3章6話 溢れ出た想い
ようやく屋敷に帰ってきた私たち。
客室のベッドが二つある部屋に猿飛と海道くんをそれぞれ横にする。
「それで、治せそうなの?」
「お待ちください。」
犬飼の問いかけに対し、待ったのゼスチャーをしてみせる雉木さん。
静かになったところで、指笛を鳴らす。
ピュウゥウウウウ───────
その音に反応したのか、緑のオーラが雉木さんを包む。
オーラは風のように雉木さんの体を駆け上がると、小さいアナグマが雉木さんの肩から顔を出す。
これが雉木さんが契約しているという噂のアナグマ。
黒い四足で立ち黒い目元の毛に全身は白い毛並み。両手で抱えられるぐらいのサイズの動物だ。
確かにタヌキに似ている。でも白い毛並みは特徴的で綺麗だ。アナグマって茶色っぽいイメージだったから新鮮だ。妖怪だし、珍しい種類なのだろうか。
「どうです?おふたり治せそうですか?」
雉木さんは優しく微笑みアナグマの頬に軽く触れる。
「コッコッコッ……ガァガァ。グッグ。」
アナグマは小さく喉を鳴らしながら、雉木さんの指を甘噛みしてみせる。
そして、返事をするように低く鼻を鳴らすと、2人のベッドに飛び移り匂いを嗅ぐと、雉木さんを見つめコクリと頷く。
「どうやら、行けるようですね。」
「それがムジナですか?」
「ええ。私が契約している妖怪睦美のムーちゃんです。」
「ムジナのムーちゃんではなく、ムツミのムーちゃん……ですか?」
「はい!可愛くて美人でしょ?」
雉木さんはニコッと微笑む。ムーちゃんは恥ずかしそうに視線を逸らしている。
確かに可愛い。
「さ、触っても……?」
雉木さんは「はい!もちろんです!」と許可してくれたが、私がムーちゃんに手を伸ばすと「ガルルルル」と威嚇される。
「半蔵さん以外には触られたくないって言ってるわ。」
「残念……。二人の事よろしくね。」
私は渋々手を引っ込める。今のは犬飼の通訳が無くても言っていることわかったな。
雉木さん愛されていますね。
私は気持ちを切り替えると、雉木さんに向き直る。
「今日起きたことを話させてください。色々聞きたいことがあります。」
「半蔵さん、私も鈴華と同じ気持ちよ。」
「なにやら、大変な事があった様子ですね。……ここは、ムーちゃんに任せてディナーと致しましょうか。」
雉木さんはムーちゃんに一礼してみせると、部屋を後にする。
私と犬飼も続いた。
ムーちゃんはまず右のベッドで眠っている猿飛の方へと移り、妖力を解放し始める。
どうやら、呪いを解く準備を始めるらしい。
ひとまずこれで、二人のことは解決できそうだ。
リビングに向かうと、既に料理は用意されていた。
疲れを発散するかのように用意されていた食事を頬張る。
ハンバーグにサラダ、白米、というシンプルなメニューだったが、とてつもない一日だったので、あっという間に食べ終えてしまう。
とても満足だ。今日も美味しかった。そんな余韻に浸る。
犬飼は別室で食事を終えると、リビングに戻ってきて壁にもたれる。
相変わらず犬飼の使用人ムーブは徹底している。
「夜も遅くなってきたので、ホットミルクです。」
食餌が終わってしばらくすると、雉木さんはホットミルクを用意してくれる。
マグカップに注がれたホットミルクを一口くちにすると、甘さが口いっぱいに広がっていく。
幸福感に満たされたところで、私は真剣な顔つきに戻す。
「それでは、伺いましょうか。今日の出来事を。」
◆◇◆
私と犬飼は今日の出来事を振り返るように話し始めた。
鳳凰が現れ、神威さんの助言をしてくれたこと。
先生がウララさんの家庭教師をしていたこと。七年前炎に焼かれた事件現場にやってきたこと。
神威さんの異形化を止めるために、リアラさんが協力してくれたこと。
