雉木半蔵とムジナはアキラを目覚めさせるために暗躍していた。
───────ムジナは神の世界から追放された妖怪。
───────現世と常世を救う方法の提示は神からの命令。
なんだ。説得できる材料ばかりじゃないか。
「鳳凰様、お聞きください。雨野メアが大鳳さんを傷つけた件、あれはまだ解決しておりません。シノビ一族、雉木半蔵が裏で糸を引いていた可能性があります。また今回の騒動も引き金を引いたのは同一人物による犯行と思われます。それから、雉木に協力していた妖怪ムジナは、神の世界から追放された存在です。神と関わりの深かったものがこんかいより深く騒動を引き起こし、あなたの宝である大鳳さんを傷つけようとしています。また、この世界における異形への対抗は常世に住まう神からの命令であると境界の番人から異界の扉を通してお告げを貰いました。───────どうか、知識をお与えください。本件は貴方様が力を貸す道理のある事件です。」
数秒の沈黙。
鳳凰は瞳を閉じて飛び立つ。
映像は大鳳さんの所へ移り、鳳凰は大鳳さんの頭に乗ると、ようやく答えた。
「よかろう。今回は特別に力を貸してやる。だが、知識と術のみだ。緊急事態とはいえ、対価なし、直接の対面も無しときた。あまり期待するなよ。」
「ほ、鳳凰様!?」
「我が宝よ、無駄な戦いはやめよ。塵芥の相手は俺がしてやろう。お前は友を助けよ。」
戦闘中だった大鳳さんの周りに炎が燃え上がり異形が近づけなくなる。
困惑する大鳳さんを他所に鳳凰は一回転すると、大鳳さんの隣に首藤さんが転移する。
「ええっ!?」
「ろくろ首。お前我が宝と自身を狐の娘の所へ飛ばせ。映像でもなんでも構わん。できるな?」
「ええ、できますけど、私たちは何をしたら……」
「狐の娘。」
鳳凰は私を指差す。
「は、はい。」
私はゴクリと唾を飲んだ。なんだ、何を始める気なんだ。
「貴様、確か偶像崇拝の真似事をしていたな?」
「ぐ、偶像崇拝……?アイドルのことですか?」
「ああ。そうだ。歌うが良い。」
「へ?」
「祈りを込めて、歌うのだ。それがこの世界を救う方法だ。」
「……は?」
人を愛し妖怪と手を取り合う。幸福に生きる。とは言ってたけど、歌に祈りを込める?それで浄化できるの?私の歌で?そんなことが……?
「結界はこの俺と座敷童子が引き受けよう。これで邪魔はされない。楽器はこの俺が用意する。全員で音を奏でるのだ。それから、狸。」
私が理解する暇なく次々と指示が飛ばされ、次はシロさんを指さす。
「貴様の能力を反転させろ。隠蔽を反転させこの街全体に音を轟かせろ。これで世界は救われる。」
「私の力を……反転……?」
「貴様は悪意を貯めやすいのだろう。ならば吐き出せ。それが貴様の力を反転させる。インバート・マリスとでも言おうか。」
「……反転する……悪意……」
「狐。どうした。何を惚けている。知識と術は与えたぞ。」
鳳凰がそう言うと、私の手にはマイク、シロさんの手にはベース、神威さんの目の前にはドラム、首藤さんの所にはキーボード、大鳳さんにはギターがそれぞれ出現していた。
「どうやら、これしかないみたいじゃぞ。鈴華。安心せえ。ワシの中の美琴がお主ならできると確信しておる。それに太鼓叩きなら任せろ。美琴のやつが昔練習しておったわ。言っておったであろう。お主に刺激されて色んなことに挑戦したと。」
「神威……さん。」
「ピアノしかやったことありませんが、やれる限りやります!鈴華さん、やりましょう。誰よりもあなたが適任です!」
「首藤さん…。」
「私ギターならできるよ!鈴華ちゃんやろう!今度は私たちがみんなを助ける番だよ!大丈夫。鈴華ちゃんに助けられた私がいる。背中を押された美琴がいる。救われたチグサがいる。みんなここまで鈴華ちゃんの言葉で走ってきたんだから!」
「大鳳さん……。」
