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ー光回想ー 脆弱


 姉さんが亡くなる前日。


 当主様、俺、姉さん、虹花は琴上家に招待されていた。


 現存する霊能者最古の家系同士、親睦を深めようという会だ。



 だが、どちらかというと両家の関係は良いとは言えなかった。


 琴上家は琴上家の血と百合野の血を継いでいる。


 実質的に霊能者のトップのような立ち回りが目立っていた。


 それに琴上家は娘をイギリスで活躍するエクソシストの家系『フラワーガーデン』に嫁がせた。


 国内外問わず、その力は勢いを増すばかりだった。


 その状況に宮ノ森は焦りを感じていた。


 本来、御三家の中立的立場であり、琴上家と百合野家を牽制するのが役割だった。


 だが、時代の流れによって、琴上家と百合野家は和解。共に手を取り合い、本家の百合野の血が途絶えたことで、益々その結束は強くなった。


 正直に言えば、役割を失った宮ノ森は要らないに等しい。


 ただ、古いだけの家に成り下がっていた。


 だが、宮ノ森家は今の立場にしがみつくしかない。


 宮ノ森家はもともと霊能者の家系ではなく、天狗の加護を受けたことで、莫大な富を得た一族だ。だが、その財力も千年のうちに失われつつあった。


 だからこそ、親交のあった天空家に旧屋敷を譲ったのだ。


 使っていない屋敷などに構っていられるほど、今の宮ノ森に余裕はない。


 だが、ただ手放すだけではなく、もしもの時の備えに当てたのだから、当主様の手腕は流石だろう。





 琴上家の方々はみんな和服に身をつつみ、宴会に興じている。


 和室の大広間を大胆に使った催し。


 長机をいくつも並べて、全員座布団に腰掛けている。


 入口付近に現れた俺たちに主催の男と、三人の子供は近づいてきて挨拶を始めた。


 「これはこれは。招待に応じてくださりありがとうございます。今宵は良き会になることを願っております。」


 わざわざ主催の男から俺たちに声がかかる。


 「こちらこそお招き頂き感謝致します。」


 洋装の当主様が握手に応じ、琴上家の主催者───────向こうの当主と言ったところか。当主同士の挨拶が交わされる。


 「この度は我が息子とフラワーガーデンの娘、その従者を紹介したく。」


 「ええ。こちらも。我が子二人と、その従者を紹介したかったもので。」


 ふたりはそんな会話を始める。


 どうやら、俺たちの挨拶も兼ねている訳だ。


 「この度は素敵な会へのお招き感謝いたします。ご紹介に預かりました、姉の『宮ノ森 (ウララ)』です。どうぞ、お見知り置きください。」


 「弟の『宮ノ森 光』です。よろしくお願いします。」


 「シノビ一族当主を任されております。おふたりの従者『雉木半蔵』と申します。」


 俺たち3人が順番に挨拶を終えると、琴上家の当主の後ろにいた一人の男の子が前に出てくる。


 「ハッ!おめえが噂の宮ノ森家の先祖返りかよ。全然噂とちげえじゃねえかよ。落ちぶれ御三家はほら吹くので忙しいみてえだな!……いたっ!?」


 「うちの愚弟が……いえ、いとこが失礼致しましたわ。まだまだお子様なので、お許しを。」


 こちらをバカにするように煽ってきた少年を、横にいた赤いドレスの金髪美少女が頭を叩いて止める。


 「い、いえ。慣れてますから。」


 俺は下を向いて自信なさげに答える。


 見た目のことで色んなことを言われるのはもう慣れた。


 今日は大事な会だから、どうしても、翼や銀髪は抑える必要があった。


 生まれついての特殊体質。


 ご先祖さまの力が色濃く反映されて、自分でも上手くコントロールできない。


 力が溢れ出ると、黒い羽と銀色の髪になってしまう。


 それを当主様は嬉しそうに『ご先祖さまの再臨だ!まさに先祖返りだ!』と言いふらしながら歩いたことで、俺のことを『先祖返り』と呼ぶ人が多い。


 一族の中でも『抑制の効かない存在』として、恐れられ不気味がられている。


 ようやく最近力を抑え込むことに成功し、今日はかなり本来の姿で過ごせていた。

 

