ー光回想ー 硝煙
どれぐらい時間が過ぎたのだろうか。
霞んだ視界の端に死体を映し、姉さんが死んだのは紛れもなく現実だったと自覚する。
───────姉さんは死んだ。
俺の目の前で。
異形に突然囲まれ、姉さんは俺を庇った。そして飲み込まれた。
どうやら、ショックで気絶していたらしい。
意識がぼんやりとしている。どれだけ寝ていたか分からない。
目が覚めたら、いつも通り姉さんが笑ってくれるんじゃないか。もしそうなら、どれだけ良かっただろう。どれだけ救われただろう。
そんなものは無為な妄想にしか過ぎない。
現実はただそこに抜け殻となった死体があるだけだ。温もりも鼓動も感じない。
───────もう姉さんではない。
かつて、姉さんであった入れ物があるだけだ。
何度も死体に目をやるが、状況は何も変わらない。
姉さんは目の前で異形化した。もう息はない。そこにはもう、血塗られた花畑しかない。
わかっていても、現実を受け入れるにはかなり時間を要した。
もう一度、もう一度だけ死体を見やる。もしかしたら、まだ息をしているんじゃないか。そんな、淡い期待。何度それをやっても、変わらないというのに。
だが、そんな無駄に思えるだけの行動にも少しなりとも意味はあったのかもしれない。
死体の違和感に気がついた。
腹部に刺し傷があった。異形に飲み込まれたというのに、その傷はおかしなものだった。
それが指し示す答えはひとつ。誰かに殺されたんだ。
誰にだったか。俺は犯人を知っている。そんな気がした。
でもそこから先を思い出さそうとしても思い出せなかった。
だめだ。記憶が定まらない。
でも確かに言えることはある。俺のせいで、姉さんは死んだんだ。俺を異形から守った。それを誰かが殺したんだ。
俺の中を駆け巡る後悔、悲しみ、憎悪、無力感、罪悪感。
俺がもっと強ければ。
異形化した姉さんを霊能者から守れたかもしれない。
俺がもっと強ければ。
そもそも姉さんの異形化を止められたかもしれない。
俺がもっと強ければ。
異形を倒して、姉さんを守れたかもしれない。
俺がもっと強ければ。俺が強ければ。俺が弱いから。俺が姉さんを殺した。俺のせいで死んだ。俺が弱いから。俺のせいで。
俺が。俺が俺が俺が。俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が俺が。
「俺がっ!!!!!俺のせいで!!!」
地面を強く殴りつける。涙が止まらない。
過ぎるもしもの話。そんな思考無駄だと言うのに、感情の波が押し寄せる。
悲しみに暮れる中、屋敷の方から火の手が上がった。
俺は焦燥感に駆られ走り出した。
嫌な予感がした。また誰かが殺される。そんな予感だ。
だが、もう手遅れだった。
たどり着いた屋敷は俺の知っているものとは異なっていた。
目の前に広がる景色は地獄だった。
燃え盛る屋敷。一面に広がる火の海。
そして、黒いフードを被った霊能者たちの集団。
何が起きているのが理解できなかった。
見知らぬ霊能者の集団が、一族を皆殺しにしていた。
襲われ、呆気なく命を落としていく同胞。
あまりにも現実とかけ離れた光景に、俺は状況が飲み込めず、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「まだ近くにいるはずだ!探せ!誰一人逃すな!」
フードを被った男が声を上げた。
明確に殺意を持った行動ということなのだろうか。
止めるか?もう手遅れじゃないのか?
