2章3話 屈辱の涙
足早に学校を後にする先生。私は早歩きで着いていく。
これから大鳳妃奈さんの家に行く。事前に連絡を入れていたようで、あとは向かうだけだ。
「あ、歩きで行くんですか」
私は何とか先生に追いつくと、車で行くと思っていたことを伝えてみる。
「ん?ああ、戦闘になったら危ないからな。大事な車壊したくないし。」
「そんな物騒な……。学校来ていない生徒の家に行くだけですよ?」
ただの家庭訪問なのに、そんな物騒なことが起きるだろうか。用心しすぎな気もする。
「俺のいる世界は物騒なんだよ。天空も足を踏み入れるなら覚悟しておけ。」
「うっ、そ、そうですね。」
覚悟をしていたつもりだったけど、紅の悪魔も神威さんも私にはどうにもできなかった。
霊感?みたいなのもようやくわかってきた段階なのに、戦うなんてできるのだろうか。
「ま、でも今回は相手が悪かったな。練習とかできるような相手じゃなかったな。」
「紅の悪魔のこと、海道くんから報告受けていたんですね。」
「まあな。」
遭遇したばかりの紅の悪魔のことを知っている素振りから、海道くんから聞いたと解釈する。
メールかなにかで伝えていたのだろう。
そう。力のことを教わると言ってもまだ何も教わっていないんだ。
「ま、でも経験を積むことは大切なことだ。犬飼の霊力や首藤の力、神威の異形化、紅の悪魔の圧倒的な力、今日だけで沢山経験できただろ。」
「経験というか……命の危機しか感じませんでしたけど。」
楽観的に言ってみせる先生に危険だったことを伝える。
頑張るつもりではいるけど、色々ハードすぎる。
まだまだ私が甘ちゃんなのかな。
「まあそう言うな。せっかくだし、少しぐらいなら質問に答えてやるよ。」
先生は軽く笑ってみせる。機嫌取りなのかモチベーション作りなのか分からないけど。
どうやら大鳳さんの家に着くまでの間、霊能者や霊力について教えてくれるらしい。
それなら、沢山聞きたいことがある。
「そもそも霊力ってなんなんですか」
根本的なところから質問してみる。実際よくわかっていない。
「そのまんま不思議パワーって思っておけばいい。人間の肉体に眠るエネルギーだな。だいたいどんな人間でもある。悪意や負の感情で増えると言われてるな。」
「なら、さっき犬飼が言っていた妖力っていうのは?」
「それこそ、そのまんまだな。妖怪の持っている力。俺たちは祖先に妖怪が混じってるから、妖力も持ってる。霊力と妖力の差が、いわゆる妖怪派や人間派に起因するやつだ。」
つまり人間らしさや妖怪らしさの象徴ということだろう。血の濃さとも言えるだろうか。
異形化した神威さんを止めた犬飼も、二つのバランスが乱れた、とか言っていた気がする。
先祖返りが、そもそも妖怪の血や霊能者の血が強く出た結果なんだから、要はこの二つの力が大切ということだろう。
負の感情や悪意の影響を受けるから、思春期に乱れやすい、のかな。
私も心のバランスは乱れている様な気がするけど、人それぞれ条件があるのかもしれない。
神威さんも初対面の時は普通にベタベタと触れてきたけど、何も起きていなかった。それなのに、今は近づくだけで異形化している。悪化している気がする。それも心のバランスの影響なのだろうか。
霊力のこともよく分からないのに、異形化のことなんて分かるわけないか。
私は一度ズレていく思考を止め、質問にもどる。
「私はよく霊力が強いとかって言われますけど、全く扱えませんよ?それはどういうことなんですか。」
「外見とかと一緒だよ。髪が長い、背が高い、運動ができる、頭が良い。そんな感じだ。霊力いっぱい持ってるからって戦える訳じゃない。スポーツ選手みんながどんな競技でもできる訳じゃないだろ?体の使い方や鍛え方、ルールの把握、身体的特徴、頭の使い方、色んなものを使って、色んな訓練してるから特化したものが生まれる。……そうだなあ、今の天空は『ハサミを持っていても使い方を知らない。見たことすらなかった。初めて知った。』そんな感じか。」
「何となく考え方はわかりました。どうやったら使えるようになるんですか。」
「逆にお前はどうやって歩いているのか説明して、今この場で赤ちゃんに歩かせるようにできるのか。」
