decide
フライパンで豚肉を炒めていると、リビングにほかほかと頭から湯気を出した少女二人と、獣二匹が入ってきた。
「おう、さっぱりしたか? 服は……、あー、やっぱりイアの服でもサイズデカいか……」
イアも相当小柄なのだが、クダンはそれの更に上を、いや下をいく。いま彼女は以前美咲がイアのために持ってきたシャツとズボンを身に着けているのだが、右肩は露出し袖からは指先も見えていない。ズボンもベルトで無理矢理縛っているようで丈が明らかに長く、何度もつんのめりそうになっている。
「……さっぱり、し、た」
「そりゃ、良かった。おうトラネコ、オマエも綺麗になったじゃねえか」
「ああ、そう……。でもその代償が大き過ぎたよ。ねえ、君もいつもあんな乱暴な洗い方されてるの?」
「……もう慣れたさ」
「へ、へぇー……、むむ!! すっごい美味しそうな匂いがするんだけど!! ボク、ああいや、私の中のワクワクが抑えきれないんだけど!!」
「オマエはネロと一緒にテーブルの横で待ってろ。イアは食器な。んでクダンはちょっとこっち来てくれ」
「……ん」
イアがどたばたと皿の準備をしている脇を通り、クダンがとてとてとこちらにやってくる。風呂上がりだからかいつものように髪を頭頂部で括っておらず、黒い髪の毛を引き摺りながら、だ。
ううむ、こりゃあイアみたいに髪が長いだけじゃなくて、量もすげえんだな……。このままうろつかせたら髪で廊下を掃除することになっちまうし、その辺もちゃんと考えてやらなきゃな。
ま、それは後回し。不憫だが少しの間は我慢してもらおう。
「これ、エディバラっつったか? コイツの調理法を教えてくれ」
「……え?」
目をぱちくりと瞬かせながら、そう短く言葉を返す。
「ちゃんと調理すりゃ美味いんだろ? オマエが俺にどんな味を贈りたかったのかが知りてえ。協力――してくれるか?」
彼女は再び瞬きを繰り返すと、はにかんだような、そんな笑顔を浮かべて。
「…………う、ん!!」
彼女なりの大きな声でそう答えてくれた。
そうしてクダンの協力の甲斐あり、本日の我が家の食卓は俺が一人暮らしを始めて以来ここまで穏やかな雰囲気になったことがあったかと、思わず誰かに問いかけたくなる程のものとなった。
「私、いまなら世界を救える気がする……」
「良かったな。でもイア、取り敢えずその止めどなく流れてる涎をどうにかしようか? ん? どうしたネロ?」
「頼人、僕は今日という日に感謝するよ……」
「そうか。でもオマエも涎、拭けよ?」
「ああー、うあー、ひゃっはー!!」
「オイ、クソネコ!! 涎を四方八方に撒き散らしながら跳ね回るんじゃねえ!!」
「この扱いの差ったら!! これが格差社会!? でもそんなのどうでもいいやー!!」
あの野郎……、自分を見失ってやがる。これまでの食生活が酷過ぎたせいか? 尚も窓の傍を飛び跳ね続けるトラネコに俺は何か薄ら寒いもの感じながらも服の袖を引っ張ってくるクダンに向き直る。
「……あの子、パーン、トゥ」
「そうか。アイツの名前はわかったけどクダン、オマエも涎拭こうな?」
「……ん」
なんだろう。確かにかなり、いや舌が蕩けるような美味さだったことは認めるが何故こうも全員涎がダッラダラなのか。エディバラって口周りの筋肉ダルッダルにする作用でもあんの?
