3章4話 逆恨み
私を抱き上げ、その場の全員を見下ろすアキラ。地上と空で分断された形だが、少し声を張れば、会話はできる範囲だろう。
「黒天使……!!」
そのアキラを見上げ、犬飼が霊力を高め、銃を形成し構える。
「ミチル、何のつもりだ。」
アキラは敵意を向ける犬飼にいち早く気が付き、冷たい眼差しを送る。
「質問に答えなさい!あなたは誰!そして、私の後ろで倒れている人は誰!答えられないなら、今すぐに鈴華を解放して、立ち去りなさい!」
犬飼がアキラを見つめるその瞳は、疑念に満ちたものだった。その中には私の数ヶ月の関わりなどでは、察せられないほど、多くの感情を孕んでいた。
疑念、恐怖、困惑、怒り、期待、後悔、懺悔、希望。
あらゆる感情が見えた。
犬飼はその手を震わせながら、アキラに銃口を向けている。
質問の内容はよく分からなかったが、犬飼がふざけていないのは明白だった。
こんな状況で冗談を言う人ではないし、なにより鬼気迫る勢いは本物だった。
犬飼の質問はまるで、黒天使がアキラがどうか確かめるようなものだった。
だが、その質問の仕方は疑問がある。
目の前にいるのは、どこからどう見てもアキラでしょ。
そんな回りくどい質問をしないと、犬飼には分からないの?
そこまで思考したところで、一度立場を犬飼に立ち替わって考える。
アキラは犬飼たちにとっては、七年前に死んでる人。
だからこそ、この現象に疑いを持っているのか。
だからこそ、七年前記憶を失った海道くんの名前を聞くこと、アキラの口から自分の名前を言わせること、をしようとしているのだろうか。
でもやっぱり、回りくどい気がする。
なんというか、はっきりしない。多分わたしは何かを見落としている。ピースが上手くハマっていない回答な気がする。
だめだ。数ヶ月の関係性じゃ、どんなに考えてもわからない。
7年前、本当は何があったの?
混乱する私を他所にアキラの声色は落ち着いていた。
銃口を向けられているのに、まるで、意に介していない。
「何をそんなに疑っているのか知らないが、俺は宮ノ森光。そこに倒れているのは、カイトだ。」
「そんなわけないっ!そんなわけないのよ!」
銃弾が一発放たれ、アキラの真横を掠める。
「次は……当てる…!!早く鈴華を下ろして!」
犬飼の目は本気だった。
私はアキラを見上げ声を掛ける。
何が起きているのか分からないけど、二人が争うなんてあってはならない。
分からないことは置いておいて、2人を止めないといけない。
「ね、ねえ、アキラ。私、大丈夫だから。ねっ?下ろして?」
「だめだ。あそこには琴上家がいる。お前を奪わせる訳にはいかない。」
「奪わせるも何も、私は琴上家だったんだよ?」
「そんなのは知ってる。だからこそ、お前を利用させる訳にはいかない。」
「利用って……ついこないだまで自分の血のことも知らなかった私に何をさせるって言うのよ。」
「少しは危機感をもてよ。リアラは神威を使って何をしようとしている。」
「なにって……それは、平穏に暮らすために力を貸してくれているんじゃ……」
「……お花畑だな。御三家の人間が打算なしに人に力を貸すわけがない。」
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!知らないもん!そういうの!アキラこそ、ずっと姿見せないで何さ!いつも言葉足りないんだって!私にもわかるように話してよ!」
私はアキラの物言いに苛立ちを覚えバタバタと体を動かす。
「暴れんな。パンツ見えてる。」
「ちょ……っ!?」
私は急いでスカートを手で押えて、アキラから見えないようにする。
「と、というか!下にいる人に見えてる!」
「気にすんな。減るもんじゃない。」
「減るよ!わたしの羞恥心が今ダメージ受けてるの!」
「知るか。今は緊急事態なんだ。オレはアイツらを倒さなきゃいけない。捕まってろ。」
「いやだから!下ろして!今そんな戦いとかしてる場合じゃないの!あれ見てよ!海道くん!倒れてるの!助けなきゃ!」
私は倒れている海道くんを指さす。御三家の揉め事とか私は知らない。今はとにかく、海道くんが心配だ。
「……海道?」
「そうだよ!海道カイト!アキラもさっき言ってたじゃん!知ってるんでしょ!シノビ一族の当主!」
「何意味わからないこと言ってんだ?」
「え?」
アキラは真顔で私を見つめてくる。
私はそんな意味のわからないことを言った覚えはない。
「シノビ一族の当主は───────虹花だぞ?」
「え?」
アキラのその一言に頭が真っ白になる。
虹花って確か雉木さんの本名だったはず。
シノビ一族の当主は雉木さんってこと?
