16.挨拶=一大イベント?1
閑静な貴族街はまだまだ寝静まっているが、貴族街の使用人たちはそうはいかない。彼らの朝は早い。早い者は6:00に起床して掃除など様々な用事を済ませていく。ファガー家では主人たちは大体8:00に起こすことになっている。そんな中、早く起き出す者がいた。少々、早めの時間だがカーテンの隙間からは日の光が入ってきている。その光に照らされパールホワイトの髪が白い光を弾き、煌いていた。目を二、三度瞬かせて欠伸を一つ。それにつられて零れ出た涙を寝巻きの袖で拭った。昨日からファガー家のこの部屋の主になったレストであった。
レストはぼんやりと周りを見渡した。そういえば昨日ファガー家に養子に入り、この部屋を与えられたのだったなと起き抜けの頭で考えた。昨日の疲れ故か、少々倦怠感を感じる。何時もの癖で早く起き出してしまった様だ。屋敷の中は使用人たちの気配を感じはするが、気配をなるべく消すよう主たちに配慮しているようだ。どうしたものか、とレストは思う。だが、何も思い付かない。何せどうしようもない事だから。故に取り留めのないことが脳裏に浮かんでは消えていく。ベッドの寝心地は柔らかすぎてレストにとってはあまり良くなった、とか、孤児の仲間たちの今後やら――。考えていたところに控えめなノックが響いた。
「レスト様、お目覚めですか?」
控えめなノックに続き、控えめな声が聞こえてきた。昨日からレストの侍女となったフルーレの声だった。フルーレはレストが目覚めていることに確信がある様だった。この事についてはあまり驚くべきことではない。『祝福持ち』は周りの精霊たちの気配に敏感であるのは当然だからである。レストは『精霊の寵児』であるが故に精霊たちに対して一挙一動によって影響を与える。レストの一挙一動が精霊たちに喜びを与えると言っても過言ではない。故にフルーレは精霊たちの気配に気付き慌てて自らの準備を整えレストの部屋へ赴いたのだった。
「あぁ、おはよう。フルーレ」
フルーレの目の前で両開きの扉の片方が内側から開けられ、レストが顔を覘かせ挨拶をしてきた。フルーレは慌ててレストに言う。
「レスト様、入出の許可をして下さればいいのですよ」
「?ふ~ん。そういうもん?」
「そうです。そういうものです」
「貴族って本当に面倒だな…」
レストのその言葉に仕方ないですよ、と言うように苦笑に留めたフルーレはレストに部屋の中に入るよう促して扉を閉めた。レストはフルーレが扉を閉めている間に促されて戻った部屋の中のテーブルセットが置かれている場所に行き椅子を引いて待っていた。フルーレがレストに追いついてくるとレストはフルーレに座るように促した。紳士、なのだろう・・・。基本レストは女性や子供に優しい。10歳という歳で推し量れない10歳児である。確かにこの対応は正しいが、この場合は正しくない。フルーレはレストに仕える使用人でレストはその主人なのである。何ともチグハグな対応となっていた。
「レスト様、これでは主従の対応がチグハグです。侍女の私が椅子を引き、主人であるレスト様が座るのが正しい結果です」
「本当に面倒だ」
「慣れてくださいませ。早いですがお召しする服をお出ししますからお待ちください」
そう言ってフルーレは衣装棚のある仕切りの内側に入っていった。そして、フルーレが此処にいると言うことは加護精霊であるユハナーシェがいると言うことである。レストはそのユハナーシェをまじまじと見ていた。そして、おもむろに口を開いた。レストの加護精霊のフェシェイドに問い掛ける。
「なぁ、精霊って“寝る”か?」
(いや、“寝る”ことは無いな。“眠る”ことはあるが…)
レストとフェシェイドは珍しいものを見たと言わんばかりにユハナーシェを凝視していた。レストの部屋に入ってきたときには辛うじて起きていたのだった。だが、その時点でコックリ、コックリと船を漕いでいた状態であった。当然のことで、その後は本格的に寝の体制に入ったのであった。今、レストとフェシェイドの目の前ではユハナーシェが身体を丸めた状態で規則正しく寝息を立てていた。無邪気な寝顔である。
フルーレは寝入っているユハナーシェをレストとフェシェイドが凝視しているところに戻ってきた。レストとフェシェイドが何故その様にしているのか心底分からなかったので訊いてみたところ返ってきた答えはフルーレにとっては珍しいことでもないことだった。
「なぁ、フルーレ、ユハナーシェは何時もこういう風に“寝てる”のか?」
「えぇ、そうですが・・・?何かおかしいのですか?」
(おかしいっていうか、なぁ?)
そう言ってレストとフェシェイドは顔を見合わせた。
「普通、“眠る”ことはあっても“寝る”ことはないからさ。珍しくって」
「そうなんですか?多分、この子は私の為に生まれた子なのが関係してるんだと思いますけど」
そう言いながらフルーレは今日のレストが着る衣装を着せようとした。それをレストは手の仕草で断り、衣装を受け取り衝立の向こうに入っていった。フルーレは少々残念そうに自分の手を見下ろしていた。
「で、フルーレの為に生まれたからって?」
衝立の向こうで着替えながらレストは疑問を口にした。
「何といったら良いんでしょうか。この子と私は全く同じ時に生まれたんです。そして、その時に私はこの子から祝福を授けられました。ただ、どちらが早くなのかは分からないんです。大抵『祝福持ち』と言うのは加護精霊と加護される『祝福持ち』はお互いが惹かれ合うものです。この子は私が生まれる寸前までは存在していなかった。でも、私の加護精霊になることは必然だったことになります。私が生まれたからこの子は惹かれて誕生したとも言える、と神官の方たちは仰っていたそうです。だから、その子は私と一緒に育ってきたんです。多分その所為もあると思いますよ。感覚が人に近しい物に少し変容してしまってるようです」
(ふーん。そんなことあるもんなんだな)
感心したようにフェシェイドが相槌を打った。永い時を生きてきた精霊ですら珍しい事象であるらしかった。
着替え終わったレストが衝立の向こうから出てきた。そのタイミングでユハナーシェが目を覚ましたらしい。開口一番にレストにとっての爆弾発言をかましてくれた。
(わぁ!レスト様お似合いですよ~!!今日は国王陛下に謁見なさるんですよね!)
何それ、聞いてないんですけど!?
とはレストの心情である。レストは絶句した。そして、思った。大事なことはせめて前日に話しておいてくれ、と。心の準備と言うものがあるだろう、と。
こうして、また、騒がしい一日が始まったのであった。
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