3章5話 疑念と幻影
アキラが立ち去り、犬飼が落ち着いてから、数分後。目を覚ました新は突然地面を殴りつける。
「くそっ!!!!負けた!!!」
アキラに呆気なく負けたことが余程悔しかったのだろう。新は自分の実力に自信があるようだった。その自信はすこし過剰にも見えた。それは、御三家に見られる役割に固執する強迫的な行為にも思えた。
「無理もありませんわ。あなた、人に言霊使ったの初めてでしょう。思ったより反動が大きかった。違いまして?」
「ちっ!気づいてたのか。……ああ、自分の体や姉貴が甘い匂いで嫌になる。」
舌打ちをし地面を殴りつけ霊力を溢れさせる新に、リアラは冷静に声をかける。
言霊の反動。やっぱり新は万全の状態で戦えていなかったんだ。
それに話を聞いていると、神威さんが受けた言霊をそのまま新も同じ状態で受けているような言い回しだ。
『御三家を認識すると、好きなものと誤認する』認識改変。あくまでそれは神威さんにかけられたものだが、どうやら、新は神威さんの感覚とまったく同じ状態にあるらしい。
神威さんが御三家を認識すると、好きな甘い匂いで感じ、同様に新も御三家を認識すると、甘い匂いを感じているようだ。
新の言葉の感じからして、甘いものが極端に好きという訳でもないのだろう。つまり、本当に神威さんにかけた言霊がかえってきているのだろう。
「それは私のせいで負けたってことかな?」
話を聞いていた神威さんは複雑そうな顔で新を見つめる。
年上なだけあって冷静な物言いだが、言われて気持ちいいものではなかっただろう。
「勘違いすんな。……俺の実力不足だ。」
神威さんの言葉を否定するように、新は悔しそうに呟いた。
初対面だというのに、2人に気まずい空気が流れる。
そんな新に優しく手を差し出すリアラさん。
「ひとまず、戻りましょう。危機は去ったのですから。」
「いらねえ。一人で立てる。」
「……はは、そうですわね。」
差し出した手を弾く新。リアラさんは弾かれた手を押え悲しそうに微笑む。
新が起きるまでずっとそばにいたのに、あんまりな仕打ちだ。
誰も悪くないのに、新の態度は明らかに悪い。人に当たるような気を遣わせるような、そんな感じに見える。アキラに負けて余裕が無いのはわかるが、それをこちらに向けられても困る。
私は立ち上がり、抗議しようとするが、両肩をシロさんに押さえ付けられる。
「お気持ちはよく分かります。それに、とても嬉しく思います。でも、こちらの事情ですので。」
この人、人をよく見てる。
私が今何をしようとしたのかわかったんだ。
踏み入れられたくないことってことか。
確かに今問いただしたところで、この空気が改善する訳でもない。もしかすると、さらに悪化するかもしれない。
私は実際アキラに捕まっていて何もできていなかったし、言っても仕方ない部分はあるだろう。
仕方ない。ここはシロさんに免じて引き下がるか。
私はグッと怒りを堪え、渋々シロさんの申し出に同意する。
でも明確に新に向ける評価が著しく下がったのも事実だ。
「……わかりました。」
そういえば、この3人の仲を取り持つことがリアラさんの依頼だっけ。
こんな調子で三人の仲を取り持つことなんてできるのかな。
三人にも確執はありそうだし、私も人間関係のことじゃ、人様に誇れるような交友関係はあまり持っていない。
またひとつ、悩みが増えた気がした。
新は立ち上がり海道くんを中へ運ぼうとするが、眉間に皺を寄せる。
「どったの、怖い顔して。」
神威さんが聞くと、新は警戒するような面持ちで答える。
「こいつ、気絶しているわけじゃねえ。───────わずかだが、術の痕跡がある。」
「どういうこと……?」
「誰かが……この事態を仕組んだってことよ。」
犬飼は瞼を腫らしながら私を見据える。
犬飼の言葉とその表情だけで、今起きていることが悪質な事は明白だろう。
アキラと琴上家が衝突する。それをわかっていて、誰かがそれを狙った。
そのために、海道くんが邪魔だった。もしくは、何かに気がついたということだろう。
「ひとまず中に運んでは?」
「運ぶのは構わねえが、呪いの類なら俺らには解けない。」
「なら、どうするのさ?」
「呪いや術はかけた本人しか解けないことが多いですわ。」
「じゃあ海道くんはこのままってこと!?」
私は感情的になり、リアラさんの肩を揺すりながら言葉を催促する。
「いくつか、方法はありますわ。」
リアラさんが諭すように優しく私を引き離す。
「掛けた術者を倒すか。」
「呪いを回復させられるような霊能者か妖怪を見つけることですね。」
リアラさんの言葉に新とシロが続く。
呪いを回復させられる人?その人を見つけないと、海道くんはこのまま?
