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3章1話 異形化の条件



 放課後の校庭。


 一人の少女が、部活の練習に明け暮れていた。



 私は廊下の窓からその姿を呆然と眺めていた。



 走っている少女───────神威美琴の様子がいつもと違ったからだ。



 彼女の体からは黒いモヤみたいなものが見えた。


 それにいつもより走りにキレがない。


 どれだけ走っても輝く彼女。


 でも今日は息を切らし肩で呼吸をしていた。


 なにより、辛そうな表情を浮かべている。


 大会が近くて切羽詰まっているのだろうか。







 

 あの事件から3日。


 みんな無事で普通に過ごしている。


 あくまで、雨野くんと大鳳さんを除いての話だが。


 二人はあの後、霊能協会によって保護された。


 雨野くんは初めから決まっていたが、まさか、大鳳さんまで捕まるとは思っていなかった。



 だが、それも大鳳さんが鳳凰の依代なのだから、仕方ないのかもしれない。


 本人に自覚はなかったかもしれないけど、十人もの被害者がいるのだ。


 それに鳳凰自身は危険な思想を持っていた。


 持っていたと言うより、私たちがそういう思考に進ませてしまった、と言うべきだろうか。

 

  絶対に怒らせてはいけない神獣様の逆鱗に触れたのだ。



 事件は解決した。それでも心の中に残るもどかしさはあった。


 そして、あの日私たちの前に現れた『リアラ・K・フラワーガーデン』。


 私の暴走した先祖返りを止め、私のことを御三家と断言した。


 あの二人は何者だったのだろう。


挿絵(By みてみん) 



 首藤さんの話では、突然現れ『黒天使のことについて教えて欲しい』と言われたらしい。


 探りを入れる間もなく神威さんが異形化したらしく、それどころではなかったようだけど。



 神威さんはそのあと無事に起きて、ご覧の通り部活に勤しんでいる訳だけど、新たな問題が山積みだ。



 気になるのは、神威さんがリアラさんにも反応したということ。


 そして、リアラさん曰く、私はリアラさんと同じ御三家であるということ。


 つまり、神威さんの異形化の条件は私たち御三家の血にあるということ。

 

 そうなると、当初先生が言っていた『御三家の血』が異形化を引き起こすという説が濃厚になったわけだ。


 それは、私が異形化のトリガーになりうるということでもある。


 どちらにせよ、リアラさんから話を聞かなければ始まらないだろう。


 「私の血、か。」


 私は一人呟く。



 私は孤児院で5歳まで育った。



 今の両親は育ての親で、本当の両親なんて知らない。


 まさか宮ノ森家の血筋なのかな。


 そしたら、アキラとは親戚なの?



 それはいろいろ困るなあ。




 「無駄に惚ける時間はあるようだな。小娘。ピッ!」


 「へ?」


 頭上から声がした気がして見上げる。


挿絵(By みてみん)



 「は?」


 「息災だったようだな。ピッ!」


 気がつくと頭の上にヒヨコが乗っている。


 そしてどうやら、そのヒヨコが私に向かって話しかけているようだ。


 疲れているかな、私。



 「ヒヨコ……?」


 「うむ。どうだ?愛らしいであろう?とくと愛でるが良い。許可する。ピッ!」


 見たままの感想をボヤく私に、ヒヨコは頭の上で一回転してみせる。


 「……ダメだ。やっぱりヒヨコが喋ってる。」


 何度耳や目をいじっでも頭上のヒヨコがこちらに話しかけてきている。


 そしてこの偉そうな話し方、覚えがある。それも直近で。


 「───────まさか、鳳凰……様?」


 「うむ。どう考えてもそれしかないだろう?この俺を退けて見せた娘とは思えぬほど俗世の浅はかな知恵に染まっているな。察しも悪ければ、鈍い。家畜の方が余程頭が回るのではないか?ピッ!」



 「その取ってつけた語尾やめて貰えません?話入ってこないんですよ。ただでさえあなたの話って小難しくて分かりづらいのに。」


 「これは失礼したな。だが、人間が起こす横隔膜の痙攣、脳の酸素不足、生理現象などと同じでな。この俺にもできることとできぬことがある。依代である宝に拒絶されている以上、この体は眷属としては優秀でな。我が宝の安全性が確保されぬば、くだらぬ檻から解放されぬときた。今はこの体で暇を潰す他なかろう。ピッ!」