  それでも、一度広まった噂はもう止められない。むしろ今回力を押さえ込んだせいで、『嘘つき』呼ばわりされてしまった。


 「なら証明して見せろよな。俺が相手になってやるからよ。言われっぱなしも嫌だろ?」


 先程頭を殴られた少年は縁側から外に出ると、俺に指を指す。


 「本当にお前が先祖返りってんなら、俺と勝負しろって言ってんだ。いいよな?親父。当主候補同士の戦いだぜ。宴会を盛り上げる催としては、最高じゃねえか?」


 少年が高らかに宣言すると、宴会を楽しんでいた琴上家の人々が一気に集まってくる。


 「おーやれやれ!」

 「やったれ坊主!」

 「本当の先祖返りを見せてやれ!」


 男たちの声援に少年は誇らしげに顔を高揚させる。なんて好戦的な人なんだ。


 その野次馬を抜けて、従者として紹介されていた黒髪の少女が少年の頭を何度も叩く。


 「ばかばか!また変なこと言って!当主になるのはお姉ちゃんでしょ!」


 「はあっ!?バカ言ってんじゃねえ!お姉ちゃんより俺の方が強いんだよ!んで……俺が守るの!」


 「はあ!?無理に決まってるでしょ!それにお姉ちゃんを守るのは私の仕事だしー!」


 「失礼極まりないのはわかっていますが、この戦い受けてくれませんか?新も同じなのですわ。アキラ様と。だから、どうか。」


 金髪の美少女は俺を愛らしい瞳で見つめてくる。


 聞いたことない訳ではない。


 琴上家の子『琴上 新』が千年前の術───────言霊を使えるようになった、と。


 まさに───────先祖返りであると。


 それがあの少年なのだろう。


 あれが琴上新。俺と同じ先祖返り。


 だからこそ、彼は俺に対して敵意剥き出しなのだろう。


 「すみません。我が子達が。全くもって教育がなっておらず。」


 ヒートアップしていく野次馬を止めることなく、当主は余裕そうにそう言った。


 どうやら、この戦いを止めるつもりはないらしい。


 そんな対応されたら、こちらの当主も黙っていないだろう。


 「いえいえ。今や、その勢いを増す琴上家なら、あれぐらいの勢いがあっても良いでしょう。その抑止力である我々も負ける訳には行きません。……行けるな、アキラ。」


 「……はい。」


 当主様の言葉に逆らうなんて当時の俺には、そんな選択肢なかった。


 2人の当主は俺の返答に満足したように微笑む。


 「大丈夫だよ、アキラ。あなたなら、勝てる。」


 姉さんは笑って送り出してくれた。


 「……ほら、虹花もなんか言って!」


 姉さんに肘で脇腹を突っつかれると、虹花はいつも通りの笑顔で答えた。


 「もとより心配などしておりませんので。」


 その言葉は俺への信頼の裏返しだった。

 