どういうこと?
海道くんは嘘をついていたってこと?
それとも、誰かが、嘘をついていたってこと?
そんなの、雉木さんが嘘をついていた以外考えられない。
もともと信用ならない人ではあったけど、アキラのことだけじゃなくて、海道くんのことも、隠しているの?
雉木さんは一体何を考えて、何をしようとしているの?
───────パァンッ
刹那。私の思考を遮るようにアキラの脳天に銃弾が命中する。
だが、何も無かったようにアキラは、反動で反った顔面を元の位置に戻す。
銃弾はアキラから犬飼の元へ時間が巻き戻ったように元の位置に戻っていた。
アキラの脳天の傷も、まるで最初から無かったかのように消えていく。
「気はすんだか?」
アキラが見下ろし話しかけたのは、銃弾を打ち込んだ犬飼だった。
犬飼は手を震わせて、銃を消失させると、その場に両膝をつく。
「アンタ……本当に……アキラ兄なの……なんで、なんで今なの……」
「犬か────」
私は膝を着く犬飼に声をかけようとしたが、犬飼の瞳に涙が煌めいて言葉に詰まる。
───────犬飼が泣いている。
私は犬飼の様子に絶句する。その後、思い出したかのようにアキラを見上げる。やはり傷はもう消えていて平気そうだ。
心配する私の顔に気がついたのか、アキラは私を見つめてくる。
「安心しろ。シノビ一族は契約により宮ノ森を殺せない。」
契約?そんなものがあるのか。それを承知だったとしても、犬飼は本気だった。アキラは恐らく犬飼を納得させるために、わざと受けたんだろう。その結果犬飼はようやくアキラが本物だと気が付き泣いているということか。
なんで泣いてんのよ。分からない。分からないことだらけだ。
「シロ。早くカイトさんと美琴さんを安全なところに。」
「かしこまりました。」
刻刻と変化する事態に私はついていけない。そんな私を他所にリアラさんはシロさんに二人を避難させる指示をする。
シロさんは言われた通り、海道くんに近づく。
私はその姿を見て自分も何かをしようと試みる。
だが、アキラから離れようとしても、強く体を抱き寄せられ身動きが取れない。
「離して!離してよ!アキラ!海道くんも犬飼も心配なの!」
「黙ってろ。お前のせいでみんな死ぬことになるぞ。」
「どういう……こと……」
アキラの低い声に思わず気圧される。
刹那。目の前にシロさんが現れる。否、現れたのはこちらだったのだろう。シロさんは驚いた表情をしている。
「カイトに触れるな。」
「ぐっ!?」
「シロさん!?」
アキラは海道を運ぼうとしていたシロさんを蹴り飛ばし、次に神威さんを睨みつける。
「何もするな。いいな。これから先もだ。」
「……あなた……どこかで会ったこと……ある?……鈴華にゃんと同じ匂いする。」
「……俺も御三家だからな。」
アキラは吐き捨てると、そのまま飛び上がりまた全員を見下ろす。
「もうやめて!何してんの!アキラ!話を聞いて!」
私は再び暴れるが、アキラに唇を指で抑えられ、その後全く話せなくなる。
どうやら、特殊な術をかけられたらしい。
「わかってくれ。お前のためだ。」
私は黙って見ていることしかできないの?
何をしようとしているの?ねえ、アキラ!
私の声は届くことはなく、アキラは冷たい視線を向けるだけだった。
シロさんが蹴り飛ばされたことで、リアラさんと新が前に出てくる。
「貴方、やっていることが、意味分かりませんわ。カイトさんを気絶させ、琴上家を倒すと言いながら、鈴華さんを守っている。説明してもらえますかしら。」
「落ちぶれた御三家はホラ吹くので忙しい、だったか?カイトは俺が来た時には倒れていた。先に仕掛けたのはお前たちだろう。鈴華は琴上家だと知らずに生きてきたんだ。復讐相手ではない。むしろ、お前たちに利用される前に守るべき相手だ。」
「復讐?」
「ああ、七年前の復讐だ。御三家の抗争に巻き込まれ、死んだ姉さんの仇を打つ。」
リアラさんの言葉に睨みつけ答えるアキラ。その瞳には間違いなく憎しみが込められていた。
そのアキラを嘲笑うように新が前に出る。
「ハッ。さっきから黙ってりゃ、琴上家を倒すだの、ホラ吹きだの、言いてえ放題じゃねえか。そもそもな、お前が宮ノ森光っていうのが、信じられねえんだよ。」
「どういう意味だ?」
「俺の知ってる宮ノ森光は黒髪で青い目なんだよ。嘘をつくなら、そこで倒れてる海道カイトの方がよっぽど適任だと思うぜ?」
黒髪で青い目?
