↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほんとのかぞく  作者: たろう
第二 姉妹との日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/30

ナーナと、焦り

 あの人の家に来てから、どれくらい経ったんだろう。

 熱が下がって、ネノネが自分の足で歩けるようになってからも、私はずっと、どうしたらいいのかわからずにいた。


 朝、目を覚ますと、いつも暖炉に火が入っている。

 私たちが眠っているうちに、彼は薪を割り、水を汲み、朝ごはんの支度を済ませていた。

 テーブルの上には、湯気の立つスープと、硬いパン。


「起きたか。冷めないうちに食べな」


 それだけ言うと、彼はいつも外へ出て行ってしまう。

 私とネノネは、雪を踏む足音が遠ざかるのを確かめてから、ようやく椅子に座った。


 彼が悪い人じゃないことは、わかっていた。

 雪の中から私たちを助けてくれた。

 熱を出したネノネの手を、一晩中さすってくれた。

「ここにいていい」と、言ってくれた。


 それでも、身体が勝手に強張ってしまう。


 大きな背中。低い声。重たい足音。

 あの夜、村を焼いた黒い服の男たちも、みんな大きくて、低い声で笑っていた。

 おじさんとあの男たちは違う。

 頭ではわかっているのに。


 ネノネは、ほとんど喋らなかった。

 私の背中に隠れて、じっと彼を見ている。

 怖がっているのか、それとも何かを確かめようとしているのか、姉の私にもわからなかった。


 ────


「……あの。何か、お手伝いできること、ありますか」


 ある朝、外へ出ようとする彼の背中に、私は思い切って声をかけた。


 ただでご飯を食べさせてもらって、ただで寝床を借りている。

 いつか「もう出ていってくれ」と言われてしまうかもしれない。

 そうなる前に、役に立つところを見せなきゃいけないと思ったから。

 彼は少し驚いたように振り返って、それから困ったように頭を掻いた。


「手伝い?大丈夫だよ。まだ本調子じゃないだろ?」

「もう、平気……です。お洗濯でも、お掃除でも、します」

「……そうか。じゃあ、無理しない程度に、皿でも洗ってもらおうかな」


 その日から、私たちは家の中の仕事を探して回った。

 床を拭いて、暖炉の灰を掻き出して、彼が帰ってくる前に洗い物を全部片付ける。


 数日経った、ある夕方のことだった。

 棚の上に皿を戻そうと背伸びをした拍子に、手が滑った。


 がしゃん、と。

 乾いた音が、狭い家の中に響き渡った。


 床に、白い破片が散らばっていた。

 彼がいつも使っている、縁の欠けた古いお皿だった。


「……っ」


 血の気が引いていく。

 どうしよう。どうしよう。

 役に立たなきゃいけないのに。怒られる。追い出される。


「どうした、何の音だ」


 扉が開いて、彼が入ってきた。

 床の破片と、立ち尽くす私を見て、彼は大股でこちらへ歩いてくる。

 大きな手が、私のほうへ伸びてきた。


「ご、ごめんなさい……っ!」


 私は咄嗟に目を閉じて、身体を縮こまらせた。

 腕で頭を庇う。後ろで、ネノネが息を呑む気配がした。


 ……けれど、いつまで経っても、何も起こらなかった。


 おそるおそる目を開けると、

 彼は、伸ばしかけた手を宙に浮かせたまま、固まっていた。


 それから、その手をゆっくりと下ろして、私の前に片膝をついた。

 雪の日、初めて会ったときと同じ、私と同じ目の高さ。


「……怪我はないか?」

「え……」

「手、切ってないか?」


 彼は私の手を取ると、掌と指先を、一本ずつ確かめるように見た。

 ごつごつした、硬い指。だけど、触れ方は驚くほどそっとしていた。


「……うん、大丈夫そうだな。ネノネも、そこから動くなよ。危ないから」


 彼は暖炉の脇から箒を持ってきて、黙って破片を集め始めた。


「お、怒らないんですか……?」

「怒る?」

「私……役に立たなきゃって……。そうしないと、ここに……」


 言いかけて、喉が詰まった。

 言ってしまったら、本当にそうなってしまう気がした。


 彼は箒を動かす手を止めて、しばらく黙っていた。


「……ナーナ」

「……はい」

「何もしなくても、ここに居ていいんだ」


 彼は私の目を見ずに、床の木目を見つめたまま言った。


「俺……今まで自分の為に仕事して、一人でここで暮らしてたけど。」

「二人が来てくれて、二人の為にご飯作ったり、そういうのがちょっと……」

「こそばゆいけど、嬉しいんだ。」


「男ひとりだから、むさくるしくて、綺麗な洋服とかもないけどさ。」

 そういって、割れた欠片をくずかごに捨てた。


「だから、二人が無理に何かしてもらわなくても、俺は十分もらってるよ。」

 おじさんは恥ずかしそうに、笑って頬を掻いた。

 ────


 その日の夕食。

 いつものように、彼はスープを置いて、席を立とうとした。


「……おじさん」


 小さな声が、彼を呼び止めた。

 ネノネだった。

 私の背中から半分だけ顔を出して、彼の服の裾を、ちょこんとつまんでいる。


「……一緒に、たべないの?」


 ぽつりと、ネノネが言った。

 この家に来て、ネノネが自分から喋ったのは、たぶん、それが初めてだった。

 彼は目を丸くして、それから、私のほうを見た。

 私は少しだけ迷って、小さく頷いた。


「じゃあ、一緒に食べようか」

「うん」


 三人で囲む食卓は、狭くて、少しだけぎこちなかったけど

 久しぶりに、ネノネ以外と一緒に食べるご飯はいつもより温かく感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。