2章4話 全ての手がかり
数分の後。
それはとても静かな時間だった。鼻をすすり、ポタポタと流れる涙を受け止め続ける時間。
人前で泣くのが苦手なんだろう。押し殺した涙声は不器用なものだった。
本当にひとりで頑張ってきたんだな。
「なんだか、泣いてスッキリしました。ありがとうございます。」
「少しでも力になれたのなら良かったですよ。」
泣きじゃくった後の大鳳さんは晴れやかな表情をしていた。
「それで?要件は私だけではないのでしょう?」
大鳳さんは見透かしたように言い放つ。
流石に生徒会長。読んでいたか。
「気付いていたんですね。」
「これでも風紀委員とは一緒に活動していましたからね。もし、私のところに来るなら、妖怪派のイジメを完全に止めることができてからです。それに私が虐められていたという情報も極めて薄いもの。それだけを根拠に来るのは少し考えにくいですからね。大方、別の事件と妖怪派の活動に関連があり、被害にあっていた私の話が必要になった、という所でしょうか。」
人が変わったように物事を客観視してみせる大鳳さん。これが生徒会長モードなのだろう。
こうなれば、心強い。私も遠慮せずに踏み込める。
そういえば、犬飼や海道くんは堅物とか厳しい人って言ってたっけ。
考えてみれば、先生がすぐ動いたのは、多分、紅の悪魔と関連がありそうだからだよね。
いつもなら、わざわざ動かないだろうし、虐められていた大鳳さんから話が聞ければ、事件のヒントになるって思っていたかもしれない。
海道くんも、このいじめと紅の悪魔を結びつけようとしていたし。
私も実際、今回の話、大鳳さんが絡んでいるな、とは思っていたし。
私は観念して話し始める。
「……実は、もうひとつ、新しい事件も起きています。仰る通り、それを止めるためにはあなたの力が必要です。」
「……新しい事件?」
「紅の悪魔、って聞いたことありませんか?」
「紅の悪魔?黒天使ではなく?」
「はい。紅の悪魔です。妖怪派の混血が次々襲われているんです。それと同時に妖怪派のイジメは沈静化され、彼らは自分が妖怪派であったこと、妖怪の血を持つこと全て忘れているんです。」
「なん……で……そんな事件が……」
流石に困惑の表情が隠せない大鳳さん。
自分をいじめていた妖怪派が今度は被害者なのだ。無理もないだろう。
「分かりません。ですが、これもまた、止めなくてはなりません。大鳳さんにとっては、複雑かもしれません。それでも、いじめたことも、自分の血も忘れて、普通に過ごすなんてダメなことです。間違ったやり方です。傷つけた人の数だけきちんと向き合って生きていかなければならないんです。」
「そう……ですね。私もきっと、同じことを言ったと思います。彼らの行動は確かに間違っていました。それでも、今までの生活を誰かに奪われていいものじゃない。……私に協力できること、させてください。」
「ありがとうございます。言いづらいかもしれませんが、教えてください。あなたは誰にイジメを受けていたんですか。」
「……芽木シュウトがリーダーの10人のグループです。」
「10人の……」
その言葉を聞いて背筋が凍った。
まだ事件は終わっていない。
もう一人襲われる可能性がある、ということだ。
芽木くんがいじめをしていた混血のリーダーというのも充分驚きだったが、彼はもう被害を受けてしまっている。残りのひとりの方が考えるべきだろう。
そしてなにより、彼が関わっていたことこそが、イジメと紅の悪魔が結びつく証拠にもなる。
「10人全員分の顔と名前が知りたいです!分かりませんか!?」
私は身を乗り出して話を聞く。
「わかっていたら、対策してますよ。……そもそも芽木くんはイジメを起こしていなかったし、グループのメンバーにはいつも逃げられて顔は見ていないし。ただ……」
芽木くんはグループのリーダーだったけど、イジメをしていない。なんだか、気になる部分だが、先の話を聞いた方が良さそうだ。
「ただ?」
私は話を進めさせる。