リアラさんはシロさんと新と昔のように仲良くしたいと思っていること。そして何故か黒天使のことを調べていること。
新の言霊の力によって、神威さんは2週間の猶予が得られたこと。
アキラが現れ、琴上家を恨んでいたこと。雉木さんがシノビ一族の当主であると聞いたこと。先生が七年前の犯人だということ。
新曰く、アキラの見た目は異なっており、海道くんの方が新の知っているアキラに近いということ。
海道くんと猿飛が何者かによって呪いをかけられたこと。
先生になりすまして、のっぺらぼうが現れたこと。
なるべく憶測は抜きにして起きたことのみを話した。
整理しようと話してみたものの、何が起きているのか全くわからない。
それもそのはず、解決できそうな事が神威さんのことと、猿飛・海道くんの呪いのことだけ。
結局神威さんが何者なのか、猿飛と海道くんを襲ったのは誰なのか全くわかっていない。
「なるほど。わたしの知っていることで良ければ、お話します。気になったのは、アキラ様の状態と私のことでしょう。……皐月は知っている話も多いとは思いますが、少しだけ、昔話をしましょうか。」
雉木さんは話しを聞き終えると、優しくそう呟いた。
私も犬飼も雉木さんの提案に頷いて見せる。
◆◇◆
私たちシノビ一族は生まれも種族も全く異なった特殊な一族でした。
どこから始まり、いつからのことなのか分かりませんが、とにかく宮ノ森に仕える一族というのはずっと一貫しております。
だから、私や皐月、猿飛や当主に血縁関係は一切なく、良い言い方をするなら、同じ役割を持つ仲間、同志同胞、そんなところでしょうか。
そんな我々はとある時期を境に数字で呼ばれるようになりました。名前など与えられることはなく、ただ、主に従うように変化していきました。
歴代全員のあるじがそうだった訳ではありません。
ただ、シノビ一族の役割上、その方が扱いやすいのも確かでした。
幼少期から主を守るための訓練を行い、体を鍛え、あるじに絶対的な忠誠と契約を結ぶ。
主が命じるがままに、その命を燃やす。
そんな一族です。
だから、我々に名前はなく、私なら7番、皐月なら3番、猿飛なら10番そんな風に呼ばれていましたね。
そんな私達を見兼ねて、ウララ様とアキラ様は名前をくれました。
偽名と本名を。
私はそんなウララ様とアキラ様を心の底から守りたいと思い精進致しました。
辛いことがあってもおふたりのためなら、頑張れたのです。
なるべくしてなのか、それからというもの、簡単にシノビ一族の当主となることができました。
でも結局そんな役割に意味なんてありませんでした。
より強く濃く私は宮ノ森とシノビの黒い側面を目の当たりにするだけでした。
汚い仕事の数々に心をすり減らしていくだけでした。
私の癒しと言えば、ウララ様やムーちゃんとのやり取りだけでした。
でも七年前、ウララ様もアキラ様も死んでしまい、私はどうすることもできませんでした。
救えたのは、皐月と猿飛とカイト様のみ。
カイト様は記憶を失い名前も失っていました。
同じ一族であることは認識していても、彼が誰だったのか、何番だったのか、それは私には分かりませんでした。
何もかもを無くしたカイト様は、虚ろな表情で日々を辛そうに生きておりました。まるで抜け殻のようでした。
そんな姿を見かねた私たちは、残った物をかれに渡したのです。
そうすることしかできなかったから。
皐月と猿飛は大切な本名を。
私は形だけとなってしまった役割を。
カイト様に与えたのです。
役割と名前を得た当主はみるみるうちに、回復していき、その活気を取り戻していきました。
我々も過去を胸にしまい込み、前に進み始めました。
ですが、ここからとある問題が起きました。
夜になると、必ず黒天使が現れるようになったのです。
