3章7話 猶予と兆しの学園青春
あれから何事もなく過ごし、気がつけば7月後半の金曜日を迎えていた。
無事に目を覚ました海道くんと猿飛。
だが、誰に襲われたのかは覚えていなかった。突然背後から頭を殴られたらしい。
気絶されられた上に、呪いをかけるというよく分からないことをされたようだ。
それに先生になりすまし現れたのっぺらぼうの正体も分からないままだ。
先生は腹立つから絶対に見つけてやると意気込んでいた。
結局車は修理に出したらしい。災難ですね、としか言えない。
神威さんの修行の方は順調で異能の獲得はできそうだと言う。それに新が神威さんのことも調べてくれているようで、一人心当たりのある妖怪が見つかったそうだ。念の為修行が大詰めを迎えてから、本人に伝えるそうだ。
分からないことがありつつも、前に進めていることは確かだ。これまでの事件とは違って、ゆっくりと時間が流れている気がする。追い詰められていないというか、余裕がある。
まあ、そんな状態だが、日々は過ぎていき。
いよいよ始まった体育祭。ステージの上には司会を務める大鳳さんの姿があった。
無事に戻って来られたんだ。
髪の毛をポニーテールにして、ジャージ姿で生き生きとしていた。
「皆さん、おはようございます!お久しぶりです!戻ってきました!生徒会長の大鳳妃奈です!今日まで頑張ってきたことを存分に発揮して、全力で楽しみましょうね!」
大鳳さんはガッツポーズをして見せると、可愛らしく微笑む。
久しぶりに見る元気な姿の大鳳さんに、生徒たちは声を出して応えた。
ちょっと前まで学校に来れていなかった人とは思えないほど、元気な様子に安心する。
鳳凰による被害は大きかったが、結果的に学校から妖怪派の人達が減って過ごしやすくなったのも事実だ。
鳳凰の事件や雨野くんのことが抑止力となったのか、最近いじめの噂も減りつつある。
生徒会や風紀員、教職員や勇気を出した人達のおかげだろう。
今日という日を迎えられることに、私は少しだけ達成感を感じていた。
今日は全力で楽しもう。
体育祭は学年問わず、クラス対抗となる。リレーだけはそれぞれのクラスから選抜された対抗戦になるが、各クラスに所属している人ごとに加算されるようになっている。
練習期間中ずっと、犬飼からぶーぶー言われたが、私と海道くんは同じチームだ。
リアラさんから提案された学校祭デートはまだ誘えていない。
毎日顔を合わせているのに、いざ顔誘おうとすると、何も言えなくなった。
私ってこんなに乙女でした?
今日は体育祭を楽しむことも目的としているが、デートに誘うこともミッションの一つだ。
最初の試合は大縄跳び。
クラスの練習と結束がいきなり試される戦いだ。
この日に備えてたくさんみんなで練習してきたのだ。やり切ろう。
正直、鳳凰のことや雨野くんのこと、神威さんのことやアキラのことで、頭いっぱいだったけど。
私の本分は学生。この土地で楽しく暮らして両親を安心させることも、大切なことだ。
全員が大縄に入ると男女共に並び、意識を集中させる。
並び方にもクラスごとに個性が出ており、楽しくなってくる。
「よーい!始め!」
教師の声掛けにより、一斉に開始される大縄跳び。
「いち!にー!さん!!しぃ!ご!!」
全員で声を合わせて飛び上がる。一体感が心地よい。
「おわっ!?」
20回を超えたところで、足がもつれてしまうが、後ろにいた海道くんに支えられる。
「大丈夫!まだ行けるよ!」
「うん!」
私は気持ちを立て直し、縄に集中する。
結局回数は28回。
最後まで飛び続けていたのは犬飼のクラスだった。
大縄跳び終了後、犬飼が誇らしげにこちらに向かってくる。
「ふっふーん。私のクラスの勝ちみたいね」
「見てなさいよ。次は負けない!」
「皐月とす……天空さんは、バスケなんだっけ」
「そうよ!負けないから。」
「期待しているわ。協調性のない鈴華が私に勝てるかしら。」
「アンタも大概でしょ!」
いつも通りに言い争いをしてみせる私と犬飼。なんだか、こういうのも久しぶりだ。
犬飼は誇らしげにクラスに戻っていく。
「ふぇえええ。みんな元気ですね〜私は今の大縄跳びでヘトヘトですう。」
疲れた様子で声を掛けてきたのは首藤さんだった。
「何言ってんの!始まったばっかだよ!」
笑いながら首藤さんの背中を叩きまくる神威さん。いつにも増して元気そうだ。
そうか、二人は同じクラスなんだっけ。
「あっ!みんな、一緒だったんだ。体育館の設営手伝ってよ。」
