3章10話 琴上家と呪いの初恋
突然、のっぺらぼうの襲撃を受けたが、あの後は無事に帰宅し、私も首藤さんもリアラさんも回復して過ごしている。
首藤さんは気絶していただけだったので、そのまま帰宅。念の為、病院に行ったそうだ。それに彼氏さんも傷を癒せる力を持っているそうで、診てもらったとか。何ともなかったらしい。
リアラさんも特に変わりない様子で帰り際は元気だった。御三家恐るべし。
私はどっと疲れていたので、帰宅後、雉木さんにお願いして睦美ちゃんに治療させてもらった。
カイトは帰ってくるなり、とても心配してきたので、事の経緯を話した。
のっぺらぼうはカイトを狙っているとも言っていたし、話すのは間違いじゃないだろう。
「なるほどね。黒天使、神威さん、首藤さん、雨野くん、それから鳳凰ときて、今度はのっぺらぼうか。鈴華はいつも事件に巻き込まれているね。」
「そうね。たまったもんじゃないわ。心当たりはないの?カイトを狙っているみたいだったよ。」
「心当たりは無いなあ。覚えてないしなあ。記憶を取り戻させてくれるなら、いい人なのかな?」
「どうなのそれ。復讐するとも言ってたけど……」
「そうだったね。でも鈴華が無事でよかったよ。今日はリアラさんもいるから護衛には誰もついてなかったんだ。だから、何かあったって聞いて心配したよ。」
「護衛ね……別にいらないって言いたいけど、私巻き込まれること多いからね。仕方ないか。」
「うん。仕方ない。」
マイペースなカイトのやり取りに合わせて話す。
広いリビングに私とカイトの二人っきり。
カイトの優しい声が静かに響く。穏やかな微笑みに心を癒される。
色々良くないだろ。この状況。
治療を終えるなり、睦美ちゃんは消えちゃうし、雉木さんはいつも通りいるのかいないのか分からないし。
犬飼と猿飛はどうしたのよ。いきなり2人っきりは恥ずかしいっての。
というか、今更だけど、私、好きな人と一緒に住んでるのやばくない!?
お父さん怒るだろうなあ。おじいちゃんは「ワシの選んだ使用人に手を出すか!ガハハハハ!」とか言って笑いそうだけど。
お母さんには定期的に連絡はしている。心配かけないように面倒な件は伏せてるけど。
しばらくカイトのことは内緒だなあ。
「そ、そういえば、犬飼は?」
私は内心乱れているのを隠しながら、何とか話を振る。
そろそろきつい。犬飼がいて欲しい。
「んー、なんかやることあるとかって。猿飛と一緒にどっか行ってるんだよね。」
「やること?」
「うん。分かんないけどね。たまに僕には話してくれないことあるから。」
「そうなんだ。……バイト、その、霊能協会の仕事は順調?」
私は気まずくなって話題を変える。
リアラさんとシロさんや新ほどでは無いにしろ、カイトとシノビ一族にも壁はあるように感じる。
「うん。依頼は順調だよ。……そういえばさ、鈴華の特訓のことだけどさ。」
カイトは思い出したかのように話し始める。
カイトには私の力を上手く扱えるように、仕事について行きたいと相談していた。
鳳凰の件で忙しくて忘れてたけど。
「ああ、その件ね。元々はアキラのことや神威さんの為だったけど、この力とちゃんと向き合いたいとも思ってるよ。どうなったの?」
「これまで通り、風紀員で一緒に活動していく……じゃ、ダメかな。
鈴華は鈴華なりに力と向き合えていると思うんだ。それに色んな事件を追っていく中で、成長しているでしょ?