  少なくとも、俺はそう解釈した。


 「行ってきます。」


 俺は浮かない顔のまま縁側から降り、外に出た。




 「よおーし!やるかあ!俺の名前は『琴上 新』。琴上家当主にして、世界最強!───────さあて、戦いを楽しもうぜ!」


 ようやく名乗りをあげた新。


 その溢れる闘気に従者の黒髪少女は縁側まで戻る。


 「ルールは簡単ですわ。どちらかが倒れるか、参ったと言うまで。」


 いつの間にか俺たちの間に立っていた金髪美少女。


 「審判はこの私、『リアラ・K・フラワーガーデン』が務めますわ。」


 「俺は宮ノ森光。琴上新、君の決闘、受けて立つ。」


 「では、シロ。開始の宣言をお願い致しますわ。」


 シロと呼ばられた従者よ少女は子犬のようにリアラの元に走ってきて、微笑む。


 「───────試合開始ッ!」


 シロの掛け声に合わせて、俺と新は霊力を高める。


 こんな無駄な戦い一瞬で終わらせてやる。


 霊力を高め、紫のオーラを溢れさせる。


 だが、その刹那。


 試合を観戦していたシロと目が合う。


 ───────このまま、力を解放したら、黒い羽と白い髪に戻るんじゃないか。


 そしたら、また───────。


『気持ち悪い』


 また、怖がらせちゃうかもしれない。



 みんながみんな、ミチルや鈴華や姉さんみたいに優しい訳じゃない。


 俺のことを怖がるかもしれない。



 そんなこと、知っていたことじゃないか。一族のみんなは俺のことをそういう目で見ていたじゃないか。



 たった一瞬、少女と目が合ったことで、俺の戦いへの集中力は失われていた。


 刹那。


 「よそ見してんじゃねえ!!!」


 「がっ!?」


 死角から飛んできた強烈な蹴りに俺の体は宙を舞い、地面に情けなく転がる。


 「は?お前、弱すぎんだろ。……手ぇ抜いてんだろ!!!!」


 新は俺の体を無理やり起き上がらせ、顔面を何度も殴りつける。


 「し、試合終了ですわ!おやめなさい!新!」


 試合を止めようとするリアラだったが、新は怒りの目線を向ける。


 「こいつ、手加減しやがった!俺には本気出す価値ねえってことだろ!?」


 「それは……」


 「立て!立てよ!コラ!もう一回だ!」


 俺を無理やり立たせようとする新。何度も無防備なところを殴られたせいで意識がぼんやりしている。


 「ふっざけんな!」


 さらにもう1発飛んできた拳。


 ───────何やってんだ、俺。


 痛みが襲ってくるのを耐えるために、瞳を閉じる。


 だが、その拳が飛んでくることはなかった。


 「そこまでです。戦意を失った相手をいたぶって楽しいですか。それともそのような品のない戦い方が琴上家の戦い方でして?」


 聞きなれた姉さんの声に瞳を開ける。


 振り上げた新の拳を姉さんが掴んでいる。


 「姉さ……ん」


 「なら、てめえが相手しろや!」


 「しないよ。だって───────弱い者いじめになっちゃうじゃん。」


 姉さんは微笑むと、掴んでいた新の腕をねじって妖力を込める。


 「あがっ!?ち、ちからが、は、入んねえ!」


 新は苦しそうにしゃがみこみ、手が離れたことで俺はその場に倒れる。


 姉さんは蹲る新を縁側まで蹴り飛ばし、俺に駆け寄ってくる。


 「大丈夫?」


 「……うん。ごめん。」


 「ううん。いいんだよ。ただの遊びなんだから。」


 姉さんは優しく俺を抱きしめてくれる。


 そんな俺を立ち上がった新が睨みつけてくる。

 

  「情けねえ。姉貴にベッタリかよ。だせえんだよ、お前。」


 その言葉に、その視線に、俺は何一つ返すことができなかった。


 俺は新の言う通りの人間だからだ。


 決闘の最中に考え事をし、集中力を切らし、その上、本気で挑まなかった。


 最終的には戦いを放棄し、誇りも矜持も何も示さず、姉に助けられた。


 最悪の気分だ。



 「……残念です。アキラ様。」


 虹花の光をともさない瞳が俺を見据える。


 この先俺がどんな仕打ちを受けるか知っているからだ。


 虹花は俺を助けることはなく、心を殺している。



 息を飲み、視界にとらえた当主様は、汚物を見るような目で俺を見ていた。



 ───────今日のことに関しては自業自得かもな。


 震える手と恐怖に埋め尽くされる心を、俺は殺した。





 帰宅後、朝日が昇るまで当主様に教育され続けた。


 いつもの事だ。


 「何故だ!なぜ手を抜いたっ!!!!」


 「ごめん……な、さい」


 何度も床に顔を叩きつけられ、意識を失えば冷水に沈められる。

 

