4章1話 境界
真っ白な空間。目の前に現れた青年。
私とシロさんは扉に飲み飲まれ、気がついたらこんなところにいた。
青年は言った。
───────私の遠い先祖である、と。
そして続けて口にしたのは『現世を救う方法を教えてやる』という脈絡のない言葉だった。
私とシロさんは唖然としていた。
ここが、どこなのか、この青年が誰なのか、私たちに何が起きたのか、まるで整理ができていない。
そもそも、ここに来るまでに多くのことが起きすぎていた。
リアラさんのカミングアウト、アキラの正体、突然の戦闘。
私はリアラさんに捕まるところを、前世の力を取り戻した神威さんに助けられ、シロさんは異形に飲まれる寸前だった。
理解を越えた事情が立て続けに起きすぎている。
「……んー、許容オーバーって感じか?とりあえず自己紹介でもしておくか!そっちの子は知らんし。」
青年は私たちの様子を悟ってか、そんな提案をしてくる。私にとってはあなたが1番謎なんですけど、と言いたいが、耐えた。
青年はなんでも知っていそうに振舞っているが、こちらの事情を知っているわけではないらしい。
シロさんを指さして首を傾げた。
どうやら、私のことは知っていても、シロさんのことは知らないらしい。
指を指されたシロさんは、怪訝そうな顔で男を睨みつける。
「紹介……というなら、あなたが先でしょう。それにここはどこで、あなたは何者ですか。私たちをどうする気ですか?元の場所に返してください。」
シロさんはまくし立てるように早口で話した。余裕が無いのだろう。
それもそのはずだ。先程までリアラさんと戦闘をしていたのだ。向こうの状況が気になるのは私も同じだ。
「おぉおぉ、まあ、そんな焦るなよ。ここはお前たちのいた世界と場所も次元も時間も、あらゆる概念から違う。元の場所にはちゃんと返すし、ここでどれだけ過ごしても向こうの時間は変わらないから、安心しろよ。」
男は柔らかく微笑むと、敵意がないことを示すために座り込む。
私たちと対照的に男はずっと冷静で、余裕ありげだ。私たちの来訪に戸惑う様子は見受けられない。
「そう言って、何百年も経つかもしれないじゃないですか。浦島太郎みたいに!」
シロさんは私の前に出ると、警戒を強めた。男の言葉に何一つ信ぴょう性がないのは確かだ。
「別に信じなくてもいいけどよ。話は聞けって。黙って聞いてくれたら、ちゃんと返すから。」
男は微笑むと、指を鳴らす。その刹那、私とシロさんは座布団に座らせられていた。
「なっ!?」
「えっ!?」
そこから全く立ち上がることができず、目の前の男と話すことを強制されていた。
どうやら、私たちに最初から選択肢などないらしい。それでも、ここまで問答を続けてくれたのなら、まだ良心的と言えるかもしれない。
「先に言っとくな、ここは本来来ちゃダメなとこで、お前たちは無断でここに来た。その認識だけはしておけよ?」
男は柔らかく微笑むが、赤い瞳が怪しく光って見えた。
力のさを見せつけられて、その言葉は、脅し以外のなんでもない。
シロさんは歯を食いしばった。
わたしもどうにかこの状況を打開できないか考えてたが、途中で諦めた。
話を聞いた方が早いと思い至ったからだ。
幸い向こうには敵意はないように見える。話ぐらい聞いてもいい気がした。
「くっ…」
警戒を強めるシロさんの手に私はそっと触れ、「話を聞きましょう。それしかできそうにありません。」と呟いた。
「そのようですね。力も使えないみたいですし。」
シロさんは観念したかのように、男に向き直る。私も男に視線を向けた。
分かってはいた事だが、シロさんの言葉で、判断が正しかったことに気がつく。抵抗できない以上、今は話聞く他ないだろう。
「お?話を聞く気になったか?俺は何百年も待つつもりだったけど。早いに超したことはないな。」
男は再び柔らかく微笑む。冗談のつもりだろうが、全く笑えない。
シロさんは男が微笑む度に、胸に手を当て落ち着かない様子だった。
その様子に気がついて私はそっと尋ねる。
「どこか痛みますか?」
「いえ……なんだか、あの男を見ていると、胸がザワつくんです。警戒しているんだと思います。」
「まあ、動き止められてますしね。」
私は苦笑いして答えた。こんな意味の分からない状況でリラックスしろと言うほうが難しい話だ。
「それで、俺の自己紹介だったか。んー、わりいけど、名前とかは覚えてねーんだわ。ここで過ごした時間が長くてな。