「私に暴力を奮ってきた人……なら、顔を見れば分かるかもしれない。凄く邪悪な顔をしていたから。」
思い出させるのも酷だが、仕方の無いことだ。辛そうな表情をさせてしまったが、進めるしかない。
「邪悪な顔……ですか。」
邪悪な顔か。そんな人いたら、印象に残りそうなものだけど、思い当たらない。
被害を受けた人にもそんな人はいなかった。
先程から、脳裏に過ぎる人もどちらかと言うと可愛い顔つきだった。
まだ他にも被害を受ける可能性がある人はいるのかもしれない。
「ごめんなさい。私にはここまでしか……」
嫌な記憶なのに、一生懸命思い出さそうとしてくれる大鳳さん。疲れたような表情でゆかに手をつく。
これ以上は無理そうか。
「いいえ。充分です。ありがとうございました。」
わたしは大鳳さんの手を握って微笑む。
「私も学校に行けるように頑張ってみますね。」
「ありがとうございます。でも、無理はしなくていいですからね。」
「はい……でも、今日はありがとうございました。少しだけ、気持ちが軽くなりました。」
「それなら、良かったです。」
本当に強い人だ。立派に歩き始めているじゃないか。
私より全然すごいよ。あなたは。
私は少し彼女が眩しく見えた。
◆◇◆
その後先生と合流し、家を後にする。
お母さんには何も話さなかったし、お母さんも何も聞いてこなかった。
理解のあるお母さんだ。
「上手くいったみたいだな。」
家を出てしばらく、私の顔を見て先生はそう言った。
「まあ、はい。紅の悪魔のことも手がかりを掴めました。」
「大手柄じゃないか。」
優しく子供をあやすように微笑む。
大人の子供扱いですか。こう言うのに女子弱いんだろうな。先生は何故か女子生徒からの人気がある。別にイケメンって訳じゃないのに。爽やかさでモテるのかな。なんか大鳳さんも先生に特別な感情ありそうだったし。
私は別にきゅんときませんけどね。
先生の悩殺スマイルに私は構わず続ける。
「まだ断言はできませんが、次に襲われるのは───────雨野くんです。」
「雨野……?あの依頼者の?」
先生の表情が真剣なものに変わる。
つまり私の言葉の意味するところは、彼が妖怪派の混血であり、イジメを行っていた、ということになるからだ。
でも実際、そうじゃないと説明がつかない。
わざわざ紅の悪魔に襲われた事を隠したこと、妙にこの件に詳しかったこと、彼が持ってきた情報との食い違い、私たちを見張っていたこと、いじめに捜査が向くと急に現れたこと、あの森に現れるとわかっていたような動き方などなど。
全部辻褄が合う気がする。
もし仮にそうでなかったとしても、彼は実際に私たちの前で襲われている。
海道くんが調べてくれれば、すぐに分かるだろう。
イジメを行っている生徒を狙ったものなのか、妖怪派の混血を狙っているだけなのか。
「あとは、海道くんの情報に期待しましょう。雨野くんには今護衛が付いていますから、無事を祈るだけです。」
「……護衛ねぇ。御三家にはいい腕のもんが揃ってるわけだ。」
「はい?だから私は御三家じゃないですって!」
先生はこちらを疑うように目線を送ってくる。
「それはまだわからないだろ?言ったはずだ。七年前御三家の少女が異形化したって。お前が神威を異形化させた以上、御三家の可能性はある。」
この人、まだ私が御三家って疑ってるのか。しかも私が神威さんを異形化させたなんて、言いがかりもやめて欲しい。
転校してきて2ヶ月経ってるけど、神威さん以外普通じゃない。
それに護衛は海道くんがつけた猿飛だし!確かに御三家の護衛やってた人だけどさ!私がつけたみたいな言い方やめてよ!
私はムキになって声を荒らげる。
「私が宮ノ森家だって言いたいんですか?もうとっくに滅んでいるんですよね?そんなわけある訳ないでしょう!」
「なんでお前がその事を知っている……!?」
「え?」
「お前『宮ノ森ウララ』を知っているのか……?」
「……ウララ?」
聞いた事のない名前だ。当主はアキラじゃないの?