 多分、色んな言い訳してこの語尾は消せないって言ってるんだと思う。


 もう面倒くさいからその辺は無視しよう。


 「あの、それで何しに来たんですか。今考え事してるんですけど。」


 「貴様の血とあの娘のことであろう?ピッ!」


 鳳凰は私のアタマをペタペタと踏みつけてあと、校庭を走る神威さんに翼を向ける。


 どうやら、私の悩みなんてお見通しらしい。


 「……なにか、知ってるんですか。」


 「言ったはずだ。この俺に問を投げかけるなど不敬にも等しいとな。ピッ!」


 「わざわざ教えに来てくれたんですか?」


 「なあに。我が宝が開放されるまでの、暇つぶしだ。あの神威とかいう娘は我が宝の友だと言う。貴様も我が宝を癒した功績がある。少しぐらいは、手を貸そうではないか。ピッ!」


 「何となく理由はわかりました。教えてください。」


 「簡単な話だ。あの娘、神威美琴だったか。早々に対応しなければ───────死ぬぞ。ピッ!」


 多分、真剣な場面なんだけど、語尾のせいでイマイチ真面目になりきれない。


 ヒヨコの姿で凄まれても、可愛いだけだし。


 「ど、どうしたらいいんですか。」


 私は笑いを何とか我慢し質問する。


 「方法は一つだ。異形化の条件を見つけ、正しい形にしてやればいい。先祖返りした貴様のようにな。ピッ!」


 「異形化を正しい形に……?」


 私はただ疑問を投げかけることしかできない。


 知識がなくて判断ができない。


 というか、ちゃんと対処できないと神威さんが死ぬ?そんなことを言われても現実味がない。神威さんは一体どういう状況なの?


 つい考え込んでしまう。次に返す言葉が見つからない。





 

 「随分簡単に言ってくれますね。ヒヨコさん。それが出来れば、私たち人間は異形の被害を回避できるんでしょうね。」


 刹那。聞き馴染みのない声に振り返ると、そこには他校の制服を切る黒髪の女性がいた。


 確か、この間リアラさんと一緒にいた『シロ』という女性だ。


挿絵(By みてみん)


 「ピッ!ピピピピーッ!!!!」


 シロさんを認識すると、怒ったように羽を広げる鳳凰。私の頭の上で暴れ回る。


 爪が髪に引っかかって痛いんですけど。


 「あなたはたしか、シロ……さん?」


 私は頭で暴れる鳳凰を手で抑えながら、会話を進める。


 「申し遅れました。私は『野村(ノムラ) シロ』。弐の家系に仕えるムラクモ一族です。」


 弐の家系?ムラクモ一族?


 聞いたことない名前ばかりだ。


 シノビ一族みたいにひとつの家を守っている一族ってことかな。


 私って結局御三家のこともろくに知らないんだよね。


 キョトンとした表情で見つめる私。


 シロさんも真顔でこちらを見ている。


 「え、えっと。天空鈴華です。」


 何となく自己紹介する流れなのかと思い名乗ってみる。


 「はい。存じております。」


 「あぁ、ですよね。……ところで、なんでうちの学校に?」


 「お嬢様と一緒に貴方をお迎えに上がったのですが、お嬢様があちこち遊びに行ってしまい私は一人散歩中でした。」


 「ああ、この前言ってましたね、そんなこと。」


 淡々と話すシロさん。というか仕えてる主人から離れて散歩って、使用人として正しいのか?


 「問題ありません。お嬢様が誰かに負けることはありませんので。」


 見透かしたように言い放つシロさん。


 私、今声にでてた?