一体どうしたらいいの?
自分の手元に海道くんを救える手立てがなく、呆然とする。
頭の中が真っ白だ。なんでこんなことになってるの。
そこまで追い詰められたところで、ある考えが浮かんだ。
───────先程まで頭に乗っていたヒヨコがいるじゃない。
「鳳凰が……いるじゃない。……そうよ!鳳凰なら!!」
思いつきで言葉を声に出す。でも即座に向けられた犬飼の冷めた視線に気が付き言葉が詰まる。
「残念だけど、鳳凰は人に手を貸すような存在じゃない。それに、アンタも知っているはずよ。鳳凰は体の傷は癒せても、心の傷は癒せてはいなかった。」
犬飼の淡々とした言い回しに苛立ちが湧いてくる。
確かにその通りだった。鳳凰は大鳳さんの心までは救えていなかった。それができるなら、あんな行動に移る必要はなかったからだ。
私の知識は浅はかだったかもしれない。
それでも、必死に考えたのに。そんな冷たい言い方はないだろう。
私はつい苛立ちのまま言葉を発する。
「じゃあ、どうしろって言うのよ!!!犬飼は!!!海道くんが心配じゃないの!?」
「心配に決まってるでしょ!アンタよりずっと長くそばにいるのよ!?」
犬飼の荒らげた声に私は勢いを失う。
何やってんだ、私。これじゃあ、ただの八つ当たりだ。新とやっていること同じじゃん。
犬飼が海道くんのこと、大切にしてるのなんて、わかっていたじゃない。
勢いに任せて口にした言葉が失言だと気付いて、口に手を当てるが、もう遅いだろう。
犬飼の刺すような視線が痛い。
───────謝らなきゃ。
でも言葉が上手く出ない。
「ストッピ♪ストッピ♪感情的になってもいい案は浮かばないよん。大変なのはみんな同じ。さっちゃんには、何かアテがあるんでしょ?」
つい言い争いになって、後戻り出来なくなった空気を神威さんが止める。
神威さんは、私と犬飼を両腕で抱きしめ、ウインクしてみせる。
「はあ。一人だけアテがあるのよ。……最後まで聞きなさいよ。」
「ご、ごめん。」
「わたしも悪かったわよ。……ちょっと余裕なくて。」
「いや、ごめん。私もテンパってた。」
「……わかってるわよ。」
犬飼は頬を膨らませてため息をつく。
どうやら、私の早とちりだったようだ。
「よしよし。二人とも素直でよろしい。」
神威さんが満足げに微笑む。
「それでそのアテというのは、どちらにいらっしゃいますの?」
話を進めるようにリアラさんが聞いてくる。
一瞬、犬飼はその問いかけに躊躇うが、全員の視線に仕方が無い様子で言葉を紡ぐ。
「───────雉木半蔵。」
「雉木さんが!?」
思いもよらない人物の名前に、つい大声で聞き返してしまう。
「あら、お知り合いですこと?」
私の反応を見てか、リアラさんが聞いてくる。その問いかけにどう答えるべきか思いとどまると、代わりに犬飼が答える。
「古くからの知り合いよ。鈴華とも面識がある。」
「ああ、うん。そうなんです。でも、呪いとか解けるのは知らなかったなー」
私は合わせるように話す。御三家相手だから油断していたけど、シノビ一族のことは隠していることだ。
さっきアキラが現れた時、犬飼は取り乱していたし、私もいろいろ言っていた気がするけど、混乱しすぎて覚えていない。多分犬飼もだろう。
怪しまれていないよね?