「頼む教えてくれ!あの子は、あの子は生きているのか!?あの3人の子供もどうなった!?」
先生は鬼気迫る様子で私の肩を揺する。
こんなに動揺している先生は初めて見た。
「え、え?何の話───────」
刹那。私の体はぐっと先生から引き剥がされる。
「失礼。教師殿。それ以上は紳士の嗜みにしては、度が過ぎるかと。……お引き取りいただけますか。」
「きじ……」
現れたのは雉木さんだった。驚いて名前を言おうとしたが、口を手で塞がれる。
「な、なんだ、あなたは?」
先生は息を整え冷静に対応してみせる。
「これはこれは失礼。ワタクシ『服部服部』と申します。天空様の家にて、使用人を務めております。」
先生は雉木さんが正しいことを言っているのか確かめるようにこちらを見る。私は激しく頭を縦に振り、本当に使用人であることを伝える。本当はあまり使用人とかそういうのは嫌だけど、横に振ろうものなら、すぐに戦闘が始まりそうな気がしたので、素直に伝える。
それに、さっきの先生は少し様子が変だった。
「……変わったお名前ですね」
「ええ、偽名ですので。主を守るために必要かと思いましてね。」
「確かに僕の態度は良くなかったですね。今日は引き下がります。噛みつかれそうだ。」
小馬鹿にしたようにわざと話す先生。
「ええ。そうしてくださいますと、余計な血を流さずに済むかと。」
「俺があんたに負けると?」
引き下がろうとしていた先生の瞳が雉木さんを睨みつける。
「ええ。そう申しております。」
動じることなく切り返す雉木さん。
「……ふっ、いいだろう。その顔、覚えた。」
「はい。ワタクシも。」
なんか、ものすごく怖い。和やかに話しているけど、挑発の繰り返しだ。
どうやら、口先では雉木さんが圧倒的に強いけど。
二人は怖い笑顔を見せ合うと背を向ける。
「え、え?」
挙動不審に2人を見やる私。
雉木さんはそっと肩に触れると、「さ、帰りましょう」と歩き出す。
「に、荷物とかは……」
「皐月とカイトさんが持ってきてくれますよ。」
「あっはい。」
私は促されるまま雉木さんに着いていく。
「た、助かりました。先生少し変だったので。」
「良かったです。困っていたようにお見受けしたので。」
「それにしても、こんな所で何をしていたんですか?」
いくらなんでも、タイミングの良すぎる登場に疑問符を浮かべる。
「ああ、ええ。天空様の護衛ですよ。」
「護衛……?」
すんなり答えてくれる雉木さん。え、私、護衛されていたの?首藤さんが言っていた私を監視している人って、雉木さんだったのか。
「いつもはカイト様がしていますが、今日はあの教師と二人になるとお聞きしたものですから。」
「えぇ、い、いりませんよ、そんなの。」
え、海道くんも?普通に申し訳なく思い護衛を拒否する。そこまでされるのは違う気がする。
「お忘れですか、ご自身が二回も、いえ、三回も異形と遭遇していることを。」
少し呆れたように言われてしまった。
「うっ……それは……」
「私たちは、貴方様をお守することを条件に生活費を出してもらっているのです。お怪我なんてされては困るのですよ。正当な対価に見合ったお仕事をしているのですから、お気になさらずに。」
雉木さんはいつものように閉じた瞳で微笑んでみせる。
何も言い返せなくなってしまった。
「そ、そういえば、さっき偽名使ってましたね。あれって……」
私はバツが悪くなり、話題を逸らす。
「あの方は霊能協会の方だと伺っておりましたからね。シノビ一族は身分を偽り、主を守るのが務めですから。」
「へ、へえ。じゃあ、雉木半蔵って本名じゃないんですか?」
「ええ。私や猿飛、カイトさんも偽名ですよ。」
なんだか今の発言違和感を感じた。
なんで、さっきその偽名を使わなかったんだろうか。
疑問はあるが、名前の上がらなかった犬飼についても聞いてみる。
「犬飼も偽名なんですか?」
「いえ、皐月は本名ですよ。よく『卯月 満』って名乗っていましたね。」
「へえ、なんでみんな偽名なのに、あいつだけ本名を?」
「主がいない今使う必要ないって言っていましたね。」
「ふーん。というか、今更ですけど、私にそんなこと話していいんですか?」
「ええ。今は貴方様が主ですからね。」
「そーいうもんですか。もし私が主じゃなくなったら、消すとか言わないでくださいよ?」
「そんなことはしませんよ。」
「ほんとかなあ。」
この人はなんだか飄々としていて信用ならない。
いつもどこかはぐらかしている気がする。
「おやおや。信用できませんか。ここはひとつ、私と猿飛の本名を教えるということでどうでしょうか。」
私の態度に勘づいたのか変な提案をしてくる。なんか怖いなあ。
「えぇ、いいですよ。なんか怖いし。」
私は素直に拒否してみせる。
だが、雉木さんは瞳をゆっくりと開けて微笑む。
私は構わず帰路へ向かうが、雉木さんは立ち止まる。
「いいのですか。聞かなくて。」
「はい?」
私は少し振り返る。
振り返ると、雉木さんの瞳に私が光を灯さず写っている。
死んだような瞳。
そして───────炎の燃える匂い。
「───────アキラ様のこと、知りたいのでしょう?」
「どうしてそこで、アキラの名前が出てくるんですか。」
わたしはゆっくり雉木さんに向き直り、睨みつける。
「あなたは言いました。アキラ様は生きていると。でも私たちシノビ一族は何度だって、言います。7年前に死んだと。それを覆す方法はひとつしかない。」
「なんですか、それは。」
「調べることです。私たちのことを、私たち以上に。そうすれば、私たちの知らない真実が見えてくるかもしれない。」
「たかが、名前で何がわかるって言うんですか。」
「少なくとも、あなたが知らないことを知る手がかりは得られるでしょう。私たちは身分を偽り、名を偽る。それは知られないためですから。」
「なんか乗せられているみたいで癪ですけど。いいですよ。聞きますよ。」
なんだか、雉木さんの罠のような気もしたが、アキラに近づくなんて言われたら、聞くしかない。
「私の名は『土間 虹花』。宮ノ森ウララ様が名付けてくれた名前です。」
宮ノ森ウララ、またその名前。本当にいる人なのか。アキラの妹とかかな。それともお母さんとか?