黒天使は異形から人々を守り、次第に噂は大きくなっていきました。
噂に聞くその姿は我々の知るアキラ様そっくりではありませんか。
調べて、そして、ついに黒天使とわたしと猿飛は遭遇しました。
そこには死んだはずのアキラ様がいるではありませんか。
しかも、アキラ様の記憶を持ち、普通に会話することもできる。
でも朝を迎えると、決まってアキラ様は立ち去りました。
その姿を追うこともできず、決まって夜、異形が現れる時にのみ姿を見せるのです。
だから私と猿飛は黒天使はアキラ様の記憶を持った亡霊、異形の残滓と結論づけて、皐月に伝えました。
調べていくうちにわかったことは、黒天使は夜現れること、異形を倒すとどこかへ飛び去ること、当主がいると現れないこと、でした。
なぜ当主がいると現れないのかは分かりませんが、アキラ様は当主を避けているのだと考えました。恐らく何らかの親交があったか、それこそ、七年前何かがあったのか。
それからの私たちは黒天使がアキラ様の記憶を持つことを隠しながら、元の生活に戻りました。
七年前の事件が何をきっかけとして起きたのか分からない以上、我々は姿を隠す方が安全と判断したからです。
ですから、アキラ様のことや黒天使のことや七年前のことを隠してきたのです。まさか、天空様とお知り合いだったとは知らず、はぐらかすような真似をしてしまいました。
そして、ここからが本題ですね。
お察しの通り、黒天使の現れる条件には他の要因もあることがわかったのです。
すべてが狂いだしたのは、天空様がこの土地にやってきた日。
何故か、黒天使は天空様を守るように現れるようになりました。
神威美琴の時は偶然だろうと思っていたのですが、首藤チグサの事件の時、明確にこれまでと異なる行動が見られました。
夕暮れ時に現れたこと、学校に当主がいたのに現れたこと、です。
突然のイレギュラーに対して、猿飛はその姿を現すしかありませんでした。たまたま当主を護衛していた際に現れ、天空様が何かに気がついてはいけないと思ったそうです。
そして私と猿飛は急遽打ち合わせをしあのような芝居を打ったのです。ですが、天空様があそこまでアキラ様の事を大切にしておられるとは知らず、結局知っていることを話すことになったのですがね。
ここまでが、私の知っていることです。
つまり、今回黒天使が現れたのは、琴上家がいたこと、天空様が危険だと判断したこと、そして、当主が意識を失っていたこと、それにより、現れたのではないかと思います。
私が最初想定していた黒天使が現れる条件など、天空様がやってきてから覆ってしまっているのですよ。
こんな所で、お二人ともご納得頂けますか。
◆◇◆
雉木さんは話終えると、瞳を閉じる。
今までの雉木さんや猿飛の不審な部分には納得がいった。
私がアキラと知り合いだということを知らなくて、アキラやシノビ一族を守るための嘘だったと。
嘘をついていたからはぐらかしていたように見えただけで、雉木さんたちは自分たちにとっての真実を話してくれていたということ。
犬飼も納得している様子だ。
話を聞いたところによると、今までは、海道くんがいると、アキラは現れていなかった。
でも、私がこっちに来てからその条件には当てはまらなくなっていた。
それを犬飼は聞かされていなくて、先程混乱したのだろう。
「……納得したわ。……でもごめんなさい。黒天使が現れて、会ったのは初めてだったから、取り乱して、色々言っちゃったかもしれない。」
「というと?」
「リアラに何か勘づかれているかもしれない。」
「まあ、彼女が本気で調べているのなら、いずれバレることでしょう。バレても最悪同じ御三家ですし、仕方ないのではありませんか。」
俯く犬飼に雉木さんは気にすることなく、微笑む。
