47.剣の師とファガー家
ミレイヤが生まれてからレストの日課に早朝の剣の練習の前に妹のミレイヤの顔を見に行くことが加わった。
何時ものように自ら起床して前日の夜に用意してもらっていた服に着替える。剣の鍛錬のための服である。鍛錬の後にその日の普段着は用意されるので鍛錬の後部屋に戻って着替えることとなる。鍛錬した後は鍛錬用の服は汗などを吸うので自然着替えは必要なのだ。
着替えた後にそっと廊下に出て行く。音を立てないよう慎重に足を出す。まぁ、侍従であるファルデルには通じないが。故にファルデルはレストの後ろに控えることになるがレストの邪魔をすることは無いので良しとする。母の部屋に通じる扉の音を立てないように慎重に開き部屋の中へと身を滑らす。そこには赤子用の寝台があり、そこにミレイヤが眠っているのだ。
ミレイヤを起こさぬようにレストはミレイヤの顔を覗き込んだ。ミレイヤは気持ちよさそうに眠っていた。レストはそっとミレイヤの頭を撫でる。この時必ず言っていいほどミレイヤは同じ反応をする。嬉しそうな満足げな笑みを浮かべるのだった。その様子を水の精霊王が微笑ましげに見ていた。此処最近の日常の一遍である。
何時もどおり中庭の小さな噴水の近くに来るとレストは練習用の剣を振り始めた。息を吸い込み浅く吐く。そのタイミングで剣を振り下ろす。何度も何度も繰り返す。10歳とは思えないほどの集中力と回数である。約500回ほど振ったところで小休憩を取る。ファルデルが水を差し出してきたのでレストはありがたくそれを受け取った。その時横から声を掛けられた。ミルシェである。無表情な顔で関心関心、と言うように頷いている。
「おはようございます、レスト様。毎朝感心なことです。良い心がけでございます」
掃除道具を持って窓際に立っているミルシェの姿にはどこにも隙が無い。流石だ、とレストは思った。
「では、また後程剣の授業にてお会いしましょう」
「はい、師匠。後ほど」
レストの応えにミルシェは普段の無表情を崩し微笑を湛えてレストに返す。
「レスト様、まだ授業ではありません。私はまだ一介のメイドですよ。その様になさって下さい」
レストは少しの不満を溜息で吐きつつ
「分かったよ。ミルシェ。また、授業でよろしく」
「えぇ。承知いたしました。では、仕事が残っていますので」
そう言うとミルシェは仕事へ戻っていった。
「う~ん。俺は普段から師匠呼びしたいんだけどな・・・」
(無理だな。アレは使用人の鑑だ)
続いてフェシェイドが言った。
そう、彼女はメイドなのだ。だが、何故その彼女が剣の師としてレストに教授しているのか?と言うのはそもそもの経緯はファガー家の初代当主との関係性がある。
レストですら気付いていなかったが、ミルシェは半精霊であった。ミルシェからすると精霊と言い難いぐらいの存在なのだそうだ。本来在り得ない存在なのだという。ミルシェは『祝福持ち』ではあったが精霊を視ることが出来なかったし下位精霊の加護を得ていたということでさほど秀でたところがあった訳でもないらいしい。確かに風の精霊からの加護だったので常に“風”を纏っていた所はあったらしい。だが、周りもミルシェ自身も『祝福持ち』だとは知らなかったのだ。
知った切欠は初代ファガー家当主になることになる青年と出会ってからだったと言う。ミルシェは元々東の島国の東側の出であり、本名は叢雲 彌流世というらしい。何でも故郷では剣士として武芸者をしており最強と言われてくる頃には故郷の外に目が向いていたらしい。そこで国を出て国外である大陸を目指した。大陸に渡って傭兵となりその折に初代ファガー家当主になる青年と会い意気投合して二人で組んでいたという。その青年、エルト・ファガーがやはり『祝福持ち』であり、ミルシェが『祝福持ち』と判明したのだった。
それが何故今のメイドに至ったかというと、そもそもエルト青年はエトルア王国を興すに至った初代国王たちと幼馴染であったと言う。その時代まだまだ『祝福持ち』は希少な存在であり権力者に利用されるの当たり前の時代だったと言う。故に『祝福持ち』たちが安心安全に暮らせる場所を作ろうと言うことで立ち上がったのだ。それに感銘を受けた者たちが集まって戦ったという。そしてミルシェもエルト青年の盟友としてその戦いに加わった。
その戦でミルシェはエルト青年を庇って致命傷を負った。でもミルシェは『祝福持ち』といっても下位精霊の加護しか受けておらず、半精霊に成るための素地は無かったのだ。それを可能にしたのはエルト青年とエトルア国の初代国王に当たる青年と兄弟たちによるものだ。エルト青年の加護は上位精霊であったし、初代国王に当たる青年と兄弟たちはそれぞれ精霊王の加護を受けていた者たちだった。故にミルシェは半精霊となったのだ。ここにはミルシェの加護精霊が特に願ったからだともいえる。かの精霊はミルシェと供に遊ぶことが大好きな精霊だったと後にエルト青年から聞いたらしい。故にミルシェは常に“風”を纏っていたのだという事だった。
戦いが終わり現エトルア王国の地に国を築くに至りミルシェに侯爵位を賜って欲しいとの話も出たのだが断ったという。上に立つのは性に合わないと言うことだった。だが、最早半精霊の見になり帰る場所も無くこれからのことをどうするかという段でエルト青年は盟友とは離れがたいし恩もあるので家に来ないかと言う話になった。そしてミルシェは普段はやることが無いのでメイドをと自ら希望しファガー家の剣術指南となった。
レストはこの一風変わった師に感謝していた。師の判断で今がある。レストはミルシェという武術という武術を全て修めた師の下で師事出来ることにいたく満足をしていたからである。
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