 「あはは、そうなんですね。」


 数秒の沈黙。淡々と話すシロさん。なんだか間が持たない。


 シロさんはじっと私を見つめる。




 


 「……ところで、頭のヒヨコさんは貴方のペットですか?」


 不意に顔を近づけて鳳凰を見つめるシロさん。


 とても触りたそうに見つめてくる。


 「ピピピ!ピィーッ!」


 当の本人は急に話さなくなり、私の頭の上で暴れている。


 「先程話していたように見えたのですが……」


 「あはは、なんかもう話したくないみたいです。」


 「そうですか……」


 露骨に肩を落とすシロさん。動物好きなのかな。このヒヨコ中身鳳凰だけど。


 「さ、触りたいの?」


 「はい。」


 私は手を退けて頭を低くし、シロさんと鳳凰を近づける。


 シロさんが鳳凰に手を近づけた刹那、私の頭の上で鳳凰は爪を立てる。


 「ピピピィーッ!」


 「いった!?痛いんですけど!」


 痛みで咄嗟にシロさんから離れて鳳凰に抗議する私。


 鳳凰は私の頭の周りを飛び回り誇らしげだ。

 

 「ピィー!ピッ!」


 「は!?なんですか!なんで勝ち誇った顔してるんですか!」


 「……うぅ。」


 シロさんはガッカリした顔でオロオロしている。


 どんだけ触りたかったんだ。今度犬飼の頭でも撫でさせてやろう。


 「こ、今度知り合いの犬の頭撫でさせますから!」

 

  「ほ、ほんとですか!」


 わたしの言葉にシロさんは瞳を輝かせる。


 「は、はい……」


 「約束ですからね。……ではこれで私は失礼します。」



 「あ、待って。私、リアラさんに聞きたいことが沢山あって。一緒に探すの手伝ってもいいですか?」


 立ち去ろうとするシロさんを引き止める。


 今このタイミングでシロさんと会えたのは、願ってもないことだ。


 リアラさんに会って聞きたいことが沢山ある。


 「お嬢様のことは私に任せ下さい。それよりも、あの女性について、風紀員の活動が必要なのでは?」


 「はは、そ、そうですね。」


 確かにその通りかもしれない。私の目でもわかるぐらいに神威さんの様子はおかしい。


 さっき言っていた鳳凰の言葉も気になるし、話を先に進めておく必要はありそうだ。


 「安心してください。お嬢様はいつも狙ったかのようなタイミングで現れるので。きっと悩まれていることも、解決できますよ。……いつも通り、きっとそうなりますから。」


 淡々と言ってみせるシロさん。まるでこの先の展開が読めているような言い回しだ。


 主への絶対的な信頼にも見えるけど、どこか空虚な気がした。


 本当に御三家に仕える使用人はこういう人が多い。


 見ていてなんかモヤモヤするというか、そこに自分たちの意思を感じない。


 「わ、わかりました。生活指導室で待っていますね。」


 「はい。」


 ほとんど初対面の人に突っかかっても仕方ない。鳳凰も話さなくなったし、ここで考えるのも時間の無駄だろう。


 私はシロさんに一礼すると、生活指導室へ向かった。





 ◆◇◆




 生活指導室に入ると、全員の視線が私の頭に向けられる。


 正確には私の頭に乗るヒヨコだろう。



 「なにそのヒヨコ。」


 沈黙を破ったのは犬飼だった。


 先生は瞳を大きくして椅子から落っこちる。


 「おま、おまそれ!鳳凰か!?」


 「は、はい。そうです。」


 「ピィ〜!!!!!」


 「「えっ!?」」


 犬飼も海道くんも驚いて立ち上がる。


 あ、そうか。こういう反応が正しいのか。


 私は困惑の方が強かった。だってこの人、いやこのヒヨコめっちゃ話しかけてきたから。


 というかなんで話さなくなったの?