「……できません。」
なんて言う意地悪な言い方だ。すぐには難しいとか、説明は難しい、でいいじゃない。たまに先生って意地悪だよね。
「ま、そういうことだ。気長にやっていくしかない。そんな簡単に扱える力なら全人類が霊能者になってるよ。」
「そう……ですね。」
考えてみればそうだ。
千年前も突然異形が現れて、人類は霊力を使えるようになった。
簡単に手に入る訳ないか。
今まで自分がそんな力持っているなんて知らなかったし、使えるとも思っていなかった。
生まれつき使える人はきっと、才能がある人や使えることが当たり前の家で育ったとか、そんな感じだ。
私はまず力を知ること、見ること、偏見を捨てること。ここから始めないといけない。
先生が言いたいのはそういうことなんだろう。
負の感情で増える、か。シノビ一族が強いのは当たり前なのかもしれない。
霊能者の家系であり、辛い過去を持つ人達。
私とは生きてきた世界がまるで違う。
「先生も霊能者なんですよね?」
「ああ、そうだが?」
「先生はどうやって戦うんですか?」
「海道と同じだな。『概念契約』ってやつだな。ご先祖さまが契約している妖怪の力を借りている感じだな。俺の場合は霊能者の御先祖さまの力も借りてるけどな。」
「へえ、海道くんはご先祖さまから力借りているんですか?」
「……なんだ?違うのか?」
つい詮索してしまい先生に聞き返される。
海道くんは記憶を失っている。それなのに、なぜご先祖さまの力を使っているなんてわかったのだろう。
本人から言った訳でもないだろうし。見てわかるものなんだろうか。
それが気になって聞きすぎた。
「あ、いや単純に気になって。新しく妖怪と契約したり、それこそ先祖返りしたりもできるのかなって。」
「あのな、それが出来ないから異形化するんだろ。概念契約は、先祖返りと違って、血そのものを呼び覚ますわけじゃない。血に刻まれた約束を具現化させる力なんだ。ご先祖さまが繋いだ契約を血で証明して、妖怪の力や霊能者の力を借りますってことだな。」
「な、なるほど。難しい……ですね。」
「霊能力さえ、身につければフィーリングでわかる話なんだけどな。先祖返りは悪意丸出しの剣だとしたら、概念契約は善意丸出しの盾みたいなもんだ。」
「な、なんとなくわかったような……?じゃあ、犬飼は違うんですか?」
私は先程名前の上がらなかった犬飼についても聞いてみる。今日戦うところを初めて見たし。
「あいつはなんだろな。変な感じだ。うすーく盾があるのに、無理やり剣を構えてる感じだ。詳しく聞いた訳じゃないから分からないが、あいつも霊能者の家系なんだろ。それこそ、先祖の返りの力を使うような家系だったのかもな。でもそれが上手くいかなくて、現代で新たに契約を結んだとか?とにかく変な感じだ。」
「うーん。」
考えてみたら、シノビ一族のこともよくわかってないよな。七年前一族を滅ぼされたとか。
霊能協会。先生が所属している組織か。
私がアキラと出会って三年ぐらいの時か。
まだ私はジュニアアイドルにすらなってない。
そんな時にアキラは───────
「着いたぞ。」
考え事をしていると、どうやら着いたらしい。
「大きい……」
私は思わず呟く。
目の前には4階建ての一軒家がそびえ立っていた。駐車場も広く大きな家庭菜園や庭が見える。
小屋も数件並び、そのうちの一つには大きな犬がリードもつけずに三頭走り回っていた。
自慢ではないが、私もそこそこお金持ちだと思っていたけど別ベクトルのお金持ちだ。
家に来たはずなのに大きなデパートに来た気分だ。
敷地内に入ると、門柱と門扉があり、横にインターフォンを見つけ、押す。
『今開けまーす!』
カメラ越しに私たちを確認したのだろう。名乗る前に玄関の扉を開けてくれた。
「行っらっしゃい!どうぞ、入って!」
気品のある女性が快く迎えてくれる。
大鳳さんのお母さんだろうか。
「お邪魔します。」と呟き訪問する。
先生は何やら名刺を取り出すと、かしこまって挨拶をする。
「本日は突然すみません。学校教諭の大坪 拓と申します。二年の担任と生活指導を担当しています。」