「私もお姉ちゃんの好きなアニソン弾けるようになるために密かにベースを練習してたんです。まさかこゆな大舞台で初披露するとは思いませんでしたが、やりましょう。私たちは託されたんです。ハジメさんに。」
「……シロさん。」
それぞれがそれぞれに、私に声をかけてくれる。
歌うのなんて、いつぶりだ。
アイドルを辞めた私が、この街で色んなことにぶつかってきた私が、求められるのが歌だなんて。
つくづく、運命だよね。アキラ。
「ひとつだけ、いい曲があります。」
◆◇◆
準備は整った。方法も見えた。覚悟も決まった。
ぶつけ本番。
一度きりの勝負。
祈りを歌に込める。
シロさんの力が溢れ出し、隠蔽の力が反転していく。
首藤さんの力で幻影として私たちの横に、首藤さんと大鳳さんが現れる。
鳳凰と神威さんの力で、異形は近づけない。
今しかない。
辛い時何度も聞いた。世界の幸せを願う曲。
私が大好きな曲。
この曲に、祈りを込める。
「聞いてください。──────『pray』。」
首藤さんの奏でる旋律が流れ、大鳳さんのギター、シロさんのベース、神威さんのドラムが連なっていく。
私は小さく息を吸って声を出した。
◆◇◆
生きていることを
褒めていたい
今日もここまで
来られたこと
平穏に過ごせる
このひととき
小さな息にも
感謝を
今夜の心
そっとほどけて
幸せ、安らぎ
胸に満ちてく
穏やかな願い
受け取って
このままで
大丈夫だよ
Take care of yourself
Take care of yourself
ひとつ頑張れたなら
自分を褒めよう
pray for you
pray for you
全部は手に入らないから
手を取って分け合おう
自分のペースを
大切にしたい
昨日とこれまで
来れたこと
忙しく過ぎる
この日々
大きな波にも
意味を
今夜の心
深く沈んで
眠り、和やか
静かに満ちゆく
抱えた願い
受け入れて
このままで
いいんだよ
Take care of myself
Take care of myself
ひとつ進めたなら
愛しさ分けよう
Give me courage
Give me courage
あなたの中にあるから
信じてみよう
pray
今日の涙も
今日の笑顔も
どちらもちゃんと
ここにある
祈りみたいに
やわらかく
心を包んで
休ませよう
Take care of myself
Take care of myself
ひとつ進めたなら
愛しさ分けよう
Take care of yourself
Take care of yourself
ひとつ頑張れたなら
自分を褒めよう
人を傷つけず、人を想う
みんなが願えば幸せになれる
◆◇◆
世界に祈りの歌が溢れる。
これまでの思い出が、これまでの足跡が力となって、光が降り注いだ。
異形は全て姿を消し、天は晴れ渡る。
泣きながらアキラは私を見上げる。
「どうして君は……そんなにも、綺麗で、強いんだ。」
「この光はアキラから貰ったものだよ。そして、カイトがくれた温もりがここまで進ませてくれた。」
「俺が……?」
「ようやく話せるね。アキラ。ずっと、ずっと、お礼が言いたかったの。私に光をくれてありがとう。そして、ずっとそばにいてくれて、ありがとう。」
「鈴華……君はやっぱり、眩しすぎるよ。」
アキラは泣きながら、でも笑っていた。
シロさんはリアラさんと新に抱きつき、ずっと泣いていた。
光り輝く空の元。
世界が闇に包まれていたのが嘘のようだった。
私が歩んできたこれまでの道が世界に届いた。
全部意味になったんだ。
鈴華が歌う『pray』はこちらから
YouTube(フル動画)⬇
https://youtu.be/rovwLmMfM2I?si=ro49oUv8ppFBYwn8
YouTube(ショート動画)⬇
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