34.侍従探しと標的
『精霊の紅花』の首領は帰還者である者を統括室に迎え入れた。
「よく還った」
その言葉に帰還者――風の牙は静かに頷いた。
「少し休んでもらいたい所だが、還って来て早々に悪いが次の仕事に行ってもらおう」
その言葉に不思議そうに風の牙は瞬いた。まるで何を言われているのか解らない、という様に・・・。
いや、風の牙と呼ばれる者は確かに何も解っていないのだ。彼もまた半精霊が例外無く通る道、心神喪失状態であるからだ。彼の瞳は半精霊特有の宝石の様に輝く変化する色を持つ。一度見れば忘れられない。そんな独特な瞳が彼を半精霊と物語る。
そんな様子の風の牙に『精霊の紅花』の首領は微笑ましさを感じると同時に憐憫を禁じえない。それを強要している自分を最も嫌悪する瞬間だ。そんな感情を振り払うかのように続ける。
「次の仕事対象は『精霊の寵児』、」
それを聞いた風の牙はピクリとその言葉、『精霊の寵児』に微かな反応を見せた。これは本来ならば有り得ない反応である。心神喪失状態の半精霊は何かに反応するということは無い。それが『精霊の寵児』という言葉に反応を見せたのだ。
やはり心神喪失状態とは言え半精霊は精霊と同様の存在なのだろう、と『精霊の紅花』の首領は思う。自分もそうであるし、心神喪失状態の彼でも反応するのだ。それ位に精霊にとって『精霊の寵児』という存在は重いものなのだ。それを思い知る。
『精霊の紅花』の首領は瞠目した。今やろうとしていることの罪の重さと更に背負う罪深さに。自分が背負うものを他の半精霊たちにも背負わせてしまうであろう事を。それでも、『精霊の紅花』の首領はこの道しか行くべき道を知らないのだ。新しい道が見えない。ならば目の前の道を行くのみ。それが例え地獄に続いていたとしても。
「対象の居場所はエトルア国の首都に在るレスト・ファガー」
言い終えた『精霊の紅花』の首領は目の前で戸惑っている風の牙に早速行動を起こすように手を振る。戸惑いつつも指示された通りに統括室から風の牙は出て行った。それを見送ってから『精霊の紅花』の首領はグッタリと椅子に倒れこんだ。
相当の精神負担であった。苦痛と言うに相応しい。
『精霊の寵児』に危害を加えよと指示を出す事は言いようの無いほどの苦痛を伴う。無条件に慕わしく、守護するべき愛する存在。供に在り、供に歩む者。精霊にとって唯一許された孤独を癒す存在。それを自ら手を掛ける。言いようの無い罪悪感と寂寥感に支配されるのだった。
一方、困惑しつつも指示されたとおりに風の牙はエトルア国に向かっていた。
彼の持っていた加護は風である。彼は風霊の性を持っていると言うことだ。故にその身は風のように軽い。空を飛ぶ勢いで地を走り抜ける。『精霊の紅花』の本拠地である。天然の迷宮は彼にとって苦ではない。その高くゴツゴツした岩の壁を軽やかに一気に登りきっていく。
とん とん とととん
岩壁の微かな突起部分を基点に足を器用に掛けて登っていくのだ。
たんっ
と一際力強いが、軽やかな音を立てて頂上に着地した。そこから岩壁の端まで走りきるとそのまま勢いを付けて飛び降りるとふわりと着地をした。そして、また走り出す。
精霊はそのままの移動は勿論するのだが、長距離を移動する時、『精霊の道』と人が呼ぶ道を通っていくことが多々ある。幾ら精霊とて普通に移動すれば時間は掛かる。普通移動では距離は如何することも出来ないからだ。
だが、『精霊の道』はそれを解決する。一瞬にして目的地に精霊を運ぶ道を拓くのだ。目的地さえしっかり分かってさえいれば現地の精霊と交信して目印を作り、それを目指して道を拓くのだ。
実はこの方法は転移魔法そのものだと言って良い。この『精霊の道』を応用してレストたちが使っている転移魔法は作られたのだ。
精霊はどの属性の精霊も『精霊の道』を拓くことが出来る。この事は精霊と同様の半精霊にも言えることである。だが、しかし風の牙は使うことが出来なかった。他の半精霊にも言える事なのだが、『精霊の道』を使用するにははっきりとした意思が必要なのだ。心神喪失状態の意思のはっきりしていない状態の半精霊には扱えないのだ。故に風の牙は普通移動をしているのであった。
風の牙は一路、目的の場所に向かうのであった。
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