「……どうし、て」
口元を拭きながらクダンはおもむろに口を開く。
「あん?」
「……どうして、私と、パーントゥ、ここに、連れて、きた、の?」
真剣な眼差しでこちらを見上げるクダン。そしてその目を見て直感する。きっとここで彼女の意にそぐわない回答をすれば、彼女はすぐさまここからいなくなるだろう。余計なお世話だと言わんばかりに再び御社に、あの襤褸切れで作ったテントに帰るだろう、と。
ま、だからといって遠慮なんてしないが。俺は俺の思う通りに答えるだけだ。
「……同情?」
「は、まさか。そんな何の得にもならねえことのために世話焼くほど「イイヒト」じゃねえよ、俺は」
「……じゃあ、なん、で?」
「オマエ強くなるっつったろ? 俺の前で誓って見せたじゃねえか。なのにあんなとこで、あんなもん食って、んなひょろっちい身体で強くなれるわけねえだろうが」
同調の力は確かに凄い。基礎能力を飛躍的に向上させ、かつ遥か常識を超えた力を授けてくれる。だが、その力は所詮借り物だ。俺たちがパートナーから借り受けたただの力だ。
その上に胡坐をかいているだけでどうしてそれ以上強くなれよう?
落ち着ける場所で精神力を育み。
マトモな食事をとって、身体の強化に努める。
俺たち自身が強くなったと胸を張って言えるようになるには、基礎能力の向上。つまり俺たちのパートナーではどうにもできないことをやってのけるしかない。
「俺は嘘を吐かれるのが嫌いでね。オマエの周りに強くなるための環境がないってんなら、俺が用意してやる。強くなるために必要なもんがあるってんなら揃えてやる。あとはクダン。オマエが強くなりたいと本当に思っているかどうか、心の底からそれを渇望しているかどうかだ」
俺が世界のことをもっと知りたいと思っているように。
深緋が自由に動ける身体を恋い焦がれているように。
リーンハルトが自身の願いを覆い隠す嘘を欲したように。
「オマエの願いは本物か、嘘か。――俺を失望させんなよ、クダン?」
俺が彼女をここに連れてきたのはその決意を再確認するため。そしてもし是であるならばその支援をしてやりたいと思ったからだ。――俺自身が嘘を見たくないがために。
「……わかっ、た。よく、わかんない、けど、貴方、が、同情、とか、そんな感情、で私を、連れて、きたんじゃない、ってことは、わかった、よ」
「そっか。んで、どうするんだ?」
それが施しだと突っ撥ねられても、別に構わない。単独で強くなる術を探すというのならそれはクダンの意思だ。俺がどうこう言う筋合いはない。
パーントゥとやらを連れて帰るということも可能性のうちの一つとして考えていたが、どうやら俺の答えはクダンの気分を害しはしなかったようだ。彼女は居住まいを正し、かつて俺に見せた強い意志を薄紫の瞳に宿しながら告げた。
「……お世話に、な、る。私が、強くなる、ま、で」
「あいよ。つー訳だ、仲良くしろよ、オマエら!!」
未だぼーっと涎を流し続けるイアとネロに向かってそう叫ぶが、それでも二人の顔は緩んだままだ。
「「……………」」
「……ザ○ハッ!!」
「あいたぁッ!!」
「うう……、何するのさ……」
「オマエらが何してんだ、話聞いてたか?」
「え、ええーっとクダンとこの子が一緒に住むんだっけ?」
聞こえてやがった……。その方が手間も省けるから良いんだけど、何だろうこの釈然としない感じ。
「ああ、そうだ。部屋はまだ空いてるところがあるけど埃まみれだろ? 今日はイアとネロの部屋で休ませてやってくれ」
幸い、明日から週末で学校は休み。土日の間にクダンとパーントゥの部屋を用意するとしよう。明日は部屋、というか家の掃除に時間を使うとして、日曜日は……、あー、丁度良いっちゃ丁度良いか……。
「どうしたの、頼人? 顔が引き攣ってるよ?」
「いやなに、怖いお猿さんから許可を取っとこうと思ってな」
そう軽く答えて俺はポケットから携帯を取り出し、先約を取り付けられていたあの女に電話を掛けたのだった。
月曜日の襲来。どうも、久安です。
そういうわけでクダンとパーントゥが住みつきました。どんどん天原家がモンスターハウスと化していく……。家主がこの調子でははてさて、あと何人増えることやら……。
次回は3月27日 7時に更新です。人がめっちゃ増えます。九人くらいかな? ともかく会話がさらに増えるとは思いますがご了承くださいませ。
ではでは。