その特徴は新の言う通り、紛れもなく海道くんの特徴と一致するが、私の中のアキラとは一致しない。
私にとってのアキラは目の前にいるアキラこそがその人だ。
でも、確かに再会した時、確かにアキラに違和感があったのも事実だ。
出会った時のアキラの瞳は紅だった。
そういえば、時折、海道くんって、瞳が赤くなっていなかった?
───────アキラと海道くんは同一人物?
そこまで考えたところで、現状を見据えると、思考が止まる。
目の前には倒れている海道くん。私を抱き抱えているアキラ。ふたりが同時に存在しているなら、同一人物は飛躍しすぎ?
それに海道くんは記憶喪失なのよ?その時点で辻褄が合わない。
ダメだ。やっぱりいつも、答えに辿り着けない。
次々と疑問が湧き出て止めどない。
だが、そんなこと気にすることもなく、新の言葉をアキラが笑って見せる。
「まあ、どうでもいいことだろ。ここでお前は俺に負けるんだから。それとも、七年前のように手加減されたいのか?『先祖返りの新』。いや───────世界最強、だったか?」
「てんめえ!!!煽ってんじゃねえよ!!!!」
刹那。アキラの背後に現れた新。
紅蓮のオーラを纏って、拳に霊力を込めているのがわかった。
アキラの煽りが決闘の合図となったらしい。
だが───────
「単調だな。」
アキラは目を閉じ、新の攻撃の当たる瞬間に霊力を解き放つ。
紫色のオーラは稲妻のように迸し、新を吹き飛ばす。
「ぐぁあああああああああっ!?」
新は帯電したまま落下する。痛みを堪えながら、新は体勢を立て直し霊力を高める。
「舐めやがって!!!」
「新!1人では無茶ですわ!先程の後遺症もあるでしょう。」
「新くん、私も戦うから。」
「うるっせんだよ!これは俺が売られたタイマンだ!邪魔すんじゃねえ!」
心配そうに駆け寄るリアラさんとシロさんだったが、新の罵声に動きを止める。
そうか、新はさっき神威さんに力を使ったんだ。ということは、万全の状態じゃない。
そんな状態でアキラと戦ってるの?無茶すぎる。
霊能者同士の戦いに詳しい訳じゃないけど、多分新が神威さんに使った術は負担が大きい。
単純な霊力の差だけなら、新はアキラに今劣る状況だと推測できる。
だが、そんな理屈ではなく新の性格上、売られた喧嘩は買うというスタンスなのだろう。
誰の制止も聞くことはない。
「いいのか?お姉ちゃんに頼らなくて。」
「てめえ!!!!!!」
アキラはもう一度、小馬鹿にしたように新を挑発する。
その言葉に激昂した新は、今度は真っ直ぐ飛び上がり、アキラに突っ込んでくる。
アキラは不敵に笑うと、再び紫色のオーラを溢れさせる。
「だぁあああああああ!!!!」
新の紅蓮に燃える拳がアキラのオーラに到達し、無理やり力でオーラを突き破ろうとしている。
新の体には電気のように紫色のオーラが帯電しているが、全く気にしていない。
「───お前、弱いな。」
アキラはそっと呟くと、新の拳を掴み、力を緩める。
「なっ!?」
体勢が大きく崩れた新はそのまま前のめりになり、がら空きとなった腹部に蹴りを喰らう。
「かはっ!?」
あまりの蹴りの強さに呼吸を忘れ悶える新。続け様に顕になった背中に肘打ちを喰らわせる。
「────っ!?」
声にならない息を漏らし、そのまま白目を向いたまま落下していく。
完全に勝負はついた。素人目でもアキラの圧勝だった。
あんなに強い新をこうもあっさりと倒すなんて。
「次はお前か。リアラ。」
アキラは次にリアラさんを指差し不敵に微笑む。
「少し、申し上げても?」
「なんだ。」
リアラさんは小さく手を挙げ、小首を傾げる。
新がやられたと言うのに、酷く冷静だ。
その態度に難色を示しつつも、アキラは質問に答えるようだ。