 「ピピピ!ピィー!」


 「な、なんて言ってるんだ?」


 困惑する表情の先生。私は全く分かりません。


 鳳凰は必死に私の頭の上で抗議しているみたいだけど、生憎ヒヨコ語は専攻していない。


 「……変な女が来て……」


 「ピピッ!」


 「ヒヨコ……?子供……いや違うな、眷属が驚いて……」


 「ピッピ!」


 「……話せなくなった……みたいなこと言ってる。」


 「ええ!?わかんの!?」


 鳳凰の言葉に合わせて通訳してみせる犬飼。これはさすがに凄いと認めるしかないだろう。


 「私は元々こっちの方が得意なのよ。」


 「皐月が契約している妖怪は『木霊』って言って、植物とか動物と意思疎通するのが得意なんだよ。」


 「へえ、すごいんだ。」


 犬飼と海道くんが能力について説明してくれる。


 素直に褒めたつもりだったが、犬飼は目線を逸らし不服そうだ。


 「別にすごくないわよ。……一族の中じゃ末席だし。」


 「そう?普通にすごいと思うけど。」


 海道くんが犬飼に微笑みかける。犬飼は頬を赤らめ視線を逸らす。


 便利そうな能力だけど、シノビ一族の中じゃ弱いのか。大変なんだな、やっぱり。


 「ピピ!ピピぃー!ピッピッ!ピィー!!!!」


 また突然暴れ出す鳳凰。犬飼がため息をつきながら通訳をしてみせる。


 「鈴華はもっとちゃんとしろ、バカアホマヌケ、卵野郎!お兄とイチャつくな!って言ってるわ」


 絶対犬飼の文句も入ってる。


 それに多分もっと頭良い言い回ししているんだろうけど、通訳側の技量なのか可愛らしい感じだ。


 「ま、まあ、いい。……妃奈は元気にしているのか?」


 先生が大鳳さんのことを心配して質問してみせる。そういえば、びっくりして聞きそびれていた。


 「ピピッ!ピ!ピッピッ!」


 鳳凰は落ち着いた様子で答えてみせる。犬飼はそれに合わせて通訳していく。


 「元気にしてる。体育祭には間に合う……的なこと言ってる。あと、先生のことツガイって言ってるけど。」


 「なんだそれ。」


 「ま、まあ、それはいいとして。少し話したいことがあります。」


 プライベートな話になりそうだったので、話を切り上げて本題に移る。


 全員着席し、私も席につく。


 本題はもちろん、神威さんのことと、私のことだ。


 「それで?話って?」


 切り出してくれた犬飼に私は続く。


 「色々バタバタしちゃって、先送りになってたけど、私のことと、神威さんのことです。」


 「神威先輩のことだね。僕も気になってた。」


 「報告は受けているぞ。フラワーガーデンと接触した神威は異形化した。」


 「はい。そして、今日神威さんの体から黒いモヤみたいなのが見えました。私には分かりませんが、たぶん良くない兆候だと思います。……それに、鳳凰が言うにはあのまま放置すると、死ぬとか。」


 「なるほど。それで、解決策はあるの?」


 「分からない。でもリアラさんは私のことを『御三家』と言った。その血が神威さんに影響を与えているのは確か。それに鳳凰が言うには『先祖返りを正しい形にする必要』があるとか。」


 「ひとつ確認していいかな。天空さん。」


 話を進めていく中、海道くんが真剣な眼差しで見つめてくる。


 「な、なに?」


 「今まで君は『自分は御三家じゃない』って言ってきた。リアラさんに言われただけで、信じるの?」


 「私はあの日、九尾の力を使った。多分先祖返りしたんだと思う。よく覚えてないけど、自分のルーツみたいな、血筋に刻まられた記憶みたいなのも見た。……だから多分そうなんだと思う。」


 「ふわふわした答えだな。立ち入っていいのか分からないが、お前の両親からは何も聞いてないのか?」


 「……私、養子なので。」


 「なるほどね。よくわかったわ。」


 いち早く犬飼が納得してみせる。犬飼はシノビ一族だし、おじいちゃんと面識があってもおかしくはない。


 初対面の時の取り乱し方も私が養子だって知らず、護衛する相手だって知らなかったら、警戒するのは当然の反応だった。


 七年前何があったのか知らないけど、霊能協会や異形のことが絡んでいた。そして、シノビ一族の様子を見るに御三家とも何かがあったと思う。それなのに突然学校に御三家が現れたんだ。焦っただろう。


 「だから私は何も知りません。教えてください。御三家のこと。知りたいんです。自分のこと。」


 「教えるのはもちろんいいよ。でも、それを知ってどうするつもり?神威さんの異形化の条件が何となくわかっただけで他には何も手がかりはないよ。先祖返りを正しい形に戻すなんてよく分からないし。」


 「それには考えがあるの。……この学校には今、リアラさんが来ています。シロさんが後で連れてくることになっています。その前にちゃんと知っておきたいんです。御三家を客観的に見た情報を。」