遅れてやってきたのは、大鳳さんだった。
運営で忙しそうだ。
そんな大鳳さんを視界に捉えると、神威さんは大鳳さんに抱きつく。
「わあ!!妃奈〜!会いたかったよお!!」
「こら!美琴!仕事あるからくっつくかないで!」
大鳳さんは神威さんを引き剥がそうとするが、どこか嬉しそうだ。
私にとっては1週間ぶりぐらいだけど、神威さんからしたらかなり久しぶりの再会だろう。少しぐらい大目に見てもいい気がする。
そんな様子を見つめながら私は声をかける。
「お久しぶりです。大鳳さん。」
「だね。久しぶり。鈴華ちゃん。」
私たちは微笑み合う。
「び、美少女がふたり!?いい匂いがする!」
「変態さんですね〜」
いつも通りな様子の神威さんを慣れた手つきで引き離す首藤さん。
海道くんの方へと連れていき、私と大鳳さんから引き離す。
「もう出てきて良くなったんですね。」
「うん。色んな力を抑える方法を学んだり、鳳凰様と契約を交わしたり、訓練みたいな感じだったかな。まだ未熟者だけど、力に制限がついたのと、霊力を呪具で抑えてコントロールしている感じかな。どちらかと言うと、鳳凰様の機嫌取りがメインになってたかも。」
大鳳さんは説明しながら、髪を結んでいるオレンジ色のシュシュを見せてくれる。僅かに特殊な気配を感じるので、力を抑えている呪具の一つなんだろう。
「何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくださいね。」
「うん。そうさせてもらうよ。今日は楽しもうね。」
大鳳さんは一言そういうこと、持ち場へと戻っていく。
体育館設営、私達も手伝わないと。
海道くんに声を掛けようとしたが、なにやら神威さんと話し込んでいた。
「今日のリレー楽しみにしてるよん。」
「ええ。僕も楽しみです。」
「というかさ。なーんか、カイトちんと、鈴華にゃん同じあまい匂いするんだよね〜もしかして同じ柔軟剤使ってる?」
神威さんは海道くんのTシャツに近づいて匂いを嗅ごうとするが、またまた首藤さんに引っ張られて連れ去られる。
「はーい。誰彼構わず匂い嗅がなーい。二人の邪魔しては悪いですよ」
「あーん!もうちょっといじらせてよぉ!」
首藤さんに引っ張られながら、暴れる神威さん。そこに一人の男子生徒が話しかけに行く。
「あ、いたいた。チグサ、美琴。バレーの方、作戦考えるみたいだよ。」
連れ去られていく神威さんたちの元に、高身長な男子が話しかけている。
黒髪で長い前髪で右目を隠している。
なんとも美しい男性だと思った。
「あれ、首藤さんの彼氏さん。一つ目小僧の末裔なんだってさ。イケメンだよね。」
神威さんから開放された海道くんは、私の方に近づいてくる。
「ああ、噂の。」
「ろくろ首と一つ目小僧の末裔で、二人とも美男美女。そして、茶道部。絵になるよね。」
「だねー、イケメンだー」
「天空さんもああいうのかっこいいと思う?」
「え?うん。かっこいいんじゃない?」
「そっかあ。それは頑張らないとなあ。」
「え?別に海道くんもイケメンでしょ。」
「そ、そうかな!?」
「え?うん。よく言われるでしょ?」
「そうだね!うん!イケメンだね!僕!」
「はあ。それより、手伝いに行こ?」
「そうだね!!!!!」
何故か顔を真っ赤にして喜んでいる海道くん。体育祭でテンション上がっているのかな。
私は海道くんを連れて大鳳さんの所へ向かった。
◆◇◆
体育館の設営が終わり、男子は外でサッカー、中でバスケ。女子は中でバレーボールが始まる。
女子のバスケとリレーは午後からとなっている。
本当に本格的なイベントだ。
フリーな人達は男子の応援をしたり、ほかのクラスの試合を見たりして時間を過ごす。
観戦は自由だから、クラスでのんびりしている人や既に配られている夏休みの宿題に取り組んだり、様々だ。
カップルは言うまでもなく、イチャイチャしているだろう。
私は暇になってしまったので、クラスの応援をすることにした。
ちょうど今は、大鳳さんのクラスと神威さんのクラスがバレーボールで戦っている。
中々の熱い試合だ。
まあ、首藤さんが何度もボールに当たっていて見てられないけど、それをカバーするように神威さんが攻めまくっている。
「おりゃあああああ!私の推しはすずかにゃんだあまあああああ!!!」
神威さんはとんでもない宣言とともに、高く飛び上がって、豪快なアタックを決める。
あの人ほんとにやめて欲しい。
「私だって鈴華ちゃん大好きだよ!!!」
