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ほんとのかぞく  作者: たろう
第二 姉妹との日々

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6/31

俺と姉妹と、眠れない夜

 壁一枚隔てた向こうから、押し殺したような泣き声が聞こえてくる。

 今夜もか、と俺は暗い天井を見上げた。


 ふたりがこの家に来てから、ひと月ほどが経つ。

 昼間は少しずつ笑うようになった。

 ネノネは俺のあとをついて回るようになったし、ナーナも固い態度が崩れてきた。

 だが、夜になると駄目だった。


「……おかあさん……やだ……っ」


 ネノネの寝言が、悲鳴に変わる。

 それをなだめるナーナの声も、震えている。


「大丈夫、大丈夫だよ、ネノネ……。お姉ちゃんがいるから……」


 燃える村。叫び声。崖の隙間で、母親の最期を聞いていた夜。

 子どもじゃなくても、抱えるにはあまりにも重すぎる記憶。


 何年経っても、鮮烈に焼き付いた記憶が悪夢となって蘇る。

 冷たくて、鉄臭くて、痛い夢。

 その経験は、痛いほど知っているつもりだった。


 様子を見に行こうかと、何度も思ったが、

 ナーナ以上に、あの子の気持ちをわかってあげられる人間なんていないんだ。

 俺が行ったってかえって怖がらせるだけかもしれない。

 それでも、彼女たちに何かしてあげられたら。

 そう思いながらも、自分の無力さを身に染みながら目を閉じた。


 その時、きい、と床板が鳴った。


 薄目を開けると、寝室の入口に、小さな影が立っていた。

 自分の体ほどもある枕を、両腕でぎゅっと抱えている。


「……ネノネ?」


 ネノネは何も言わず、ただ枕に顔を半分埋めて、こちらを見ていた。

 その後ろから、慌てたようにナーナが顔を出す。


「ネノネ、だめだよ……おじさん、寝てるんだから……」

「……いい。起きてたよ。……どうかしたか?」


 身体を起こすと、ナーナはびくりと肩を震わせ、ネノネの腕を掴んだ。


「ご、ごめんなさい……。すぐ、もどるから……」

「……怖い夢、見たの」


 ネノネが、ぽつりと言った。


「おじさんのとこなら、怖くないかもって、おもったの……」


 ナーナが、困ったように俺とネノネを交互に見る。

 きっと、止めようとしたのだろう。

 けれど、ナーナの目の下にも、うっすらと隈ができていた。


 俺は少し考えてから、かけていた毛布の端をそっと持ち上げた。


「狭いけど、おいで。

 怖い人がきたら、おじさんが追い返してやる」


 ネノネは、それを聞いて枕を抱えたまま、ぺたぺたと裸足で駆け寄ってきて、

 恐る恐る俺の隣に潜り込んだ。


「……ナーナもおいで」

「わ、私は……」

「ネノネが寝たら、戻ればいい。

 一人だとネノネも心細いからさ」

「姉ちゃん……一緒に寝よ」


 ナーナはしばらく入口に立ち尽くし、ぎゅっと自分の服の裾を握りしめて躊躇していた。

 やがて観念したように、おずおずと足音を殺して歩み寄り、寝床のいちばん端っこに腰を下ろした。

 俺とネノネに背を向け、布団から落ちてしまいそうなほどの端っこで、小さく体を丸める。


 大人ひとりと子供ふたりが入るには、実に狭い寝床だったが、

 お互いに体を寄せ合えばなんとか寝られそうだった。


 ────


「……おじさんも、怖い夢、みる?」


 静まり返った暗闇の中で、ネノネがぽつりと尋ねてきた。


「……見るよ」


「おじさんも昔たくさん、怖い思いをしたんだ。

 だから今でも、ときどき夢に見る」

「……おじさんも?」


 横になったまま、ナーナが小さな顔だけをくるりと振り向かせ、

 疑念の混じった眼差しで問い返してくる。


「ああ。大人でも、怖いもんは怖い」

「……おじさんも泣いちゃう?」

「ああ、朝起きたら枕がびっしょりだよ」


 ネノネは少しの間だけ黙り込むと、抱きかかえていた枕を脇へ押しやり、

 俺の腕にぎゅっと力いっぱいにしがみついてきた。


「じゃあ、ネノネがいてあげる」


 その健気さに、思わず鼻の奥が少しツンとして、くすりと笑ってしまった。


「……そうか。じゃあ、頼むよ」


「どんな怖い夢?」

「んー……。じゃあ嫌いな食べ物がいっぱい落ちてくる夢。」

「なにそれ」

 とナーナが小さく呆れたような笑みをこぼし、ネノネも釣られて同じように笑った。


「昔から甘酸っぱい果物が苦手なんだ。ほら、あの黄色いやつ」

「そうなんだ。ネノネ食べられるよ」

「わたしも……」

「そっか。じゃあ今度おじさんの夢に出てきたら、ふたりにどっかやってもらうよ」


 二人が小さく笑いあう声が静かな部屋に溶けていく。

 それからネノネの寝息が聞こえてくるまで、そう時間はかからなかった。

 しばらくして、寝床の端から、もうひとつの寝息が重なった。

 見ると、ナーナもいつの間にか同じように眠っていたようだった。

 眉間に寄っていた皺がほどけて、年相応の、幼い寝顔をしている。


 ふたりの小さな寝息を聞きながら、俺もいつの間にか目を閉じていた。

 その夜は、俺も悪夢を見なかった。


 ────


 翌朝、目を覚ますと、両腕が痺れて動かない。

 首だけを動かして見ると、右腕にネノネ、左腕にナーナ。

 小さな二人の頭が、俺の両腕をしっかりと枕代わりにして丸くなっていた。


 ふいに左側でまぶたがピクッと動き、ナーナがゆっくりと瞳を開けた。

 まだぼんやりとした様子で天井を見上げていたが、自分がどこで、どんな体勢で寝ているのかに気がついた瞬間、

 顔を赤くして跳ね起きようとした。


「ご、ごめんなさい……っ! 戻るつもりだったのに……!」


「いいさ。……よく眠れたか?」


 痺れた腕を動かせないまま、俺が苦笑交じりに尋ねると、ナーナは恥ずかしそうに口をごもごもとさせた。

 それから、少しだけ気まずそうに視線を泳がせ、胸の前で握りしめた手を見つめながら、小さく頷く。


「……はい」


「なら、よかった」


 そう言って微笑むと、ナーナは照れくさそうに唇を結び、起き抜けの寝癖がついた頭を小さく下げた。


 右腕の方では、ネノネがまだ寝息を立てながら、俺の袖口をぎゅっと握りしめている。

 その穏やかな寝顔を見ていると、痺れて感覚のない腕の痛さすら、どこか愛おしく思えてきた。


 ────


 その夜をきっかけに、心細い夜には、ふたりが自分の枕を抱えて俺の寝床に潜り込んでくるようになった。


「おじさん、昨日は嫌いな黄色いやつ出てきた?」

「昨日は大丈夫だったけど、どうかな。また出ちゃうかも」

「じゃあ、ネノネが横で見張っててあげる」


 そんな他愛のないやり取りを交わしながら、毛布を掛け合う。

 大人ひとりと子供ふたりが入る寝床は相変わらず狭かったし、毎朝目覚めるたびに俺の両腕は痺れていた。


 けれどかつて悪夢を見る夜は、季節が巡るごとに、少しずつ俺も彼女たちも減っていった。


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