聞くのはやめておこう。多分、亡くなっている。
それにしても雉木さん相手に虹花って。随分可愛らしい名前をつけたものだ。
「随分、可愛らしい名前ですね。」
「ええ。ナナカマドから名前を取ったらしいですよ。」
「ナナカマド……木でしたっけ。」
「はい。7回焼いても燃え残る強靭な木材として有名ですね。」
「花も咲きますよね」
「ええ。『あなたを見守る』という花言葉があるみたいですね。……その花言葉が私にビッタリだと、申しておりました。───────『私たちを見守っていてね』、と。……私の瞳が虹のように綺麗だからってそのような名前をくれました。」
「……仲良かったんですね。」
「……はい。」
私はなんとも言えず、少し暗い気分になる。
今の雉木さんからは、考えられない様子だ。
虹のような綺麗な瞳。
今は光を灯さず、景色を映すことも少ないだろう。
当たり前のことだけど、雉木さんにも『大切な人』がいたんだ。
雉木さんは昔を懐かしんでいるように見えた。
これ以上この話は聞く必要はないだろう。私は会話を進めさせる。
「……それで、猿飛は?」
私の問いかけに対して、雉木さんは静かに見つめてくる。
───────今笑った?
「っ……!?」
その表情はなんだか恐ろしくて、つい固唾を飲み込む。
何故か緊張感が走った。
「───────『猿飛 海斗』。」
「カイ……ト?……海道くんと同じ……名前?」
「……七年前、海道カイトさんは全ての記憶を失いました。だから、名付けたんです。犬『飼』からカイを。偽名の『満』から道、そして『海斗』から海とカイトを。名無しの少年に二人は名前を与えたんです。」
「じゃ、じゃあ、海道くんの本当の名前は!?」
「───────だれも知りません。」
雉木さんは瞳を閉じる。いつものすました表情だ。
「誰も知らない……?シノビ一族の当主なのに?」
「当主だからこそですよ。一族にすら、名前を隠した。そして本人自身も記憶を失った。もう誰も、彼を知る人間はいない。」
「何が言いたいんですか。」
「私たちが知らない一族の真実。七年前、何があったのか。彼は何を知っていたのか。何故記憶を失ったのか。彼を知ることが出来れば、私たちの知る真実は覆る、ということです。」
海道くんを知ることがアキラに近づく方法?
───────そういえば、いつも、アキラは海道くんがいない時に現れていたような。
今日も、あんな危険な紅の悪魔が現れたのに出てこなかった。
海道くんがいたから?
海道くんはアキラの何かを知っている?
「さて。そろそろお屋敷です。今日はゆっくりと、お休み下さい。」
気がつくと、屋敷が目の前まで迫ってきていた。
切り替えるように手を叩く雉木さん。さっきの怖い顔はどこにも見えない。
笑顔があんなに似合わない人は初めてだ。
これ以上は何も答えてくれなそうなので、私はモヤモヤしたまま帰宅した。
───────でも私は、後にこの日のことを強く後悔する。
この日、アキラのことも、紅の悪魔のことも、全てを知る手がかりを持っていたのに。
私は答えに辿り着けなかった。
このとき、真実に辿り着いていれば、あんなことには、ならなかっただろう。
───────全部救えたかもしれないのに。




