ー光回想ー 憧憬
10年前。あの日は退屈な一日だった。
使っていなかった旧宮ノ森邸を天空家に引き渡す日だった。
当主と俺と、虹花が向かった。
元々使わなくなっていた家だし、千年前は天空家が所有していたと言う。
なら、再び貸すだけなんだから、簡単に済ませればいい。
でも顔合わせを口実に俺と虹花は駆り出された。
顔合わせなら、姉さんが適任だろうに。
跡継ぎは姉さんなのだから。
とても不服だったし、現に会議はつまらなかった。
大人たちが話しているのを、俺と虹花は聞いているだけ。
同い年の女の子が来ると言っていたけど、天空家の皆さんはその女の子を不安にさせたくなかったと言う。
なんでも、引き取ったばかりの養子で、家の事情を聞かれたくなかったらしい。
俺にはよく分からなかった。
話を聞いていると、天空家は千年前、御三家に縁のある人に拾われたらしい。
そこから、その男に引き取られた身寄りのない子供たちは、『天空』の名前を与えられたとか。
その男にとっての親友から名前を取ったとか。
そんなことはどうでもよかったけど、つまり昔から養子を引き取る家ということだ。
先祖同様再び、新しく孤児院を始めようとしていた時に、その子を見つけ引き取った。
ご立派な話だと思った。
なにより、その子は愛されているなと思った。
俺たちの家とは違って、愛情が滲み出るような素晴らしい話だと思った。
でも話し合いが終わると、その子───────『天空鈴華』はどこにもいなくなっていた。
心配し泣き崩れる天空夫妻。
俺の体は考えるよりも先に動いていた。
「俺が探してくるよ!絶対、見つけてくる!」
自分より幸せになる子がこんな所で、終わるなんて嫌だった。
「アキラ様!お待ちください!」
「虹花は屋敷の周辺をお願い!俺は森を探すから!」
俺は迷うことなく飛び上がった。
体が軽かった。
いつもより翼も元気でなんでもできる気がした。
虹花は心配そうに見つめていたが、すぐに冷静な顔になる。
そして、屋敷の周りを捜索し始めた。
さすが、姉さんが認めた人だ。
森を捜索すること数分。
森の中で可憐に踊る一人の少女がいた。
黒髪を靡かせて、ピンクのドレスを着て、まるで森の妖精のようだった。
色づき始めた紅葉が、彼女を祝福して迎え入れているように見えた。
綺麗だ。
シンプルにそう思った。
でもすぐに良くない気配があることがわかった。
木の影から同じく少女を見つめる少女。
おかっぱ頭に手にはボール。
黒いモヤが見えた。
その子に近づこうとした刹那、ドレスの女の子は走り出した。
不安にかられた表情。
俺もボールを持った少女もその子を追いかけ始める。
『いっショ……に……いコウ?』
「え?」
『同ジ……ダよ?』
立ち止まったドレスの少女に近づくボールを持った少女。
その姿はみるみるうちに影に飲み込まれていく。
「なっ……」
人が異形になった?
いや、それよりも女の子を助けなくちゃ!
「助けて!!!!!」
少女のその言葉に、俺は迷うことなく手を差し出す。
「いいよ、助けてあげる。」
自分でも何をしたのか分からない。けど、その場から異形は姿を消していた。
これが俺と鈴華の初めての出会い。
助けたにもかかわらず、鈴華は冴えない顔をしていた。
あんなに両親から愛されているのに、それに気がついていないような、そんな顔。
それはもったいないと思った。
道具のように扱われる虹花を見ているから。
一族の役割に縛られている家族を見ているから。
そして何より、鈴華は自分と重なって見えた。
同じ御三家なのに、力を欲して、大好きな人がいて、自分には何もないと知っている。
だからだと思う。
俺は姉さんのように明るい太陽を演じて見せた。
ただ、単純に可愛い女の子に、かっこつけたかっただけなのかもしれない。
でも、なんとかして励ましてあげたかった。
「姉さん言ってたよ。自分のために強くなろうとしても、限界があるって。誰かのために戦う方が百倍強いんだよ!」
「誰かの……ために?よくわかんない。それが戦う方法?」
「そうだよ!俺も姉さんのためなら強くなれる!他のみんなの為にも、君みたいに力がない人のためにも、俺たちが戦う!鈴華が守りたいのは誰?大好きな人はいない?」
俺には何故かわかっていた。彼女は強くて愛情を沢山貰っている子だと。
幸せになれる子だと。
だって俺は姉さんから力を貰ったから。
初代面の鈴華を守ろうとしただけで、身体が軽かったから。
「ね、本当はお母さんもお父さんも大好きでしょ。それに沢山好きって思われてるってわかってる。鈴華は心配しなくても、誰かのために戦えるようになるよ」
自分もそうだから。きっとこの子なら大丈夫。そう思えた。
自分を鼓舞するかのように鈴華に言葉を紡いだ。
その後、屋敷まで鈴華を送り届けた。
いっぱい泣いていっぱい抱きしめられていた。
やっぱり、思った通りだった。
俺は当主に人が異形化することを伝えた。
でも、信じて貰えなかった。
もし、あの日。
姉さんが屋敷に来ていたら、何かが変わったのかもしれない。
神威美琴が異形化したと、きちんと、伝えることができていれば、変わったのかもしれない。
俺の言葉じゃなくて、姉さんの言葉なら、虹花だって信じてくれた。
七年前のあの日、あんな風に俺に憎しみなんて向けなかっただろう。
今となっては、ただの後悔にしかならない。
俺の刃がただの異形を狩るだけのように。
俺はずっと、あの人に憧れているだけだ。