私は立ち上がり、話を戻す。
「お話はわかりました。納得できたことも多いです。それでも、黒天使がアキラの記憶で、異形の残滓とか言われても、まだ、諦めたくはありません。私は、アキラの死を見た訳ではありませんから。」
「そこはご自由にどうぞ。……ただ、私達は一貫して同じことしか言えません。この前も言ったように、覆したいなら、私達より、この件を深く知って見せてください。……私がお話しできるのは、ここまでです。」
「わかっています。……それで、雉木さんはこの後どうするつもりですか。」
「大坪拓のことでしょう?どうも致しませんよ。彼が七年前の犯人だとしても、そうでなかったとしても、です。私は今まで通り過ごすのみです。……今更、復讐したところで、ウララ様は帰ってきませんから。」
「……そうですか。」
俯き小さくつぶやく雉木さん。
重たい空気がリビングに流れると、犬飼は溜息をつき「とりあえず寝るわ」と出ていく。
私もそれに続いて、リビングを後にする。
だが、雉木さんの一言が私の足を止めた。
「海道カイトと宮ノ森光。あなたは今───────どちらをお慕いしていますか?」
「……それ、雉木さんに話す必要あります?」
「いいえ。」
「じゃ、おやすみなさい。」
私は不貞腐れて自室へと向かった。
人を見透かしたような酷い質問だ。
選べるわけないじゃん。
◆◇◆
翌朝。疲れていたからか、身体中が痛みながら起きる。
「いったぁ〜」
眠気眼を擦りながら、1階のリビングに向かうと食卓でパンにかじりつく猿飛がいた。
「むあっ!?ごがぼうっぶ!」
口にパンを詰め込みながら急いで挨拶してくる。全くわから何言っているかわからない。たぶん、おはようと言ったのだろう。
「ああ、うん。おはよう。」
私は声色低めに挨拶を返す。何気にこの屋敷で会うのは初めてだ。
猿飛を覚ましているということは、海道くんも起きたのだろうか。
「……海道くんは?」
「愛しの当主様なら、まだお眠り中ですよ。先ほど起きましたが、そうとう寝ぼけていましたね。」
いつも通り肺後から話しかけてくる雉木さんに呆れながら、席につく。
猿飛は私が座ると急いで立ち上がり、牛乳を飲み干す。
立ち上がった際大量にパンくずが巻き上がり、お弁当を詰めていた犬飼が怒りながら走ってくる。
「なにやってんのバカ!」
「おわあ!?すまねえっす!このパン生きてるっす!さては妖怪っすね!?」
せっかく服についたパンの粉を犬飼がほろってくれているのに、動き回る猿飛。
「こら!動くな!」
「うはっ!?どこ触っているっすか!変態っす!朝からやめるっす!」
「あんたの為にパンくずほろってんでしょうが!」
犬飼はタオルを猿飛の顔にぶつけ、股間を蹴り飛ばす。
「ぬぉおおおおん!!!!」
猿飛は股間を抑えながら、倒れ込む。
「イタ……イタイです。あ、これヤバ。ほ、ほんとう、無理です。イタイっす。」
リビングの真ん中で悶え苦しむ猿飛は放置して、雉木さんがご飯を運んでくれる。
わたしのテーブルにはサラダとコーンフレークのみが置かれている。
「え?」
「最近おデブですよ。元アイドル様。」
「だぁりゃあああああっ!!!」
私はニコニコしている雉木さんの顔面を殴り飛ばす。
「へぼぐふぉぐへえっ!?」
雉木さんは変な声を出し飛んでいき、猿飛の上に重なる。
余計なお世話だっつうの。
私は用意されたサラダとコーンフレークをむしゃむしゃと食べ進めた。
朝の身支度を終え、学校へ向かう前に客室を覗く。
海道くんは右のベッドに横になり、陽光が差し込んでいた。
着ていた制服が肌け、胸元が顕になっており、少しセクシーな様子で眠っている。
微かに寝息が聞こえているので、昨日とは違うことがわかる。
というか、右のベッドって、昨日猿飛寝てなかった?
