居場所
「頼人、僕もうあれに触りたくないんだけど」
「大丈夫だ、オマエならできる」
森の中で俺の隣を疾走しながら弱音を、というか愚痴をこぼすネロに向かってそう親指を立てる。
『とかいって頼人が触りたくないだけでしょ?』
「気持ち悪い思いをするのは一人で良いと思わないか? なあ、ネロ」
「はぁ……、やっぱり完全に汚れ役じゃないか、僕」
「エンガチョ、ほれ、エンガチョ」
「最低だね、君は!! 決めた、絶対にもう触らない!!」
「これから一週間おかず一.五倍で如何かね?」
『手を打とう!!』
「オメーじゃねえよ!? そこなイケメンの狼さんに聞いてんだよ!?」
まったく油断も隙もありゃしねえ……。そもそもイアの分は俺やネロのより多めによそってるんだぜ? そこから一.五倍増なんてしたら俺の皿に何が残るというのか。
『ええー? ケチー』
「そうか、イアは自分の分をネロに回してほしいのか。優しいな」
『ごめんなさい。いまのままで満足です。ごめんなさい』
「良い子だ。で、どうよ、ネロ?」
「……献立はお肉多めで頼むよ?」
「よっしゃ、任せとけ!!」
「やれやれ…………、おっと!!」
向かっていた先。禍渦を弾き飛ばした茂みから勢いよく禍渦そのものが飛び出してきた。俺は直角に、ネロは上空へと難なく回避し改めて禍渦の姿をまじまじと観察する。
「「『…………………うえ』」」
はっきり言って直視できる姿をしていない。ただの人間だったらぼんやりとわかる程度なんだろうが、如何せん五感が強化され過ぎているというのも悩みものだ。というのも見たくないものまで見えてしまうし、嗅ぎたくないものまで臭ってくる。
体中に生えた人毛とそこから無数に生えてる人の手足はまあ良い、いや良くないけど。それよりも何よりもあの背中に開いた口が嫌悪感を抱かせる。
血のように赤い歯肉から伸びた歪な歯。歯並びはガタガタで至る所に食い散らかしたのだろう人間の肉が挟まっている。また、その口から吐き出される息は鼻が曲がりそうなほどの悪臭を放っていた。
『この臭い……、エディバラを思い出すねえ』
「やめてくれ、それトラウマだから。俺の心の傷はまだ癒えきってないから」
二週間前、クダンから託されたという深緋と満月が持ち込んだエディバラが齎した悲劇を俺は生涯忘れはしないだろう。というかまだ若干台所に臭いが残っているので、少なくともそれが消えるまでは無理。
「つー訳でこのムシャクシャした気持ちは全部アレにぶつけることに決めた」
『いつ?』
「勿論、いま、このとき、この瞬間だ――よォッ!!」
再びこちらに突っ込んできた禍渦とすれ違いざまに刀を具現化し、手足の数本を切断すると、同時に耳を劈くような奇声が上がる。
「五月蠅いよ」
その醜悪な口を全開にして絶叫する禍渦に向かって飛び降りたネロは更にヤツの手と足を引き裂き、食い千切った。
うわ……。直接触るの嫌だったからああ言ったけどあそこまでしてくれるとは思わなかったなあ……。頑張ってる本人を目の前にしては間違っても口には出さないけど。
死ぬ気の抵抗か、ネロの押さえつけから逃れると少なくなった手足で禍渦は駆ける。俺にではなく、当然ネロにでもなく、向かった先はさっきネロが助けた子どもに向かってだ。
血みどろで、奇声を発して、狂奔する様はまさに話に聞いた男の呪いの塊。怨讐の産物。まともなところなど何一つない。その全てが異常。子どもを喰らおうと走る怪物など、普通の人間からしたら確かに身の毛もよだつ存在だろう。
しかし、それを見ても俺の心は波打たない。何処かの正義の味方みたいに「あの子どもを助けなければ!!」なんて熱い気持ちを滾らせたりなんかしない。
ただ、それを冷めた目で見ているだけだ。
『どうするの、頼人?』
「んー、正直俺としては別にどっちでも良いんだよな。一瞬しか見てねえけど、ありゃ壊れちまってたろ?」