今はそう信じて、話を進めるしかないだろう。
仮に勘付いていたとしても、雉木さんがシノビ一族だということには結び付けられないはず。
もし、結びつくとしても、拓ちゃん先生ぐらいだろう。彼には以前雉木さんが私の使用人であるとやむを得ず話してしまったからね。
「その方なら、何とかできるということですね?」
間を置いてシロさんが聞いてくる。
「多分ね。契約している妖怪ムジナは、病や傷、呪いを解く力があるって言ってたから。」
「ムジナ……私がよく概念契約していると勘違いされる妖怪です。アナグマの妖怪ですよね。元々は山の神の遣いだったとか。掟を破って、神の世界に帰れなくなったと聞いたことがあります。」
ムジナって昔はタヌキと誤解されてたんだっけ。確か、タヌキと生態が近いとかって聞いたことがある。同じ穴のムジナとか言うもんね。
シロさんの妖怪は化狸だから、勘違いされやすいのかな。
それにしても、雉木さんが契約している妖怪がムジナか。一緒にいるところ、見たことないけど。考えてみたら、雉木さんのことって、ずっとよく分からないな。
「話が脱線してんぞ。何とかなるなら、さっさと行くんだな。時間が経つと、解けなくなるかもしれねえ。」
色々聞きたい話は多かったが、新が話を終わらせる。確かに、今話すことではないかもしれない。
「うーん?新ちゃんは来てくれないのかにゃ〜?」
新の言葉を聞くと、私と犬飼から離れる神威さん。可愛らしく新のところに走っていく。
私と犬飼はようやく解放され、腰を伸ばす。
「オレは結界直さねえとならねえんだよ。」
「あぁ、そかそか!ねねね、修行は明日からでいいの?」
「……ああ。」
プイッと背を向ける新だったが、何度も回り込んでくる神威さんに呆れながら修行の日程を話している。
私はタイミングを見計らって新のところに行き、頭を下げる。
「色々あったけど、今日はありがとう。神威さんのこと、よろしくお願いします。」
「……期待はすんな。どうなるかはわからん。それに礼はまだいらねえ。なんもできねーからな。」
新はくすぐったそうに頭を搔く。あまりこういうことを言われるのは慣れていないようだった。
それでも、このぐらいは最低限の礼儀だろう。
「では、カイトさんを助けるために、行きますわよ!」
話がひと段落したところで、リアラさんが言い放つ。
その刹那。
思いがけない来客に全員目を丸くする。
そこに現れたのは、白い階段を登ってきた─────拓ちゃん先生だった。
「先生……?」
しかも背中に猿飛を背負っていた。
「─────頼む。この人のことも何とかできないか?」
先生は真剣な眼差しでこちらを見据えている。
何故ここに先生が?まず脳裏に過ぎったのはそこだった。
事情は知っているかもしれないけど、置いて行ったのに、わざわざ着いてきたのだろうか。何の連絡もなしに。
違和感が止まらない中、さらに疑念を強くしたのは、アキラの言葉があるからだ。
『宮ノ森家とシノビ一族を滅ぼしたのは───────大坪拓だ。信じなくてもいい。覚えておけ。』
このタイミングで先生が現れたのは、偶然?