「貴方が琴上家に殺意を向けるのは鈴華さんを守るため、そして、己の復讐のため、ですわよね?」
「そうだ。」
「でしたら、まず、鈴華さんと我々の間には契約があります。破った場合は無条件で私達を攻撃していいというもの。貴方はそれをご存知のはず。」
「……何の話だ。」
リアラさんの言葉に表情を曇らせるアキラ。
リアラさんは何を言っているのだろう。そのことはアキラが知っているはずもないのに。
私の疑問にもアキラの疑問にも答えることなく、リアラさんは続ける。
「続けて2つ目。あなたが言う復讐ですが、確かに宮ノ森家が滅びたことで我々もそれなりに利益を得たことでしょう。でも、あの当時の我々はそんなことをする理由もありませんわ。もっと言うなら、七年前、私は13歳、シロは10歳、新は9歳ですわよ?あんな大きな事件、パーテイの翌日に起こせると思いで?」
「くっ……」
リアラさんの言葉に頭を抱え、苦しみ出すアキラ。
「なら、なんで俺のことをコソコソと嗅ぎ回った!?生きてるとわかった俺を、殺そうとしたんじゃないのか!?」
アキラは頭を抑えながら、声を荒らげる。
確かに黒天使を探していたのは怪しい行動ではある。でもそれを琴上家が宮ノ森家崩壊に加担していた証拠とするのは、少し無理があるような気がした。あくまで怪しいということに過ぎない。
今のところ、リアラさんの言う通り、動機も手段も証拠すらないように感じる。
案の定、特に困る様子もなく、畳み掛けるようにリアラさんは続ける。
「逆恨みも程々にしてくださいまし。確かに、私は黒天使の事を調べておりましたわ。ですが、それはエクソシストとしての役目。第一に黒天使が死んだはずの宮ノ森家当主だなんて、知る由もありませんわ。」
「なっ……」
鋭い眼光で睨みつけられるアキラ。これまで平静を保ってきたアキラが、狼狽えているのがわかった。
図星だったのだろうか。
「そのうえで問いますわ。貴方は大切な人にそんな表情をさせてまで、この私と戦うといいますの?」
アキラは絶望したように私と犬飼、海道くんを見やる。
「くっ……!!!!!」
歯を食いしばりアキラは無言で私を下ろすと、指先で唇に触れ、術を解く。
苦しそうに、悲しそうに、顔を伏せるアキラにそっと手を伸ばす。
「大丈夫……?」
私が頬に触れた手をアキラが握ってくれる。
「お前を巻き込みたくなかった。」
「……アキラ。ちゃんと、話して?」
私はアキラを真っ直ぐ見上げ、言葉を待つ。
「ぐっ……」
数秒の沈黙。アキラは苦しむように頭を抑える。
さっきもそんな風に痛がっていた。
「大丈夫……なの?それ?」
私は確認するように顔を覗き込む。
私のその行動と同じタイミングで、アキラは、倒れ込むように私を抱きしめる。
「アキ……ラ?」
私はびっくりして体を硬直させるが、アキラはそのまま耳元で小さく呟いた。
「宮ノ森家とシノビ一族を滅ぼしたのは───────大坪拓だ。信じなくてもいい。覚えておけ。」
「……え?」
衝撃的なカミングアウトに、言葉が詰まる。
拓ちゃん先生が犯人?
ウララさんを大切に想っていた先生が?
そんなことってあるの?
アキラは無言で離れると、飛び去っていく。
聞き返す言葉も、話したかった事も、何も言えないまま、アキラは飛び去っていく。
また離ればれになるの?また会えたのに。
何がどうなってるの?教えてよ、アキラ。
力が抜けて座り込む私。駆け寄ってくれるリアラさん。
気絶したままの海道くんと新。泥だらけになり、膝をつくシロさん。
犬飼はずっと泣いていた。その背中を神威さんが優しく撫でていた。
リアラさんの言う通り、アキラの御三家への復讐は逆恨みだったのだろうか。
アキラ、復讐なんてやめて、みんなであの家で過ごそうよ。
話したい話、いっぱいあるんだよ。
私は、犬飼があんなに泣いてるの、見たくないよ。