  それを何度も繰り返す。


 こうなると、わかっていたのに、本気になれなかった。


 誰かに拒絶される方がよほど辛かった。


 「ああ、そうだ。そういえば、お前、従者の試験に手を貸したんだったな。あんな!落ちこぼれの!たかが3番ごときに!時間をかける暇があったら!自分を鍛えろ!お前はわかっているのか!?シノビ一族が何故己を追い込む試練ばかり受けているのかを!全部!全部!将来お前を守るための試練なんだ!隠密!諜報!偽装!成り代わり!暗殺!身代わり!隠蔽!全て我ら宮ノ森を守るために必要な力だ!それを助けてどうする!!!」


 だめだ。痛みを通り越して、皮膚の感覚が無くなってきている。


 ミチルとのこと、もう知ってしまったのか。


 力が弱いミチルに手を貸したのがバレてたか。


 一緒に戦おうって、ただ、それだけの誓いすらも許されないのか。


 ミチルも酷いことされたのかな。



 ───────鈴華、笑えるだろ。これが、こんなことをするのが、俺のお父さんなんだぜ。


 お父さんなんて、呼んだことも、呼ぶことさえも、許されないんだぜ。


 お前は、幸せなんだよ。


 だから、不幸になっちゃいけない。


 ちゃんと幸せだって、分からないと、俺たちが報われないじゃないか。


 「我々は!宮ノ森なんだ!均衡と天秤なんだ!抑止力たる我々は誰よりも強くならなければならない!それが!我々の!使命なのだ!それなのに!それなのに!貴様は!!!あの場面で醜態を晒しおって!」


 意識が遠のいていく。だめだ。起きていないと。


 また冷水は嫌だ。


 もう終わってくれ。いつになったら、終わるんだ。


 「そこまでで、よろしいのでは。今日の修行に支障が出ます。」


 姉さんが感情を殺した声で言い放つのが聞こえた。


 姉さんと虹花はオレが教育を受けている間ずっと、黙ってそこに座っていた。


 感情を殺した瞳で、俺を黙って見据えていた。


 それが一番しんどかった。


 昔から二人に見られているのが1番しんどかった。


 助けを求めたこともあった。


 でも、この教育の時間だけは絶対に何もしてくれなかった。


 言っても無駄だし、なんなら、二人にもその教育が行われることもあった。


 次第に俺は助けを求めるのをやめていた。


 それでも、最後には姉さんが声をかけて終わらせてくれる。


 当主様の気が済むタイミングを知っているんだ。


 「ウララに免じてこの辺にしておこう。……いいか、お前は先祖返りなんだ。この家の最高傑作なんだ。……次はないぞ。」


 当主様は乱暴に扉を閉めて、出ていく。


 数分の後、姉さんと虹花が駆け寄ってきて、ようやく安堵する。


 終わった。


 やっと、終わった。



 姉さんに抱き抱えられて寝室へ運び込まれる。


 暖かな温もり。でも触れた姉さんの指先は冷えていて、見上げた顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


 優しく虹花が頭を撫で、俺を寝かせると、二人は優しく抱きしめ合っていた。


『情けねえ。姉貴にベッタリかよ。だせえんだよ、お前。』


 その言葉がずっと脳内に響いていた。


 このまま甘えているだけじゃ、だめだ。


 強くならなきゃ。


 そうしないと、いつか、姉さんを失うことになる。そんな予感がした。



 定まらない意識の中、俺はそんな決意をした。

 

  でも、結局、この日。


 俺は姉さんを失い、最後まで守られることになった。


 俺は結局、姉さんの光に甘え続けていただけなのかもしれない。



 

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