千手千毛の大口、一刀一尾の刃
制限時間はおよそ二十秒。
宙へ駆け上がり、頼人をそこに投げ出して僕は僕の仕事を果たすべく、さらに加速し今度は一気に駆け降りる。直下に蠢く禍渦を隙あらば粉砕するくらいの気持ちで突っ込んだのだが腐っても禍渦、ギリギリのところで避けられてしまった。
しかし突撃の勢いを四肢で殺し切り、再び間髪入れずにあの毛むくじゃらの身体を引き裂こうと迫る。すると同じ攻撃は受けないというように禍渦は残った手足に力を込め、素早くそれを避けた。それだけなら再び追撃をかければ良いのだが、どうにもそう簡単にはいかなそうだ。
「おっと!!」
そういうのも僕の目の前では禍渦が周囲に乱立する木々を足場にして連続的に周囲を高速で跳ね回っているという何ともシュールな光景が繰り広げられているのである。また時々僕を食べようとしているのか、大口を開けて迫ってくるので危険な状況であることはいうまでもない。主に衛生的な面で。
「また「エンガチョ」なんて言われたくないなあ……」
未だ心に残るダメージを噛み締めながら、ぼそりと呟く。毛に触っただけであの言われようだったのだから唾液などつけられようものなら何を言われるかわかったものではない。
「ってあんまりのんびりしている暇はないね」
あと十秒。それまでにアレを大人しくさせないと作戦が全部ご破算だ。禍渦の動きは十分目で追えるし、捕らえるのもそう難しいことではないだろう。
ただ、僕が宙に浮くものを捕まえるとなると必然的に噛む必要が出てくるわけで。うう、想像するだけで身震いしてしまうよ……。
だから噛んで捕まえる選択はしない。となると残る選択肢は一つだ。
相も変わらず跳ね回る禍渦の動きを目で追いながら、姿勢を低くして尻尾を掲げる。そして体の大きさはそのままに尻尾だけをどんどん膨れ上がらせていく。全身の二倍、三倍……、その勢いを止めることなく巨大化させていき――。
「いくよ?」
そう一言断りを入れて、最早巨大な棍棒と化した尻尾を全力で横薙ぎに払った。禍渦は宙に逃れていたがそれは別に構わない。僕がいま狙ったのはアレが足場にしていた周囲の木々。それを全てへし折ってしまえば、もう鬱陶しく跳ね回ることはできはしない。
当てにしていた着地点が突如消えたことで禍渦は無様に地面を転がり。
素早く回り込んだ僕の前脚によってその身動きを封じられる運びとなった。
「うあ……、やっぱりモサっとしてて気持ち悪い……。それに近い……。もうちょっとギリギリまで粘れば良かった……」
大体あと二秒くらいかな、もしかして高く運びすぎたかな、と思案した頃、やっとこさリーダーとその相棒が落下してきたようだ。
そして大きな、力強い声で僕の名を呼ぶ。
「ネロォォォオオッ!!」
「了解。さ、さっさと始末しておくれよ」
禍渦を抑えていた前脚にさらに力を込め、地面に押し付けるようにしてその場から飛び退く。これで頼人の直下にあるのはあの醜い怪物のみ。
僕が空を見上げるとそこにはコートをはためかせた頼人の姿と、彼から放たれた銀色の光が禍渦に向かって墜ちていく様が確かに在った。
『どう? ネロはちゃんとやってる?』
「ん? あー、ちっと面倒そうなことになってんなあ。けどま、ネロなら何とかするだろ」
『そう? 正直ネロのスキルって自分より強い相手と戦うには向いてるけど、ああいう弱い相手のときって足枷にしかならないと思うんだけど』
「んー、まあなぁ……。でも、それも戦い方次第だろ」
その言葉通り、俺は心配などしていない。地力で負けてるとも思えないし、「適応即身」が働いて力関係が拮抗してもあの程度の知能のしか持っていない化物にネロが後れを取るはずがないからだ。
だから俺たちは余計なことは考えず、このまま指定した場所目がけて落ちていけば良い。アイツを信じて爪を研いでいればいい。
約束の時間まであと五秒というところで、眼下で森が弾け飛ぶ。
『あは、頼人の言う通り心配なかったみたいだね』
「だろ?」
さあ、今度は俺の番だ。キッチリ仕事をこなさねえとな。
右手に握った刀を逆手に持ち直し、まるで槍を投擲するかのような構えのまま落ちていく。そして時間が満ちたとき、俺は彼の、仲間の名を叫ぶ。
「ネロォォォオオッ!!」
その声に反応し素早く後ろへ跳ね退くネロ。これで俺の真下に在るのは禍渦のみ。大口を開けて地面に這い蹲る無様な怪物だけだ。