今はリアラさんと関わってどんどん知識や経験を積んでる。これがかなり合っているんじゃないかって思って。
神威さんのことは新くんが何とかしてくれそうだし。アキラさんのことはまだどうしたらいいのか分からないけど、御三家と関わることでわかってくることもあると思うんだ。……ダメかな?」
カイトの言葉が心地よかった。真剣に私のことを考えてくれているのが伝わった。
だから私も優しく答える。
「ううん。私も今のが合ってると思う。こうも立て続けに事件に遭遇するとは思っていなかったけどね。」
「……良かった。」
カイトは私の言葉に安堵してみせる。
「もしかして、霊能協会の仕事を手伝うのは心配だったの?」
「……まあ、うん。そういう感じ。」
カイトは照れくさそうに頬をかいてみせる。
なんだか悪くない気分だ。
「じゃ、じゃあ、そろそろ僕は寝るね。」
カイトも気まずかったのか、赤面して立ち上がる。
「……週末のデート楽しみにしてるからねっ」
私は最後にそう言った。今の空気じゃないと言えない気がしたからだ。
「うんっ。僕も楽しみだよ。」
「おやすみ」
「うん、おやすみ。……あはは。」
私はニコッと微笑んでカイトの背中を見送る。
きっともうすぐこの気持ちを伝えられるだろう。
分からないことは沢山ある。
それでもゆっくり、前に進めている。
そう感じた。
◆◇◆
後日。私と首藤さんは再びリアラさんに呼び出されていた。
買い出しをし、お菓子を作るためだ。
ベタだけど、作ったのはクッキー。
リアラさんは想像以上に大雑把で「どうせ混ぜるなら全部入れてしまいますわ!」と材料をぶちまけたり、慣れない本格器具を使って大惨事になったり、隠し味に海外の謎食材ぶち込んだり、力強く混ぜすぎて床にこぼしたり、オーブンの時間を間違えたり、大変な思いをした。
まあ、そんなこんなんでなんとか完成。あとは二人に渡すだけだ。
「な、なんとかできましたわね」
疲労感を露わにするリアラさんに、私は睨みつけて低い声を出す。
「リアラさんがちゃんとやってくれたら、ここまで時間かからなかったですけどね?」
「だって!決まり事多くて煩わしいんですわ!」
「過程や時間を楽しむのが醍醐味ですよ。リアラさん。」
「そ、そういうもんですの?」
「じっくりコトコトした方がワクワクしませんか?」
「分かりませんわ。パッとやって、サクッと終わらせたいですわ」
「リアラさんはもう少し、足並みを揃えることを学んだ方がいいです!今日ひとりで突っ走っても上手くいかなかったでしょ?」
「まあ、そうかもしれないですわね。わたくしの話はいいんですの!あと渡すだけなんですから!それより、鈴華さんはどうなんですの!?」
突然会話を切られ、話題を私に向けられる。
リアラさんが聞こうとしていることは、カイトのことだろう。
「ちゃんとデート誘いましたよ。明日、告白する予定です。」
「きゃー!!!素敵ですわ!」
私の言葉に興奮してみせるリアラさん。私は反応に困って頬をかく。
すると、首藤さんが尋ねてくる。
「初恋の人への気持ちはケジメついたんですか?」
「うぐ……」
正直耳が痛かった。
カイトのことを好きだと自覚した。気がついていなかっただけで、多分、結構最初の方から。
カイトはいて欲しい時に、そばにいて欲しい時に、居てくれる。
居心地が良くて、柔らかい表情に癒されていた。
一緒にいると穏やかな気持ちになれて、前に進めて、頑張れる。
でも彼はどこか空虚で、寂しそうだった。
それを、空いた心を、私は触れたい。
そんなふうに思っていた。
心の底から、彼に笑って欲しい。
大切になっていったから。
でも───────
だからといって、アキラへの想いを断ち切れた訳じゃない。
やっぱり10年前の出会いがなかったら、私はここにいないと思うから。
彼に貰った光が私の中に今も確かにある。
でも今のアキラはずっと、苦しそうで、何も話してくれなくて。