恐怖で頭がイカレてしまった。禍渦との戦闘を開始する前に観察した感想としてはそんな印象。あの様では命が助かったところで碌な人生など送れない。夜を迎えるたびに存在しない化け物の影に怯える羽目になるだろう。
禍渦のことについて情報を集めた村はジェヴォルダンまでとは言わないものの中々に閉鎖的なものだった。もし、この子どもに家族がいなければ誰も世話などしないだろうし、家族がいても絶対に面倒をみてくれる保証などない。
このまま死のうが、俺が助けようが幸福な未来というものは失われている訳で。
「だから良いんじゃねえか? もう放って――」
言い切る前にネロが禍渦の行く手を塞ぎ、渾身の咆哮を上げる。全身を針で刺すような音の波を真正面から受けた禍渦は慌てふためき進路を変えた。今度は完全に逃走する目的の疾走らしい。
「……おかないみたいだな。ネロは」
『だね』
断っておくがネロは「人間大好き!! ラヴ!!」なんてことはなく寧ろ人間そのものは気に入らない種族として認識している。だから必要があるとき以外は俺以外の人間とは口を聞かないし、関わろうともしない。
だからこそ、いまあの子どもを助けたという事実はそれなりに驚いた。てっきりいつもみたいに俺に判断を仰ぐか、もしくは見殺しにするものと思っていたからな。
一度助けたことを無駄にしたくないのかねえ。
それとも何か心境の変化でもあったか。
『それで? 頼人は見てるだけ?』
「まさか。ウチの子が頑張ってんなら黙って見てる訳ねえだろ?」
『そ。じゃあ頑張ろうね、お・と・う・さ・ん?』
「はいはい、わかってるよ。つーかイアも頑張れよ。ネロはオマエの弟みたいなもんなんだから」
『え、弟? 息子じゃなくて?』
「はっはー、オマエが母ちゃんだとしたらとっくの昔に家庭崩壊だ、コノヤロー」
『むぅ…………』
「悔しかったら一遍くらい飯作ってみろや!!」
『ふふん甘いね、頼人!! お母さんが家事をする人なんて認識もう古いよ!!』
「ほう、じゃあオマエは何ができるんだ?」
『え? えーっと……』
「はい、残念!! 時間切れです!!」
『え、ええーッ!!』
不満そうだが、これ以上ネロに任せっきりになるのも悪い。この山の麓の村に住む爺さんに聞いた伝承通り、さっさとこの禍渦を始末しなければ。
「ネロ!! もっかいそいつを吹っ飛ばせ!!」
俺の指示に素早く反応し、その巨体を禍渦にぶち当てる。そうしてヤツがもんどりうって地面を転がっていくうちにネロと合流し、こちらの狙いを伝えた。
「ふぅん、わかった。取り敢えず僕はアレをまた抑えていれば良いんだね?」
「ああ。タイミング間違えんなよ? トチるとお前が危ねえ」
「そんなヘマはしないさ。僕が君の声を聞き間違えるなんて有り得ない」
真っ直ぐな瞳でそう告げるネロに不安など覚える筈もない。彼の答えに満足した俺は頸元の毛を掴み、
「そっか、なら任せたぜ」
そう、言葉を返した。
「うん、行こう」
『れっつごー!!』
頭の中で響くイアの能天気な掛け声に苦笑しながらも、俺はネロに連れられ空へ昇る。
月は燦然と光り輝き、星たちは互いにその存在を主張し合う。それを見て、心地よい風を感じながら、心の底からこう思った。
ああ、こいつらのところに帰ってこれて良かったと。
涙で前が滲むよ……(花粉のせいで)。どうも、久安です。
久々に主人公一行の出番。そのせいか喋り倒している気がします。まあ、ほぼ丸々一章出番がなかったから仕方ないよね!!
今回は他に特に言うことはなし。あとは宣伝を一件。3月21日 7時に一周年を記念して『ハートブレイク』と『ディサイド』の間の馬鹿騒ぎを投稿するつもりです。
お願いですから過度な期待はしないでください(真顔)。ちらっと見て、クスっとしてもらえたら良いくらいのものだと思うので。長さは大体二話分程度を予定してます。
小説一覧のトコロに枠を設けるので今後そういったものはそこに投稿します。
次回です。
3月20日 7時に投稿予定です。それではまた一週間頑張っていきまっしょい。