無能な俺に何ができる。
「なんで……こんなことに……」
オレはそんなことしか口にできなかった。
刹那。燃え盛る屋敷から少女を抱き上げた少年が集団の前に飛び出す。
「皐月!逃げるっす!!ここは俺が、俺が何とかしてみせるっす!!!」
「もう無理……無理だって!!」
「いいから逃げるっすよ!!!」
飛び出してきたのは、ミチルとカイトだった。
良かった、まだ生きていたんだ。僅かに見えた希望。だが、冷静に見れば、状況は絶望的だ。
カイトは右目を負傷し全身火傷だらけだ。
なんとか霊力を練っているが、相手の数が多すぎる。
ミチルは戦意を喪失しており、尻もちを着いて動けていない。
カイトはミチルを守りながら、必死に応戦しているが、疲労のせいか隙が多い。
カイトが足を踏み外し地面に転がると、ミチルへ一人の男の手が伸びる。
「大人しく死にやがれ!異形の一族が!!!」
殺意に満ちた叫び。
「あぁ、ああああっ!?」
ミチルは顔を伏せて、恐怖に顔を歪ませることしかできない。
ダメだ。今助けないと、ミチルが、カイトが、殺される。
そう思っているのに、足が動かない。
姉さんを守れなかった俺が、行ってどうする。
刹那。脳裏に言葉が過ぎった。
『誰かのために戦う時が一番強いんだよ。』
それは紛れもなく姉さんの言葉。
そして、見知らぬ少女にかっこつけたそんな言葉。
───────違うだろ、アキラ。もう失わないために戦うんだろうが。
俺は鼓舞するように心を奮い立たせた。これ以上、後悔してはいけない。
「くっ!動け!動け!俺!!!!」
震えて動かなくなっていた足を全力で叩く。
ようやく、足に力が入り始め、助走をつけ、飛び上がる。
今度は守る!!!!
黒き羽を羽ばたかせ、舞い降り、男を切り伏せる。
「俺が、俺が二人を守る!!!!」
「アキラ兄!!!」
「アキラ様!」
二人の安心しきった顔。
そんな顔をされたら、頑張るしかない。
「見つけたぞ!ターゲットだ!全員で殺せ!」
「くっ!」
一気に大勢でかかってくる霊能者たち。
一体何人いるのか分からない。
刀を無我夢中で振るう。
何故かわからないが、相手は俺たちを本気で殺しに来ている。
俺は躊躇うことなく、その命を奪っていく。
殺さないと、殺される。
本能でそう理解していた。
「わた、私も戦う!」
弱々しく声を上げたミチル。震えながら霊力を高め、拳銃を形成する。
「お兄と約束したから!一緒に戦うって!」
「ああ!そうだな!」
「俺のことも忘れないで欲しいっす。」
一番重症なカイトは、苦しそうに微笑む。
俺たち3人は背中を合わせ、戦闘に備える。
「カイト、虹花はどうした?」
「ウララ様のところっす!会ってないっすか!?」
「会ってない。くっ、どういうことだ。」
虹花はシノビ一族の中で最も強い男だ。
姉さんの護衛をすることもあった。ここにいてくれれば、どれほど助かったか。まさか、入れ違いになったのか。
「ところでウララ様は!?」
「何者かに殺された!異形化した姉さんを誰かが殺したんだ!この事態はなんだ!何が起きているんだ!」
「ウララ様が殺された!?異形化!?」
カイトは驚愕の表情を向ける。俺もつい感情的になりながら、現状の意味不明さと理不尽さを嘆く。
「2人とも話はあと!状況は最悪ってことしかわかんないでしょ!」
「くっ!そうだな!」
勝手に気分ばかり追い込まれて、パニックになっていたが、今考えても仕方ない。
虹花が戻ってくるまで戦うしかない。
「カイト、目の調子は?」
「最悪っす!でも、俺はもう負けねえっす!!!逃げねえっす!!!!」
どうやら、覚悟は決まっているらしい。
もうやるしかないだろう。
俺たち全員霊力を高める。
向かってくる謎の霊能者たちに立ち向かうために。
生きるために。
俺は使い慣れていないその力を惜しみなく解放した。
だが、奮戦虚しく、ミチルが倒れた。
ミチルの力は自然から力を借りるもの。木や花が燃やされた現状、その力は無いに等しかった。