彼に向けている感情がただの思い出なのか、恋愛なのか、分からなくなっている。
カイトへ向ける感情程、はっきりした想いがない。
でも、確かに好きだった。初恋だった。それは絶対にそうで、まだ引きずっている気がする。
考え込み俯く私に首藤さんは微笑んだ。
「ゆっくりでいいと思いますよ。大切な想いはきっと、大事な時に溢れてくるものだと思いますから。ねっ?」
「そういうもの……でしょうか。」
「あら、これでも、鈴華さんよりは恋愛経験豊富なんですよ?」
「ふふ、そうでしたね。」
私と首藤さんは笑い合い「あぁ!私だけ話に入れませんわ!ずるいですわ!」と、リアラさんも私たちの中に入り、私たちは楽しくその日を過ごした。
翌日。リアラさんと首藤さんとお菓子作りを終えた私達は、放課後、琴上家に来ていた。
それでも何とか形になって今日に至るわけだ。
「んだよ、改まって話ってのは。」
「お嬢様、どういったご要件でしょう?」
新とシロさんは呼び出された理由も分からず、小首を傾げる。
こうして見ている分には普通だけど、リアラさん的には距離があるんだよね。
アキラと戦闘した新の荒れっぷりは凄かったから、何となくはわかるけど。
「こ、これ!食べてくださいまし!い、一緒に……おは、お話を!」
リアラさんはテンパっていつもの余裕が無い。
気合いを込めて差し出した手の中には、丁寧にラッピングしたクッキーが握られている。
出来栄えも味も申し分無いはずだ。舌が肥えているリアラさんが唸ったほどだ。
「んあ?クッキーか。もらっていいならもらうわ。また誰かから貰ったのか?」
「はい。ありがたく頂戴いたします。」
2人ともそっとクッキーを受け取ると、立ち去ろうとする。
あれ?なんで?
完璧な作戦のはずなのに!
作戦が失敗に終わり肩を落とすリアラさん。
首藤さんは優しく肩を叩くと微笑む。
「まだ終わっていませんよ。」
首藤さんが動く前に私の体は動いていた。
気がつくと、二人の腕を引っ張る。
「おわっ!?」
「えっ!?」
「まってください!!!!それ!リアラさんの手作りクッキーですよ!?」
私は自分でもびっくりするぐらい大きな声で、二人に言ってみせる。
私は先程のリアラさんの言葉を思い出していた。
リアラさん緊張のあまり自分が作ったと言えていなかったんだ。
無駄に味や見た目、ラッピングにこだわったせいで、売ってるものと勘違いしてしまったんだと思い至る。
案の定、私の言葉に二人とも理解の追いついていない顔で固まっている。
「は?」
「え?」
「お二人とも知っていましたか。リアラさん、お菓子作り苦手なんですよ。おふたりのために一生懸命練習して作ったんです。沢山、お話聞いてあげてください。」
首藤さんがフォローしてくれる。
だが、シロさんは沈黙を貫き、新は悪態をつく。
「ハッ。頑張って苦手克服したから褒めて欲しいってか。姉貴は昔から何だってできるだろうがよ。俺らがいなくたって」
刹那。
私の右手は新の頬を叩いていた。
「いっつあ!?は?てめえ何すんだよ!」
「ばっかじゃないの!?自分の大事な人が努力して苦手克服したんだよ!?褒めてやれよ!!!!!すごいねって、話聞いてあげろよ!リアラさんがなんでもできる!?そんなわけないでしょ!混ぜるの下手だし!すぐアレンジするし!大雑把だし!飽き性だし!集中力ないし!二人のかっこいいお姉ちゃんでいるために、二人と仲良くするために、一生懸命なんだよ!お嬢様だから、お嬢様じゃないといけないから!完璧であろうと頑張ってきてるだけじゃない!それを間近で見てきたのは、わかってあげられるのは、誰なのよ!!!」
私の怒鳴り声であたりは静まり返る。
数秒の沈黙。突然冷静さを取り戻した私の中で、激しい後悔の波が押し寄せてくる。
や、やってしまったぁああああ!!!
勢いに任せて怒鳴りつけてしまった!!!!!