どんだけ寝ぼけているのよ。
私はすこし微笑んで海道くんの頬をつつく。
「むにゃむにゃ。」
「……ふふ。」
自然と込み上げてきた笑みに気が付き、赤面する。
何やってんだ、私。
我に返った私はドアの方へ振り返る。
「お弁当置いておくから。忘れないでよ。」
「ひゃっ!?い、いつからそこに!?」
振り返ったドアの隙間からは、犬飼がジト目で見つめていた。
「……最初から。」
「ですよね〜」
「……鈴華のえっち。」
犬飼はゆっくり扉を閉めていなくなる。
うん。これは言い訳できないな。
すこし溜息をつきながら、海道くんを見やる。
雉木さんの昔話だと、記憶を失ったばかりの海道くんは抜け殻みたいだったって。
今じゃ、信じられないけど、時々寂しそうなのは、確かだよね。
「……早く起きなさいよね。」
私は一言だけ呟いて学校へと向かった。
◆◇◆
学校に着くと、神威さんに迎えられ昨日の話をする。
昨日の話と言っても、ふたりが無事だったと言うぐらいなものだが。
神威さんは話を聞き安心すると、すぐに教室へと帰って行った。
新の能力は一日をまたいでも平気そうだった。
今日から神威さんは修行か。頑張れ。
私は駆けていく神威さんの背中を見送り検討を祈った。
それからというもの、本当にいつも通り時間が流れて行った。
昨日の激動が嘘みたいだ。
普通に授業を受け、体育祭の準備に追われ、昼休みはみんなで体育祭の練習。
いよいよ今週だからみんな気合いが入っている。
風紀員も運営に回っており、いつもとは違う業務に追われている。
放課後、ようやく息のつく時間がとれてため息が出る。
生活指導室には、私と犬飼と先生がいた。
海道くんは結局お疲れのため、欠席。
この先生は本物だと思うけど、私と犬飼の間に緊張が走る。
「そういや、神威の件、何とかなりそうなんだってな。朝から神威が騒いでてな。あと、海道からも報告来ててな。なんか大変だったみたいだな。」
「はい、まあ。色々ありました。」
「というか、な?お前ら俺のこと置いていったろ。追いかけようとしたけど、車盗まれるし、鳳凰は散々頭つついてどっか行くし!散々だったぞ。」
「その車、多分、鈴華の家のところにあるわよ。昨日、アンタの偽物が運転してたから。」
「はあっ!?」
「あ、あとなんか、トビラぶっ壊れていたわよ。」
「はあっ!?」
先生は犬飼の言葉を聞くと、すぐに立ち上がり生活指導室を後にする。
「あーあれだ!お前らが無事でよかった!じゃあな!今日は適当なところで上がれ!俺は車さがしてくる!」
返事をする間もなく、先生は走り出していた。
あれは本物先生だな。
私は先生の背中を見送り、開け放たれたままの扉を閉める。
「というか、扉壊したの犬飼でしょ。」
「そうだった?」
「まあいっか。」
「そうよ。」
私はしらばっくれる犬飼に合わせる。
犬飼も雉木さん同様、復讐なんてどうでもいいのだろうか。
「私帰るけど?」
「私はもうちょいやってから帰るよ。」
「ふーん?そ。」
犬飼は荷物をまとめて立ち上がると、ドアノブに手をかけて立ち止まる。
「私もお兄が……アキラお兄が生きてたら、蘇ったら、いいのになって思ってるよ。もっと普通に、復讐とか7年前とか関係なしに。……でもそれはできないから。だから、私は、協力出来ない。……アンタにはこれ以上、知って欲しくない。カイト兄と普通に過ごして。」
犬飼は私の返答を聞くこともなく、その場を後にする。
無理だよ。犬飼。
初恋の人があんなに辛そうにしていて、今でも私のために力を使っている人を放っておくなんて。
守ってくれる海道くんやアキラにいつまでも甘えていられない。
───────どっちも大切だから。
そう考えついたところで、昨日の雉木さんの言葉が脳裏によぎる。
ああ、そうじゃない。そういうつもりじゃないって。
◆◇◆
なんだか、仕事をする気になれず、部屋の鍵を締めて屋上に上がる。
そこにはベンチでくつろぐ着物姿の首藤さんがいた。
「首藤さん。」
「あら。なんだか久しぶりな感じしますね。」
首藤さんは垂れた前髪を耳に掛けて微笑む。
相変わらず動作が美しい。
「ご一緒しても?」
「もちろんです。」
暖かく迎えてくれた首藤さんに甘えて、私は隣に座る。
「なんだか浮かない顔ですね?」
私の顔を覗き込んでくる首藤さんになんだか笑いが込み上げる。
「……?」
私が吹き出すと、疑問符を浮かべる首藤さん。
「なんだか、前にもこんなことがあったなって。」
「あら。例の殿方ですか?」
「ですね。なんだか、今自分の気持ちとかやりたいこととか、よくわかんなくちゃって。首藤さんは今の彼氏さんと長いんですか?」