それとも─────
次から次へと起こる状況の変化に頭がついて行かない。
次に背負われている猿飛に目線を送る。
どうやら、猿飛も気絶させられていたらしい。
瞳を閉じ、意識がないようだ。
でもたしかに、さっきの場面に猿飛がいなかったことの方が不自然だった。
海道くんと同じように気絶させられていたのなら、納得がいく。
考えてみればそうだ。海道くんの護衛であり、以前アキラが現れた時一緒にいた猿飛があの場面にいないのは、不自然だった。
ゆっくり事態を飲み込む私を他所に、犬飼は先生と猿飛の元へ一目散に駆け出していた。
「海斗っ!!!!!」
一瞬、犬飼の呼んだ猿飛の名前に違和感を感じたが─────そうか、猿飛の本名はカイトだったっけ。
というより、犬飼が猿飛と接するところを初めて見るんだ、私。
◆◇◆
急遽、拓ちゃん先生の車で帰ることになった私と犬飼。
先生の車は6人乗りで海道くんと猿飛を乗せて、あと一人乗れることになる。
だが、神威さんは 「急いでるんでしょ。私はなにもできないからさ。帰りはリアっちとシロたんに送ってもらうから大丈夫だよ!」と断った。
私たちは神威さんの言葉に甘えて、早々に帰宅することにした。
長い階段を降りて海道くんを運んでくれた新に一礼をし、車に乗り込もうとする。
するの、リアラさんに引き止められる。
「鈴華さん、それではまた明日、ですわ。」
「はい。今日はありがとうございました。」
リアラさんは神威さんを琴上家に送り迎えする役割を果たし担った。つまり、これから2週間ぐらいはよく顔を合わせることになるだろう。
「話は終わった?」
「うん。いける。」
私は先生の車に乗り込むと、サイドウィンドウ越しに頭を下げる。
リアラさんはお上品に手を振り微笑み、神威さんは元気いっぱいに手を振る。シロさんは軽く頭を下げて、新は早々に階段を上がり始めていた。
ここに来た当初は神威さんの異形化を何とかしようというものだったのに、色んなことがあったな。
「じゃ行くぞ。」
「はい!」
先生はそのまま、車を発進させた。
先生には既に行先を伝えてある。
私が住む旧御三家のお屋敷だ。
雉木さんにも既に経緯は説明してある。見てみないとわからないみたいだが、対応してくれるとの事だった。
車を走らせること数分。辺りはもう暗くなり始めていた。
重たい空気が流れていた。
海道くんと猿飛が何者かによって術をかけられたんだ。少しばかり緊張した空気にもなる。
「俺がいない間、何があったんだ。」
そんな重たい空気の中、沈黙を破ったのは先生だった。
「黒天使が急に現れたのよ。」
犬飼はすぐに答えて見せた。腕組をし、瞳を閉じている。
「紅の悪魔のつぎは、黒天使か。よくもまあ、襲われるもんだな。天空は。」
「まあ……はい。」
それは本当にそう思う。だからこそ、返す言葉はなかった。
そして再び訪れる沈黙。
こんなに先生って話しづらかったっけ。
なんとも言えないこの空気がそうさせているのかもしれないけど。
「そ、そういえば、鳳凰はどうしたんです?」
私は沈黙に耐えきれず、思いついたままに話す。
最後に見た先生は鳳凰に頭を突っつかれていた。
私のその話題を聞くと、何故か犬飼は瞳を開けて、バックミラー越しに見える先生を睨みつける。
「───────鳳凰?大鳳なら、今は霊能協会に保護されているだろ。俺もそこまでは知らんぞ。」
「は?」
私は先生の言葉が理解できなかった。
全くもって、想像もしていなかった返しだからだ。
まるで、今の返しは今日の出来事を忘れているとしか考えられないような言葉だった。
「……やっぱりね。」
犬飼は小さく呟いた。
「どういうこと?」
私は犬飼に視線を向けて、言葉を待つ。
まるで、犬飼はこの状況を理解しているようだったからだ。
犬飼は私の言葉を受けると、スマホを取りだし素早く打ち込む。
私に見えるように画面を少し近づける。
私は先生にバレないように横目で見やると、そこには文章が綴られていた。
『こいつは先生じゃない。家に着くまではやり過ごして。』