なんとも言えない沈黙が流れる中、シロさんは袋からクッキーを取り出し口へ運ぶ。
「美味しいよ。お姉ちゃん。」
「っ!?」
シロさんの一言でリアラさんは大粒の涙を流し始める。
新も続くようにクッキーを口へ運ぶ。
「こだわりすぎなんだよ。売りもんだと思ったんだよ。……美味いんじゃねーの。」
刹那。
リアラさんは新とシロに抱きつく。
「私馬鹿でしたわ。たくさん間違えてしまいましたわ。シロも新も大切で傷つけたくなかったですのに。勝手に壁を作って遠ざけていましたわ。……ずっと、そばにいてくれて、ありがとう。」
リアラさんは涙を流しながら微笑む。
溢れてくる無数の感情に整理がつかない様子だ。
「俺も悪かったと思ってるよ。姉貴のこと、考えられてなかった。実際悔しくて、嫉妬もしてたと思う。……頼りないかもだけど、たまには頼れよ。ばか姉貴。こっちは、いつも頑張ってんのなんか、当たり前になるぐらい知ってんだよ。」
「私もいつの間にか大人に逆らうのが怖くなって、お姉ちゃんに避けられているのかなって勝手に思うようになって……大切なこと見えなくなっていたと思う。大好きだよ、お姉ちゃん。」
三人は照れくさそうに、それでも嬉しそうに微笑んでいた。
ここから先は三人の時間だろう。
私と首藤さんはそっとその場を後にした。
「絶対、守りますわ。私の大切な、シロ、新。」
最後に私の耳に入ってきたのは、そんな決意に満ちたリアラさんの言葉だった。
その後私は首藤さんと共に帰宅した。
これでリアラさんの一つ目の依頼は達成できたよね。
あともうひとつが何なのか分からないけど。
そんなことが頭に過ぎる中、首藤さんは帰り際私に「次は鈴華さんの番ですね。」と微笑んだ。
そう、いよいよ学祭デートの日だ。
そして、それが終わったら、今度は、神威さんへの言霊が切れる日。
終業式の日、学校終わりに集合することになっている。
屋敷に戻るとカイトが出迎えてくれる。もうすぐデートだというのに、こう何度も顔を合わせると緊張感はない。
デートの日は別々に家を出よう、そんな話も出たぐらいだ。
というのも、屋敷にはここ最近、私とカイトしかいない。
学校に行くと犬飼は登校しているようなので、『用事』とやらが忙しいのだろう。
何ともなければいいんだけど。
犬飼はカイトに懐いていただけに、私が恋するようになってから、こんな感じだから少しモヤモヤしている。
気を遣わせているのだろうか。
猿飛や雉木さんは普段あんまり顔を合わせないし、なんとも思わないけど、犬飼のことはなんとなく引っかかっていた。
◆◇◆
そんなモヤモヤした気分の中、迎えた週末。いよいよ学祭の日。
私達は別々に家を出て、駅へ向かった。
せっかくのデートなので、こういう空気も大切だろう。
鏡の前で服装を確認する。
水色のロングスカートに黒のトップスを合わせたシンプルな格好だ。
髪は珍しく纏めて首元が出るようにしている。
日焼けしやすいので、あまり肌を出さないようにしているけど、今日はちょっと気合を入れてみた。
カイトに刺さるかは分からないけど、一応元アイドルのさり気ない本気コーデだ。
あまりがっついていないけど、シンプルにオシャレはしているみたいなゾーンを狙ったつもりだ。
準備は整った。これぐらいでいいだろう。
小さな白いカバンに小物を詰めて、肩から下げる。
「……いってきます」
私は誰もいない屋敷にそう呟いた。
外に出ると、生憎の曇り空。
なんだか、気分が乗らない空模様だ。
駅に着く頃には晴れたらいいけど。
緊張と浮かれる内心とは裏腹に、嫌なことが起きそうな不吉な気配をどこかで感じていた。
少しずつ、少しずつ、何かが忍び寄ってくるような漠然とした不安がある。
何とか前向きになろうとしてきたが、不穏な出来事が多い。
こう思うのも無理はない。大きなことは起きていないのに、小さな出来事が積み重っているからだ。
いつか爆発するようなそんな気がしてしまう。
