姉妹と、おじさんが居ない夜
二人と彼が出会い、少しずつ、打ち解けてきた頃。
彼は二人に、落ち着いた声で語り掛けた。
「ナーナ、ネノネ。おじさんはしばらくお出かけするよ。」
「……おでかけ?」
「……どこか、行くの?」
いつもの近くの町の買い出し、という雰囲気ではなかった。
神妙な面持ちで、時間を気にしているような素振りを見せる。
「ああ、ちょっと調べることがあってな」
────こん、こん。
木製の粗雑な扉を叩く音が、狭い家屋に響いた。
ナーナが扉を開けると、扉をくぐるようにして、のそりと男が入ってくる。
硬そうな革の装備と、腰元に外の冷気で結露が覆った剣を着けていて、
巨躯といえるほどの体格は、部屋にこれまた大きな影を落とした。
ナーナとネノネは見ず知らずの巨漢を見て小さく息を呑み、
後ずさって彼の後ろに陣取った。
ネノネはナーナの後ろに隠れて、そのナーナはネノネを覆うように肩を抱く。
「大丈夫だよ、二人とも。おじさんの知り合いだ。ご挨拶できるか?」
「……こ、こんばんは」
「こんばんは……」
二人はおっかなびっくり、といった様子で巨漢に頭を下げた。
頭は下げつつ、警戒しているのか目線はそらさず男を見つめたままだった。
「これはこれはご丁寧に、どうもありがとうございます」
男の声は彼のものよりも一層低く、地鳴りがするようだったがそのかしこまった態度に、二人はほっと胸をなでおろした。
「久しぶり、兵士長さん」
彼が気さくに声をかけると、兵士長と呼ばれた巨漢は軽く会釈して椅子に座った。
彼らが対面すると、ただでさえ広くなかった机は、
飯事のためのおもちゃのように小さく見えた。
「ごめん、少し話すことがあるから、ふたりは向こうの部屋にいてくれるか?」
静かにそう告げられた姉妹は、
言われるがまま隣の月明かりが差し込む寝室へに控えることになった。
「……おじさん、あの人とどこか行くのかな」
「どう、かな……」
保護者である彼の外出というのは、二人がここに来てから初めてのことだった。
二人を不安にさせないために、彼は朝方出かけても日が頭上に昇る頃には必ず戻るようにしていた。
彼のおかげで、二人も怯え続けることなく、日々を過ごせるようになっていた。
そんな彼の外出に、二人の不安は募っていくばかりだった。
「ネノネ……開けちゃだめだよ……」
「ちょっとだけ……」
扉を少し開き、彼女たちの長い耳を突き出すと、
分厚い木の扉の向こうから、低い男の声が漏れ聞こえてくる。
「――あなたが弓を置いたときは驚きました。こんな雪深い田舎で子守をしているとは」
「……まあ、色々ありまして。」
兵士長の言葉に、彼はどこか自嘲気味に笑った。
どこか、先ほどまで居た部屋とは違う空気が漂っていて、
姉妹は緊張に息を呑んで聞き耳を立てた。
「……で、場所は特定できたんですか?」
「ええ。例の、その村がここです。」
兵士長は机の上に広げた地図に指を指し、彼もそこを凝視する。
「他には?彼女たちの仲間は……。」
「周囲を捜索しましたが、誰も。
死体は……耳が切り取られて焼かれていました。」
二人はその言葉に、心臓がひきつる思いをして、目頭にあの時の恐怖が昇る。
そして、彼がいる部屋の空気がピリッと張り詰めていくのを、二人は感じていた。
「襲ったやつらの目星は……もうついてるんですか?」
普段の優しい彼が決して漂わせない、冷たい空気が流れ、
引っ込み思案な妹のみならず、姉もその剣呑な雰囲気に固唾を飲み込んだ。
「おそらく、エルフや他の種族を狙った選民団体でしょう。
……以前にも似た件があってそのときの物と一致していると。」
「……そうですか。」
彼は、姉妹を雪中から救っただけではなく、あの惨劇をずっと追っていたのだと、
そのとき姉妹は初めて知ったのだった。
「平和になったはずなのにな……。」
頭を抱えて天を仰ぎ、そのまま言葉を吐き捨てた。
哀しみや怒り、それ以外にも、色々な感情が含まれていた。
「いつ発ちますか?」
「すぐにでも、先遣隊はもう向かってるんでしょう。」
