父と娘と、あの日の夜
そして今日、この家はどこか浮き立った空気につつまれていた。
「お父さん、まだー? テーブルの準備できたよ」
「今行くよ。」
厨房から木彫りのトレイに料理と酒瓶を載せ、居間へ足を踏み入れる。
暖炉には薪がパチパチと爆ぜ、食卓にはナーナとネノネが並んで腰掛けていた。
ふたりとも、今日のために新調した綺麗なワンピースを着ている。
「わあ……! すごい、お肉もパンもいっぱい!」
「ふふ、ネノネったら、はしゃぎすぎだよ」
嬉しそうに目を輝かせるネノネと、甲斐甲斐しく俺からトレイを受け取ろうと立ち上がるナーナ。
かつて凍えそうな手で俺の服の裾にしがみついていた小さな子供たちが、
今ではこうして、家の中で明るく、笑えていた。
「ナーナ、ネノネ。ふたりとも、成人おめでとう」
小ぶりのガラス杯に、赤く澄んだ果実酒を静かに注ぎ分ける。
「ありがとう、お父さん」
「ありがとう。……こうして三人でお酒を飲むなんて、なんだか不思議な気分」
「ああ、そう思う」
ふたりが杯を手に取り、俺も自分のグラスを持ち上げる。
カチン、と小さな澄んだ音が部屋に響いた。
「この地域での歳の数え方だけど……今日からふたりとも、晴れて立派な大人だ。
本当に……大きくなったなあ」
一口を含むと、甘酸っぱい果実の香りとほのかなアルコールが鼻腔を抜ける。
ふたりを大切に育て、父と呼ばれ、無事に今日という日を迎えられたことへの万感の思いが込み上げ、目頭が熱くなるのを抑えきれなかった。
「お父さん泣いてる」
「もう、喜びすぎだよ。……でも、ありがとう」
呆れたように笑いながらも、どこか愛おしそうに俺の顔を覗き込んでくるふたり。
この穏やかな温もりと、家族としての満たされた時間。
これこそが俺の守りたかったものだし、これからも続いていく日常なのだと、俺は疑いようもなく信じている。
お酒を一口飲み干してグラスをテーブルに置くと、俺は目元を軽く指で拭ってふたりに向き直った。
「それで……これからふたりは、どうしていきたいんだ?
街のお店の手伝いも、すごく重宝されてるって聞いてるけど。」
ナーナは街の食堂で、ネノネはお花屋さんで見習いとして働いていた。
学校を卒業してからも真面目に通って、街の人たちにも愛されているのは知っていた。
「うん、私もネノネも、今のところでそのまま働いていいって言ってもらえたよ」
「本当か……? よかったな、ふたりの頑張りがちゃんと認められたんだ」
安堵と誇らしさで、また胸の奥が熱くなる。そんな俺を見て、ナーナとネノネはふっと顔を見合わせた。
「お父さん喜びすぎだよ。……ありがと」
ナーナが少しだけ声を低くして、真剣な眼差しを向けてくる。
「それ以外のことも、ふたりでたくさん話し合ったの」
「ふたりで……?そうか……。」
なんだか除け者にされたようで、寂しいが、娘たちも年頃だ。
そういう時期が近付いているんだろう。
「うん。私たちがこれから、どうしたいか」
「……私ね。ううん、私たちお父さんとずっと一緒にいたいの」
ネノネが静かに、けれど強く言葉を重ねた。
「ああ、そりゃあ嬉しいよ。俺だって、ふたりが側にいてくれたら……」
最愛の娘たちと、いつまでも一緒。
照れくさいが、それは約束された幸せな未来のはずだった。
「……私達ね、お嫁さんになりたいの」
あまりにも唐突な言葉に、一瞬思考が止まった。
「……お嫁さん?」
素っ頓狂な声を上げ、目を泳がせる。
見た目にもとても冷静とは言えなかっただろう。
「それって、どういう……。
もしかして……ふたりとも、もう心に決めた相手でもいるのか?」
「……知りたい?」
ナーナが少し首を傾げ、甘やかな笑みを浮かべる。
「そりゃ……知りたいさ。 街の奴か? それとも学校の……。俺が知ってるやつか……?」
「こっちに来て?」
ふたりはソファの上に少し隙間を空け、俺を招くようにぽんぽんと叩いた。
不審に思いながら、立ち上がって言われるがままその間に腰を下ろすと、
右側をナーナが、左側をネノネがそれぞれ抱え込むように左右からぎゅっと挟み込まれる。
あの日から、成長した、大人に近付きつつある彼女たちの身体。
ふたりはくすぐったそうな声で鳴き、俺の身体へ額を擦り付けた。
「……どうしたんだふたりとも、今日は甘えて。」
「お父さん。」
「どうし」
ナーナの手が俺の肩を掴み、そこで俺の言葉は物理的に閉ざされた。
振り返ろうとした瞬間にはもう、視界のすべてが彼女の整った顔立ちで埋め尽くされていた。
柔らかい熱を持った何か────が、俺の唇を塞ぐ。
「────────!?」
息が止まった。
頭の中が白く塗り潰され、何が起きているのか理解が追いつかない。