アキラのこと、神威さんのこと、リアラさんのこと、のっぺらぼうのこと、犬飼のこと、カイトのこと。
考えても無駄なのはわかるし、少しずつ解決に向かっていることもある。それでも胸騒ぎはしていた。
そんな面持ちで駅へ向かうと、カイトが視界に入った。
青い薄手のカーディガンに白のTシャツ、黒のズボンを合わせた爽やかなスタイルだ。
髪型も普段とは異なって前髪を耳にかけ大人びた印象だ。
腕時計に小さな黒いショルダーバックを身につけている。
「お待たせ。来たよ。」
「お、来たね。えと……それじゃあ、行こうか」
「うん!行こっ!」
カイトの優しい微笑みで、不安だった気持ちが嘘だったように晴れる。
そんなことよりも服装変じゃなかったかなとか、学校祭楽しみだなあとか、そんな気持ちでいっぱいだ。
そういえば、『あの人』と出会った時もこういう気持ちになったよね。
歩き出したカイトだが、少し振り返って優しく呟いきた。
「今日の鈴華、とっても素敵だね。いつも綺麗だけど、今日は一段と可愛いよ。」
「なっ!?……きゅ、急にそ、そういうこと言うなし。……カイトも……かっこいいよ?」
「ホント?えっへへ。嬉しいな。」
私は赤面して、カイトは優しく微笑む。その笑顔はやっぱり『あの人』に似ていた。
電車に揺られ、何気ない会話をカイトと楽しむ。
この時間が心地よくて、暖かくて、半年前は乗れなかった電車に乗れていることも忘れていた。
シロさんの通う学校に着くと、大勢の人だかりができていた。
「おお、大盛況だね。」
「だね……思ったよりすごい。」
「そりゃあ、この辺じゃ1番でかい学園祭だからな!」
背後から声をかけられ、振り返ると、そこにはジャージ姿の新がいた。
前を全開に開けて中の黒いTシャツを見せている。クラスTシャツだろうか。
また、首からダンボールをぶら下げており、中にはたこ焼きが大量に入っていた。
「あれ、新くん?ここの生徒なの?」
「おうよ!てかよ、たこ焼き買ってくれや。美味いぜ?」
「ああ、うん。はい。」
「毎度ありぃ!」
新はカイトからお金を受け取ると、プラスチック容器に入ったたこ焼きを手渡してくれる。
「そんでもってこれもオマケでやるよ」
新はポケットから紙切れを私に手渡してくれる。
「なにこれ?」
手渡された紙切れには二年一組猫耳メイド喫茶優待券と書かれていた。
「見りゃ分かんだろ?ゆっくりお茶したり、ご飯食べられたりする場所のチケットだよ。おもしれーもん見れるからよ、休憩がてら行ってこいよ。」
「ああ、ありがと?なんかめっちゃ気前いいと言うか、キャラ変した?」
「俺はデートを応援するキュービットなんだぜ?(バキューン)」
わざわざ自分で効果音を口にしながら、銃で撃ち抜くジェスチャーをしてみせる。
あ、これあれだ。学祭でテンション上がってるんだ。
「ありがたく貰うね。」
「おうよ!楽しめ!」
「そういえば、神威さんの修行は順調?」
「ああ、それな。順調だぜ。お披露目の日を楽しみにしてな!……んじゃ、俺はコイツを売らねーとなんねーから……っとと、忘れるとこだった。姉貴のことサンキューな。あいつ友達いねーから、頼むな。鈴華やチグサと遊ぶの楽しいみてえだからよ。じゃまた!」
新は言いたいことだけ言うと、その場を後にする。
リアラさんのことは上手く解決できたみたい。
私は少しだけ微笑んだ。
新と話していたおかげで、入口の密集具合は一度落ち着いており、屋台は空いていた。
私達はその隙を狙ってクレープ、チョコバナナ、焼きそば、フライドポテト、など食事系を買い漁り、そのまま二年一組のメイド喫茶へ向かった。
二年一組へたどり着き、優待券を渡すと、直ぐに席へ案内された。
買ってきた食事を広げ楽しんでいると、聞きなれた声が聞こてきた。
「お帰りなさいませ……ニャン。ご主人様。お嬢様。……ニャン。」
そこに現れたのは猫耳メイド姿のシロさんだった。
いや、めちゃくちゃ可愛いけど、いつも通り淡々と話してくるから、ときめかないというか、もっと感情込めて欲しいというか。
