俺と姉妹と、出会い
深山の奥、降りしきる雪の中では吐く息さえも凍り付き、地面に落ちてしまう。
視界を奪う白さの中、足を取られながらも前へ踏み出す。
一歩を大きく振り上げ、雪原をどむ、と踏みしめる。
離れた納屋から、保存しておいた薪と干し肉を運ぶため、住まいからの往路の途中だった。
生き物の気配すらない無音が、しんと周辺を満たしている。
――ザ……ッ。
そのとき、耳に飛び込んできたのは風の音とは違う、雪が動く微かな音。
足を止め、手袋越しに腰に据えた短剣の柄を握り直して辺りを伺う。
耳を澄ませると、吹きすさぶ風の合間に、雑音が混じっていた。
腰をかがめ、呼吸を止めて、周囲の観察を始めた。
ひとっこひとり、動物すらも、遠巻きに木々の間をすり抜けて小鳥の囀りが聞こえてくる程度だった。
こんなところ、好き好んで来る者などいるはずはないのだ。
しかし俺はもう一度、用心を重ねて神経を集中させた。
空気の流れ、虫の羽ばたき、その更に細かい微細な音を手繰り寄せる。
「──────!」
気のせいではない。
この辺境に似つかわしくない人の声、それも幼い子供の声だった。
慎重に、けれど声のした方向へ足を忙しく動かした。
────
ここは…。
切り立った岩があったところだ。ここで幾日か前に休んでいる獣を弓で射たことを覚えていた。
しかし、その獣が休んでいた洞穴とも呼べないほどの崖下の小さな窪みが、
今は崩れ落ちた雪で完全に塞がれているのが見えた。
「──────っ!」
何かを叩く音、そして先ほど聞こえた子供の声だった。
俺は慌てて、その雪の塊へ駆け寄り、叫ぶ。
「誰かそこにいるのか!!」
「──────っ!!!」
音が強くなる、間違いない。この奥だ。
「少し離れていろ!」
革手袋の奥まで刺さる冷気も構わず、固まった雪塊に爪を立て、力任せに引っぺがす。
ずんっ、と重い音を立てて雪が崩れ、隙間から奥の暗がりが見えた。
そこに、ふたつの小さな影が縮こまっている。
「……ネノネ! もうちょっとだからね、助けに来てくれたから……!」
「すぐ出す、動くな……!」
分厚いコートに雪をまとわせたまま、その穴へと潜り込む。
ひとりは横たわり、もうひとりはその顔を覗き込むように座り込んでいた。
寝かされている子の顔は紫色に鬱血し、今にも息が途絶えそうだった。
背負ってきた荷物を脱ぎ捨て、身軽になるとその子を両腕で抱え込む。
横たわる小さな体を抱き上げると、あまりの軽さと、折れてしまいそうな衰弱ぶりに息を呑んだ。
「今あたたかいところに連れて行くから。君もついてきて!」
そう言うが早いか、返事も聞かずに俺は駆け出した。
「しっかりしろ!!聞こえるか!?」
返事がない。胸の浅い上下だけがこの子の命がまだ灯っていることを報せてくれていた。
後ろ手にもう一人の子が付いてきているか、気にしながらも急いで我が家へ連れ帰る。
風雪に晒され、氷の様になってしまっている服を半ば無理矢理引っぺがし、毛布で包むと、ベッドに寝かせ、暖炉に薪をくべて火を強める。
遅れて、もうひとりの少女が扉を開けて家に飛び込んできた。
息を切らしながら、寝ている少女へ必死に声をかけ続けていた。
「っ……ネノネ、ネノネ……!」
返事はなく、喘ぎ、苦しそうな息を漏らしていた。
「見ていてくれ」
その声が聞こえているのか、いないのか、少女は懸命に涙ながら呼びかけ続けた。
俺は机の上に置かれた水の入った鍋を強引に掴んで火にかけ、滋養に利く乾燥した草を磨り潰す。
温めたお湯を水筒に入れて、カイロ代わりに布団の中へ突っ込んで、様子を見た。
「ネノネ……!起きて……。ネノネ……」
返事はない。荒い喘ぎ声だけが漏れている。
まだ水も薬も、飲める状態からは程遠く、依然として目を覚ます気配はなかった。
「ネノネ……。」
もう一人の少女が絞り出すような声の後、床に力無くしゃがみ込んだ。
ネノネ、と呼ばれた少女ほどではないが、深刻な疲労・心労で憔悴しきっているのは誰の目にも明らかだった。
「君も休みなさい」
「でも……!」
そう食い下がろうと手を床に伸ばすが、立ち上がるほどの力ももう残っていないようだった。
「俺が診てるから……。何とかする。信じて」
そう、気休めを吐きながら、精一杯の落ち着いた声で彼女に呼びかけると、
「……妹を……いもうとを助けて……っ。おねがい、します……」
そう応え、項垂れるように俯いた。
古くなった布や有りっ丈の衣類をベッド脇に移動させ、そこに姉を寝かしつけると、
ふたりの足元に木製の寂れた椅子を置いて、看病の体勢を取った。
寝かされている姉はそわそわとした視線はベッドから離れず、変わらず隣のベッドを窺い続けていた。
妹の額に手をやると、火に当たっているかのように熱かった。