幼い頃から何度も撫でてきたあの柔らかな髪、
家族として慈しんできたはずの少女の顔が、混ざり合ってしまうほどの至近距離にある。
最初の一瞬、それは酒の席での悪戯か、あるいは愛嬌の延長なのだと脳のどこかが必死に言い訳を探していた。
だが、その免罪符は一秒と保たず打ち砕かれることになった。
固く結んでいたはずの俺の唇の隙間を抉るように、湿った滑らかな舌が侵入してくる。
ナーナの小さな手が俺の後頭部に回され、離すまいと強く引き寄せられた唇から、
甘く熱い吐息が直接俺の口内へ吹き込まれる。
歯列をなぞり、上顎を撫で上げ、逃げようとする俺の舌へ狂おしいほどに絡みついてくる。
それは娘が父親に向ける親愛とはかけ離れた、生々しい情愛を彷彿とさせた。
粘つく唾液の音、鼻腔を突く甘い果実酒とナーナの石鹸の香り、
そして喉の奥から漏れる艶めかしい娘の息遣い。
背後から回されたネノネの腕が、逃げ道を塞ぐように俺の腰を固く抱え込んでいた。
こんな状況だというのに、力任せにふたりを押し開けようとは、思えなかった。
「ん……っ……ふあ……っ」
どれほどの間、口腔を貪られていたのだろうか。
濁音を伴った卑猥な音を立ててようやくナーナが唇を離すと、
俺とナーナの間に銀色の細い糸が引かれた。
息を切らしたナーナの頬は爛々と赤く染まり、
その瞳にはかつて見たこともないほど深く、濃厚な熱が宿っていた。
「はぁ……っ、おとうさん……っ。」
しなだれかかるように俺の胸元へ倒れ込んできたナーナの体温が、服越しに激しく伝わってくる。
トク、トク、と刻まれる彼女の早鐘のような鼓動が、俺の胸板を揺らしていた。
俺は呼吸を乱したまま、言葉すら失って呆然と固まることしかできない。
先ほどまでの団欒を彩っていた空気はとうに切り裂かれ、ナーナの艶めかしい声が木霊していた。
「お父さん、すき……。」
「……姉ちゃんだけ、ずるい……。」
背後からネノネの不満げな声が聞こえたかと思うと、彼女は俺の前に回り込んできた。
俺の視線が追いつく前に、ネノネは躊躇いもなく自分が着ていた服のボタンを上から順に外していく。
「ネノネ……! やめろ、何をやって……。」
止めようと伸ばした俺の手は、露わになった滑らかな白い肌を前にしてピタリと空中で止まってしまった。
何度も抱き上げ、背負い、見守ってきた小さな体が燭台の灯りのもとに曝け出される。
ネノネは俺の動揺を見逃さず、湿った瞳で俺をじっと見つめながら、
スカートの脇から下着を指で静かに引き下げた。
「……見て、お父さん。」
そこには、ほんのりと色づいた肌と、中央にぽつりと出来た小さな湿り気が浮き彫りになっていた。
「私ね……ずっと、お父さんに抱かれたかったの。
ただの娘じゃなくて、お父さんの特別な女になりたかった。」
「そんなこと……。」
息が詰まる。
必死に彼女たちの”気の迷い”を解決する言葉を、頭を回らせる。
「そんなこと考えちゃだめだ……! 俺たちは家族で……俺はお前、たちの父親で……」
叫んだ声は、自分でも惨めなほど震え、
威厳を保とうと絞り出した言葉はあまりにも空虚に響いた。
「ごめんなさい、お父さん……」
後ろから、ナーナのしなやかな両腕が俺の首筋へと優しく巻き付けられた。
耳元に吹きかけられる吐息が、ぞくぞくとするような悪寒と熱を同時に運んでくる。
「でもね、ずっとずっと、こうしたかったの。
ずっと前から……お父さんのことが大好きなの」
一時の狂気でもなければ、幼さゆえの勘違いでもない。
そう、揺れる瞳は語っていた。
俺は恐怖か焦燥か動揺か、何かに背中を押され、ふたりを振り払うように弾けて立ち上がった。
追ってはこなかった。振り返ると、ソファの上に寄り添うように並んだ姉妹が、どこか満ち足りた、
そしてどこか歪んだ確信を孕んだ瞳で、じっと俺を見つめ返していた。
「おやすみ、お父さん」
その甘やかな声に追い立てられるように、俺は逃げ出すように自分の寝室へ駆け込み、
重い木戸を叩きつけるように閉めた。
扉に背中を預けたまま、床へと膝から崩れ落ちる。
荒い呼吸が静まり返った室内で虚しく響き、心臓が肋骨を内側から破らんばかりに打ち狂っていた。
手で覆った自分の唇には、まだナーナの唾液の湿り気と、甘い果実酒の香りが生々しく残っている。
目を閉じれば、ネノネの見せた白く匂い立つような肌と、下着に出来た湿り気が鮮明に脳裏へ焼き付いて離れない。
「っ……あいつら……一体、何を考えて……」
頭を抱え、必死に打ち消そうと身をもがく。
だが、どれほど打ち消そうとしても、すでに俺の肌の奥深くへと冷めない毒のように染み込んでいた。