……でもちゃんと覚えてることはあってな。すげえ可愛いお嫁さんがいて、そいつとふたりで千年前に孤児院を作った。元々はお前たちのいた世界にいたんだぜ。今はこっちにいるけどな。
世界のこととかは後々説明するとして、あと、俺の事で話せるとしたら、あーそうそう、俺は鬼だ。常世っていうお前らの住んでいる現世の近くにある世界出身で、今はここ『境界』で番人を任されている。
仕事はお前たちみたいに、ここに迷い込んだヤツらに世界の救済を伝えること、常世と現世の均衡を保つのが役割だな。ほれ、自己紹介したぞ。お前たちもしてくれや。」
男は優しく微笑むと体勢を崩し、くつろいでみせる。
色々気になる話は出てきたけど、今は後回しだろう。順序だてて聞く必要がありそうだ。
「私は天空鈴華。高二。色々バタバタしてたら、扉が現れて。シロさんが異形に取り込まれそうになってたから助けた。そしたら、ここにいた。そんな感じ。」
「そっかそっか!大変だったな!」
軽く笑ってみせる男。その様子につい言葉が漏れていた。
「さっき、私の先祖って……どういう意味?」
口をついて出た言葉。私は口を慌てておさえる。
自分でも無意識に聞いていた。男は驚くこともなく、私の質問に答え始めた。
「ああ、先祖だぞ!その証拠がまず苗字な。俺と嫁さんが立てた孤児院の名前だ!天空、いい響きだろ?俺と嫁さんの友達から名前取ったんだぜ。っても、もう名前覚えてねーけどな!つーわけで、俺はお前の育ての両親の先祖ってわけだ。」
男の話には聞き覚えがあった。今の両親から聞いたことがある。誰にも話したことの無い話。
確かに、この男は私の育ての親の先祖なのかもしれない。
でも、それなら、私の本来の血については知らないのだろうか。
そこまで思考したところで、見透かすように男は続けた。
「安心しろって。お前の先祖のことも、ちゃんと知ってるんだぜ。
お前さんは人間に転生した天邪鬼と琴上家の直系だな。
お前さんの体の中に鬼の力やら九尾の力があるのはそのせいだな。
千年前に口伝が途切れて普通の家系で生きてきてしまって、俺が育てた孤児たちの末裔に育てられた、ってとこだな。」
リアクションする暇もないぐらい一気に語られた。私の血に関することだ。
自分で聞いておいてなんだが、あまりにもあっさり語られた。
自分の出生について。
私が捨てられたのは、この力のせい?
なら、やはり、リアラさんの判断は正しかったのか。
信じる信じないを先にして、酷く納得してしまった自分がいた。
「それは……ほんとなの?」
私は確かめるように聞いた。
「ああ、確かにそのはずだぜ。当時の奴らの名前とかは覚えてねーけどな。起きた出来事は覚えてる。
それに、俺はもともと悪意の魂を喰らう鬼だ。
お前さんの魂がよく見える。懐かしい匂いがするんだ。
わりいな、準備させる前にペラペラ話しちまってよ。
お前さんから知りたいって欲が見えたもんでな。俺も懐かしくて、つい、話しちまったぜ。」
図星だった。私は自分の血筋のことを知りたがっていた。
力を恐れつつも、心のどこかで、なぜ捨てられたのか、ずっと引っかかっていた。
鬼の力や九尾の力も、なんでそんなものが自分の中に眠っているのか知りたかった。
なるほど、そんなことだったのか。
聞いてみれば納得のいく話だった。
それだけにリアラさんの話が現実味を帯びてくる。
考え込む私の頭を優しくシロさんが撫でてくれる。
「大丈夫です。その力は何度もあなたを守ってきました。ここまで繋がってきた尊い血です。恐れることなく、受け入れることが出来れば、血に刻まれた約束があなたを守りますよ。……私はずっとそう信じてお姉ちゃんのそばに居ますから。」
その言葉は誰の言葉よりも強かった。
琴上家を守る約束の血。それをずっと自覚し背負いながら生きてきた人の言葉だ。
その言葉に救われる。
そうだ。私の愛した人たちは、そんなことで、私を拒絶しない。
そんなことはずっと前に、アキラが教えてくれていたじゃないか。
「ありがとうございます。なんとか、やれそうです。」
私は微笑んで答えた。
シロさんは安心した様子となる。
男は態度を変えずに、くつろいで待っている。
この男はただ、私の欲に答えただけだ。
ずっと胸の奥底にあった恐怖と不安と好奇心を欲として捉え、答えて見せた。
お父さんとお母さんに似ても似つかない。だけど何故か他人とは思えなかった。
それは、不思議と真っ直ぐ心根が聞こえてくる気がしていたからだろうか。
『そんなに不安で、誰も教えてくれないんだろ?なら、俺が教えてやる。』
そんなふうに言っているように見えた。