サーブを打つ大鳳さんも何故か対抗してそんなことを言い始める。
ほんとにやめて。
私は顔を両手で隠し、体育館を後にする。
グラウンドに行くと、ちょうど海道くんが試合に出ているところだった。
「海道決めろ!!!」
「うん!!」
クラスメイトから渡されたパスを勢いを殺すことなくシュートに繋げる海道くん。
「キャー海道くんかっこいい!!!!」
女性陣が黄色い声援を送り騒いでいる。その女子たちに若干イラッとしつつも観戦を続ける。
「なあ、おい!天空鈴華来てんぞ!あのクラス、ズルすぎだろ!負けるかよ!クソが!!!」
突然相手チームの動きが良くなり、あっという間に点数を決められる。
「ほら、応援してあげて。鈴華、カイト喜ぶよ?」
「え?」
気がつくと、隣に見知らぬ少女がいてそんなことを言われる。
誰だろう。この子。でも不思議と初対面な感じがしない。
綺麗な桃色髪に綺麗な水色の着物。どことなく誰かに似たその横顔。
言われたからやるのは、癪だけど、私は小さい声で応援した。
「……が、頑張れ」
海道くんは一瞬こちらを見ると、ニコッと微笑む。
その瞬間、胸が高鳴るのがわかった。
───────うそ。聞こえたの?
海道くんはその後、ディフェンスを決めると、味方にボールを繋げ舞い上がったボールを回転しながら蹴り放つ。
鮮やかなシュートと共に試合が終了し、うちのクラスは勝利となる。
海道くんは嬉しそうにピースを向けてくる。
恥ずかしいっての。
隣を見やると、少女は消えていた。
だけど、微かに声が聞こえた気がした。
───────『今のうちに楽しんでおくといいよ。残り少ない青春を。鈴華。』
なんなのそれ。
というか、なんで私の名前知ってるのよ。
◆◇◆
昼食後、私は切り替えて試合に挑む。
のっぺらぼうとか、変な女の子とか、気にしてたらキリがない。
今は体育祭。
これが終わったら、リアラさん。
そして、デートに、神威さんのこと。
私にはやらなきゃいけないことが沢山あるんだ。
少ない時間を縫って、クラスメイトと練習してきたお陰で、何とかチームプレーができている。
着々と駒を進め、なんと、決勝まで進むことができた。
体を動かすのは昔から好きだ。
どうせなら、勝ちたい。
ここまで来れたのは、運動部同士で潰しあってくれたり、運動神経抜群な神威さんや大鳳さんがいなかったり、することもあるかもしれない。
それでも、ここまできたんなら、勝ちたい。
対戦相手は───────犬飼のチームだった。
「余計に負けられないじゃんね」
私は闘志を燃やして試合に挑んだ。
試合開始から俊敏に動いて見せる犬飼。小回りを生かしたプレーで、体躯の小さも存分に活かしている。
でもひとりでのプレーが目立っており、ディフェンスに囲まれパスを余儀なくされる。
私はその隙をついて、ボールを奪いドリブルに繋げる。
「チッ!」
犬飼は急いで私を追いかけるが、私はそれを狙った。
シュートをすると見せかけチームメイトにパスをし、シュートを決める。
これが私たちチームの作戦。
私はよくも悪くも目立つから、囮になる。
負けず嫌いなんでね。勝たせてもらうよ。
「まずひとつ。」
私は犬飼を指差し宣戦布告をして見せる。
「いいじゃない。やるじゃん。」
犬飼は受けて立つというような顔つきで、チームに戻っていく。
「ナイスナイス!鈴華さん!」
「うん!そっちもナイシュー!」
わたしはシュートを決めたクラスメイトとハイタッチしてみせる。
その後の試合展開はかなり白熱した。
決勝にふさわしい試合になったと思う。
犬飼も同じく負けず嫌いなのか、パス回しを中心にチーム全体の動きが変わった。
一進一退の攻防が繰り広げられる中、意識が試合に溶け込んでいく。
吐息、汗の流れる感覚。
靴の擦れる音。
消えていく歓声。
そして───────「鈴華!!!」
海道くんの声が聞こえた。
ああ、そうか。
好きな人の声って、こんなにも鮮明に聞こえるんだ。
「だぁああああああああ!!!」
私は勢いのまま犬飼のシュートをブロックし、ゴール前へ走り出す。
弾いたボールはチームメイトが取った。
スリーポイントラインに到達すると、チームメイトからのパスが回ってくる。
「届け!!!!」
私は後方にジャンプをしながら、手をスナップを効かせてシュートを放つ。
ボールが綺麗な半円を描く中、試合終了のブザーが鳴り響く。
───────シュッ
試合終了のブザーが鳴り終わるのと同時にボールはゴールに決まる。
───────ブザービート。
もしかして、勝ったの?
