俺と姉妹と、彼女たちのこと
それから暫く経ち、血色も戻り、
すっかり元気を取り戻したふたりから話を聞くことにした。
「あの……! ほんとうに、ありがとうございました……っ!」
ナーナが涙ぐみながら、何度も深く頭を下げる。
「いや、気にしなくていい。ふたりとも元気になってよかった」
「ほんとうに……おじさん、ありがとう……」
ネノネも姉の隣で、小さな頭をちょこんと下げた。
「それで……少し、話を聞かせてもらってもいいか?」
問いかけると、ふたりは揃ってこくん、と頷いた。
この山奥に暮らすエルフの話など聞いたことがない。
やはり、どこか遠い場所から逃げてきたのだろうか。
「まず、ふたりの名前を教えてくれるかな」
「……ナーナです」
「……ネノネ。双子だけど、妹……です」
「ナーナとネノネだな。よし、覚えた」
双子と言われて改めて顔を見比べる。
幼いエルフの面影はよく似ていた。
「――それで、どうしてあんなところで倒れていたんだ?」
静かに核心を尋ねると、ふっと部屋の空気が張り詰めた。
ふたりは視線を落とし、体をすくめるように小さく固くなる。
ナーナが自分の袖をギュッと強く握りしめ、胸の奥から絞り出すような掠れた声で、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……住んでたところに、いっぱい……黒い人たちがたくさん来て……」
静まり返った部屋に、ナーナの震える声がぽつりぽつりと落ちる。
ネノネは恐怖を思い出したように顔を伏せ、姉の背中に小さくしがみついた。
「夜で……外で声がして、お母さんに起こされて……。家が燃えていて……村の人たちも、みんな……」
山賊か、あるいは人買の掠奪者か。エルフの集落を狙った無情な襲撃――。
ふたりの瞳には、その夜の光景が、今も鮮明に焼き付いているようだった。
「お母さんっ、わたしたちと、もりに逃げて……でも、追いつかれて……」
「お母さん……っ、私たちを石の隙間に押し込んで……『絶対に出てきちゃ駄目』って……」
ネノネが溢れ出る涙を拭おうともせず、しゃくりあげる。
「……そのあと、すごく静かになって……」
母親は、命と引き換えにこの幼いふたりを護り切ったのだ。
追っ手が去るまで暗がりで震えながら息を殺し、朝を待って、ふたりだけで逃げ出したのだという。
「……お父さんとか他の人達はどうしたんだ?」
「……お父さんは、私たちが小さかった頃に病気で死んじゃったって、お母さんから……」
「他の人は、わかんない……」
身寄りも、頼れる大人も誰ひとりいない。
あてもなく追っ手から逃げるためだけに北の山を目指し、着の身着のままで極寒の吹雪の中を歩き続けてきたのだ。
ナーナの手をネノネが引き、木の実や雪を口に含みながら、
お互いの体温だけを頼りに彷徨っていた、と。
語り終えたナーナは、肩を震わせてじっと膝元を見つめている。
俺は言葉を失ったまま、この小さな二人の背負ったあまりに重い残酷な運命に、ただ胸を締め付けられていた。
「……途中で、崖の横を通った時に、雪がいっぱい崩れてきて……。中に閉じ込められて……」
「寒くて、暗くて……ネノネの体が冷たくなっていくのに、私、何もできなくて……っ」
ナーナの目から、堰を切ったように大粒の涙がこぼれ落ちた。
絶望的な闇の中で、じわじわと死が迫ってくる恐怖。
妹の手が冷たくなっていくのをただ見守るしかなかった極限状態。
あのとき、あの崩れた雪の隙間で見つけなければ、確実に命を落としていた。
「……辛かったな。よく……よく頑張って逃げてきた」
俺は二人の頭に手を置き、静かに撫で下ろした。
「ここで、ゆっくりしていくといい」
俺の言葉に、ナーナは弾かれたように顔を上げた。
「い、いい……んですか……。 」
ナーナはそう言って唇をかみ締め、妹の肩を庇うように抱き寄せた。
「子ども二人増えたところで、どうにでもなるさ」
そう答えると、ネノネは姉の身体を抱きながら、
「……もし、追ってきたら……おじさんまで、危ない目に……」と不安を露わにした。
恐怖に身体を小さく丸めるふたりの前に膝をつき、ふたりの目線まで視線を下げた。
「もしまた誰かが来ても、俺が追い払ってあげるから。
ここなら、絶対に守ってあげる。……だから、安心してここにいなさい」
そう言って笑ってみせると、ふたりの手を自分の大きな手でそっと包み込んだ。
ふたりの肩からすっと余計な力が抜け、瞳からぼろぼろと大きな涙が溢れ出した。
張っていた緊張の糸が、ぷつりと切れる。
「……っ……ありがとう、ございます……っ!」
ナーナとネノネは俺の服の裾にしがみつき、子供らしく声を上げて泣き崩れた。
すがりつく小さな手の震えを受け止めながら、俺はふたりの頭を愛おしむように撫で続けた。
……数日後。ふたりを家で休ませ、俺は一人で山を降りて周辺の捜索に向かった。
……これ以上離れては、彼女たちを不安にさせてしまう。
俺一人の足ではどれだけ伸ばしても、彼女たちの仲間と思われるエルフの姿は見つけられなかった。
降り積もる白銀の世界にはただ冷たい風だけが吹き抜け、
彼女たちが完全に二人きりになってしまった現実を静かに物語っていた。
二人が語った絶望的な逃避行の凄惨さに、胸が締め付けられる思いだった。
けれど、どれほど深く痛ましい過去であっても、過ぎ去っていく時間は穏やかに、そして確実に二人を変えていった。
山奥の小さな家を出て、二人の将来と教育のために人通りのある街へ移り住み、新たな生活を始めた。
凶刃の影と死の恐怖にいつも怯えていた、あの小さく頼りない背中。
それが、街で重ねる三人での穏やかな日々の中で、少しずつ、まっすぐに伸びていった。
はじめは俺の服の裾を握りしめ、後ろを怯えながらついてくるだけだった幼い少女たち。
やがてナーナは家事や料理を覚え、ネノネも街の学校へと通い始め、それぞれが自分の足で立ち、自分の世界を広げていく。
おはようと声を交わし、温かい飯を食べ、同じ屋根の下で巡る季節を何度も見送る。
俺も、ナーナも、ネノネも、いつしかお互いをかけがえのない「家族」として受け入れていた。
血の繋がり以上に濃密な時間が、俺たち三人の中に静かに積み重なっていった。
かつて雪の中で命の灯火が消えかかっていた幼いエルフの姉妹は、
まぶしいほど立派な、一人の可憐な女性へと成長を遂げていった。