不器用なお節介。
きっと、この時間だけの特別な邂逅。
『俺の懐かしい思い出を知っていて欲しい』
そんな無邪気な想いを感じずにはいられなかった。
話が落ち着いたところで、次はシロさんが口を開く。
「私は野村シロ。高三です。琴上家に仕えるムラクモ一族です。ここに来る前はお姉ちゃんと戦闘をしていました。あとは鈴華さんから聞いた通りです。」
短く淡々と言って見せた。自己紹介を終えると、男はシロさんに少し近付いて微笑んだ。
「おお、マシロか。いい名前だな!」
「いえ、マシロではなく、シロです。」
「ん?ああ、マシロだろ?」
「いえ、シロ」
「マシロ?」
「シロ!」
「マシロ!」
「はぁ……もうそれでいいです。はやく、この場所と諸々の説明を。」
何度も名前を間違えられたが、まったく直そうとしない男に、呆れシロさんは疲れたように話を進めさせる。
「ああ、そうだな。まずはこの場所について話すか!」
ようやく本題に入れる。おとこが話を切り出し、私たちはそれを黙って聞いた。
◆◇◆
さっきも少し話したが、ここは『境界』。お前たちがいた世界『現世』と特別な存在がいる世界『常世』の間に位置する場所だな。
もともと現世と常世は隣あっていて、最初は境界はなかった。それに、昔は神様とかが往来したり鬼や妖怪が現れたりしてたんだぜ。
まあそもそも、常世っていうのは、神様や妖怪・鬼が住む別世界っていう感じだな。
特別な事情があると常世から干渉するわけだ。
現世から常世への干渉は基本禁忌とされていて、原則誰も現世から常世に干渉することは出来なかった。
だが、時代が進むと、霊能に恵まれた者や常世の悪意を呼び寄せるもの、神からの転生が多く生まれ、常世と現世の均衡は乱れつつあった。
その影響もあってか、現世では色んな現象が起き始めた。
常世とは異なる別世界、所謂『異世界』に行く者、別の時間軸・世界線の記憶を持つ者なんかも現れ始めた。
それから現世ではタイムマシンの研究や次元干渉の技術が進み、時空が大いに乱れ始めた。
───────その結果、1000年前の大厄災が引き起こされた。
異形の原型となる存在は、人や神が持っていた悪意の残滓だ。
悪意は知らず知らずのうちに、現世と常世の狭間に蓄積され、時空が乱れたことにより、両世界に溢れ厄災を齎した。
原因を知った神達は、現世と常世を切り離し、時空を修正した。さらに、両世界が干渉できないよう『境界』を作った。
それがここだ。
つまり、俺は両世界の均衡を保つ番人なわけだ。
現世から常世に行こうとするなら止めるし、逆も同じだ。
この均衡を保つことが、新たな大厄災を止めることに繋がるってわけだ。
そんでもってここからが本題。俺はお前たちみたくこちら側に来た人間には、世界を救う方法を伝え広めてもらわないといけない。
ま、これはこっち来ちゃった罰的なやつだな。頻繁に出入りされたり、間違った研究されたりしたら、また新たな厄災が生まれるかもしれないからな。
ま、俺も昔行ったり来たりして、暴れ回って、こんなつまんねえとこで番人してて、人の事言えないけどな!
話を戻すと、だ。世界を救う方法についてだ。
いくら両世界の均衡を保っても、世界を滅ぼす原因となるのは『悪意』だ。
今現世で暴れている異形も根本は悪意から生まれている。
血や契約に飲み込まれ、先祖返りしている者もいるが、多くは人の悪意から形となった異形……化け物だ。
化け物はいわば、人が生きている限り必ず生まれる。千年前、禁忌を破った代償とも言えるだろう。もちろん、常世も似たような状況にあるしな。
知っての通り先祖返りには、異能の獲得と契約の理解が必須だ。強い力を得るために己を知ることで、先祖の亡霊に呑まれることは回避出来る。
次に世界に蔓延る厄介な化け物たちについてだが、そいつらには、対となるエネルギーを、ぶつけてやればいい。
妖怪から形作られた異形には、霊力を。人から生まれた者には妖力を。
既に気がついて行動している者たちもいるだろう。
それを世界に伝え広める。
異形の存在を正しく理解する。
人を愛して、妖怪と手を取り合う。
幸福に生きること。
それが世界を救う方法だ。
最後になるが、やってはいけないことについても教える。
異形を恐れるな。恐れは異形を強くし、より強い悪意を呼び起こす。
それから。
異形や先祖返りによる暴走を、自分に取り込んで抑えようとはするな。
そんなことをすれば悪意は許容を超え、自らを異形化させる。
ま、俺からの話はこんなもんかな!
