親友だなんてくだらない
一斗缶に食らいつく彼女を見つめながら、桜咲は愛おし気に目を細める。やはり、今回は最高の出来だ。いつもより一心不乱な様子の彼女に思わず笑みが零れる。
やはり、材料がいいからだろうか。噛み砕かれる材料。その音がいつもより上品に聞こえたような気がした桜咲は耳を澄ましてその音を楽しむ。
「奏渚、美味しい?」
その場にしゃがみ、そう訊いた桜咲は微笑む。ガリボリ、と口に入ったソレを味わうように噛み砕く奏渚はジッと桜咲を見つめ返す。すると、不意に開いた奏渚の口から、赤い布がひらりと落下する。
桜咲は自分の前へと落下してきたそれを拾い上げ、立ち上がると、早く返してといわんばかりに開いた彼女の口の中へと入れる。
奏渚は口を静かに閉じると、それをゆっくりと味わうように口を動かす。もう、音は響かないが時節、彼女の口の中で鋭い牙同士がぶつかるような音が聞こえてくる。
「どう、奏渚。今日のはいつもより美味しかったでしょう?」
寝転がる奏渚のお腹をソファにした桜咲は楽しそうにカラカラ笑う。奏渚はギョロギョロと瞳を動かし彼女の顔を真っ赤な舌でペロリと舐める。その舐めかたがいつもより優しく感じた桜咲はより一層笑みを深め、実に幸せそうだ。
巻き付く尻尾はいつもより強い。まるで、離さないと言わんばかりだ。桜咲はそんな彼女のお腹を優しく撫でながら甘ったるい声を出す。
「本当に美味しかったのね。よかった……材料がいいと言うのもあるけど、やっぱり練習した甲斐があったわ」
『サエ』
「ふふふ、大丈夫よ。練習材料はちゃんと処分したから。貴女の料理に血一滴たりとも入れてないわ」
彼女の尻尾をギュッと抱きしめながら“きっと、今頃お父様の実験動物たちが食べてるわ”という言葉を続けようとしてそっと飲み込んだ。
彼女に話すにはあまりにもくだらないと思ったからだ。
「ねぇ、奏渚……聞いてくれる? この前、修学旅行に行きたくないって言ったでしょ? あれ、結局行ったの……生徒会長がいないのはおかしいっていうくだらない理由で」
吐き捨てるように言った桜咲の表情はうんざりと言いたげだ。奏渚はそんな彼女の顔をペロペロと舐める。ベットリと付いた唾液に嫌な顔一つ見せず、桜咲はハンカチで滴り落ちそうな唾液だけふき取り、小さく笑う。
「それでね、仕方なく行ったの。でも、どこだったと思う? あそこの山向こうにある湖よ? 遠足じゃない、って笑いそうになったわ。そんな場所で三日も過ごせなんて地獄だと思ってた。でもね……」
フワリと幸せそうに笑う桜咲。奏渚が舐めていた舌をしまうと小さく喉を鳴らす。
「途中で中止になったのよ。だから、すぐ帰って来れた」
そう、嫌で嫌で仕方のなかった修学旅行は一日目を終えたところで急遽中止となったのだ。理由は簡単――湖近くにある大きな川で行方不明者が出たからだ。しかも、一人ではない三人も出てしまった。
先生たちは大急ぎで逃げるように帰りのバスを手配し、生徒全員は帰宅となり、学校も暫く休校となったのだ。ゆえに、桜咲は機嫌がいい。
「ふふふ、でも残念よね。貴女の友達の朱莉さんなのよ? 行方不明になったの」
『……』
「みんな、悲しんでいたわ。明るい性格で陸上部の副部長をやっていて、将来を期待されてた。でも……仕方ないわね。あの子、目障りだったから」
――貴女が奏渚を殺したんでしょ!
そう言って目から大粒の涙を流す彼女の姿が浮かび上がる。休憩時間に突然呼び出されたかと思えば、二人ものお供を引き連れた彼女の姿が見えるなりそう言った。
ただの高校生の少女とは思えない気迫と鋭い目つきを思い浮かべながら、“そう言えば、彼女もこの地域の人間だった”ということを思い出す。そして、桜咲は自分がなんて答えたのかを思い出す。
――意味の分からないことを言わないで。
そう返したはずだ。が、彼女たちはまるでお前のことを全て知っているんだぞと言わんばかりにいわんばかりの態度で笑い飛ばす。桜咲はそれを見た瞬間、吐き気がするほどの嫌悪感に包まれた。
それからどうしたのかはあまり覚えてない。気付いたら、目の前の三人は地面に倒れていたのだから。
『サ、エ……』
「……あら、ボーっとしてた? ごめんなさい」
グルグルと喉を鳴らす彼女の顎下を撫でながら、テキパキと処理していく自分の姿を思い出す。意識を失っただけで生きている彼女たちはせっせとお父様の実験室にどうにかして運んだ。
幸い、あそこから家は近かったので、台車を使って運んだ。途中で意識を取り戻さないように細心の注意を払いながら作業場まで運んだことを思い浮かべた桜咲はそっと口を開く。
「生きた動物を解体するのって、本当に楽しいわ。しかも、今回は人間だったおかげかしら、余計に楽しかった」
『……』
「一人目の子を吊るした時に二人が目を覚ましたの。二人の驚いた顔はとても見ものだった。ふふふ、喉から血が出るまで叫んで――バカみたい」
――やめて、やめてぇぇぇぇえええええッ!
二人目が吊るされた時の彼女の叫び声が再生される。泣きはらした目は真っ赤で、叫びすぎたために口の端からは血が流れ、ガラガラ声になっているのに悲鳴を上げ続ける
「普段の人間はまったく無価値だけれど。あの時の彼女たちはとても価値ある尊いものだったわ。ふふふ」
『サ……エ』
「続きが聞きたい? 話してあげる。朱莉さんは目の前の友達を見ながら“大丈夫、絶対に助けるから”って何度も言っていたわ。きっと、朱莉さんの言葉、届いてなかったわね」
奏渚が小さく喉を鳴らす。
「だから、朱莉さんによく見えるようにお友達の頸動脈を一気に切ったの。雨のように血が噴き出して、彼女に全部降りかかった。そこで、ダメになっちゃったのね。奏渚、貴女の名前を呼びながらただただ、泣いていたわ」
つまらなそうにため息を吐き出す桜咲。最後の最後まであの闘志を失っていなかったら、もう少し違う未来が見えていたかもしれないというのに。
「そこからは、急につまらなくなっちゃってね。とりあえず、お友達二人をそこで解体して……その間も、朱莉さん、貴女のことばかり呼んでた」
わずかに口を尖らせる桜咲。その表情はまるで、拗ねた子どものようだ。が、そんなことなど理解できるわけない奏渚は大きく欠伸をした。
「ねぇ、奏渚。貴女、まだ平気でしょ?」
『サエ……?』
ニヤリと笑う。新しい悪戯を思いついた子どものような無邪気なそれに、奏渚は小首を傾げる。
「どうやって、今日の料理ができたか、じっくり細かく教えてあげるわね」
奏渚はその言葉に答えるように小さく喉を鳴らした。