「はい、1日もあれば合流できるかと思います。」
「――っ!」
村の惨劇、その元凶を追っている、
そう気付いた姉妹は勢いよく扉を開けてリビングへと飛び出した。
「ダメ……! 行っちゃやだ……っ!」
小さな体で彼の前に立ちはだかり、妹がその服の裾を両手でぎゅっと掴む。
突然のことに、彼も兵士長もわずかに目を見張った。
姉も、同じ気持ちだったのだろう、妹と彼の傍で己の身体を抱き震えていた。
「行かないで……あぶないよ……っ。 もし、帰ってこなかったら……っ!」
妹が潤んだ瞳のまま、涙をこぼすのも気にせず、必死に見上げていた。
彼は困ったように眉を下げたあと、先ほどまでとは違う、
彼女たちにいつも向けているような柔和な笑みを無理やりに作った。
そして、大きな温かい手を、私たちの頭にそっと乗せ、語り掛ける。
「大丈夫だよ。すぐに戻る。約束するから」
「……本当?」
「ああ。心配かけないように、ちゃんと帰ってくる」
その落ち着かせようとする声と、頭を撫でてくれる手が、
波立っていた姉妹の心を少しずつ鎮めていった。
心の底から納得できたわけではなかった。
本当はまだ怖い。
それでも、彼の「大丈夫」という言葉にすがるように、
姉は小さくうなずいた。
「……うん。待ってる……絶対、帰ってきて……」
「あぁ、行ってくるよ」
こうして、姉妹は静かにその背中を見送ることになったのだった。
────
男達が家を出ていってから、初めての夜がやってきた。
雪こそしばらく降っていなかったが、辺りは相変わらず冷え切っていて
それもまた彼女たちを物悲しくさせた。
「……ネノネ、ごはん、食べよ」
「うん……」
姉の声は、少し枯れていた。
食事が終わると、姉妹は自然と彼の部屋に集まっていた。
ベッドからは彼の匂いが漂い、二人は身体を寄せ合うように、
冷えた空気を嫌がるように毛布を体に一枚ずつ巻きつけ、
並んで小さく丸くなった。
「……ねえ、ネノネ」
膝を抱えながら、姉がぽつりと言った。
「……なに?」
「本当は、もっと強く止めればよかったかな」
「……」
「もし、このまま帰ってこなかったら、どうしよう……」
姉の細い肩が、わずかに震えている。
妹も言葉が見つからず、ただ腕をぎゅっと掴み返した。
もし、あの人が村の人と同じように、なってしまったら。
また、2人だけになってしまったら。
想像しただけで、息が詰まりそうになっていた。
「……帰ってくるよ」
震える声で、自分に、姉に言い聞かせるように妹はそう呟いた。
「だって、約束したもん。『ちゃんと帰ってくる』って、笑ってくれたもん」
姉は少しだけ目を見開いたあと、ふっと息を吐き出して、姉妹で温度を分け合うように抱き合った。
「……そうだね。待ってなきゃ。
……おじさんが帰ってきたとき、びっくりさせちゃうくらい、
お家をきれいにしておこうね」
「……うん!」
その夜、そのまま二人は小さな体をぴったりと寄せ合いながら、眠りについた。
窓の外で風が唸るたびに心臓が跳ねたけれど、あの人の温もりが残る毛布に包まれながら、戻ってくる日を待ち続けた。
数日が経ちいつものように夕飯に食べる野菜を煮込んでいた日のことだった。
外でとすとす、と地面を踏む聞き慣れた足音がした。
静まり返っていた家に響くはずのないその足音は、まっすぐに玄関へと近づき、そしてガラリと重い戸が引かれた。
「ただいま。何もなか――」
「……っ」
「――っ、うわぁ……!」
そこには、コートをまとったあの人が立っていた。
旅立つ前と変わらない、少し無骨で、頼もしいおじさん。
「っと……」
まず姉が弾かれたように飛び出し、彼の胸に全体重を預けるようにしがみついた。
妹もあとに続き、濡れたコートの裾を懸命に掴みながら、彼の腕の中に顔を埋めた。
「ただいま、ナーナ、ネノネ。留守番ありがとう」
大きな手が、優しく包み込むように撫でてくれた。
外の空気で冷えて、氷のようだったけど、心地のよいものだった。
姉妹はあふれ出る涙を止めることもできず、声を上げて泣きじゃくった。