「っ……」
驚かないように平静を装ったつもりだが、衝撃的な内容に息が小さく漏れる。
「鈴華は鳳凰みたいなヤバいやつが、霊能協会で管理できるのか不安なんでしょ。」
犬飼は何事も無かったかのように会話を続ける。
「あぁ、そういう事な。安心しろ。鳳凰は大鳳の体を使って現界していた。それに天空が大鳳の身体にダメージを与えたら帰ったんだろ?なら、鳳に現界できないようにしてやればいい。」
「……へえ。そんなことができるんですね。」
必死に普段通りに話すが、声色が低くなる。
目の前の男が何者なのかわからなくなった途端、全身に緊張が走る。
息が上手く吸えなくて、苦しい。
───────怖い。
私は手を震わせて、瞳を強く瞑る。
こわくて寒い。
今すぐにでも逃げ出したい。
次から次へとやめてよ。
誰か、助けて。
そう願った刹那、温かい手が触れる。
心がスーッと軽くなった気がして、瞳を開けると犬飼が優しく手を握ってくれていた。
「……大丈夫よ。仕事はちゃんとやるから。」
犬飼は無愛想にそう言ってみせる。
私はそんな不器用な物言いに少しばかり安心した。
「そろそろ行くぞ。」
琴上家から一時間。
どうやら、屋敷に着くらしい。
重たい空気の中、よく耐えたと思う。
車が止まると私はすぐに降りた。
拘束されていたような感覚からようやく開放される。
犬飼は素早く立ち上がるとドアを蹴り壊す。
そのまま俊敏に動き、猿飛を私の方に放り投げ、小脇に海道くんを抱えると転がるように車から抜け出す。
「おいおい。何のつもりだ?」
先生は眉間に皺を寄せ、こちらを睨みつけてくる。
その時、私の中で本物の先生との会話を思い出した。
『あ、歩きで行くんですか』
『ん?ああ、戦闘になったら危ないからな。大事な車壊したくないし。』
そうだ。先生はこういう場面で自分の車を使う人じゃない。あとひと押し、確証を得られるかもしれない。
「その車は先生のなんですよね?だから、今犬飼に壊されて怒った。そうですか?」
私は一歩前に出て、先生を睨みつける。
もう怖くない。犬飼が行動に出たということは、戦ってもいいということだ。
犬飼がそばに居てくれるから、怖くない。
「当たり前だろ?大事な車なんだぞ。どういうつもりでこんなことをする?俺はお前らを送ってやった。違うか?」
「送迎には感謝しています。でも、あなたは誰ですか?」
「誰って、大坪拓だろ?何言ってんだ?」
「その車、先生の大事な車って言いましたよね?」
「あ?そうだと言ってるだろ。」
「拓ちゃん先生は、霊能者が関わる案件の時、車は使わないんですよ。」
「そんなの、時と場合によるだろ?なんだお前、俺のこと疑ってるのか?海道が傷ついて混乱しているのはわかるが、犬飼まで巻き込んでどういうつもりだ?」
「いい加減、その解像度の低いモノマネやめたら?」
「なに?」
犬飼は体勢を整えると、偽物に言葉をかける。
そう、この偽物のモノマネは少しお粗末だ。言葉遣いは確かに寄せている。でも温かみがまるでない。
もう少し軽口を挟むのが先生の特徴だ。
特に一緒にいて一時間も重たい空気にはならない。
犬飼とは確かにいつもあんな感じだったけど、海道くんが倒れていることにも驚かず、神威さんの件のことも聞かず、いきなり何があったのか聞くあたりらしくない。
私の方が上手くできるぐらいだ。
それに何より───────
「先生は、大鳳さんのこと、妃奈って呼ぶんです。皆苗字呼びなのに、です。」
「………。」
「極め付きは、鳳凰の事ね。私たちと別れる前、アンタはヒヨコの体を借りた鳳凰と戯れていたのよ。それを知らないのは、おかしい。」
「まあ、合格かな。それで?俺は誰なんだ?それにどんな目的がある?」
犬飼の問い詰めを、もろともせず向き直してみせる偽物。
「えらく素直に白状するのね。ニセモノさん。」
犬飼は偽物に銃を向ける。
「こいつを当てれば、わかるわ。」
その言葉の真意は私にもわかった。
まさか、この偽物がアキラだって言うの?