得点板を見やると、わずか一点差で私たちの勝利だった。
「やった!!!!!!」
私が勝利の余韻に酔いしれると、歓声と拍手が巻き起こる。
チームメイトと抱きしめ合い、勝利を実感する。
「おめでと。」
犬飼は微笑んでくれた。
私も久しぶりにはしゃいで楽しんだ。
◆◇◆
体育祭の最後はリレーだ。
選抜メンバーの海道くんは赤いハチマキを巻いて、気合を入れる。
赤いハチマキはアンカーの印だ。
三年の待機メンバーを見やると、神威さんも赤いハチマキをしていた。
なるほど。朝のやり取りはそういうことだったのか。
上手く行けば、海道くんと神威さんの戦いが見れるのか。
海道くんはクラスメイトに背中を押されると、私の元へとやってくる。
「なに?」
私は小首を傾げて尋ねる。
海道くんの背後の人達はニヤニヤとこちらを見ている。
なんだ、この空気は。
「あはは……」
海道くんはほぼを紅潮させて、微笑む。
ああ、そうか。緊張しているのか。
「大丈夫だよ。最後の種目、楽しもう?」
「うん。そうだね。────行ってくる。」
「応援してるから。頑張って。」
私と海道くんは微笑み合う。
私は海道くんの勇姿を見守ることにしよう。
これが最後の種目だ。
ピストルの弟が鳴り響き、クラウチングスタートで、全員走り出す。
海道くんのチームは大外。警戒するべき神威さんのチームは真ん中。
配置的にはこちらはフリかもしれない。
それでも、リレーはバトン繋ぎをしていく。
いくら神威さんが強くても、序盤に差を付けておけば負けることは無いはずだ。
全員神威さんを警戒するように、かなりペース早めでバトンを繋いでいく。
今のところ、海道くんのチームは2位の位置につけている。
そして、ここからだ。
女子生徒のバトンが海道くんに渡る。
私のクラスは大歓声で大盛り上がりとなる。
海道くんは綺麗なフォームで走り抜け簡単に1位の位置につける。
だが、後方の方でさらに大きな歓声が沸く。
視線を戻すと、どうやら神威さんにバトンが渡ったようだ。
5位の位置につけていた神威さんはみるみるうちに、周りを抜いていき最後の1周、海道くんに並ぶ。
「そのまま逃げ切れ!!!」
「負けるな!」
「踏ん張れ!」
クラスメイト達の歓声に答えるように、海道くんは全力で走り抜ける。
だが、残り僅かのコーナーで、神威さんは微笑んだ。
「じゃあ、行くね。」
「っ!?」
その瞬間、神威さんは風を纏い強い踏み込みを見せた。
まるで、抜かれるのが当たり前かのように、軽やかに追い抜かす。
「くっそぉ!!!」
海道くんは踏ん張りを見せるが、その距離は埋まるどころか離れていく。
「カイトっ!!!!!」
私も目の離せない走りに声が漏れていた。
だが、神威さんが一着でゴールして見せた。
◆◇◆
放課後。私と海道くんは後片付けに追われていた。
「いやあ、勝てなかったね」
「だね……」
夕暮れに染まるグラウンド。
海道くんは晴れやかな表情でそう言った。
結局私たちのクラスの総合順位は3位。化け物3年生に並んだんだから、十分な結果だろう。
陸上部の神威さんに一瞬でも競ったのだから、凄いと思う。
「でも、今日、かっこよかったよ。カイト!」
私はカイトの背中をパチンと叩き、微笑んでみせる。
「鈴華もバスケかっこよかったよ。」
「私たち、いい試合したよね。」
「だね。楽しかったよ。本当に。」
「うん!!」
いつの間にか、下の名前で呼び合うようになった私たち。
なんだか心地の良い空気が流れる。
───────今しかない。
背を向け学校へ戻ろうとするカイトの袖を引っ張る。
不思議そうに振り返ったカイトに私は勢いのまま言葉をぶつける。
言うんだ。私。
「ら、来週の土曜、シロさんの学校で学祭あるんだって。……良かったら、行かない?」
私は緊張で唇を震わせながら、なんとか言葉を紡いだ。
カイトは私の言葉を聞いて表情を明るくして微笑んでくれた。
「もちろん!ぜひ行こう!」
なんとかミッション達成ね。
この日、久しぶりに学園生活を満喫した気がした。