先生が真面目に挨拶している。なんだか苗字聞きなれない。
大坪って、たしか、大企業のひとつだったよね。お父さんから聞いたことあるし、世間一般でも有名だ。
千年前、異形の被害を受けた人類に多くの仕事を与え、妖怪たちにも偏見なく仕事を与えた会社だ。
先生はそこの家の人なのかな。それを言われるの嫌なのかな。
先生は頭を下げながら、私を軽く小突く。挨拶しろ、ということだろう。
「あ、天空鈴華です。」
遅れて挨拶をする。
「あらあら、ご丁寧にどうも。妃奈ちゃんの母ですぅ。さ、上がって。有難いことに妃奈ちゃんに会いに来てくれる子が多くてね。」
大鳳さんのお母さんは名刺を受け取ると、リビングに案内してくれる。
リビングに入り、大きなテーブルに着くと真っ先に壁際のどデカい鳥に目線が行く。
さらに目線を横に移すと、今度はどデカい亀が視界に入り驚く。
また更に視線を移すと、今度は大きなトカゲ。
さらに写真立てには美味と写真を撮る男性の写真。
トロフィーの数々。
反対側の壁には大きな絵画。
絵画の中には、鶏のような頭に蛇のような首・燕のような顎・黄金の体と色彩豊かな羽根を持つ鳥、鹿の身体・馬の蹄や牛の尻尾を合わせたような生き物、魚のような尻尾・コウモリのような翼や鋭い爪を持つ龍、背中に山と大地を背負う巨大な亀が描かれていた。
どの生物も私の知っている動物とは一致せず、食い入るように見てしまう。
「四霊の絵だな。たぶん。」
「よくご存知ですね。さすが先生。」
先生が絵のことについて答えると、カップとマドレーヌを持ってきた大鳳さんのお母さんが現れる。
「四霊?」
「あら、知らないかしら。鳳凰、麒麟、応龍、霊亀。吉兆を齎してくれる神獣様よ。」
大鳳さんのお母さんは、カップとマドレーヌをテーブルに置くと、絵画の動物たちを順番に指さしながら、教えてくれる。
「ありがたい存在なんですね。」
「そうなの!私たちの家は代々この絵を受け継いで世界のためになることを行ってきたらしいの。だから妃奈ちゃんもいつもこの絵を見ていたわ。」
暖かい瞳で絵画を見つめるお母さん。私たちに椅子に座るよう促す。
私たちは椅子に座ると、先生が口を開いた。
「妃奈さんは生徒会長として立派に役目を果たしていたと思います。生徒たちの模範であり、規律を重んじる姿は教師陣も見習うべきだと思っていました。」
「そうですねえ。いつも頑張っていたように、見えました。」
「なにか、妃奈さんから聞いていませんか。知っての通り多くの生徒が心配しています。」
いきなり本題に入る先生。まあ、世間話をしに来たわけではない。
「なにか、私たちで力になれることありませんか。私の所属している風紀委員も沢山助けて貰って、私もなにか力になりたいんです。」
私も続くように言葉を紡ぐ。
「元気は元気なんですよ。いつも家事手伝ってくれるし、いつも通り……でも学校には行きたがらなくて。わたしも何故娘が、あんなに学校が好きだった娘が行かなくなったのか分からないんです。……だから、娘に会って貰えませんか。私にはなにもできないんです。」
大鳳さんのお母さんは瞳に涙を浮かべて頭を下げる。
母の心配な顔は胸に来るものがある。
こんな顔、私も自分の母親に、よくさせていたんだろうか。
胸が苦しくなる。
頑張っていた人が傷つくような世界は間違っている。
やはり直接話を聞くしかないようだ。
お母さんの反応を見る限り、いじめのことは話していないんだろう。
もし知っているなら、私が風紀委員の時点でなにかアクションがあってもよかったはずだ。
それがないということは、大鳳さんは身近な人に話すことをできずにいる。
それに神威さん以外も来客があったというのに、全て受け流していたんだろう。
人望に厚く真面目で誠実な人。
私は思わず力が入る。
私にできるか分からないけど、やるしか無さそうだ。
◆◇◆
階段を登って3階へ。部屋の前に案内されると、お母さんはそのまま立ち去る。
「おふたりが来ることは伝えてあります。私がいたら、話せないこともあると思いますから。私には気を遣わず、ごゆっくり。」とのことだった。
私は前に出てノックをしてみせる。
「二年風紀員の天空鈴華です。お話聞きに来ました。入ってもいいですか?」