 私は海道くんの質問から先生にそのまま想いを伝える。


 本当に御三家と関わっていいのか、私の家は血筋はどんなものなのか知る必要がある。


 リアラさんはわたしを迎えに来たと言った。


 ちゃんと知らないといけない。


 ずっと自分のことを知るのが怖かった。


 私を捨てた本当の両親のことなんて知りたくなかった。


 でも、前に進むって決めたから。


 そうじゃないとアキラにも近づけない。大切な人も守れないから。


 それに遡った記憶はとても温かかったから。




 「……わかったよ。その代わりお前の過保護な使用人には言っておけよ?お前が自分から聞いたってな。あいつお前が何か知るのを隠そうとしていたからな。」


 「もちろんです。……というか、雉木さんはいつもそうなので、ちゃんと言っておきますよ。」


 「……雉木?……あ、ああ。そうだな。」


 「ん?」


 一瞬、雉木さんの名前を聞いて考え込む先生。あれ、雉木さんのことを言ってたんじゃないの?


 「いや、なんでもない。それで御三家のことだったな。」


 「はい!」


 海道くんも犬飼も止めなかったが、あまりいい顔はしていない。


 どちらかと言うと、心配そうな顔だ。


 先生はホワイトボードに三つの家の名前を書いていく。



 『壱の家系・百合野(ユリノ)

 『戦の家系・コトノハ一族』


 『弐の家系・琴上(キンジョウ)

 『守の家系・ムラクモ一族』

 

 『参の家系・宮ノ森』

 『影の家系・シノビ一族』



 聞いたことのある名前から、聞き覚えのない名前。


 でも簡単には読み取れる。


 御三家と言うだけあって、霊能力に優れた三つの家系のことなのだろう。


 そしてその家に仕える家系もまた三つ。


 「見ての通り、三つの家系とそれぞれに仕える三つの家系だな。千年前、それ以上前から活躍した霊能力に優れた家系だ。まあ、このうち残ってるのは琴上家だけだがな。……漢数字で書いてるのは、形式上そう呼ぶことになってる。御三家と言っても混じったりするからな。どこの血なのか分かりやすくするためにつけられている。優劣はなく単純に家の古さだ。」


 先生は説明をしながら、赤いペンで弐の家系とムラクモ一族以外をバツ印で消していく。


 「でもまあ、家が滅びたってだけで、生き残りがいたり、末裔がいたりしてもおかしくはない。そのフラワーガーデンの話もどこまで信用していいか分からないし、お前とフラワーガーデンが全く同じ御三家とも限らないわけだ。概要はこんなもんだ。なんか聞きたいことあるか?」


 「じゃあひとつ。宮ノ森家は七年前に滅びたと聞きました。先生もそのこと知っているような口ぶりでした。それに日本で最初に人が異形化したのも7年前です。そのことも教えてください。」


 「一体誰からそんな話を聞いたのか気になるところだが、今回の件と無関係とも言えない。俺の知っていることなら話そう。」


 犬飼と海道くんが真剣な表情となる。


 多分、今この瞬間じゃないと聞けない話だ。


 この前の先生の取り乱し方。あれは、明らかにおかしかった。


 まるで七年前何が起きたのかその目で見たかのような、悲痛な顔。



 「七年前、異形化して死んでしまった少女───────宮ノ森ウララは俺の教え子だった。正確には学生時代のバイトだったけどな。この学校に来たのもアイツが通うはずだったからだ。……いつも通り宮ノ森家に行ったら、焼け落ちた家と血溜まりとなった花畑、そして傷だらけの三人の子供たちがいたよ。俺が知ってるのはそこまでだ。」


 「……なら、やっぱり、霊能協会がシノビ一族と宮ノ森家を滅ぼしたってことですか。」


 海道くんはふらつきながら立ち上がる。頭を抱え、その瞳は再び赤く染まっていた。


 「当時の俺は幹部の情報を知れるような立場にはなかった。すまないが、見たものしか分からない。」


 先生は強く拳を握りしめる。


 この前の取り乱し方は異常だった。今もとても辛そうな顔をしている。きっと、ずっと七年前なにが起きたのかウララさんは生きているのか調べているのだろう。この人も七年前の被害者なんだ。