「ッらぁ!!」
渾身の力を込めて、手にした刀を禍渦の口に向かって投げつける。月の光を受け稲妻のような速さで直進する刀は唸りを上げ、吸い込まれるようにその口内に突き刺さる。いや突き破る。そうして突き破った刃は禍渦の身体を地面に縫い付け、さながら標本のような態を見せていた。
声なき声。
体中に生えた手が、指が痛みから逃れるように激しく震える。
痛い、痛い。私が欲しいのはこんなものじゃない。痛みから逃れるために、足りないものを補うために他人の身体を欲したんだ。
そう訴えるように、尚も禍渦は手足を暴れさせる。
麓の村で話を聞いたからコレの思考は手に取るようにわかる。この禍渦の根底にあるものが何なのかわかる。ただ――。
「んなこと知ったことかよ、ボケ」
八本のコードで衝撃を殺し禍渦の上に着地する。そして口内へと更に押し込むように片足を柄の上に乗せ、体重をかける。禍渦の動きがさらに激しいものになるがそんなこと知ったことではない。知ったことではないのだ。
ああ、そうだとも。こうして世界を回るようになって色んな嘘のカタチを知って、悪くない嘘を知ったとしても、オマエら禍渦という嘘の塊はどう転んでも悪いものだ。それは、いまも俺を守護してくれる彼女とて例外ではない。
だから、それを自覚していた彼女は自分から死を求めたし、多少不本意な形であってもそれを享受した。
「俺がオマエらにしてやれんのは息の根を止めてやることだけだ」
禍渦が抱く願望が何であれ。
心から渇望するものが何であれ。
俺はそれを躊躇うことなく粉砕してやるよ。
掌の上に新たに物質を具現化する。それは以前にも使ったM67破片手榴弾。通称『アップル・グレネード』。手早く安全クリップ、ピンを外し、禍渦の口の奥底に放り込み、一足飛びでその場から離脱する。
そしてその数秒後、あの毛むくじゃらの醜い禍渦は村に伝えられた話通りその身体を内部から破壊され、肉片を辺りに撒き散らした。手足はもちろん胴体から吹き飛び、腹部にあった多数の顔など跡形もない。輻射状に描かれた血肉の跡はそれなりに惨いものだったがそれも手足と同様に直ぐに塵となって消え失せる。
『禍渦の反応、完全に消滅したよ。おつかれさま、頼人』
「あー、おつかれさん、イア。それにネロ」
「本当にね」
のそりと茂みから姿を現した彼の頭を優しく叩く。
「さっきの子は無事かな?」
「ん? 身体は無事だろうさ。心の方はどうだか知らねえけどな」
「……そっか」
少し口惜しそうに頭を垂らす姿から察するにやはり先ほどの行動はあの少年を慮ってのものだったらしい。
「…………なあ、ネロ。オマエ――」
仲間として。こうして肩を並べて戦う友達として。
その変化が何をきっかけとしているのかを見定めようとしたそのときだった。
『よ、頼人!! ねえ、あれ見て!!』
イアが素っ頓狂な声を上げ、ある一点を見るように催促してくる。感じからして危険な匂いはしないが、相当の驚きだったようで彼女の声は微妙に裏返っていた。
「どうしたよ、イ――」
そこから先は言葉をつなげられなかった。恐怖からではなく、イアと同じ驚きが邪魔をしていたから。
俺の視線の先、禍渦が爆散したその中心地。その場所に在ったのは禍渦の残骸でも、新たな脅威でもなく、刀身が中ほどで折れた一振りの刀。さっき俺が手榴弾を具現化する「前に」生み出した、もう既にこの世界にない筈のもの。
それは月と星の光を浴びて、まるで自分はここにいるとでも主張するように鈍い光を俺たちに向けて放っていた。
祝日ってイイヨネ!! どうも、久安です。
最後で「えっ?」ってなった方はご安心ください。次回でちゃんと一旦整理しますので。誰一人「えっ?」ってならなかったらどうしよう……。
と、一先ずそれは置いて。ネロ君のスキル「適応促身」の弱点ともいえるべき部分が露呈しましたね。相手に合わせる、適応するので強くも弱くもなるのです。んー、忙しない!! 取り敢えず頑張れ!!
で、一つご報告。前回告知しました一周年記念のショートストーリーですが予定通り明日の7時より公開します。良かったらどうぞ。シリアスなんて欠片もないぜ!!
それとは別に次回予告です。
次回は3月22日 7時です。幼女誘拐事件勃発。何があった。
ではではー。