「あら。恋バナですか!!いいですね!」
わたしは苦笑いして受け流す。なんだか今は他の人の話しを聞いていたい。
「彼とは高校からの付き合いなんです。人間のみが暮らす純粋な血統の村で育った人で。でも山を守っていた妖怪と人間の間にできた子だってわかっちゃって、村に住みづらくなったみたいで。彼ったら、真面目な方なんですけど、ちょっと抜けているところがあって。そういう所が堪らなく愛おしいんです。一緒にいて些細なことも幸せだと感じる人なんですよ。」
幸せそうに語る首藤さんの言葉に、私の頭の中で一人の顔が浮かんでいた。
どうやら、いつの間にか、そんな風に彼を想っていたらしい。
もう結構前から気がついていた。
でも認めるのが怖かった。
だって、まだ『あの人』のことは何も分かっていないのに、まだ好きなはずなのに。大切な思い出があって、私にとっては、恩人なのに。別の人を知らないうちに好きになっていたなんて。
「鈴華さん。恋はするものではなく、落ちるものですよ。自分の心に目を逸らさず、正直になってみてください。きっともう、答えは自分の中にありますよ。」
そう。もう自分がどうしたいのかわかっている。
「私───────海道くんが好き。」
「知ってますよ。そして、応援しています。」
「……はい。」
もう多分、この気持ちに嘘はつけない。でも、アキラのことも大切なのは本当だ。
いつ間にかアキラとの事は思い出になっていて、今のアキラを放っておけない。見ていると、辛くなるから。
そして、昨日の一件を通して、海道くんのことを好きになっているって気づいてしまった。
居ないと不安で、そばに居てくれるのが当たり前になってて、もっと知りたい、一緒にいたいと思ってしまったから。
刹那。扉が勢いよく開け放たれ赤いドレスの金髪美少女が現れる。
「話は聞ばぜてもらいばびたわ!」
リアラさんは何故か鼻を啜りながら、泣きながら顔をぐちゃぐちゃにして、現れた。
「り、リアラさん!?」
「話を聞いていたら、な、涙が!止まりませんわ!」
「お知り合いですか。」
首藤さんは何故かリアラさんを睨みつけて殺気を放っている。
「え……首藤さん?」
「前話しましたよね。鈴華さんを監視している人がいるって。───────あの人です。」
「申し訳あびばせんわ……黒天使……鈴華さんの初恋の人を調べてたら、あなたを守っていたので、一緒にじらべましたの。ごべんばざいぃいいい。」
目の前で大泣きしてみせるリアラさん。私と首藤さんは目を丸くし顔を合わせると吹き出した。
リアラさんめっちゃ最初から私のこと知ってたんだ。
「なんでリアラさんが泣いてるんですか。泣きたいの私なんですけど。」
私はリアラさんのところに行って頭を優しく撫でてあげる。
首藤さんも胸をなでおろし安心した様子だ。
「勝手に恋愛リアリティショーでしたわぁあああああ」
意味のわからないことをいいながら、泣き続けるリアラさん。
なんだか思い悩んでいたことが馬鹿らしく思えてくる。
数分後。ようやく泣き止んだリアラさんはシロさんの高校の文化祭を海道くんと回ったらどうかと誘ってくれた。
文化祭は来週の土曜日。こちらも体育祭が終わっているし、神威さんの修行も終わっている頃だろう。
タイミングとしてはちょうど良い気がした。
そして流れるように連絡先を交換することとなり、シロさんと新と昔のように仲良くなるというのも進めていくこととなった。
「いいですわね!今週は体育祭!そのあとは私の家でお茶会アーンド作戦会議!そして、来週は文化祭デートですわ!」
急にテンションが高くなり次々に予定が決まっていく。
「もちろん!あなたも来てくれますわよね!?日本のお茶!見せてくださいまし!それにあなた友達多そうですわ!」
「え!?私も!?友達なら美琴ちゃんの方が多いと思うんだけど……」
「美琴さんはダメですわ!修行がありますもの!……それとも私と遊ぶのは嫌ですか?」
可愛らしく上目遣いで首藤さんを見上げるリアラさん。顔がいいとずるいなあ。あの顔されたら、断れないってわかってそう。
「わ、わかりました。行きます。」
「やりましたわ!これで日本のお友達2人目ですわ!」
元気よくガッツポーズをするリアラさん。
首藤さんも巻き込んで、リアラさんとの予定が始まりそうだ。
デート、か。誘ったことないな。そういうの。海道くん行ってくれるかな。
色んなことが目まぐるしく動いたけど、こういうのも悪くない。
私は内心、この先の予定を楽しみにしていた。