 「二人とも落ち着きなさいよ。過ぎたことを蒸し返しても死んだ人は帰ってこない。今するべき話は七年前のような事件は起こしてはいけないということ。美琴さんの異形化をどうにか止めることについてでしょ。」


 犬飼が一喝してみせる。まさにその通りだった。


 でもその言葉を犬飼に言わせてしまったのは、なんだか心苦しかった。


 なんと声をかけていいのか分からない状況の中、扉が勢いよく開け放たれる。


 「その通りですわ!」


 現れたのは言うまでもなくリアラさんとシロさんだ。


 全員が驚いて固まるが、構うことなくリアラさんは続ける。


 「先祖返りを正しい形にする、でしたわね?ヒヨコさん。」


 「ピィー!」


 リアラさんは指先で鳳凰を突っつくとニコッと微笑み、わたしに抱きついてくる。


 「ちょっ、ええっ!?」


 「ひとつ思い当たる方法がありますわ。『異能の覚醒』ですわ。」


 「異能の……覚醒?」


 「はい。先日、天空さんが見せた先祖返り、あれこそが異能です。」


 「そもそも異形化というのは、概念契約や異能の失敗を総じて異形化と言いますの。」


 「つまり簡単に言えば、力を上手く使えるか、約束を果たせるか、ということになります。」


 「じゃあ、やっぱり、神威さんの異形化の原因をきちんと調べるしか……」


 「問題ありませんわ。異能の覚醒も彼女の異形化の原因もまるっと解決出来る人がおりますの。」


 「それは一体……」


 ここまでの間、全員リアラさんとシロさんに圧倒されている。


 私が何とか話を進めているが、上手く持っていきたい話の方向へと乗せられているような気もする。


 「───────『琴上(シン)』。琴上家の現当主ですわ。」


 「現当主って……そんな簡単に会えないでしょ。」


 ようやく口を開いた犬飼。全くその通りである。

 

  優れた霊能者で、かつ現存する最後の御三家。それも当主。会える気が全くしない。


 「会う算段がついているということですね?」


 「なるほどな。フラワーガーデンの繋がりか、お嬢さんが御三家の血を持つなら可能なわけか。」


 ヒリついていた空気から一転。二人も冷静さを取り戻し会話に参加する。


 海道くんの瞳の色も元に戻っていた。安心する。


 希望が見えてきたということでいいのか?


 私達は固唾を飲み込み、リアラさんに視線を注ぐ。


 「会う算段もなにも、いとこですもの。簡単に会えますわ。」



 「え?」


 全員が全く同じように間抜けな声を出す。


 「鈴華さん、ワタクシ言いましたわよね?ワタクシとあなたは御三家だと。」


 「え、ええ、言いましたけど……ご、御三家って琴上家のことなんですか?」

 

  「ええ、そうですわよ?シロも名乗ったのでしょう?ムラクモ一族って……」


 「あ……」


 全員の視線がこちらに向く。『そんな話聞いてないぞ』という目だ。


 「なにより九尾の異能は、琴上家の祖先であるジン様の力ですわ。普通にわかるでしょう?」


 いやいや。そんな常識でしょ、みたいな顔をされても。


 私、今の今まで御三家のこと、ろくに知らなかったんですけど。


  「ま、まあともかくこれで!神威さんのことは何とかなりそう……ですね!」


 私は誤魔化すように元気よく立ち上がる。


 風紀員メンバーのため息が聞こえたけど、気にしないことにした。



 「ところで鈴華さん。触っていい犬というのは……?」


 シロさんがモジモジしながら、話しかけてくる。


 「あ、こちらです。」


 私は遠慮することなく犬飼を差し出す。冗談のつもりだったけど、目がマジだった。これは仕方ないだろう。


 「は?何の話よ?」


 「わはあ!確かに、犬の気配を感じますぅ!……では、失礼します。」


 「ちょ、い、いや、何!?」


 笑い慣れていない顔で近づくシロさん。犬飼は怯えながら逃げ回るが、あっけなく捕まる。そして、頭をぐじゃぐじゃに撫でられている。


 シロさんはとっても楽しそうだ。


 「すずかぁあああああ!!!」


 とても怖い顔で怒鳴りつけてくる犬飼。


 このあと、私の苦手な料理ばかりの生活になったことは言うまでもないだろう。



 

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