「ああ、野村さん。今日は招待してくれてありがとうね。」
「シロさん、メイド服似合ってますね。今日はありがとうございます。」
私達はそれぞれにお礼を言ってみせる。
「いえいえ、こちらこそ。お姉ちゃ……お嬢様がお世話になりました。鈴華さんもデート順調そうで何よりです。」
「あはは……」
デートのことについては、なんと答えていいか分からずに苦笑いしてみせる。
そんな様子を見てかカイトが話を振ってくれる。
「そういえば、リアラさんの依頼上手くいったんだね。」
「色々大変だったけどね。三人とも仲直り出来てよかったよ。」
「その節は本当にありがとうございます。……私達は昔から色んなすれ違いがあって。……お嬢様があんなにも心を開いて私たちに向き合ってくれたのは、鈴華さんとチグサさんのおかげだと思います。もしよろしければ、お嬢様とこれからも仲良くして貰えると助かります。」
「もちろんです!」
新と全く同じようなことを言うシロさんに、本当に三人は思い合っているのだと感じる。
そうして話し込んでいると、ドタドタと物凄い音が近づいてくる。
物音の正体はリアラさんで勢い良く現れる。
リアラさんはとっても鼻息を荒くしている。これは、多分面倒臭くなるパターンだ。
私とカイトは面倒なことに巻き込まれる前に立ち上がる。
仲良くして欲しいと言われたばかりだが、今は二人の時間を優先させてもらおう。
「やっと!順番を乗り越えましたわ!!!!ふぁっ!?シロ可愛すぎますわ!!!!!オプション!オプションはないですの!?」
「お姉ち……お嬢様!仕事中ですから……!!!」
リアラさんに抱き締められて、身動きが取れなくなかったシロさんは放っておいて、私とカイトは学祭を周り始めることにした。
「にゃあああああん!!!」
その後、一番感情のこもった、にゃんが響いたことは言うまでもないだろう。
◆◇◆
射的、劇、展示、お化け屋敷、ライブ。
本当に色んな催しを楽しみ中庭のベンチで一息つく。
一通り回ったと思う。
一緒にご飯をシェアして、同じものを見て、同じように感情を分かち合う。
ありふれていて、特別じゃない。
そんな穏やかで心地の良い時間はあっという間に過ぎていった。
クスッと笑ったり、一緒に騒いだり、楽しかった。
「なんか終わっちゃうの寂しいね。」
「うん。……そうだね。」
全く同じことを思った。
心地よくて暖かい時間。
こんな時間がずっと続いて欲しいと思った。
───────私、カイトと離れたくない。
「私ね───────」
「うん?」
カイトは優しく聞いてくれる。
どんな想いもカイトなら受け止めてくれる。
あったかく笑ってくれる。
辛い時、そばに居てくれる。言葉をくれる。
───────陽だまりみたいに、あったかい『あの人』みたいに、私の背中を押して新しい世界に飛び込む勇気をくれる。
好きだという想いを口にしようとした、刹那。
脳裏に『十年前のアキラ』が過ぎった。
アキラの柔らかな笑顔とカイトの笑顔が重なって、歪んで乱れて映し出された。
───────私、最低だ。
今ようやく気がついた。
ずっと私は、『あの日のアキラ』と『カイト』を重ねて見ていたんだ。
十年前のアキラと今のアキラが何故か違く見えて、心のどこかでカイトがアキラならいいのに、と思うようになっていた。
だって、今のアキラは見ていて辛いから。
だって、カイトは優しい言葉も暖かい空気も、似ていたから。
全部言い訳だ。
私はアキラの都合のいいところだけを求めて、カイトの良いところしか見ずに私の理想を押し付けた。
こんな呪われた想いを彼に押し付けようとしていたなんて、酷すぎる。
「ううん。なんでもない。……そろそろ帰ろっか」
「え?……うん、そうだね。」
夕暮れに染まる空。
私は告白をすることなく、帰路へ向かった。
同時にアキラへの想いにケジメをつけることを決意した。今のままでは、カイトに失礼だ。