「は、はい!お待ちしておりました!今開けますね!」
思ったより明るい声が聞こえてくる。本当に元気ではあるのか。
でもどうかな。話を聞いている限りじゃ、自分の感情を隠している可能性もあるのか。
扉が開くと、どこか見覚えのある美少女が出迎えてくれる。
生徒会長らしいし、どこかで見たことがあったのだろう。
黒髪で制服を身にまとっていた。長いまつ毛に赤いつり目。色白の肌に高身長。スタイルもよく、噂通りの美人だ。
でもなんで、部屋の中で制服を着ていたんだろう。
「わざわざすみません。来て頂い……て……」
愛想良く出迎えてくれたが、後ろにいた先生を認識すると、固まる。
よく見ると、肩とドアノブを支える手が震えているように見えた。
「あはは。一緒の先生って大坪先生だったんですね。」
手を異常に震わせながら後ずさりしてみせる。
「ああ、様子を見に来たんだが……俺はリビングで待ってるよ。」
先生は震える大鳳さんの手を見つめると目を瞑り、背を向ける。
大鳳さんは隠せている自覚があったのか、それとも自覚していなかったのか、震える自分の手を強く握る締め驚いてみせる。
「ちが……待ってください!わた、私は全然大丈夫です!」
「いい。無理すんな。少しでも会えてよかったよ。」
先生はそのままその場を後にする。
先生が察しがいい人で助かった。
多分同じだ。私と同じなんだ。この人は男の人を苦手としている。
「先生は……違うのに。なんで……」
膝を着き悔しそうに涙を浮かべる大鳳さん。
「あの、大丈夫ですか。よかったら、これ」
私はしゃがみこみ、持っていたハンカチを差し出すが、大鳳さんはビクッと体を震わせて後ずさりする。
「……え?」
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。なんでもないんです!違うんです!」
困惑する私を見て焦ったように近づいてくる大鳳さん。
体と心がぐちゃぐちゃすぎる。
この人、取り繕いがすごい。
自分の精神状態を受け入れたくないんだ。
あくまでも普通でありたい。周りには普通だと思われたい。
でも、体はそれを拒絶している。
嫌なものは嫌だし、怖いものは怖い。
本人が無理をしようとするから、体が拒絶するようになっている。
「それで、今日はどのようなご要件で?」
切り替えるようにすました顔に戻る大鳳さん。
この人はずっとこうして生きてきたのだろうか。
完璧な生徒会長であるために、自分が目標とする完璧な人間であるために。
「もちろん決まっています。大鳳さんが受けたいじめについて聞きに来たんです。」
「っ!?」
大鳳さんは焦ったように立ち上がり扉を閉める。
「は……?イジメ?何の話でしょうか。」
「風紀員に依頼があったんです。イジメを受け学校に来なくなった大鳳さんを救って欲しいって。」
「いじめなんて受けていませんよ。きっと誰かが心配して相談してくださったのですね。申し訳ございません。わざわざ御足労頂いて。私はこの通り元気ですから。少し心労が祟ってお休みを頂いていたんです。お母さんには心配をかけてしまいましたが、明日には行くつもりでしたよ。」
冷静に微笑んでみせる。
でも明らかに反応が変だった。
確かに虐められていたという証拠もなければ、私自身初対面だ。妖怪派の過激ないじめだって、私は知らない。
でもこの人の反応は心に傷を負った人の反応だ。私と重なる部分が多い。
「男の人……それから、暴力でしょうか。怖いんですよね?」
「何を根拠に……。」
「私も経験あるからわかるんです。いちばん苦しいのは、親しい相手や本来は大丈夫なことにも反応した時です。私なら少しはわかるはずです。辛いかもしれないけど、話してください。ひとりで何とかしようとしても限界があるんです。」
「別に私は……」
「これ以上お母さんに心配をかけるつもりですか。」
私は立ち上がり大鳳さんに向き直る。大鳳さんは目を泳がし、私とは目を合わせてくれない。
「っ……それは……明日学校に行けば、解決です。」
強く左腕を握る大鳳さん。目線は私から外れており、合うことは無い。
わたしは怯えている大鳳さんに続ける。
