俺と姉妹と、峠の夜
熱は一向に下がる気配を見せず、幼い身体を激しい悪寒が痛めつけていた。
浅く荒い息が吐き出されるたび、乾いた小さな唇からかすかな喘ぎが漏れる。
冷え切った指先や足先を自分の掌で包み込み、ゆっくりと擦り合わせて体温を分け与える。
ふと横に目をやると、毛布にくるまった姉の視線が、暗がりの中で揺れていた。
極限の疲労で身体は動かないはずなのに、まぶたを閉じることすら恐れているかのように、妹の横顔をじっと見つめ続けている。
「……大丈夫だよ」
静まり返った部屋で、語りかけた。
「熱が出ているのは、この子が必死に生きようと戦っている証拠だ。
……君も、少し休んで」
「……」
姉は唇を噛みしめ、小さく首を横に振った。
声も出ないほど掠れた喉で、ただ嫌だと。
万が一にも自分が眠っている間に妹の息が途絶えてしまうのではないか。
その恐怖が、幼い彼女の意識を必死につなぎ留めていた。
「なら……目を閉じて、せめて休むんだ」
俺はそれ以上無理に眠らせようとはせず、ただ二人のベッドの間に置いた古い木椅子に深く腰掛け直し、ネノネの額に乗せた濡れ手ぬぐいを絞り直した。
夜は、果てしなく長かった。
外では風が吹きすさび、窓をガタガタと激しく揺らし続けた。
暖炉にくべる薪を絶やさぬよう、時間を置いては火を調整し、ネノネの呼吸の音に耳をすませた。
荒かった呼吸が時折途切れそうになるたび、心臓が冷たく収縮する。
そのたびに背中を優しく擦り、声をかけ、熱にうなされる小さな手を固く握りしめた。
耳を澄まし続け、どれほどの時間が過ぎただろうか。
「――ふぅ、ふぅ……。」
やがて、ネノネの肌を覆っていた不気味な紫色が少しずつ引き、汗がじんわりと額に滲み始めていた。
荒々しかった呼吸の周期が、ゆっくりと、一定の落ち着いたリズムへと変わり始めた。
ふと隣を見ると、妹の無事を祈り続けていた姉も、緊張の糸が切れたように眠りへと落ちていた。
頬には乾いた涙の痕が白く残り、小さな手は妹のベッドの毛布を掴んだままで。
小さく息を吐き出し、窓の外に目をやった。
分厚い雲の隙間から、凍てつくような白銀の朝の光が静かに差し込み始めていた。
吹雪の音はいつの間にか止み、二人の少女の小さな吐息と、
偶に暖炉の薪が赤く爆ぜる音だけが支配する部屋で俺は底知れない安堵を覚えていた。
ネノネの額にそっと手を置く。
熱はまだ高いものの、先ほどのような死の気配は綺麗に消え去っていた。
「良かった……本当に……」
「……あの……」
声に振り返ると、起き上がった姉が不安そうに胸へ手を当てていた。
「ああ……なんとか峠は超えたみたいだ」
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろす姿を見て、ふと気づく。
その頭部から伸びる耳が、人間よりもずっと長い。
……エルフか。本物を見るのは初めてだった。
なぜこんな山奥に…それも、幼い姉妹だけで取り残されていたのか。
「……ん……んぅ……」
ベッドから小さな声が漏れる。
「ネノネ!?」
姉と揃って心配を露わにして覗き込むと、妹がゆっくりと目を開けた。
「ねえちゃん……?」
「ネノネ……っよかった、よかった……っ」
「あれ……ここ、どこ……?」
「この人のお家だよ……助けてもらったの……」
姉に促され、妹のうつろな視線がゆっくりと俺へと向けられる。
見知らぬ大きな男の姿に一瞬だけ怯えたように肩を強張らせたが、
隣にいる姉の安堵した表情を見て、警戒を解くようにゆっくりと瞬きをした。
「起きちゃダメだ、まだ休んでいなさい」
身を起こしようとする妹を優しく押し戻すと、彼女は申し訳なさそうに小さく呟いた。
「……おしっこ……」
「ああ……外に小屋があるから、そこへ……」
「す、すみません! すぐ連れていきます!」
混乱しながらも慌ただしく用を足し、水と薬を飲ませると、妹は再びすやすやと眠りについた。
枕に沈む妹の規則正しい寝息を聞きながら、緊張の糸が切れたように、姉もその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……本当に、ありがとうございました……」
涙で汚れた顔で何度も頭を下げる彼女の肩は、小さく震えている。
「君ももう限界だろう。妹の隣で横になりなさい。温かいスープでも作っておくから」
俺がそう言うと、彼女は溢れ出る涙を腕で拭いながら、力なく深く頷いた。
彼女たちのことは、妹が目覚めてから聞くことにした。