傷つき、その力はすぐに限界を迎えた。
力なく俺に縋り付くミチル。俺は抱き上げ、力を込める。
いくら倒しても目の前の大人たちは心無く、俺たちを追い詰める。
「お兄……来てくれて、ありがとう。一緒に戦えて嬉しかったよ。」
「最後みたいなこと言うな!あいつらは俺がみんな倒す!……だから、だから!!そこで見ていてくれ。」
「……うん。見てるね。」
俺はミチルを横にして、再び刀を振るう。俺にはもうこれしかない。
次にカイトが倒れた。元々満身創痍で右目も見えていない様子だった。よくここまで戦ってくれたと思う。
「カイトッ!!!!」
俺は駆け寄ろうとするが、次々に霊能者の術が飛んでくる。
接近戦では勝てないと判断したのか、霊力を込めて解き放ってくる。
同じ量の霊力をまとって応戦するが、防戦を強いられる。
「くっ!!!カイト!意識はあるか!」
「すまねえっす……俺のせいで……」
「何言ってんだ!俺が何とかする!みんな倒す!安心してみてろ!」
カイトは苦しそうに声を漏らす。
「お前は十分に役目を果たした!誇っていい!」
「違う……違うっすよ。……俺、見てたっす。異形に囲まれるウララ様を……そしたら、ウララ様が異形に取り込まれて……俺は怖くなって……逃げ出したんっす……俺が、俺があの時、助けていれば……」
「俺も同じだよ。俺もあの場にいたんだ。守られているだけだった。俺はお前を責めることはできない。」
「それでも俺は……俺たちシノビ一族はウララ様を助けることをしなかった。」
「え?」
「それどころか、宮ノ森の当主様もウララ様が異形化したことを隠蔽しようとしたっす。御三家の名に傷がつくって……半蔵兄さんだけなんっすよ。ウララ様を助けに行ったのは!」
泣きながら、涙で地面を濡らしながら、声をあげるカイト。
その程度の主従。その程度の絆。
馬鹿らしくなってくる。
姉さんは一族で殺したんだ。
信じられるのは虹花だけだったわけだ。
そして、御三家か。ようやく事件のことがわかってくる。御三家同士の争い。
それに巻き込まれんだ。俺たちは。
どう考えてもおかしかった。突然現れた無数の異形。姉さんが異形化したタイミングで現れた霊能者。霊能者、いやこの数の団体なんて知れているか、霊能協会の突然の襲撃。
誰が利益を得るか、そんなの明白だ。ほかの御三家に決まっている。
現に当主候補であった姉さんが異形化したのを隠したのは、それが要因だ。ほかの御三家より劣る訳にはいかなかった。
くだらない。くだらない。くだらない。
そんなもののために、俺たちは厳しい修行を受け続け、耐え続け、その末路がこれか。
これ以上、失ってたまるかよ。
オレは湧き上がる殺意を押し殺し、否、胸の奥に確かな炎として燃え上がらせ続け、カイトに向き直る。
「それでも俺は守るよ。お前もミチルも。もう大切な誰かを失いたくないから。」
「アキラ……様……」
「もう寝てろ。俺が全部終わらせてやる。」
「……はい。死ぬまで、貴方にお仕えします。この魂に誓って。」
決意を胸に瞳を閉じるカイト。
俺は刀に霊力を込め、斬撃を放つ。
全員殺す。
立ち塞がるものは全て。
「あぁああああああああっ!!!」
燃え盛る炎の夜。
慟哭が響く。
───────そこで記憶は途切れている。
最後に覚えているのは、全てが終わったあと、俺たちを見下ろしていた男のことだけ。
───────茶髪でメガネをかけた男が、俺たちを見下ろして笑っていた。
「そう……か、おま、えが……姉さんを……殺したのか」
この男と霊能協会と御三家に俺は全てを奪われたんだ。
霊能協会も、御三家も、『お前』も殺してやる。
刀を振るい続け、血塗られた過去を終わらせてやる。
消えない硝煙の臭い。
消せない過去。
終わらない後悔。
朧気だが、確かな贖罪。
俺の記憶に残る最期の記憶だ。
俺は意識を失う直前、復讐をこの手に誓った。
───────あぁ、わかってる。最後に俺が死んで、復讐は終わりだ。