「行かなかったんじゃなくて、行けなかったんじゃないですか?」
「何を言って……」
目線をそらす大鳳さん。人に話すことは怖いことだ。脅されている可能性だってある。でも隠して周りを心配させる方が本当は辛いはずだ。悪いのは虐めてきた相手であって、大鳳さんではない。隠す必要なんてないんだ。
「制服を着て今日も学校に行こうとした、でもやっぱり行けなかった。そうですよね?」
「っ……」
「いじめを受けているのなら話してください。私たち風紀員は学校の風紀を正す組織です。それにいじめを受けているなら、学校側も黙っていない。行きたくても行けないなら、行けるように環境を改善します。それはあなたが一番よくわかっているはずです。助けを求めてください。相手が妖怪派なら、尚更です。私たちが必ず助けますから。」
私は想いをそのまま口にする。間違えているのはいじめをする人達だ。事情があったにしろ、やり方があったはずだ。
人の心や体は傷つけてはいけない。
たとえ、どんな理由があっても。
ひとりで抱え込んで苦しみ続けるのなら、私が全部受け止める。
少しは理解できるはずだから。
人を平気で傷つける人達よりきっと、わかっであげれるはずだから。
私の言葉を聞いたあと、切り替えるように深呼吸をし、瞳を閉じる大鳳さん。
「……悔しかったんです。」
「……。」
数秒の沈黙。その後、話し始めた大鳳さん。手や肩は震えて、今にも泣き出しそうだった。
どうやら話してくれる気になったらしい。
私は黙って聞くことにした。
ゆっくり、ゆっくりと、重たい口は開けられる。
「ただの暴力に……男の人に……怯えてしまった自分が……。相手が間違ってる、私は正しいことをした、そう思ってるのに……なにも、なにも、何もできなくなった。
───────そして、助けたひとりの女の子から言われたんです。
『余計なことしないで』って。
……私がたすけたせいで、もっとイジメは酷くなった。
……私は怖くなって、逃げ出すことしかできませんでした。
自分ももっと酷いことをされるんじゃないかって。
そうやって、一度理解したら、もう動けませんでした。」
視線を逸らし震えている。
これがきっと多分、ずっと考えてきた想いの一部なんだろう。
それを今私に話してくれた。
だから、私は思っていることを話し始める。
精一杯の優しい声で。
「暴力が好きな人なんていませんよ。それにその助けた女の子、本心からそんなこと思っていたんでしょうか。」
「……え」
「あなたが自分のせいで虐められた、そんなふうに思った、とか。だから、大鳳さんが関わらないように、したんじゃないですか。」
「そんな、こと……」
「はい。ただの妄想です。でもこれだけははっきり言えます。───────大鳳さんは悪くないし、いじめてきた妖怪派が一番悪い!」
「っ!」
「まあそんなことはわかっていると思います。怖いのも分かります。無理に学校に来いとかも言いません。でも妖怪派の過度なイジメは止めなくてはいけません。少なくとも私はそう思っていますし、私はあなたを否定しません。話したいことも、辛かった事も、全部聞きます。そしていつか、あなたが安心してこられる学校にしてみせます。」
私は大鳳さんに微笑んでみせる。精一杯の笑顔だ。
話を聞いてくれる人、理解を示してくれる人、そういうのは本当に大きい存在のはずだ。
少なくとも私はそうだった。
私はこの人のそういう存在でありたいと思った。
だってこの人は、大鳳妃奈さんは何も間違っていないから。
私の言葉に大鳳さんは涙をうかべる。
ずっと我慢してきたのだろう。
話したのだって、初めてのことだっただろう。
「いくらだって、聞きますから。何も知らない私になら何話したって、大丈夫です。」
「逃げてもいいんでしょうか。……この弱さを認めてしまっていいんでしょうか。」
「大鳳さんは弱くありません。ずっと戦ってきたじゃないですか。これは、逃げなんかじゃ、ないです。前に進んでいる証拠なんです。」
私は優しく大鳳さんを抱きしめた。
大鳳さんは静かに泣いていた。
ずっと溜め込んできた涙を溢れさせて。
私は大鳳さんが落ち着くまで抱きしめていた。