◆◇◆
男は話終えるとニコッと微笑んだ。
スケールの大きすぎる話に、私たちはどう反応していいか分からなかった。
大厄災は研究者の間では、進みすぎた文明のリセットなんて言われていたけど、まさか本当に文明を進ませたことが引き金となっていたなんて。
でも男の話も立場もよくわかった。
世界を救う方法なんて大それた話の割には、既に知っていることも多かった。
ただ、厄災の原因や仕組みがわかっていなかったのは、事実だろう。
やってはいけないことについても、理解できた。
これは確かに、知っておくべきことではあるだろう。
「話はわかりました。でも私たちがその話を持ち帰ったとして、世界を救えるかどうかは分かりません。ここのことや厄災について証明のしようがありませんから。……だから私も100%信じることもできません。」
「いいんだよ、それで。目の前の大切な人を助けてやればいい。それが広がって、いずれ世界を救うことになるさ。……俺は助けられなかった。だから、お前たちは後悔すんな。ただ、そんだけの話だよ。」
シロさんの鋭い指摘に動じることなく、笑って見せた。
この男はずっとこんな場所で、こんな途方のないことを続けているのだろうか。
なんだか、いたたまれない。
私もシロさんも短い間しかこの男と話していないのに、何故かぎゅっと胸が苦しくなった。
「こんなこと……ずっと続けて辛くないんですか。あなたには何も無い。世界に変化が起きることも可能性でしかない。……それで、あなたは、あなた自身は幸せなんですか?」
私は耐えきれず、想いを口にした。
こんな地獄みたいな生活、私なら耐えられない。
誰もいない、孤独な世界で、一生役割を担うなんて。
「バカ言うなよ。お前がいるじゃねえか。俺がやったことが確かに繋がって命を育んでる。それだけで幸せじゃねえか。」
「っ……お子さんは……あなたの直接のお子さんは、いないんですか。」
「残念ながら、いねえよ。俺は天邪鬼と違って転生してなかったからな。鬼と人間じゃ子供作れなかったんだよ。まあ、気にすんなよ。俺は悪い事をした鬼なんだからよ。」
俯く私の頭を男は優しく撫でてくれる。
「お前はお前の為すべきことを為せ。」
男が優しく微笑むと、男の体は光の粒を纏って、姿が薄らいでいく。
違う。私たちの体が光に包まれているんだ。
「おっと、そろそろ時間かあ。なんか大変なことの最中なんだろ?頑張れよ。」
男は優しく微笑む。
シロさんは立ち上がると、男に声をかけた。いつの間にか体が動くようになっていた。
「ま、また会えますか?やっぱり会うのはダメでしょうか?」
男は一瞬驚いてみせるが、すぐに微笑む。
「まあ、ダメだろうなあ。……ああ、そうそう。マシロは俺の嫁さんと一緒で、悪意を溜め込みやすい体質だから、気をつけるんだぞ。神様とか動物とか怖がられるだろ?」
「えっ……どうしてそのことを……」
どうやら、男の話は本当だったらしい。シロさんは目を丸くして驚いている。
シロさんは確かに以前、鳳凰の依代に恐れられていた。それにシロさんは、動物が異常に好きなように見えた。
まるでまだ時間があるように感じるが、どんどん光が強くなっているのを感じる。
「ほら、もう行け。」
男はニコッと微笑むと、シロさんを私の方へ軽く押してみせる。
世界は徐々に崩壊していき、終わりが近づいていることを感じる。
シロさんはそれでも手を伸ばす。何かあの男に感じるものがあったのだろうか。
「あなたの名前が知りたいんです!覚えている名前を教えてください!」
───────ハジメ。今度は長生きしろよ。優。
男は最後にそう言った。
そして、私はシロさんを抱き寄せ、共に、元の世界へと、戻っていく。
シロさんは涙を流していた。
多分、あの人は───────いや、考えるのはやめよう。きっとそれを、あの人は望んでいなかった。
ご先祖さまとの不思議な出会い。
それは、私たちに多くのことを伝え、あっけなく終わりを告げた。
託された私たちは、戦わなくてはならない。
己の血と向き合い、大切な人に手を伸ばす。
為すべきことを為す。
それが今私の中に芽生えた『正しさ』だ。