犬飼は躊躇うことなく、引き金を引いた。
パァン!という銃声が響くが、目の前から偽物は消えている。
「なっ……!?」
刹那、呆気にとられる犬飼だったが、背後に見覚えのある姿が現れてすぐに構え直す。
だが、あっけなく腹部に蹴りを入れられ私の元へと転がってくる。
「犬飼!!!!」
犬飼の体を起こし、顔を見上げる。
私の瞳が捉えたのは、黒い羽を羽ばたかせるアキラだった。
「……アキラ。」
私は歯を食いしばりながら、アキラを睨みつける。
「なんだよ、鈴華。俺に会いたかったんだろ?」
軽薄な口調。すぐに理解出来る。こいつはアキラじゃない。
「あんたも、わかった?」
犬飼はゆっくり立ち上がると、霊力を溢れさせる。
「お兄はこんな、まわりとぐいことしない。」
「私もそう思う。」
「いい加減、正体を見せなさいよ!」
犬飼はそのまま霊力を込めた拳を偽物の顔面にぶつける。偽物はフラフラとよろめきながら、後退する。
刹那。また目の前から偽物は消える。
「やはり、アキラさんはモテますわね。さすが宮ノ森ですわ。」
背後から聞こえる声に振り返ると、そこにはリアラさんが立っていた。
「人に化ける妖怪……?」
犬飼がそう呟いた。
ここまでの流れで、このリアラさんも偽物であることは確かだろう。
「あら。つまらないですわね。バレてしまいましたわ。」
ニヤリと不敵に笑う偽物。
臆することなく私たちに近づき、その姿はまた消える。
そして。
「ならさぁ!!!僕だったら、ちょっとはびっくりするぅ!?」
狂気に満ちた笑顔で現れた雨野くん。
水の力を纏って犬飼を殴りつけるが、簡単に受け止めて背負い投げをしてみせる。
「ずいぶんモノマネが得意なようね。でも、偽物が来るってわかっていたら別に怖くないわよ。」
倒れ込む偽物。
戦闘能力は高くないように見える。これなら、何とかなりそうだ。
「クククッ。」
偽物は倒れたまま笑い続ける。
刹那、私の袖を誰かに引っ張られて視線を移す。
すると、眠っていた海道くんが私の袖を引っ張っていた。
「天空さん?今、なにが起きているの?」
「か、海道くん!?目が覚めたのね!?」
「え、うん。」
「良かったあ。」
私は安堵し地面に座り込む。
「鈴華、なに言ってるの?」
犬飼は困惑するような瞳で私を見る。戦闘状態だもんね。そういう顔になるよね。
「ああ!犬飼!海道くんがね!」
「危ない後ろ!!!」
「───え」
海道くんの事を説明しようとしたが、掻き消すように張り上げられた犬飼の声に振り返る。すると、海道くんが刀を振り下ろす直前だった。
なんで?どういうこと?混乱するのも数秒。すぐに答えに辿り着く。
ああ、そうか。───────これも、偽物か。
遅れて事態の深刻さを理解する。
もう遅い。
───────だが、海道くんが振り下ろした刀は私に当たることはなかった。
目の前に現れた雉木さんが守ってくれたからだ。
雉木さんはクナイのような小さい刃を構え、ニセモノの刀を防いでいた。
「おやおや。これはどういった展開でしょうか。」
「雉木……さん?」
「ええ。助けに参りましたよ。我が主。」
雉木さんはいつも通りにニコッと微笑む。
雉木さんは膠着状態の刀からクナイを離し、体勢の崩れた偽物を体術で地面に固定する。
偽物は腕を拘束され、身動きが取れなくなっていた。
「お帰りいただけますか。」
「そうだねえ。ここまでかなあ。」
偽物は再び姿を消すと、私たちの目の前に海道くんの姿のまま、背中を向け立っていた。
「さて。答え合わせとしよう。ボクはだぁーれだ?」
───────振り返った偽物に顔はなかった。
のっぺらぼう、という表現が正しいのだろうか。
顔がない『ソレ』は首を傾げると、笑い声を響かせて消えていった。
「事情はあとでゆっくり聞くとして。まずは当主と猿飛の治療が必要なようですね。」
雉木さんはいつも通りな様子で、特に動じることもなく、海道くんと猿飛を背負って屋敷へと歩き出す。
「私達も行きましょう。あいつが何なのかは、後回しよ。」
犬飼に手を差し伸べられ、わたしは立ち上がる。
「そうだね。先ずはふたりが優先。」
私は犬飼に賛同してみせる。
ようやく、家に帰ってこられた。
私は込み上げる疲労感を押さえ付けらながら重たい足取りで屋敷へと向かった。
今日は色んなことが起きすぎ。
突如現れた偽物のことなど、一瞬で消えるぐらいには濃い一日だった。




